2011.12.22

よきクレーマーとして

昨日まで5日連続で朝の雪かきをしていましたが、私ばかりでなくご近所からもネットでも除雪出動のちぐはぐさに不満が聞かれましたので、市のホームページの「お問い合わせ」から道路維持課に質問を寄せたところ、昨日のうちにしっかりと回答をいただいたばかりでなく、詳細な部分での説明をしたいとのことでしたので、今日は出動しない分ホッとした雰囲気の維持課におじゃましました。
ちなみに、私からの質問とそれに対する回答は下記のとおりです。
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この5日間の0:00時点での積雪と出動判断はどうであったか。

この5日間は、市が道路状況の調査や気象情報を基に出動を指示しております。例年、雪の降り始め期間(今年は11月9日から12月20日)は、出動のばらつきを防止するため市が出動を判断し各工区に指示しております。
17日 市内の道路状況を調査後、全工区に出動を指示
18日 前日の除雪実施による道路状況と気象情報により出動なし
19日 道路状況を調査後、郊外部の工区の出動を指示
20日 道路状況により山間部のみ出動を指示
21日 道路状況を調査後、全工区に出動を指示

明け方の急な降雪に対しては、何時までに出動するといった基準をもうけているか。

出動基準は設けておりませんが、早朝の降雪への対応は必要と考えております。このため、今冬は、道路状況に応じ、交通渋滞を引き起こしにくい路線については、日中除雪により対応したいと考えております。

昴地区は今日未明1時台の除雪であったが、こうした早い時間に除雪した地区で明け方まで降雪があれば再度の除雪をするのか。

各工区の除雪機械は、基本的に午前1時から午前6時までの5時間で作業を終了できる台数を配置していることから、現状では、再度の除雪は困難と思われます。

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これをベースに板垣課長・阿保課長補佐と1時間ほどやりとりさせていただきましたが、こういう情報を市民に理解してもらうためには、ネットでの情報が必要ではないかとたずねたところ、担当の職員から広報11/15号で除雪情報サイトやメール配信などの記事を載せたことを説明されましたが、これは2008年から行われたICTモデル事業を継続発展させたもので、質問しておいて追跡していなかった不明を恥じることになりましたので、この機会に市民の皆様にも登録活用していただきたいと、お知らせしておきます。
また排雪のことがネットで質問が上がっていましたので聞いてみたところ、除雪計画の中で大まかな基準を定めているものの、情報を出すことに関してはそれに便乗して屋根雪を道路に下ろしたりする方がいたことも少なくなかったので公開しなくなったという話になり、市民側のモラルを変えないと解決しない部分があることを感じました。
この他、私の住んでいる昴地区だけが相馬支所の直営エリアでないことも取り上げ、地域の一体性のためにエリア区分を来年度でも見直してほしいということも伝えておきました。

今回のやりとりは、終始なごやかな中でお互い前向きな懇談をすることができましたが、こうやって時間を割いていただけるのは前市議としてのキャリアがあればこそですし、その立場を失っても市民生活を向上させたいという思いは変わりませんので、これからもよきクレーマーとして向き合っていきたいと思います。

2011.11.26

コミュニティビジネスサロン、完走

6月から10回で開催してきた「ひろさきコミュニティビジネスサロン」が、本日の発表会で終了しました。
自分の次の道をつくっていくために、20名の定員のところに無理を言って加えてもらい、2回の先進地視察を公休した以外はまじめに出席し、事業計画もまとめて発表しました。
私以外には5名が発表したのですが、そのすべてがカフェとなっていたのはコミュニティ=集うという方向になりがちなのもあるでしょうし、視察先がカフェやレストランでの成功事例だったのも影響していると思いますが、当日の出席者にしろ発表までまとめた件数にしろ少なかったことからしても、完走したことだけでもほめていいことだと思います。

その5件に対して、私のは「弘前市をAR先進地に」という、ビジネスの計画というよりビジョンに近いもので、AR=拡張現実を使っての観光・商業情報の提供という雲をつかんだような内容でしたので、何とも違和感がありました。
ただ、ネットを通じてリアルなコミュニティを作り新たなアクションにしていくという方向性はアリだと思いますし、ビジネスという形で成り立つ工夫も必要ですが、市や関係団体が支援する形で事業化するという進め方の方が望ましい気もしています。
このあたり、この一年津軽で起業して成功している方々とのご縁をいただいている中で、ビジネスを成功させる能力では圧倒的に負けているのを感じていますし、どうもビジネスというより利益は生まないものの必要なことに取り組むワークの方に向いている自分というのを痛感していますので、具体的に動くとなればいろいろな方から力をお借りすることになると思いますし、協力したいという方はぜひご一報いただきたいと思います。

それでも、コミュニティビジネスという形で起業まで考えている市民がこれだけいるというのには新鮮な驚きがありましたし、他のプランも実現していけば一緒した立場としても応援したいと思っています。
できれば、せっかくのプランを市や関係団体の担当者も聴いてもらって、そのプランに合った助成事業を紹介したり、支援を検討するプランドラフト方式で開催すれば事業化まで進むものが増えてくる気がします、と市と受託先の後輩二人に提案しておきます。

2009.11.23

スペシャル・オリンピックスの未来を学ぶ

前夜の酔いを振り払って、弘前学院大でのスペシャル・オリンピックス=SOの5周年記念勉強会に出席しました。
記念講演は、そのために浜松から駆けつけた志村健一さんでしたが、よく考えると日本どころか世界のSOのリーダーである彼からSOの話を詳しく聞いたことがありませんでしたので、貴重な機会になりました。

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その内容はこちらのメモでお読みいただくとして、興味を引いたのは支援活動の中にHAP=ヘルシー・アスリート・プログラムという、アスリート=障がい者の健康管理をするものがあることでした。
というのも、私が所属する弘前ライオンズクラブで昨年度からSOを支援することにしたのですが、一緒にスポーツをするには体力的に無理な年齢の方が多く、さりとてカネを出して終わりでは意味がないと思っていたところでして、これなら医師のメンバーの方に協力してもらうことができますので、願ってもないプログラムに出会った気がしました。
また、青森県のSOは学生中心に運営されているのが大きな特色なのだそうで、設立から見てきた私には当たり前だと思ってきたことも、全国からすると珍しいのだそうです。これを生かし、新しいボランティア層を掘り出していくことが次のステップになると、志村さんはエールを送っていました。

ただ、世界では認識されているSOも日本ではまだまだで、昨季の冬季世界大会が終わったことを知っていたヒラリー国務長官は帰国したての日本選手団をねぎらいたいと空港に呼んでくださったのだそうですが、それを出迎えに着ていた日本の国会議員は誰ひとりとしてアスリートに声もかけなかったのだそうで、SOの認知ばかりでなく、政治にかかわる立場の目線のおき方に問題提起されていたのは、耳の痛い話でした。
そういうことがないような、そして障がいの有無に関係なくスポーツから社会参加へと続くステップを進むことができる社会にしていかないとなりません。

2009.08.02

SOねぷた白神感交ツアーをサポート

所属している弘前ライオンズクラブは、昨年度からスペシャルオリンピックスの活動を支援していますが、今年最初の支援として「ねぷた白神感交ツアー」のサポートをさせていただきました。

全国各地から4名のアスリートとご家族が参加したSOの皆さんは、昨夜は件の市役所ねぷたに参加したのが地元2紙でも大きく取り上げられていましたが、その後白神山地の入り口「グリーンパークもりのいずみ」で宿泊し、二日目の午前中は「津軽藩ねぷた村」で津軽の文化にふれ、お昼を取って出発までの買い物におつきあいすることになっていました。
私を含めてメンバー5名と夫人4名の計9名で駅前公園で待っていたところ、昼食会場を提供していくくださるレストランがあるというので、そこでこちらが準備した弁当を食べるというちぐはぐな展開となりましたが、そちらもSO会長である土岐司先生の教え子のところだそうで、さまざまな形で縁を生かす土岐先生ならではのことです。

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私は同じ時間に進行中の陸上大会の監督としての役目がありましたので引き合わせをしたところで運動公園に戻りましたが、太田会長はじめ参加した方々で買い物をし見送ったというので、まずは直接かかわるアクティビティ=奉仕活動のスタートが切れたようで何よりでした。
土岐先生からは、非常に評判がよかったので来年は大挙して参加してくるだろうと教えていただきましたし、こちらも前日の51年目となった八幡宮武道大会以上に力を入れて取り組んでいくことになる予感がしています。

2009.05.22

「たけや」さんにお世話になりっぱなしの一日

前夜のマニフェスト月例会後の懇親会の酔いが醒めやらない中、ライオンズクラブの早朝例会のため禅林街の宝積院へと向かいました。

例年であれば、同じ禅宗の山観の精進料理なのですが、今回は都合がつかないということで、市内のそば屋「めん房 たけや」さんが、おかゆと豆腐の刺身をふるまってくださいました。

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この豆腐の刺身というのは、豆腐を寒天でとじたもので、津軽料理遺産の一つです。
「たけや」さんをはじめとする34の伝承店の方々が、けの汁・じゃっぱ汁などの津軽ならではの出したり、それを駅弁に仕立てたりと、B級グルメ路線とはひと味違う取り組みをしていますので、弘前にお越しの際はぜひご賞味いただきたいと思います。

夕方は、すっかり定着したあずみ野デイセンターでの大隅寿夫トリオのJAZZライブがあり、坊主を連れて足を運んだのですが、最初にここでライブをやることを勧めた張本人である「たけや」のご主人・武林さんも顔を見せていました。
前夜は「たけや」でもライブをやっていて、遅くまでメンバーの方々と歓談されていたそうでして、それにもかかわらず早朝からお世話になり、また夜にもお会いするほどのエネルギーに圧倒された一日でした。

2009.05.10

我が家にとっても総決算の年次大会

青森県全体を統括するライオンズクラブ国際協会332-A地区の第55回年次大会が、青森市で開催されました。

今回は会員というだけでなく、YEホストファミリーとしての表彰を受ける立場で、家族ともども参加しました。
家内は思い出すのもイヤだと言っていたのですが、清野YE委員長や五十嵐キャビネット幹事のお計らいで同伴してくれることになり、遊びに行くつもりだった坊主もついてきてくれたので面目が立ちましたし、これまでは表彰など行われていないホストファミリーの苦労を汲み取ってくれて栄えある壇上に立たせてくださった岩谷ガバナーには感謝の気持ちでいっぱいです。

その岩谷ガバナーの第一印象は、警察官上がりだと言うし堅物そうだと思ったのですが、当初からライオン帽の積極的活用や年次大会をミニ国際大会に見立ててパレードを企画、さらにはクラブ会長の経験のない五十嵐幹事の抜擢と横紙破りのリーダーシップを発揮し、年次大会にも事務局の固定化をあえて議題とする姿勢は、賛否両論を呼び起こすほどの存在感を示しました。
遠くからは見ればそれだけでしょうが、YEの件でも気づかいをしていただき、IT副委員長として事務局に顔を出した際にも気さくに話しかけてくださる素顔に接する機会をいただいて、その人間味には敬愛の念を覚えていました。
それだけに、昨年はガバナーエレクト=候補者として我がクラブの岡井眞副地区ガバナーの前に入場した際に何の感慨も抱かなかったのが、最初の入場場面で私まで感極まる思いで見つめるほどでした。
また午餐会でも多くのメンバーから声をかけていただけたことで、キャビネットにかかわった今年一年の総決算ができた気がしました。

「岡井ガバナーが花咲かすために、私は種をまく存在だ」という岩谷ガバナーですが、次年度も前ガバナーとしてご指導のほどよろしくお願いいたします。

2009.04.29

切り盛りして見えた周年行事の虚実

所属する弘前ライオンズクラブの認証50周年記念式典・祝賀会が挙行されました。
時計塔や車イス寄贈といった記念事業=アクティビティ、26日の雪の中到着された台湾・大稲珵獅子会などの姉妹クラブの歓迎、その準備のための会議もすべてこの日のためにあったわけで、県内外から300名を超える方々にご参集いただき、つつがなく終えることができたのには安堵感を覚えます。

私としては、これで三度目の周年行事でしたが、入ったばかりで何もわからずにお手伝いをしていた40周年、副会計という五役でありながら受付に携わったのみで内情に立ち入らずに終わった45周年と違い、三役である会計さらにキャビネットのIT副委員長として来賓を中心にした受付全体を統括する立場で式典を迎え、開会を見届けたところで祝賀会の会場へと向かって進行役としての打ち合わせをし、祝賀会終了後の姉妹友好クラブとの交歓会では三上祐啓元ガバナーの介添え役と、息つく間もない一日でした。
これは私ばかりでなく、式典・交歓会の司会を務めた同期入会の佐藤光伸副幹事や式典の段取りをしてから祝賀会の司会に回った門前L、そして全体を通じて統括していた佐々木幹事にはより以上の苦労があったと思いますし、鹿児島クラブの方々との三次会を終えてから、ようやく肩の荷を下ろして三人で乾杯することができました。

お越しになった方々からは、「さすが弘前クラブ」というおほめの言葉をいただきましたが、さまざまなところで見えない落ち度がありましたし、メンバーがそれぞれの役割を果たして成功裏に終わったとはいえ、どこかで一丸となっていたとは思えないところに、高揚した達成感がない理由がある気がします。
40周年の際は、同い年でありながら幹事として孤軍奮闘していた三橋Lを見て大変だろうと思っていましたが、切り盛りする立場になってみて何に悩み何に怒っていたのか、10年越しで見えた気がしました。
式典の中では、物故ライオンとして故安井健男Lが紹介されましたが、式典の進行に誰にも負けないこだわりを持ち50周年やキャビネットを持つことに熱い思いを抱いていた安井さんからは、到底及第点をいただけないものだったのではないかと思いますし、認めていただけるようさらに真剣な気持ちで取り組まなければならないと思っています。

2009.04.19

大先輩、佐々木市長最後の表彰を見届ける

青森はまなすライオンズクラブの30周年記念式典があり、キャビネット役員の一人として出席しました。
整然とした記念式典に花を添える青森山田学園吹奏楽研究会のすばらしい演奏、八甲田神社の宮司による舞楽にYOSAKOIチーム「舞鼓童」の演舞と、さすが岩谷ガバナーのお膝元だけあって、さながら5月の年次大会のプレイベントのようでした。

ところで、当日は青森市長選の投票日だったのですが、記念事業=アクティビティの贈呈を受ける立場として佐々木誠造青森市長が出席されていました。
以前批判的なことを書いたこともありましたが、マニフェスト・スクール青森に際し、開催地の市長としてだけでなく早大マニフェスト研究所がかかわる事業なのでワセダの先輩としてごあいさつをというお願いに上がったところ、さすが稲門会会長だけあって即座に快諾のご恩をいただきましたし、弘大で行われた首長シンポジウムでのインテリジェンスに富んだプレゼンを拝聴して、品性が高すぎるからこそワセダらしからぬ印象を受けたのだと思い直していました。
ただ、コンパクトシティの先鞭をつけたものの、5期20年の高齢多選に対する批判やたがが緩んでいると言わざるを得ない不祥事の連続で、下馬評では不利を伝えられていただけに、アクティビティに対する感謝状を読み上げるのを、もしかしたら最後の表彰になるのかと複雑な思いで見届けました。
結果はご存じのとおり鹿内博さんが想定外の大差で勝利を飾りましたが、落選のあいさつの際にワセダカラーのネクタイに締め変えていたのは、あくまで勝利を信じて戦ったプライドの表れと受け取りました。
何はともあれ、佐々木市長本当にお疲れ様でした。

一方、当選された鹿内博さんも政策ラウンジでお話をうかがったこともありますし、今年1月には練り上げたばかりの基本構想を盟友・古村一雄県議が報告してくださったのを徹底的に検証してきましたので、これからマニフェストをどのような形で実現させていくのか、シンパシーを持って見守っていきたいと思っていますし、私たちのマニフェストづくりにもいかしていきたいと思っています。

2009.02.03

異形のコンサルタントのまっとうな講演

月ごとの例会にはなかなか顔を出せない罪滅ぼしに、青森県中小企業家同友会の新春例会で青森市に向かいました。10周年を経て勢いづいているのが実感できるほど、たくさんの参加者が集まっていました。

今回の講師は、さまざまな転職を経て中小企業に特化したコンサルタントとして活躍している栢野克己さんでした。

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ラフな格好で会場の後ろから走って登壇するという驚きのスタートから、下ネタ全開、「バカ」連発という行儀の悪いスタイルでしたが、話の中身は演題の「小さな会社、弱者の戦略」そのもので、ランチェスター戦略にもとづいた一点に絞ってあれこれ手を出さないやり方を、今は飛ぶ鳥を落す勢いの「やずや」のどん底からの成功までのエピソード、そして現在の経営計画や今でも続けている手作り誕生カードを送るという地道な姿勢をメインに、さまざまな成功事例を紹介してくれました。
その中で、大企業には経営計画が必ずあるが中小企業にはほとんどないこと、作るにしても「やずや」のように分り易い言葉で書くことといった計画を立てることの重要性、それを実行するためにどんな場所・場面でも目にとまるような徹底を栢野さん本人がやっているのを教えてくれました。
話の肝としては、夢・戦略・感謝、この三つのバランスが必要で、どれか一つというのでは成功につながらないというのは、なるほどと思いました。

話の中には、長慶苑としてできそうなヒントもありましたが、「小さな1位をめざす」という発想で今まで取り組んできたことを洗い直す必要を感じました。

2008.11.28

土岐会長のスピーチに感銘

所属している弘前ライオンズクラブでスペシャルオリンピックス=SOへの支援を決めたので、その記念に例会で土岐司会長にスピーチをしていただきました。

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元々高校の教員をされていたのは知っていましたが、当時は空手部の顧問として勝負に徹する厳しい指導をされていたのだそうですが、その教え子の中にSOのボランティアがいて活動に加わることになったというのは知りませんでした。
そこでスキーに障がい者であるアスリートを連れて行ったところ、ブーツを片足履くまでに3時間もかかるほどだったのですが、そこからスキーを履いて歩く練習をし滑ることができるようになるまで一歩一歩できるようになっていくのを喜ぶ姿に感動し、勝者以上に敗者にこそ大事な意義があることや社会参加することで表情が変わるのを見て自らの教育姿勢が間違っていたと教えられたとお話しされていましたが、そこで学ぶことができるというのは何と素晴らしい先生であろうかと思いました。
土岐会長は、白神観光ガイドのリーダーでもあるのですが、ただ自然を守るというのではなく、自然にふれあうことで学ぶ機会になるし、接することで理解できるのは白神もSOも同じであるという、非常に感銘を受けるお話をされました。

その後の歓談の中でも楽しいお話を聞かせていただきましたが、このすばらしい先生の活動を支援できるのは望外の喜びですし、私も積極的に参加して学びたいと思っています。

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