2017.05.26

問答無用の高校再編に向き合う

青森県高等学校PTA連合会=高P連の総会があり、弘実藤崎校舎の会長として出席しました。
これまで何度か出席している総会ですが、今年は最初の行政説明で県が進めていこうとしている高校改革という名の高校再編に関する説明があるということでしたが、前後に生涯学習課からの説明をはさんで、わずか10分弱で終わりました。
それにしても、時間が短いためとは言いながら、実際は質問を受けることにすれば各地区での意見交換会同様いやそれ以上の質問を浴びせられるのを嫌って、説明一本やりで済ませてしまいましたが、その概要と私の思いを記しておきます。

県の説明では、社会の急激な変化、高校教育をめぐる環境の変化、生徒の進路の多様化、そして何より10年間で約3,100人もの生徒数の減少という認識をもとに、県下11高の統合と2校舎の募集停止を中核とした全日制35クラスの削減を進めるとしています。
私たちの中南地域では、黒石高校と黒石商業の統合、弘実農業科の募集停止、そして弘前市内唯一の定時制である弘工定時制の募集停止が打ち出されており、3市の中で唯一定時制がなくなるとされています。
これが、高校関係者や統合・募集停止を打ち出された地域の人たちにとって受け入れがたいものであるのは連日の報道で伝わっていましたが、実際に説明を受けての総会での議事となったところ、今年度の活動計画では一言もふれていませんでしたので、たまらず挙手してしまいました。
私からは、7月に決定される高校再編について、6月の総会や7月の役員会などで高P連としての意見をまとめて県に対して提言すべきではないかと質したのですが、最初は事務局から意見の取りまとめは考えていないとされたので、改めて組織としての意見をまとめるよう再質問したことで、今日で退任となる大溝会長から前向きな回答をもらうことができました。

そのやりとりがあっても、他に決算に一つ質問があっただけで10分早く終わった総会でしたが、情報交換会には出席せずに帰る予定だったので退場しようとしたところで地元紙からの取材をされましたので、3年間という限られた期間でかかわる立場の私たち保護者から声を上げることで、県の考えに物申していく必要があると思っての発言だったことを話しておきました。
今回は私だけでしたが、各地区では自校の統合などに対して、きっと激しい意見をぶつけていることだと信じていますし、今回の場でも前後の少額学習課の説明とは違って、一つの拍手もなかったところに全員の総意が表れていると思っています。

このまま、スンナリと問答無用の高校再編を通してはならない、そのためにも声を上げていくつもりです。

2016.12.09

コミュニティ・スクールへの回り道

相馬地区小中連携健全育成協議会が開催され、昴町会長として出席しました。
この協議会は、小中の教職員やPTA役員、町会や民生委員など地域関係者などによる80名近い組織で、年2回の会議を持つことになっていて、今回は弘前市教育委員会学校づくり推進課からコミュニティ・スクールに関する情報提供が中心でした。

宇庭課長と早坂さんの二人による説明では、最初に市の教育振興基本計画に基づいた中学校区単位での教育自立圏や小中学校の統合などを柱とする小中一貫教育システムがあり、その中核としてコミュニティ・スクールが掲げられています。
コミュニティ・スクールは、すでに10年以上の歴史となった学校運営の新たな形で、全国では2,800校以上が設置されているそうですが、青森県では十和田市で導入がはじまったばかりという出遅れ感にあふれた位置づけです。これを、今年度から裾野・東目屋・石川そして三中の4学区で試行し、再来年度の2018年4月からの本格実施をめざしていくということです。
導入で実現できるメリットとしては、学校運営協議会が設置され、校長からの学校運営基本方針を承認すること、学校運営について意見を述べることができること、教職員の任用に関して意見を述べることができることなどがあり、これを推進していくために市としては複数の地域コーディネーターを配置する予定だということです。
残念ながら、相馬地区は4つのモデル地区に入ることができずにいるわけですが、村内は一小学校一中学校という一貫教育に適した形になっていますし、これはぜひとも来年度からでも調査研究校として指定を受けていくのが何より大事だと思います。

短い質疑の時間になりましたので、さっそく発言の挙手をし、以前一中学区でモデル実施されていた学校地域支援本部事業との違いをたずねましたが、これは当時の校長であった佐々木健さんが今の教育長となっていること、それにもかかわらず一中学区はコミュニティ・スクールモデル地区から外れていることを念頭に置いたものでした。
回答によれば、以前の支援本部事業はすでに終了しているということでしたが、当時両方をあわせて実施していた大館市城西小での見学ではどちらか一方だけではコーディネーターを十分な時間や待遇で働いてもらうことができないということでしたので、今回の計画にある地域コーディネーターをチームとして配置するというのは実効性が上がるのかどうか心配な部分があります。
ただし、地域本部事業だけでなく小中連携を各校で取り組んでこられた佐々木教育長のことですから、一中学区や相馬地区で一歩遅れたとしても追いつくチャンスは与えてくださると思っていますし、そういう地区ごとの切磋琢磨で市としての教育を充実させていこうと考えているに違いありません。

コミュニティ・スクールといえば、娘が小学生だった時分に当時の枝村校長に打診していた記憶がありますが、その際はコミュニティ・スクールの前にやることがあると逃げられてしまいましたが、今回は市議会で小中一貫教育を前面に出している中で準備を進めているだけに、実現に向けての真剣さがあると推察しています。
自分は小中教育にかかわる立場ではありませんが、コミュニティ・スクールという夢の実現に参画できることを期待しています。

2016.10.16

AppleFestivalで懐かしき未来と出会う

今日はこの秋一番の快晴のもと、藤崎校舎の文化祭AppleFestivalが開催され、PTA会長として出店の手伝いに出かけました。
例年より準備は遅かったものの、1・2学年の保護者を中心に10数名が集まり、恒例となっているアップルパイやロールケーキ、蜜かけにポップコーンを販売しながら、我が息子を含めて全校70余名の活動ぶりをウォッチする形でフェスティバルはスタートしました。
好評をいただいている野菜やリンゴ、ジャムなどの販売には開会前から行列が並び、藤崎町の秋の風物詩の一つとなっているのを実感しました。
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ところで、PTAの販売コーナーはにぎわいは見られないものの着実に売上を伸ばして、開会4時間後には完売し、全員で集合写真を撮って会長として売上の確認を終えたのは14:00を少し回ったところでした。
これも参加してくれた保護者の協力が何よりでしたが、ぶっきらぼうにしていながら時折顔を出しては買っていってくれる生徒たちの貢献度も高く、何ともほのぼのとした時間を過ごすことができました。
もうすぐ募集停止が公表される見こみの藤崎校舎ですが、寄っていってくださる近隣の町民の皆さんや見違える姿で驚かせるOB・OG、そして無邪気にふざけながら買いこんだ野菜運びの手伝いをしていた生徒たちを見ていると、進学率や退学者などに振り回されずに普通の高校生活を送っている幸せを感じずにはいられませんでした。

普通の高校生活と書きましたが、自分では送ったようでそうではなかった気もしますし、懐かしい未来が現前した感覚だけに、その中で暮らしている息子の将来に期待したい気持ちになりました。

2016.01.28

富士子さんから学ぶ

中南地区高P連研修会があり、基調講演が三上富士子さんだというので、興味津々そして虎視眈々と参加しました。
富士子さんは、長らく知的障がい者施設に勤めた社会福祉士ですが、一般社団法人「あおい森ネット」を設立し、成年後見人としてだけでなく、2014年から尾上総合高校でのスクールソーシャルワーカー=SSWとして活躍しています。
以前は同じ社会福祉法人の評議員として席を並べ、近年では「あおい森ネット」が主管した市民後見人養成研修を受講してお世話になったばかりでなく、神奈川県内でSSWとして活躍している芦田正博さんが来弘した際には一緒に会食したこともあり、SSWへのきっかけを作った自負があるだけに、現在の活動ぶりには大いに関心がありました。

基調講演では、大学受験に失敗して偶然施設に就職したところから福祉の世界に入り、2011年の東日本大震災の直前に経営者との行き違いがあって退職を決意して「あおい森ネット」を設立したのだそうで、突然の退職の裏にはそんなことがあったんだと得心しました。
最初に出会った二人の障がい者とのかかわりを語り、そこから子どもは親を選べないこと、高齢者に比べると少年を守る制度がないことを訴えて、やり直しができる社会、助けてと言える社会にする必要性を語っていましたが、これは今取り組んでいる相談で身につまされていることであり、その奥には声すら上げられないで引きこもっている人たちがいるのを痛感しているだけに、まったく同感しました。
SSWとしては2014年6月から県内の高校には3人配置された中の一人なのだそうで、週3日6時間勤務についているのですが、これまで配置されているカウンセラーだと生徒に対するマンツーマンでのケアであるのに対し、SSWは子どもだけでなく親にも寄りそう必要がある場合が多いだけに、親と先生の間に入る立場でかかわっているそうです。
他校からの相談もあるそうですが、高校以上に小中学校にこそ配置が必要だと思っていたので二次会で聞いてみると、それはそのとおりだとうなずいていました。
90分間の熱い語りにつられて質問が続き時間が押してしまうほどでしたが、その際にも分科会の席でも発達障がいの子を持つ参加者からの発言があり、思った以上に存在している現実と、それを受けとめながら親として向き合っている強さに胸を打たれる思いでした。

それにしても、成年後見や介護保険などの高齢者にかかわる支援は手広くあるものの、少年から成年になる時期には制度そのものが足りず、それを受けとめる社会的包摂につながるセーフティネットが用意されていないのが現実だけに、福祉の先にある支援を制度化していく必要を改めて思いました。
制度の中でがんばっている富士子さんを見るにつけ、制度の外にいる私もがんばらなければと思います。

2015.10.10

これが教育委員会のやり方か!

先日、小中教育改革の意見交換会に出たことはお知らせしましたが、その報告がアップされたようだったので見にいったのですが、これぞお役所仕事の典型でした。

そのページには、相馬地区で配布された資料と当日の概要をまとめたという「かわら版」がアップされていましたが、掲載されたのは3つのやりとり、そのうち言いたい放題の私の分は特認校という一番差し障りのないもので、コミュニティスクールの早期導入や朝陽・青柳小の統合ではなく相馬小との統合で、合併したことで旧来の枠を超えて土地柄が近いところでの統合を進めるべきという、今後の論議に大きくかかわる問題は削られていました。
当日の説明の際に発言を紹介することがあるとはしていましたが、こういう取捨選択では平穏無事に会が終わったかのように見えますし、これから予定されている朝陽・青柳小も含まれる四中学区での意見交換会にも反映されない形になってしまいます。
まさに、事なかれ主義で自分たちに不利な情報は出さないというやり方で、「これが教育委員会のやり方か!」と叫びたくなります。
小中一貫教育や弘前市ICT3点セットといったことも今後の教育にとって大事なことではありますが、やはり地域の核である小学校を統廃合するというのは何より重い意味があるだけに、この問題に関する声をなるべく伝えるべきだと思います。

この件、教育委員会に修正版の発行を求めるとともに、それがかなわなければ四中学区の意見交換会に相馬からの声を届けるために出席しようと思っています。
教育委員会、覚悟せよ!

2015.09.30

三たび意見交換会で言いたい放題

3回目となる「弘前市立小・中学校の教育改革に関する基本方針」にかかる地域意見交換会に出席しました。
昨年は具体的な中身を伴わない茫洋とした内容でしたが、今年は別の中学校区とはいえ3つの小学校統合案が出てきていることもあり、言うべきことは言うつもりで臨みました。

説明としては、夢を育む独自の教育自立圏(中学校区)を形成します/教育上望ましい集団活動が実践できる環境を整えます/安全・安心な環境を整えます、の基本方針に沿って、小中一貫教育システムおよび学校支援システムの構築/全教室に弘前式ICT3点セット(教師用タブレット・実物投影機・電子黒板機能つきプロジェクター)の導入/一部の小学校での統合/通学区域(学区)の見直し、などを進めるということでした。
昨年の続報では相馬学区も候補に上がっていた小中一貫教育システムは、石川中と東目屋学区で試行することになったようですが、昨年のコミュニティスクールの答弁で危惧したとおり、名前ばかりの一貫教育と責任を持って取り組む形になり得ないコーディネーター配置というのでお茶を濁して、コミュニティスクールで地域に学校運営を委ねる気はないのが見え透いたので、大館市・城西小の例を改めて引いて、専任のコーディネーター配置と地域主導で人事権まで持つことが必要としておきました。
もう一つ、複式校でありながら統廃合できる距離にない岩木山麓の常盤野小中が特認校(全市から入学できる学校)とされることが記述されていないことを指摘し、小規模校である相馬小・中でもこれを検討すべきではないかと注文をつけておきました。
全体のことから相馬学区についての意見交換となったところでは、朝陽小と青柳小の統合について横槍を入れ、市内一の格式の学校にりんご農家の子弟が通うくらいなら相馬小との統合を進めるのが合併した弘前市で考えるべきことだと思うし、それにともなって中学校区の再編は長期的課題ではなく短期的に検討すべき課題と突きつけました。
司会役の職員は、案の定という表情で辟易して「もっと簡単なことを質問してもいいですよ」と曰わっていましたが、そうやって方針の中核に手つかずのまま通してしまうわけにはいかない内容だけに、意見できる場では言いたい方だいしておかなくてはなりません。

それにしても、小中の関係者4人に町会から2人と少なく顔ぶれも変わらない参加者で、地域の教育力があると言われてもお世辞にしか聞こえない状況こそ何とかしなくてはなりません。
なお、残り13中学校区ごとに意見交換会は続きますので、市民の皆さんには足を運んでいただきたいと思います。

2015.09.13

古川謙二さんに一期一会を学ぶ

古川謙二さんの通夜に参列しました。
古川さんは元市職員ではありますが、議員在職時には直接の接点はなかったものの、昨年の夏に「修故創新塾」と銘打った弘前市の故事を学び未来を創るための勉強会のスピーカーとして参画してくださったご縁があり、その際は本当にお元気そうでしたので、まさかの訃報に驚いての参列でした。
喪主のあいさつによれば、末期の肺ガンと診断されたのが昨年11月のことだったそうで、それ以来入退院を繰り返してきたのだそうで、古川さんにしてもスピーカーを引き受けた際には思ってもよらぬことだったことでしょう。
その際に語っていただいた子ども会連合会のことやご縁は一番大事なものだったようで、弔辞を読んだのも当時からの仲間の一人でしたが、それだけ大事にされていたことを直接教えていただく機会をいただいたことは、今にして思えば、まさに一期一会というものでした。

古川さんが鳴海修先生の見守りを受けながら高校生ながらに連合会会長として活躍し、全国に「ひろさき方式」とまで賞賛された子ども会活動ですが、今となっては形骸化してしまっており、それは古川さんにとっても心残りのことだったと思います。
その当時のことは、修故創新塾に古川さんを仲立ちしてくださった前田みき先生や先日伊東六十次郎先生のことでお世話になった小笠原豊かさんといった仲間の方々から学ぶ機会をいただくことはできますが、すでに子ども会世代を過ぎた子の親という立場になったとはいえ、自分たちが学んだものを今できるところで形にする努力をした上で、次の世代に伝えていくしかないと思っています。
それは、「子どもたちの笑顔あふれるまち弘前」という今の目標にとっても、当時の「弘前方式」から学ぶべきことはたくさんありますし、何といっても子ども自身が主役となって子ども会を運営していくという自主の気風が今こそ必要だと思うからです。

古川さん、お疲れ様でした。一期一会の教えを必ずや生かしていきます。

2015.06.20

西江先生は生きている

昨日の夕刊で、文化人類学者・言語学者である西江雅之先生がお亡くなりになったのを知り、「先生!」と声を上げてしまいました。

こう書くと、いかにも尊敬していた恩師の訃報にショックを受けたように思われるでしょうが、あやふやな記憶では大学時代に自分の空き時間に友人が受講していた先生の文化人類学の講義にもぐりこんでいたはずですので、大教室の後ろでダベっている学生の一人を先生が覚えるはずもなく、私からしても会話した記憶すらありません。
それでも、単位にもならないのに受講していたのは、交友関係以上に先生の講義がおもしろく、クレオール語から小泉八雲そこから飛んでスワヒリ語という奇想天外な展開でことばや社会の不思議さと楽しさを飄々とした口調で語る姿に、高校までの勉強とは違う学問のエッセンスを感じたからのように思います。
それだけに、ご自身が気にされていなかったように自分からしても偉いとは思ってみなかった先生が、地方紙の夕刊にまで訃報が載るほどの方だったのに驚いてしまいました。

何の供養もできないので、10年以上も前に買ったまま本棚に眠らせていた『「ことば」の課外授業』を引っぱり出して読了しましたが、そこには講義で話されていた内容もあったこともあり、やさしく言語学を解きほぐす文章から先生の声が聞こえてくる気がして、学生時代を懐かしく思い出しました。
こうしてみると、遺された著作や記憶の中で先生は生きていると実感しますし、直接の薫陶はなくとも恩師と思える先生がいることを不思議にうれしく思います。

それだけ、学ぶこと教わることは奥深いものですし、これからの子どもたちがそんな先生と出会える社会をつくるのが先に学んできた者の責任です。

2014.05.06

「サイレント・プア」アナザーサイド

梁山泊!のサイトでドラマ「サイレント・プア」のことを描きましたが、自室に30年間閉じこもっているSNEP=孤立無業の息子を生み出してしまった父親である自治会長を北村総一朗さんが演じていました。
金融機関に勤めてきた常識人だけに、美大への進学を認めず二浪してからは息子をクズ扱いすることで未来を閉ざしてしまったという役回りでしたが、ここにはSNEPという社会問題とともに親子関係の難しさが描かれていると感じました。

思えば、親に道を閉ざされるというのは我が身にも通じることだけに共感を持って見入ってしまったのですが、親というものは自分のしいた道を進んでいる、もしくはここまでなら許そうという枠を越さない限りは認められても、そこから外れたり、さらには歯向かったりすれば許せないものなのでしょう。
私の場合は、満州国からの帰還後仕事をせず祖母との離縁を食い止められなかった祖父を憎んでいた父の態度が許せず、知識教養のある祖父にかわいがられたことで父を見下して自分の好きなように進路を決めてきましたが、それでも「いい大学に進学して社会で活躍する息子を育てた父親であり数々の役職を務めてきた名士」という立場が守られているうちは我慢の範囲でも、さすがに自分を退任させようという動きには堪忍袋の緒が切れたのでしょう。
だからといって、仲直りをしようとか親に謝ろうというつもりもありませんし、ドラマの中で30年ぶりに息子が描いた絵を見て過ちに気づくようなことが我が身にも起きてほしいと望むものでもありません。
それでは、この素浪人生活や家族の苦労が無に帰してしまいますし、親とはそういうものと受けとめつつも、あるカウンセラーが言うように、「許せない」ことを思い悩むのではなく「許さない」と思っているのを自覚することで好転する、というのを信じていくつもりです。

それより、それぞれの進路それも私が得意とする分野に進んだ娘にいろいろとアドバイスをする機会がありますが、それが敷いたレールを進ませようとしていると思われないよう、そういう親にならないようにすることとこそ、私が自戒すべきことだと思っています。

2014.04.24

地域力で学校を支える宣言

末の坊主も中3となったので、地元のPTAにかかわるのは今年が最後となりました。
最初にPTAにかかわった際には村議という立場だったのですが、当時の先輩方が「この場では一兵卒として励むように」と言い渡してくださったので無役を通してきたのですが、この3年間は学年委員長というポジションにありました。
普通であれば、正副会長のように出番や責任ある立場ではないのですが、昨年一年間とりわけ3学期に入ってからさまざまな問題が重なり、相馬中史上はじめて荒れたといわざるを得ない状況に動かないわけにはいかず、正副会長や学年委員長とともに何度も学校に足を運び、話し合いを重ねてきました。
特に、スマホやゲーム機・音楽プレーヤーといった通信できる機器(総称してケータイ)を持ち込む事案が何度もあり、坊主もその一人になってしまった自戒をこめて、保護者がケータイを持ちこませないこと、我が子にも守らせることを約束する規約を起草して、今日のPTA総会で説明する役になりました。
これは、中学校に関しては文部科学省から通知があり、弘前市教育委員会でも4月に改めて持ち込み禁止の方針が示されているとおり、本来あってはならないことなのですが、現実には守られていないで教職員だけでは手に負えない状況になっているのを、しつける責任がある保護者が先頭に立って、学校ではなく自らの責任で取り組んでいくことを明確にしたものです。

どれだけの賛同が得られるのか、実際に守らない事例がおきたらどうするのか、これからが勝負ですが、今回ここまで踏みこんだのには、小さな地域に1小学校1中学校の教育環境だけに、もっと保護者そして地域が学校を支える形にしないといけないという思いがあるからです。
市議の時代にもコミュニティスクールや地域支援本部の導入を提言していましたが、公的な仕組みが導入されるのを待たずに、こうした形ででも保護者が学校に深くかかわっていくところから変えていくしかないと思っています。
ある意味では、地域と学校の恥をさらすことではありますが、最後の1年でできることをやり抜く覚悟を示すために、規約という形あるものができたところで宣言させていただきます。

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