2016.11.24

ゴミ有料化説明会に出席

相馬地区で開催された、「ごみの減量化・資源化意見交換会」に町会長として出席しました。

こういう名称になってはいますが、9月に答申されたゴミ有料化に関する説明会だというのは衆目の一致するところで、市からは都市環境部長と秋元哲課長を筆頭に環境管理課一同で応対する形で、課長からの説明30分と1時間の意見交換という流れで進められました。
最初にあいさつにたった都市環境部長によれば市の方針はあくまで白紙であり市民からの意見を聞いて決定していきたいということでした。続く秋元課長からの説明では、家庭系ごみでは一人あたり全国の1.15倍、事業系ごみでは何と1.85倍ものごみを排出しているのだそうで、それによって市の一般会計予算の約4%にあたる32億円の予算があてられているのだそうです。
それをふまえて、9月には家庭系ごみの有料化が有効だとする答申が出されたわけですが、引き続く意見交換会では市としては減量化・資源化への取り組みから有料化へと進めていく段取りを考えていたようですが、いわんとしているものが伝わっているだけに市民からの質問もいきおい有料化にふれるものが多くなり、途中で秋元課長がなぜ有料化を検討しているのかをぶっちゃけで説明し直す場面もありました。

ラス前で発言する機会を得た私は、事業系ごみに関しては全国平均に近づけるために現行料金から倍増させて事業者に危機感を持ってもらうこと、家庭系ごみに関しては再来年といわれている有料化は先送りにし、まずは市から緊急事態宣言を出した上で3年後をめどに全国平均以下となる町会は無料を継続することを提言しました。
これに対しては、課員から町会ごとでは平均を出せる体制ではないことが弁明されましたが、市全体ではなくエリア単位での数値を出す努力はしていきたいとの回答でした。
他の参加者では、有料化への疑問を次々と並べ立てる方、ごみ出しの非常識を持ち出して有料化に賛同する人に的外れな発言をする人など、さまざまな意見が出されて、20:00を少し回るところまでかかる形となりました。

この後、意見交換会はヒロロで2回・岩木館で1回行われるそうですので、市民の皆さんにはぜひ足を運んでいただきたいと思いますが、部長の話どおり市民の意見が通って有料化先送りとなってほしいものですが、市民の意に反して市長提案どおりに議決してしまうのが今の市議会だけに、ごみ有料化の件は注視していきたいと思います。

2013.09.23

水害ボランティアで見えたもの

前回、「復旧チーム弘前」を提言したのが後押しの一つになったのか、弘前市では21日からの3連休にりんご園地のゴミ拾いのボランティアを市民に呼びかけて募集し、私も3日目にようやく参加することができました。

当日のメンバーは20名、出勤ではなくボランティアとして参加している市職員も数名、野田村や岩木山桜会議で一緒している方々の顔もあり、バスに同乗して現地へと向かいました。
落ちている燃えるゴミ・カン・ビンを拾いながら進むというシンプルな作業でしたが、実際に園地に足を踏み入れてみると、高く伸びた枝先の葉まで泥がこびりつき、勢いの強かったと思われる箇所では根こそぎ倒れている大木もあり、過去最悪の農業被害だというのが実感として伝わりました。
私が加えていただいたチームには、「チームオール弘前」への参加者や「遠野まごころネット」に登録して大槌町や釜石市で活動してきた方もいて、東日本大震災の支援活動がこういうところにもつながっているのを感じ、市としてのボランティア力の向上が見えた気がしました。
なお、このボランティアは26〜30日までの期間でも募集していますので、参加できる方はぜひよろしくお願いします。

ところで、現地は岩木川沿いの大川から青女子にかけてのりんご園地で、担当のりんご課職員によれば一番被害が大きかったところだそうですが、私が知っている限りでも何度も冠水の被害が起きてきたばかりでなく、数年前には春先の霜でも大きな被害を受けたエリアなのですが、元々は水田だったところを減反政策でりんごに切りかえたことでさまざまな被害を受けるリスクが高い土地になっているのが最大の問題だと思います。
また、前回の霜やひょうの被害の際に、りんご共済への加入率を50%まで引き上げることを条件に支援を行ったのですが、現在でも38%と目標には届いていない状況だそうですし、総合型であれば今回の被害も適用になるものの、掛金がその分高くなるのを避けて風や霜といった個別型で済ませている場合も多いのが現実で、今回も農家の自助だけではカバーできないものになりそうです。
これも当日の課員との情報交換で知って不明を恥じることになったのですが、水田の場合は強制加入なのだそうで、それがりんごの場合は任意加入という仕組みの違いが被害を深刻化させているのですから、リスク回避のために必要な支出として強制加入にしていかなければならないと思います。

こういう問題は、市民力向上だけでは済まないことだけに、市政改革の第一歩としてりんご課を設置した葛西市長におかれては、被害への対応ばかりでなく同じことの繰り返しを避ける農業防災・減災のしくみ体制づくりに取り組んでいただきたいと思います。

2011.11.27

FORETに涙雨

昨年度の市職員政策提案=スマイルメーカーから生まれたマルシェ=市場であるFORET(フォーレ:仏語で森)が最終日を迎えたので、雨の中足を運びました。
今日は並木通りを通行止めにして、市内外のりんご農家が直売する「トラック市」も行われていたのですが、この企画を温めていたのは責任者で8月に交通事故で帰らぬ人となった蝦名稔さんでした。

蝦名さんは、NPO ECOリパブリック白神の理事として昨年から楽市楽座の担当となり、楽市組の会議で顔を合わせるようになって知り合いましたが、元々は市内の農家である方がまちづくりにかかわるという稀有の存在でしたので、当時からさまざまなことを教えてもらいましたが、FORETばかりでなくCSAも担当するために専従するという責任の持ち方に感服させられました。
実は蝦名さんは同級生だったのを亡くなってから知りましたが、そのせいもあってか私の落選にも励ましの言葉や心配をしてくれ、この二年の中では非常に縁が深まった方だっただけに、急死の報には本当にショックを受けました。
それ以降の毎週日曜日に開催されるFORETは天候に恵まれずに来たそうですし、今日の雨も蝦名さんの無念の涙雨に感じられました。

私もエコリパの一員ですので、来年度の開催において少しでも協力することが、蝦名さんとの友情に報いることだと思っています。
来年は晴れさせますよ、稔さん!

2011.05.14

CSAで「再会」

私も会員に加わっているECOリパブリック白神が中核となって立ち上げた弘前マルシェコンソーシアムで、CSA事業に取り組むことになっています。

CSAとは、Community Supported Agriculture=「地域のコミュニティに支援された農業」というものですが、選挙直後のキックオフは弘前城でのキャンドルナイト、先週からのサロンは野田村からの招待と重なって詳しい話を聞いていませんでしたので、エコリパが事務局を移した懐かしのルネスアベニュー楽市楽座に足を運びました。

CSA事業とまちなかマルシェ事業のために、理事である農家の蝦名稔さんがスタッフとして従事するという本腰を入れた体制で臨んでいるだけでも驚きですが、当日はわざわざ青森市から説明を聞くというより申し込みに来られた方があったのに感心しながら、その方とともにCSAと農業問題についてレクチャーを受けました。
それに耳を傾けつつiPadで検索してみると、2000年7月24日更新の「笹山登生のオピニオン/コミュニティが支持する農業(CSA)は日本に定着可能か?」というのが見つかり読み進めていると、「中島興世」という懐かしい名前が出てきました。
中島さんは、ローカルマニフェスト推進地方議員連盟設立で一緒に運営委員となり議連をリードしてくださったのが最初の出会いで、地元・恵庭市の市長選にすばらしいマニフェストを掲げて挑戦して見事当選するというマニフェスト型政治の旗手でしたが、残念ながら1期で終わってしまいました。
しかし中島さんには、市長市議となる前の市職員時代に手がけたことがいくつもあり、「地産地消」という語を生み出したことでも知られていますが、その具体的な取り組み「えにわ田舎倶楽部」が日本のCSAのさきがけだったというのを今さらながら知りました。

CSAという新しい取り組みに関心を持ったことで、中島興世さんという懐かしい方と再会することができましたが、今の自分にとってはあのバイタリティあふれた方が政治という場から離れて今何をしているかにも関心がありますし、先んじて取り組んできた恵庭のCSAは今どうなっているのかを知るのも津軽での展開に役立つことがあると思いますので、ぜひリアルに再会したいと思います。

2009.10.27

夏秋いちごで意外な再会

県主催の「夏秋いちごフォーラム」が青森市で開催されました。
夏秋いちごとは、通常のいちごが6月で収穫が終わった後の7月から10月頃の時期に収穫されるペチカ・なつあかり・サマールビーなどの品種のことなのですが、現在作付面積では全国3位の青森県は「日本一」を標榜していまして、そのため市町村での取り組みに補助金が出ているので目に止まって関心を持ち、2年続けて質問していることもあって、県としての姿勢を知るために参加したわけです。
ちなみに、その情報は青森県庁からのTwitterで知りました。

フォーラムの内容はメモのとおりですが、農研機構のお二人が研究機関としての生産・消費の立場で話されたのと、吉田昌己さんがユリヨーという卸業者として話されたのは真逆の話のように思いましたし、それだけ市場が未成熟不安定であるということは、ある意味でのチャンスもあるということだけは理解できたように思います。

ところで、このフォーラムへの参加をメールで申し込んだところ、確認の電話を担当である農産園芸課からいただきましたが、何と声の主が青森県政策マーケティング委員会の事務方として一番お世話になった堀口恵里子さんだったので、ビックリしながら近況報告となりました。
当日もそつのない司会をされていましたし、この事業が目立つ形で動いているのも彼女の力量によるものだと実感しましたが、企画畑でもずば抜けた才覚を見せた人材を新幹線推進課に持ってきても開業の大事なところで異動させてしまって、その上農林という限られた分野に押し込めてしまうという県の人事は疑問符だらけです。

2009.05.26

三年目は最高の田植え日和

岩木・鼻和地区と杭止堰農業改良区にお世話になって取り組んでいる田植えですが、三年目の今年は初年度の雨とは大違いの晴天の中で行うことができました。

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おかげで作業もはかどり、利用者の皆さんも車から降りてあぜ道から職員のなれない仕事ぶりを見守ってくれました。
鼻和地区の皆さんとも、今後の進め方やねぷたや夏まつりでの交流を約束することができ、このことに関してはすでに実りを迎えた感があり、稲も同じく順調に育ってくれることを願っています。

2009.05.07

叔父の死で農家の現実に直面

3日の夜に急逝した三上泰男叔父の葬儀を終えました。

泰男おじさんは、田舎館村の工藤家の8人兄弟の4男として生まれ、3人の兄が家を継がなかったために9人兄弟の8番目である愛子おばさんと連れ添って42年間相馬村坂市地区の一員として母の実家を守ってきてくださいました。
末妹で村内に嫁いだ母は実家に足を運ぶことが多く、私もそのならいで盆正月には必ず顔を出してきましたので、温厚で私の政治活動のことも気づかってくれる泰男おじさんは血のつながった親戚以上に心許せる方でしたが、私が知る知るずっと以前から肝炎を患い近年は入退院を繰り返しており、この7日には14度目の入院が予定されていたのに、自宅で食道静脈瘤が破裂し帰らぬ人となりました。
最後のご恩返しになればと、通夜葬式で司会を務めましたが、ここに改めてご冥福をお祈りいたします。

以前から、叔母夫婦と80歳を超えたツギおばさんと3人暮らしの実家の行く末は気がかりだったのですが、いざ家業の農業の中心であった泰男おじさんが亡くなると、この先どうしたものかとますます心配になります。
近所の方々が今年に関しては草刈りや薬かけを請け負ってくれることになりましたが、泰男おじさんも遺言代わりに「死んだらリンゴの木を切ってくれ」と言っていたそうで、来年には畑を売ったり耕作をやめることになりそうです。
かといって次の代である私たち従弟の中で、今さら坂市に越してきて家を継ぐような存在がいるわけもなく、家業どころか遠くない将来に家そのものが絶えてしまうことになってしまいます。
農村が抱える問題が他人事ではないのを痛感しつつ、いかんともしがたい現実に直面しています。

2008.11.14

出版記念会で、3人の先生と歓談

ライオンズクラブの例会を中座して、三浦章男先生「岩木山・花の山旅」出版記念会に駆けつけました。
膨大な数の草花を通じて岩木山のすばらしさを形にしてくださった三浦先生に、感謝とねぎらいをお伝えしたいと思います。

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三浦先生との接点は、「広域合併の是非を問う12市町村住民の会」で一緒にシンポジストをさせていただいたのが最初で、それ以来「岩木山を考える会」の会報を送ってくださったり、議会傍聴や報告会にお越しいただいたりと、私や同志の議員活動を見守っていただいています。
スピーチに立たれた方が、「三浦先生は登山中、ずっと怒っている」と話していましたが、それだけ自然を愛し、それを踏みにじるものに対する怒りを根っこにされているのが伝わるので、その三浦先生の目にどう映るかは自分の行動の試金石だとも言え、これからも岩木山ばかりでなく私たちも見守っていただきたいと思います。

ところで、会場入りしてすぐに声をかけてきてくださった方がいまして、それはちょうどクラブから支援することを決めたばかりのスペシャルオリンピックス青森=SOの会長・土岐司先生でした。
土岐先生には、次回の例会でSOと白神山地のことをお話しいただく予定になっておりますので、運よく打ち合わせをすることができました。
その土岐先生と、「考える会」の会長で今回の発起人である阿部東先生が立ち話されていたので、あいさつに行き月末の同級生帰省にかこつけた忘年会の案内をしたのですが、予定があるようなないような、きてくださるようなこないような、いつもながらの飄々としたお返事だったのですが、突然まじめな顔になり、イギリスやフランスでは自然分娩できる妊婦が減り、30人に一人が小児ガンを発症するという状況に憤り、放射能がこれからの最大の問題だと教えてくださいました。

この3人の先生のうち、私が直接教わったのは東先生だけですが、教壇を離れても一つのことに打ち込み、それを社会の中でいかす活動をされている生き方そのものが、まさに先生と呼ばれるだけのものであり、これからも教えを乞うことができるのは何より幸せなことだと思っています。

津軽をバカにする知事は辞めなさい!

地元紙で既報のとおり品種登録取り消し問題で、特別監察結果を受けて県は担当の女性職員を停職などとする処分を発表しました。

この女性職員の職務怠慢というのを45件も見逃してきた農林水産部の責任は重くて当然ですが、あろうことか鳴海雄蔵部長は「更迭」だとして中南県民局長に回されるのだそうです。
期待の大きいリンゴの新品種の登録取り消しというだけでも、津軽に対する将来的な大打撃になり得る失態ですが、6県民局のうちでも左遷される先が中南というのでは流刑地=格下扱いということですし、津軽/南部の歴史的な対立の構図を持ち出すつもりはありませんが、どこまでも津軽をバカにした話だと腹が立ってきます。

その一方で、三村知事は県政の最高責任者であり、日頃は「攻めの農業」などとご託を並べておきながら、自身に対する処分にはふれられていないというのは、どういうことなのか全然理解ができません。
青森県といえばリンゴが真っ先に連想されるほどの大事な農産物やそれを作り上げてきた地域に思いが至らないのであれば、青森県の知事として失格ですので、責任を取ってお辞めいただきたいと思いますし、こんな軽佻浮薄な知事を県議会がどう追及するのか注視するつもりです。

2008.02.01

決め手なき県農政を痛感

「中南地域りんごフォーラム」に参加しました。
基調講演が県内では抜群の知名度を誇る歌手の麻生詩織さんというのは意外な人選でしたが、全国を回っていると青森県出身というとりんごを話題にトークをする機会が多いそうですし、これまた意外でしたが初めての講演で外から見たりんごを語ってもらうというのは企画としてはよかったと思いました。
中でも歌手として、ヒット曲とはいい歌、うまい歌手だから生まれるというものではなく、そこにメッセージが必要だというのを、杉本真人「吾亦紅」や秋川雅史「千の風になって」を引き合いにし、これはおいしい青森りんごを売る際にも通じるるものがあるのではという話は、なかなか説得力がありました。
ただ、さすがにそれ以上に話をふくらませるには至らず、結局会場の期待?に応えて、2曲披露してくれました。

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その後は3人のスピーカーからの事例発表でしたが、それぞれが違う立場・取り組みをしているのを、県全体としてどういう形で「攻めの農業」へとまとめていくのかをテーマにすべきだと思うのですが、司会役の普及推進室長にはそういう視点が全くないらしく、意見が交錯する中から新しい可能性を探るといった方向にはなりませんでした。
三村知事にしろ、相馬市長にしろ、トップセールスといったことばかりが取り上げられますが、それ以上に作る側の体制を整えながら、売るための工夫を一体として切り開くことが必要だと思いますが、このフォーラムからはそういうものを感じられませんでした。
「決め手くん」などというキャラを作る前に、自分たちの政策の方向性を決めてほしいと思います。

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