2017.08.13

八三会、卒業35年記念同期会を開催

私たちは、弘前高校を1983年に卒業してから、今年で35年となります。
それを記念して、今年の同期会は盛大にやろうということで、久々に恩師の方々にご案内をし、同期の面々にもさまざまな手法で連絡を取って、出席43人に最後に乱入した2人を加えて、45人での会を開催しました。
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担任の小枝先生、竹内先生、それに乾杯の音頭を取っていただいた阿部東先生は健在なところを見せていましたが、私たち卒業生は近況報告でどこが痛いとこぼしたり、高校時代とは別人の容貌に笑いがおきたりとめんぼくもない形でしたが、それでも驚きと賞賛の声が上がるような、県内外で活躍している報告もあり、懐かしいひとときを過ごしました。

私といえば、今回も幹事役として当日の司会まで受け持つ形となりましたが、その甲斐あって皆さん楽しく終わったようで、何よりでした。
途中で、70人近い欠礼のメッセージを一気に流しましたが、最後に「2022年に再会しよう」とまとめたとおり、5年後には卒業40年の節目を迎えますので、それまで先生方はもちろん私たちも元気でいたいと思います。

2017.07.07

盛岡大会にPTA版ピコ太郎!

藤崎校舎のPTA会長となって2年目、今年が最後ということで高P連の東北大会、8月・静岡での全国大会に出席することにしています。
今回は盛岡での大会ですが、6県代表による研究協議は4年前の山形とは違って、統合で誕生したばかりの新設校や昨年開設したばかりの中高一貫校といった、ある意味高校再編が一段落進んだ形になっているのを実感する内容でしたが、最後となったのは青森県の代表でありわが地区の代表である弘前東高校・木村龍悦会長でした。
東高校は私立ということで高校再編の波から逃れていますが、それだけに他とは違うテーマでの発表となり、卒業前に行われるOBによる寸劇についての発表でした。
初演からすでに13年となるのだそうで、今ではPTA・後援会に教職員まで出演する1時間弱の演目を通じて、就職する生徒が約半数の3年生に仕事の厳しさと社会人としての心がまえを伝えながら、社会に旅立つエールを送るという内容を、映像を交えて伝えました。
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この発表は県大会でも聞きましたが、その際は知っている人が多いせいか、「ああ、あの話」という感じで流された雰囲気でしたが、今回は舞台が東北ということで知らない人たちに話す形となって驚きを持って迎えられ、さらに木村会長の朴訥とした語り口が妙にマッチして、会場からは何度も爆笑の歓声が上がりました。
私からすると、選挙を通じて黙々と強面を崩さずにやり抜く姿を見てきただけに、青森というか日本では受けずにいた古坂大魔王ことピコ太郎が、YouTubeを通じて世界を笑わせた昨年のムーブメントを思わせるものがありました。
さすがでした、龍さん。

2017.03.03

校長お二人の卒業式

3月3日ひなまつりの日は、私にとっては二つの高校の卒業式と祝賀会をかけ持ちする慌ただしい一日でした。
まず、午前に弘前実業藤崎校舎の卒業式、午後は弘前中央高校の卒業式、そこから同じホテルで中央→藤崎の順で卒業祝賀会とかけずり回る日程でしたが、今年で最後となるお二人の校長先生に敬意を表して、何とか酔っぱらわずに過ごすことができました。

まず、藤崎というより弘実の校長である笹浩一郎先生ですが、一昨年の4月に赴任してから藤崎校舎のことにひとかたならぬ情熱を持って臨んでくださり、その副作用で昨年と今年の退学者は増えたように思いますが、その分1・2年生の学校生活は落ちついた形となっているだけに、その保護者として感謝にたえません。
本校から回ってくるだけでも大変なことだったと思いますが、募集停止が決まり4月に入学者がいない藤崎校舎にとっては、学年が一つ欠ける以上の喪失感を感じさせることになると思うだけに、返す返すも残念です。本当にお疲れ様でした。
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続いて中央の三上聡校長先生ですが、私がPTA会長を務めることになった年に赴任してくださり、さらに栄転していくのかと思っていましたが、4年もの間中央一筋を通してくださいました。
237人の卒業生に笑顔で証書の授与にあたり、祝賀会でもジョークをまじえてあいさつされていましたが、今後の高校再編で重点校には指定されなかったものの、これまでの実績からすれば将来を考えていけるだけに、それだけの自負を持って退任するのだと思っています。
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お二人は長い教員生活で切磋琢磨されてきたのだと思いますが、さすがに同期として情報をやりとりされていたようで、笹校長から中央時代にPTA活動の研修旅行で北三陸あまちゃんツアーを開催して70人近い参加者を集めたことを三上校長から聞いていたと知り汗顔の至りでしたが、それだけ情報だけでなく思いを共有してこられたお二人の関係をうらやましく思ったものです。

新年度には、それぞれ新しい方が校長として赴任されることと思いますが、お二人から薫陶をいただいたものを生かして恩返ししていきたいと思います。

2016.11.23

圭一郎先生が教えてくれた違和感

弘前市の教育長を約10年にわたって務められた佐藤圭一郎先生の通夜に参列しました。
残念ながら、その時代のことは知らないながらも、相馬小の佐藤正憲校長の父上であり、母校・弘前高校の大先輩として創立130年の祝賀会では教員時代の思い出をご講話いただいた、私たちにとってなくてはならない先達を見送ることは、返す返すも残念なことです。
今夜は折からの雪降る天気で余裕を持って出たはずが行列になってしまう時間にぶつかってしまい、ようやく会場いっぱいの最後列まで足した列に座ることができるくらいの参列者であふれ、宝積院の太田住職が導師を務めた通夜は、佐藤校長の父の思い出と最後まで語り合いたかったという無念で言葉に詰まるあいさつで終わり、私も感慨にふけりながら帰路に着きました。圭一郎先生のご冥福を改めてお祈りいたします。

ところで、読経の途中で弔辞を拝読する段になり、市の功労者への感謝をこめる立場で葛西市長が壇に立ちましたが、まさに通り一遍のお悔やみを短く並べた内容で、わざわざ市長が弔辞を述べる必要があったのか、違和感を覚えました。
考えてみれば、葛西市長は一中卒業後は津軽海峡を越えて函館高専に進み、その後は県庁職員として勤務してきた来歴なのですから、圭一郎先生が教壇に立っていたことも教育長としての手腕を振るっていたことも、遠い世界のできごとのようにかかわらずにきたわけですから、それも宜なるかなとは思いますが、同時代の弘前という地域で生きてこなかったことで共有できないものがあるのを露呈してしまった感があります。
私からすれば、前職を破って当選し、アクションプランを掲げてスピード感ある市政を展開してマニフェスト大賞を受賞した1期目とは違い、2期目に際してはマニフェストづくりをおざなりにして、弘前城の石垣修理を口実にしては陣羽織の格好でお出ましになる姿ばかりがニュースで流れるのを見るにつけ、その変節ぶりというか殿様気分ばかりが目につきます。
そうした外見ばかりでなく、2期目の公約として介護保険料を据え置くと広言したのを昨年度から実行していますが、そのツケが再来年の4月に大幅な引き上げにつながっていくのは間違いなく、もし仮にその時期に行われる市長選に出馬を見送って次期市長に引き継ぎさせるのであれば、まさに責任逃れというほかありません。
目立ったことが大好きな葛西市長ですが、イヤなことには頬被りで逃げるのであれば、アウガ問題で任期半年を残して辞職した青森市の鹿内市長と何ら変わらないことになってしまいますし、弘前市も再び混迷してしまうことになってしまいます。

政治の場から離れている私ですが、市政の問題を我がこととして考えなくてはならない時期が近づいているようです。

2016.04.22

PTAをロングリリーフ

本日、弘前実業藤崎校舎のPTA総会が行われ、打ち合わせどおりPTA会長を仰せつかりました。

会長不在、新会長となるはずの3年生の副会長も不在となっており、来年度には募集停止が予定されている中での任命でして、これから2年間という高校では異例の任期となるロングリリーフです。
中央高校では募集停止となる定時制を傍らから見てきましたし、今度は自分たちがその立場になるのは皮肉なものですが、その危機的状況を考えると、断るわけにはいかないと思ったのが、何よりの理由です。
それにしても、参観日にスマホ安全教室も組みこんだにしても、全校73名の生徒で平日開催ではなかなか参加してくれる保護者は少なく10人に満たない人数だったのは残念でしたが、考えようでは1割以上の参加ということになりますし、これからもっと多くの人数が協力してくれるように、こちらから企画していく必要を感じています。
小中学校では、地元の先輩からの言いつけを守って執行部には入らず平会員として協力するのに徹してきましたが、高校では一転して続けて会長を務めることになり、これもまた不思議なものだと思いますが、新たな高校再編が検討される時期になっていることでもあり、これに対して物申すためには絶好のポジションをいただいたと思います。

何はともあれ、子どものおかげで得た地位ではありますが、これから2年間は参加する主体として改めてPTA活動を楽しみたいと思います。

2015.03.03

政治の怠慢と行政の残酷に涙する

中央高校では、PTA会長経験者には卒業式・祝賀会に一定期間は案内をくださるうれしい慣習があり、前日風邪でダウンしたのをスクランブルで立て直して、いそいそと参列しました。

中央ラブなのが一番ですし、少しでも多くの人に会いたい立場からも外せない席でしたが、今年に関していえば定時制閉課程に伴う全日制・定時制が並ぶ最後の卒業式だから何としてもという思いで体調を立て直したわけです。
今回は、全日制では入学当初の239名が一人も欠けることがなく、最後の定時制でも4年次まで必要となる生徒はなかったことで、3年前の顔ぶれそのままに卒業できるというだけでもすばらしいことでしたが、2年生の送辞・全日制の答辞に続く定時制の答辞では、小学校時代の体罰で教師不信に陥り中学校ではほとんど不登校だったこと、早起きしなくてもいいのならという思いで選んだ定時制に入学してみると個性的な同級生や包容力のある先生方のおかげで学校に通うのが楽しくなり、ようやく勉強をやり直すことができた感謝と喜び、その大事な学校がなくなることの残念を素直に語り、「中央高校定時制よ、永遠なれ!」という最後の言葉になる前に涙が止まらないほどの感動をいただきました。
これは今年に限ったことではなく、その前2年間も定時制の答辞の深さに驚き、これを聴くことができる全日制にとっても大きな学びの機会であるだけに、全日制・定時制が同じ場で学ぶことの大きな意義を感じてきただけに、その昔存続を求める議員連盟に当初参加しなかったことを今さらながら反省してきましたし、本当に失うものの大きさを痛感しているところです。

ただ、その議連不参加の件ですが、中央高定時制の真実を知らなかったからではなく、すでに県議会での議決を経てしまってからの後付けの動きだったことへの反発からでしたし、本当に存続を求めるつもりであれば議決される前に真剣に動くしかないのは、同じ権限をいただいている者には自明のことを見逃していたのは怠慢そのものなのですから、必要な時期に行動できなかった汚名を着るべきだという思いからでした。
この再編で尾上総合高校も開設以来の単位制高校という看板を外すことになりましたし、これに続いての再編で普通の子が通える普通高校である岩木高校とふじ発祥の地で学ぶりんご科のある弘実藤崎校舎まで守れずに失うことに進めてしまった政治の責任は大きいと、我がこととして反省するしかありません。
一方では、生徒数減少に対する単なる数あわせしか手だてを持たず、自分たちの出身校でなければ何のてらいもなく切り捨ててしまう共育行政関係者の残酷さにも改めて怒りを感じますし、これと向き合って戦うのが政治家の本分でなければならないと思うのです。
たとえば、市内に3つの普通高校それがすべて進学校という異常な状態を、進学状況や志望状況が一番低い形になっている南高校の合格ラインをこれまでの岩木高校レベルに下げて、南高そのものだけでなく津軽圏域の県立高校の適正配置を進めるのが本来の行政の仕事だと思いますし、たとえ地元代議士の母校といえども聖域なき議論の対象とするのが政治の役割だと思います。

それだけに、中央高校関係者としての感動の涙だけではなく、政治にかかわる者としてのふがいなさに涙してしまったこの日のことを、決して忘れないつもりです。

2014.07.18

中央高校に恋してる

普通であれば4月の総会でPTAを成田新会長に引き継いだところ、6月の高P連県大会で表彰状をいただいたところで御役御免なのですが、吹奏楽部や演劇部の定期公演や運動会の案内をいただけばいそいそと参上し、地元・弘前市での甲子園県予選となれば呼ばれなくても足を運んでしまう私は、弘前中央高校に恋しているとしかいいようがありません。(ストーカーとは呼ばないでください)

月曜日の大湊高校との2回戦に続いて、3回戦は最近力をつけている弘前東高校との弘前勢対決でしたし、勝てばベスト8そして昨年の甲子園出場校・弘前学院聖愛との元女子高対決となるだけに、矢も楯もたまらず、はるか夢球場に向かいました。
初回先攻で6点のビッグイニングで幸先のよいスタートでしたが、その後強打の東高打線に3本のホームランを浴びて逆転を許し、最終回を6対7で迎えました。
ここで5番工藤君が3塁打を放って口火を切ると、粘り強い打撃と東高のエラーがからんで5点を取り再逆転、その裏の反撃を相馬投手がよくしのいで3点に抑えて、11対10という本当にしびれる勝ち方で念願のベスト8進出を決めました。
さすがに事務局も負けると思ったのか校歌斉唱の音楽が流れないというハプニングもありましたが、これを選手スタンド一体となってアカペラで歌ったことで、さらに記憶に残る試合となりました。




スタンドには、同日開会の中央祭オープニングセレモニーのギリギリまで校長先生もいましたし、柴田同窓会長に成田会長をはじめとするPTAの方々も集い、本当にみんな中央が好きで選手を応援したいという気持ちがあふれていて、恋してるのは私だけではないと確信しています。
今日もこれから中央祭、私の中央愛はとどまるところを知りません。

2014.04.24

地域力で学校を支える宣言

末の坊主も中3となったので、地元のPTAにかかわるのは今年が最後となりました。
最初にPTAにかかわった際には村議という立場だったのですが、当時の先輩方が「この場では一兵卒として励むように」と言い渡してくださったので無役を通してきたのですが、この3年間は学年委員長というポジションにありました。
普通であれば、正副会長のように出番や責任ある立場ではないのですが、昨年一年間とりわけ3学期に入ってからさまざまな問題が重なり、相馬中史上はじめて荒れたといわざるを得ない状況に動かないわけにはいかず、正副会長や学年委員長とともに何度も学校に足を運び、話し合いを重ねてきました。
特に、スマホやゲーム機・音楽プレーヤーといった通信できる機器(総称してケータイ)を持ち込む事案が何度もあり、坊主もその一人になってしまった自戒をこめて、保護者がケータイを持ちこませないこと、我が子にも守らせることを約束する規約を起草して、今日のPTA総会で説明する役になりました。
これは、中学校に関しては文部科学省から通知があり、弘前市教育委員会でも4月に改めて持ち込み禁止の方針が示されているとおり、本来あってはならないことなのですが、現実には守られていないで教職員だけでは手に負えない状況になっているのを、しつける責任がある保護者が先頭に立って、学校ではなく自らの責任で取り組んでいくことを明確にしたものです。

どれだけの賛同が得られるのか、実際に守らない事例がおきたらどうするのか、これからが勝負ですが、今回ここまで踏みこんだのには、小さな地域に1小学校1中学校の教育環境だけに、もっと保護者そして地域が学校を支える形にしないといけないという思いがあるからです。
市議の時代にもコミュニティスクールや地域支援本部の導入を提言していましたが、公的な仕組みが導入されるのを待たずに、こうした形ででも保護者が学校に深くかかわっていくところから変えていくしかないと思っています。
ある意味では、地域と学校の恥をさらすことではありますが、最後の1年でできることをやり抜く覚悟を示すために、規約という形あるものができたところで宣言させていただきます。

2014.03.01

あっという間の3年間

おかげさまで、娘が弘前中央高校を卒業しました。
答辞の中で卒業生の代表がふれていましたが、合格の翌日に東日本大震災が発生し、入学式の翌日には最大の余震で一日中停電が続くという不安さめやらない日々からすれば、新校舎が落成してここ数年の中では一番春の訪れの早い晴れた日の卒業式とあって、明るい気持ちで臨むことができただけでも、ありがたいことだと思います。
私たち保護者にとっての卒業式とも言える卒業祝賀会のために会場で流すムービーを作成したのですが、一役員だった1年生の時より学年委員長となった2年生、そしてPTA会長としてPTA活動以外の学校行事にも極力参加した3年生の写真が加速度的に多くなっていて、学校とのかかわりが深まったのを感じました。
PTA会報紙「輝雪」に載せていただいた文章を、娘と一緒に卒業を迎える皆さんに贈ります。

3年生の皆さん、卒業おめでとう。
2011年、あの東日本大震災が起きてまもなくの入学式、その翌日には最大の余震が起きて、また一日停電するという不安な旅立ちから、早いもので3年です。
私たち保護者が戦後という時代を生きてきたように、震災後と呼ばれることになる時代のスタートに立っていたことを振り返る日が来るはずです。
原発に頼るべきか脱原発に踏み切るべきか、東京への集中でいいのか地方が生きていける社会にするのか、重要な問題の分岐点が数多くあり、それを決定するのは今の大人だとしても、その中で生活しながらよりよい社会にしていくのが皆さんなのです。
大震災ばかりでなく、6年後には東京五輪、遠くない時期には改元と、節目となることが次から次へと続く波瀾万丈な青年期を送ることになるはずですから、皆さんに望むことは社会の変化に惑わず自分をしっかり持って生きてほしいということです。
その時に、この弘前中央高校での3年間が土台になるはずですし、生かしてくれると期待しています。

2013.10.13

PTA研修旅行で倍返し

今年度の弘前中央高校PTA会長に就任したのは以前お知らせしたとおりですが、私にとっての助さん格さんである斉藤3学年委員長・花田レク委員長の尽力もあって、6月には新企画のボウリング大会、9月には恒例のスポーツ大会が行われ、その後の懇親会にも参加者が多く、役員以外のPTA活動参加が形になってきただけに、今度は私の番だと気合いを入れて研修旅行の準備を進めてきました。
実は1年次から研修委員会に所属していまして、一昨年度の野田村・おおのキャンパス、昨年度の寺山修司をめぐるコースも自分が提案したものでしたが、今年はご縁のある久慈広域観光協会の貫牛さんや国民宿舎えぼし荘の坂下支配人のご協力をいただいて、「あまちゃん」ブームに沸く久慈市そして復興の進む野田村を再訪する「北三陸あまちゃんツアー」をプロデュースし、自ら案内チラシまで制作するほど力を入れた甲斐があって、昨年度の33名から倍以上の68名の参加をいただきました。

今回も役員以外の参加も多く、夫婦での参加が14組もあるメンバーで、三陸鉄道からの車窓を楽しみ、えぼし荘ではまめぶ汁の不思議な味にふれ、久慈琥珀博物館をめぐって、皆さんから喜んでいただくことができました。

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地区で他校の役員と情報交換してみても、レク委員会があるのは中央高校だけのようですし、今どき行事や活動を増やす計画を進めていることでも驚かれてしまうほど、PTA活動に力が入っているのですが、これもせっかくかかわるのであればとことん楽しもうという役員に恵まれたおかげだと思っています。
子どもたちのため学校運営を支えるのがPTAの本義かも知れませんが、会の主体である保護者が楽しむ環境や雰囲気がなければ学校の力にもなれないと思うだけに、こういう流れで会長を務めることができたのは望外の幸せです。
任期はあと半年となりますが、最後まで子どもたちや学校のため、そして保護者から喜んでもらえる活動を進めていきたいと思います。

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