2017.04.16

返り討ち?のごみ減量化意見交換会

相馬地区では初回から約半年ぶりとなる、第2回ごみ減量化・資源化意見交換会があり、出席しました。
参加者は前回から大きく減って、たった3人でしたが、旧知のコーディネーターの鶴見實弘大名誉教授の引き合いもあって、だいぶ好き勝手に言わせてもらいました。

まずは、ゴミの排出量が県内最下位レベルとはいえ、その分売電収入があるのではと質問したところ、確かに支出32億円に対して収入が1億円あるのだそうで、額としては県内トップであるということでしたが、これは鶴見先生にどんなことをしても収入が支出を上回ることはないと釘を刺されてしまいました。
それから、前回も提言した町会もしくは連合町会単位のゴミ排出量を測定し、2・3年後をめどに基準を下回ったところは無料を継続し、上回ったところから有料化とするインセンティブを導入すべきという点に関しては、実態が把握できるのは旧市町村単位なのだそうで、それによれば岩木・相馬地区はごみが多い傾向にあるということでした。
また、旧市内で行われているごみの戸別回収は、それなりの負担を招いているのは認めた上で、これを解消していく方策を検討しているということでした。
どうにも納得のいくやりとりにならないので、上勝町の40分別の例を引き合いに出して、いっそこういうところまでやってはと話したところ、鶴見先生から確かに資源化ということでは価値のある取り組みだが弘前市とは人口の差異が大きい、いっそ相馬地区で試験実施してみてはと切り返されたので、無料を継続していただけるのならと応じるのが精いっぱいで、返り討ちに遭った気分で終了となりました。

ただ、先日の記者会見でも市長からは2・3ヶ月で結論を出すということでしたので、事業系ごみの徴収強化ということで済むのか、予定どおり家庭系ごみの有料化を推進することになるのか、今後の話し合いも注視していきたいと思います。
有料化に関しては、最初に反対であると伝え、それが実施された場合には相馬地区など面積に余裕のあるところではごみを野焼きして済ませるようになると警告しておきましたが、こういう生活における土台にかかわる問題だからこそ、時間をかけて慎重に考えてほしいものだと思います。

2015.09.20

余は如何にして禅宗信徒となりし乎

津軽の人間でありながら、元来が門徒宗(浄土真宗大谷派)ということもあり、お盆や彼岸の禅林街の混雑を体験したことがありませんでしたが、今日の彼岸の入りの日にはじめて足を踏み入れました。
彼岸の中日である秋分の日ではなく、シルバーウィーク5連休ということもあってか思ったよりは駐車も少なく拍子抜けしましたが、これからにぎわいを体験することになるのだと思いながら帰ってきました。
そうです。今日から私は、禅宗(曹洞宗)宝積院の信徒というか檀家となったのです。

もともと実家の門徒宗の寺の坊主は説教をしないどころか読経も下手くそなのに、お布施代を請求書で示すといった葬式ビジネスそのものでしたので、自分の代になったら抜けてやろうと思っていたのが実家と絶縁する形となり、さらに今回の義父の供養をきっかけに考えた末のことです。
私自身は火葬後ただちに散骨して一切の葬儀法要は不要と考えていますが、家族親族がすべてそれを望むわけではありませんし、そこでお寺とのご縁は大事な意味を持ってきます。
社会活動を通じてたくさんの住職の方々とのご縁がありますが、ライオンズクラブで単なる先輩としてではなく一番一緒させていただく機会があり、そのご縁で施設のオンブズマンを務めていただいたばかりでなく、立場を失ってクラブを退会した後でもさまざまなご縁が続いているのが宝積院の太田宏見住職であり、その折々に仏教の教えを説いていただく機会もあり、私が知る中では最高の仏道者であると尊敬しています。
今回の供養でも非常にはからっていただいたことがあり、今こそ檀家にしてもらう好機と思いを伝えたところ、快諾していただいて本当にありがたく思っています。

江戸時代の寺請制度からお寺と檀家の関係はつながっており、分家して故郷を離れても宗派は同じところを選ぶように、仏教の中で宗派を変えることは滅多にないことだと思いますが、仏教が宗教である以上、その教えを信じたり、住職のお導きによって変わるのが本来あるべきことなのではないでしょうか。
秋の彼岸にあたって、皆さんにも一度考えてほしいことだと思っています。

2015.02.28

フルサトとナリワイ

この数日で、伊藤洋志さんの『ナリワイをつくる』『フルサトをつくる』の2冊を読了しました。
ナリワイというのは、伊藤さんが「個人レベルではじめられて 、自分の時間と健康をマネ ーと交換するのではなく 、やればやるほど頭と体が鍛えられ 、技が身につく仕事 」 と定義したもので、これを展開するために移住するということではなく一時的にかかわったり二地域居住する地域のことをフルサトと呼んでいます。
これからの生き方やまちづくりにおいて非常に示唆に富む内容でしたが、ただ読みましただけで済まさないのは当然として、政策提言に活用するという他人ゴトとしてはなく、自分ゴトとしてフルサトとナリワイについて考えておきたいと思います。

順番からすればナリワイがあってフルサトということになるのですが、今の私に引きつけて考えると、170回も通い続けている野田村は私にとってのフルサトに他なりません。
昨日も行ってきたばかりですが、「あまちゃん」のオープニングでも映っていた北リアス線と並行してまっすぐに伸びる国道45号線に入ると気持ちがワクワクしてきますし、震災支援という形でなくなっても、美しく豊かな自然と心温かい人たちを思うと最低月1回は行かないと禁断症状が出てくるはずです。
その支援としては、津軽から一芸を持つ人たちを案内する生活支援プログラムで多少なりとも貢献はしていますが、私自身が何かできているかといえば顔を出して話を聴くくらいしかしていないだけに、これからは「だらすこ工房」のお父さん方の仕事を手伝うというか作業を教えていただいて、自分でも木工品の一つでも作れるようになろうと思ったところです。

もう一つ、フルサトにしたい場所がありまして、それは相馬地区の最奥にある沢田地区です。
以前から住民の皆さんにはお世話になっていますが、それがこうじて今年は3/5に行われるろうそくまつりの実行委員会に加えていただいているほどでして、沢田地区を維持することが旧相馬村の維持にもつながるという思いでかかわっています。
現在は10世帯で小中学校の子どもがいるのは1世帯という限界集落ですが、それだけ空き家もあるわけですから、そのうち1軒を借りて自分の仕事場とするだけでなく、人が集まってくるような仕掛けができれば、もっとリアルに地区に貢献することにもなります。

ただ、ナリワイをいくつもつくって生活を成り立たせるのは至難の業だけに、まずは4月の市議選で再起を果たし、それを土台に自分のナリワイやフルサトづくりを試行して、その可能性を皆さんに伝えて関心w持ってもらうことができればと思っています。

2015.01.22

ライオンズクラブは遠くなりにけり

4年前に素浪人となったところで、やめざるを得なくなったのがライオンズクラブでした。
東北で3番目の歴史と最多のメンバーを抱える弘前ライオンズクラブに所属させていただき、クラブでは5節目の50周年で三役である会計を務め、県単位の組織であるキャビネットでは数年続けてIT委員会での役職を拝命してドップリと活動にはまっていただけに、断腸の思いでした。
今からして思えば、社会奉仕団体といいながら発生した東日本大震災に迅速な対応をしたとは言いがたいのを目の当たりにしてガッカリした思いもあり、再起を果たしたとしても復帰したいとは思っていませんが、そこで得た人間関係や薫陶には感謝を忘れるわけにはいきません。

その中でも、クラブ初のガバナー経験者である三上祐啓Lには、キャビネットにかかわった際にお供させていただく機会が多く、祐啓Lも同じ三上ということでかわいがってくださり、車で送った際には奥様に声をかけていただいてお茶をごちそうになったり、お手製のジャムをもらっただけに、ご逝去の報に接して矢も楯もたまらず通夜に参列しました。
喪主である奥様にあいさつすると、「その節はお世話になって」とやさしい言葉をかけていただき、懐の深さを感じさせる遺影からも当時が思い返されて、帰りには涙がにじんできましたが、何人かの先輩Lは見かけましたものの受付には見知った顔がなく、もはや私の知っているクラブではなくなっているのを改めて思い知らされました。

本当にライオンズクラブは遠くなりにけりの思いですが、祐啓Lがスピーチで教えてくださった社会奉仕の心を、自分なりに受け継いでいこうと思います。

2011.12.22

よきクレーマーとして

昨日まで5日連続で朝の雪かきをしていましたが、私ばかりでなくご近所からもネットでも除雪出動のちぐはぐさに不満が聞かれましたので、市のホームページの「お問い合わせ」から道路維持課に質問を寄せたところ、昨日のうちにしっかりと回答をいただいたばかりでなく、詳細な部分での説明をしたいとのことでしたので、今日は出動しない分ホッとした雰囲気の維持課におじゃましました。
ちなみに、私からの質問とそれに対する回答は下記のとおりです。
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この5日間の0:00時点での積雪と出動判断はどうであったか。

この5日間は、市が道路状況の調査や気象情報を基に出動を指示しております。例年、雪の降り始め期間(今年は11月9日から12月20日)は、出動のばらつきを防止するため市が出動を判断し各工区に指示しております。
17日 市内の道路状況を調査後、全工区に出動を指示
18日 前日の除雪実施による道路状況と気象情報により出動なし
19日 道路状況を調査後、郊外部の工区の出動を指示
20日 道路状況により山間部のみ出動を指示
21日 道路状況を調査後、全工区に出動を指示

明け方の急な降雪に対しては、何時までに出動するといった基準をもうけているか。

出動基準は設けておりませんが、早朝の降雪への対応は必要と考えております。このため、今冬は、道路状況に応じ、交通渋滞を引き起こしにくい路線については、日中除雪により対応したいと考えております。

昴地区は今日未明1時台の除雪であったが、こうした早い時間に除雪した地区で明け方まで降雪があれば再度の除雪をするのか。

各工区の除雪機械は、基本的に午前1時から午前6時までの5時間で作業を終了できる台数を配置していることから、現状では、再度の除雪は困難と思われます。

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これをベースに板垣課長・阿保課長補佐と1時間ほどやりとりさせていただきましたが、こういう情報を市民に理解してもらうためには、ネットでの情報が必要ではないかとたずねたところ、担当の職員から広報11/15号で除雪情報サイトやメール配信などの記事を載せたことを説明されましたが、これは2008年から行われたICTモデル事業を継続発展させたもので、質問しておいて追跡していなかった不明を恥じることになりましたので、この機会に市民の皆様にも登録活用していただきたいと、お知らせしておきます。
また排雪のことがネットで質問が上がっていましたので聞いてみたところ、除雪計画の中で大まかな基準を定めているものの、情報を出すことに関してはそれに便乗して屋根雪を道路に下ろしたりする方がいたことも少なくなかったので公開しなくなったという話になり、市民側のモラルを変えないと解決しない部分があることを感じました。
この他、私の住んでいる昴地区だけが相馬支所の直営エリアでないことも取り上げ、地域の一体性のためにエリア区分を来年度でも見直してほしいということも伝えておきました。

今回のやりとりは、終始なごやかな中でお互い前向きな懇談をすることができましたが、こうやって時間を割いていただけるのは前市議としてのキャリアがあればこそですし、その立場を失っても市民生活を向上させたいという思いは変わりませんので、これからもよきクレーマーとして向き合っていきたいと思います。

2011.11.26

コミュニティビジネスサロン、完走

6月から10回で開催してきた「ひろさきコミュニティビジネスサロン」が、本日の発表会で終了しました。
自分の次の道をつくっていくために、20名の定員のところに無理を言って加えてもらい、2回の先進地視察を公休した以外はまじめに出席し、事業計画もまとめて発表しました。
私以外には5名が発表したのですが、そのすべてがカフェとなっていたのはコミュニティ=集うという方向になりがちなのもあるでしょうし、視察先がカフェやレストランでの成功事例だったのも影響していると思いますが、当日の出席者にしろ発表までまとめた件数にしろ少なかったことからしても、完走したことだけでもほめていいことだと思います。

その5件に対して、私のは「弘前市をAR先進地に」という、ビジネスの計画というよりビジョンに近いもので、AR=拡張現実を使っての観光・商業情報の提供という雲をつかんだような内容でしたので、何とも違和感がありました。
ただ、ネットを通じてリアルなコミュニティを作り新たなアクションにしていくという方向性はアリだと思いますし、ビジネスという形で成り立つ工夫も必要ですが、市や関係団体が支援する形で事業化するという進め方の方が望ましい気もしています。
このあたり、この一年津軽で起業して成功している方々とのご縁をいただいている中で、ビジネスを成功させる能力では圧倒的に負けているのを感じていますし、どうもビジネスというより利益は生まないものの必要なことに取り組むワークの方に向いている自分というのを痛感していますので、具体的に動くとなればいろいろな方から力をお借りすることになると思いますし、協力したいという方はぜひご一報いただきたいと思います。

それでも、コミュニティビジネスという形で起業まで考えている市民がこれだけいるというのには新鮮な驚きがありましたし、他のプランも実現していけば一緒した立場としても応援したいと思っています。
できれば、せっかくのプランを市や関係団体の担当者も聴いてもらって、そのプランに合った助成事業を紹介したり、支援を検討するプランドラフト方式で開催すれば事業化まで進むものが増えてくる気がします、と市と受託先の後輩二人に提案しておきます。

2009.11.23

スペシャル・オリンピックスの未来を学ぶ

前夜の酔いを振り払って、弘前学院大でのスペシャル・オリンピックス=SOの5周年記念勉強会に出席しました。
記念講演は、そのために浜松から駆けつけた志村健一さんでしたが、よく考えると日本どころか世界のSOのリーダーである彼からSOの話を詳しく聞いたことがありませんでしたので、貴重な機会になりました。

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その内容はこちらのメモでお読みいただくとして、興味を引いたのは支援活動の中にHAP=ヘルシー・アスリート・プログラムという、アスリート=障がい者の健康管理をするものがあることでした。
というのも、私が所属する弘前ライオンズクラブで昨年度からSOを支援することにしたのですが、一緒にスポーツをするには体力的に無理な年齢の方が多く、さりとてカネを出して終わりでは意味がないと思っていたところでして、これなら医師のメンバーの方に協力してもらうことができますので、願ってもないプログラムに出会った気がしました。
また、青森県のSOは学生中心に運営されているのが大きな特色なのだそうで、設立から見てきた私には当たり前だと思ってきたことも、全国からすると珍しいのだそうです。これを生かし、新しいボランティア層を掘り出していくことが次のステップになると、志村さんはエールを送っていました。

ただ、世界では認識されているSOも日本ではまだまだで、昨季の冬季世界大会が終わったことを知っていたヒラリー国務長官は帰国したての日本選手団をねぎらいたいと空港に呼んでくださったのだそうですが、それを出迎えに着ていた日本の国会議員は誰ひとりとしてアスリートに声もかけなかったのだそうで、SOの認知ばかりでなく、政治にかかわる立場の目線のおき方に問題提起されていたのは、耳の痛い話でした。
そういうことがないような、そして障がいの有無に関係なくスポーツから社会参加へと続くステップを進むことができる社会にしていかないとなりません。

2009.08.02

SOねぷた白神感交ツアーをサポート

所属している弘前ライオンズクラブは、昨年度からスペシャルオリンピックスの活動を支援していますが、今年最初の支援として「ねぷた白神感交ツアー」のサポートをさせていただきました。

全国各地から4名のアスリートとご家族が参加したSOの皆さんは、昨夜は件の市役所ねぷたに参加したのが地元2紙でも大きく取り上げられていましたが、その後白神山地の入り口「グリーンパークもりのいずみ」で宿泊し、二日目の午前中は「津軽藩ねぷた村」で津軽の文化にふれ、お昼を取って出発までの買い物におつきあいすることになっていました。
私を含めてメンバー5名と夫人4名の計9名で駅前公園で待っていたところ、昼食会場を提供していくくださるレストランがあるというので、そこでこちらが準備した弁当を食べるというちぐはぐな展開となりましたが、そちらもSO会長である土岐司先生の教え子のところだそうで、さまざまな形で縁を生かす土岐先生ならではのことです。

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私は同じ時間に進行中の陸上大会の監督としての役目がありましたので引き合わせをしたところで運動公園に戻りましたが、太田会長はじめ参加した方々で買い物をし見送ったというので、まずは直接かかわるアクティビティ=奉仕活動のスタートが切れたようで何よりでした。
土岐先生からは、非常に評判がよかったので来年は大挙して参加してくるだろうと教えていただきましたし、こちらも前日の51年目となった八幡宮武道大会以上に力を入れて取り組んでいくことになる予感がしています。

2009.05.22

「たけや」さんにお世話になりっぱなしの一日

前夜のマニフェスト月例会後の懇親会の酔いが醒めやらない中、ライオンズクラブの早朝例会のため禅林街の宝積院へと向かいました。

例年であれば、同じ禅宗の山観の精進料理なのですが、今回は都合がつかないということで、市内のそば屋「めん房 たけや」さんが、おかゆと豆腐の刺身をふるまってくださいました。

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この豆腐の刺身というのは、豆腐を寒天でとじたもので、津軽料理遺産の一つです。
「たけや」さんをはじめとする34の伝承店の方々が、けの汁・じゃっぱ汁などの津軽ならではの出したり、それを駅弁に仕立てたりと、B級グルメ路線とはひと味違う取り組みをしていますので、弘前にお越しの際はぜひご賞味いただきたいと思います。

夕方は、すっかり定着したあずみ野デイセンターでの大隅寿夫トリオのJAZZライブがあり、坊主を連れて足を運んだのですが、最初にここでライブをやることを勧めた張本人である「たけや」のご主人・武林さんも顔を見せていました。
前夜は「たけや」でもライブをやっていて、遅くまでメンバーの方々と歓談されていたそうでして、それにもかかわらず早朝からお世話になり、また夜にもお会いするほどのエネルギーに圧倒された一日でした。

2009.05.10

我が家にとっても総決算の年次大会

青森県全体を統括するライオンズクラブ国際協会332-A地区の第55回年次大会が、青森市で開催されました。

今回は会員というだけでなく、YEホストファミリーとしての表彰を受ける立場で、家族ともども参加しました。
家内は思い出すのもイヤだと言っていたのですが、清野YE委員長や五十嵐キャビネット幹事のお計らいで同伴してくれることになり、遊びに行くつもりだった坊主もついてきてくれたので面目が立ちましたし、これまでは表彰など行われていないホストファミリーの苦労を汲み取ってくれて栄えある壇上に立たせてくださった岩谷ガバナーには感謝の気持ちでいっぱいです。

その岩谷ガバナーの第一印象は、警察官上がりだと言うし堅物そうだと思ったのですが、当初からライオン帽の積極的活用や年次大会をミニ国際大会に見立ててパレードを企画、さらにはクラブ会長の経験のない五十嵐幹事の抜擢と横紙破りのリーダーシップを発揮し、年次大会にも事務局の固定化をあえて議題とする姿勢は、賛否両論を呼び起こすほどの存在感を示しました。
遠くからは見ればそれだけでしょうが、YEの件でも気づかいをしていただき、IT副委員長として事務局に顔を出した際にも気さくに話しかけてくださる素顔に接する機会をいただいて、その人間味には敬愛の念を覚えていました。
それだけに、昨年はガバナーエレクト=候補者として我がクラブの岡井眞副地区ガバナーの前に入場した際に何の感慨も抱かなかったのが、最初の入場場面で私まで感極まる思いで見つめるほどでした。
また午餐会でも多くのメンバーから声をかけていただけたことで、キャビネットにかかわった今年一年の総決算ができた気がしました。

「岡井ガバナーが花咲かすために、私は種をまく存在だ」という岩谷ガバナーですが、次年度も前ガバナーとしてご指導のほどよろしくお願いいたします。

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