2016.03.23

町会長、3期目のマニフェスト

春分の日、昴町会では総会が行われ、私は3期目の町会長の役割を仰せつかりました。
実際のところは、1月に8班から順送りで選出される理事の方々からの推挙で内諾しており、総会では承認をいただくという型どおりの流れではありましたが、今回の総会に行事不参加の人への事業負担金を創設し、また今期のマニフェストとして役員の任期制限を打ち出しているだけに、反対されてもやむなしの思いで臨みましたが、何とか杞憂に終わり、楽しい懇親の酒席となりました。
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事業負担金のことはさておき、任期制限は3期以上の再任を認めないとするもので、当然私は今期で最後となります。
これまでの2期4年の間、理事として何期も続けてこられてきた方々に支えられてきたのは事実ですし、そのおかげで前向きな町会運営をしてこられたことには感謝の一文字しかありませんが、特定の人が役員を占め続けることで増させておけば大丈夫、さらには勝手にやっていればという冷めた考えに至っている町会員も出てきており、これを変えていくにはまずは自分たちが退くのが何より早いという気持ちで打ち出しました。
これを、これからの一年で議論し、来年の総会には提案したいと思っています。

思えば、施設時代には施設長を退くにあたって「権腐十年」をうたいましたが、実際にはその後も院政を敷く体制でしたし、プロ議員としての3期で引退という提案は自ら落選して日の目を見ることもない形に終わっただけに、今回の任期制限が実現し、ねらった成果を引き出してくれることを願っています。
そういえば、地区老施協では2期4年で退任として自ら従ったものの、後任の会長はいまだにその役を続けているほど権力の魔力にはあがなえないものだと思いますが、政治という場においてはマニフェストを実現できたら退場するとか、何期以上はやるべきでないと考えるとか、出処進退を自ら厳しく律すべきだというのは、改めて言うべきことではありません。
そのけじめを、町会という場で実現するのが、私のあり方です。

2015.09.06

議員時代のご縁で次の一歩

土日2日間かけて久々に上京し、次への一歩につながることを学んできました。

三鷹市にある三鷹産業プラザ内のミタカフェ、横浜市・関内のmass×mass 、二つともシェアオフィスとコワーキングスペースがメインとなっていますが、私が注目したのは両方ともフューチャーセンターという新しい場づくりを標榜しているからです。
ミタカフェの方は、三鷹市が立ち上げた「まちづくり三鷹」という会社が運営し、mass×mass は横浜市が呼びかけたプロポーザルに通って改修費だけ出してもらった後は自主運営をしているという違いがあり、ともに休業日ではあっても外からのぞいただけのミタカフェとスタッフの森川さんにわざわざ開けてもらって案内説明してもらったmass×mass とでは印象も違いましたが、単なるシェアオフィスではなく起業支援にも取り組み、その先に未来戦略をさまざまな立場の人間が集って考えるフューチャーセンターを見すえているという共通項があります。
私の立場は、市民とともに政策を語らい提言をするというフューチャーセンターはぜひとも実現したいと思っていますが、それを成立させていく上での取り組みとしては若山経営の参謀として事業者の経営戦略策定が土台となりますので、そこで戦略の必要性や社会における存在価値を見いだした方々と地域社会の未来戦略を考えるというスキームを構築するというのをめざしていくつもりですので、今回学んだことと以前から考えている中年失業者の再起の場としての「梁山泊!」とが重なっていくようにしていくつもりです。

ところで今回の見学ですが、三鷹については隣の武蔵野市・川名ゆうじ、mass×mass については以前からかかわりを持っていた横浜市・伊藤大貴、二人の市議のアテンドによって実現しました。
川名さんとはローカルマニフェスト推進地方議員連盟の結成の最初から、伊藤君とはTwitter議員同士の交流からはじまったご縁ですが、お二人は政治的立場や所属する政党は違えど、社会とかかわる中から市政の問題点を見つけ政策を提言していくという基本姿勢には私も含めて同じものがあり、それだけに私が議員という立場を失っても友人として協力してくださるので、本当にありがたいご縁だと思っています。
思えば、フューチャーセンターに行き着いたのは、当初は議員でなくても市民の側から政策提言するシンクタンクを立ち上げたいと思って、私にとっての政策立案の師匠である故中橋勇一さんのプランニングネットワーク東北に奥様である麻子さんを訪ねたのがきっかけで、その会社のテーブルを囲んで「政策ラウンジ」を毎月開催していたのを思い出し、その中橋さんがもくろんでいたのは違う立場の政治家や市民が集まって同じ情報をもとに議論し、それぞれのマニフェストに結実させる場を作るということだったので、これこそ今でいうフューチャーセンターだと得心したからでしたが、今回のことでも違う場所違う立場の方々から同じテーマの情報をいただく形になって、まさに一人時間差政策ラウンジだった気がします。

三鷹では、川名さんの紹介で当地の野村羊子市議に案内役を引き受けていただきましたが、終わってからの歓談の際にお二人から出てくる政策課題の幅広さや動きの速さを聞くにつけ、首都圏の政治家の大変さを肌で感じましたし、党務で再会を果たせなかった伊藤君の立場に思いをはせながら、暑くて熱い二日間を終えました。
せっかくの学びとこれからにつながる出会いをいただきましたので、これが形になるように動いていこうと思います。

2015.03.22

町会長4年目へのスタート

昴町会の総会が行われ、町会長として4年目のスタートを切ることができました。

引っ越してきた頃の総会は議論白熱で時間がかかり驚いたものですが、近年のスムーズな進行から一転、今回は久々に2時間がかりとなりました。
焦点となったのは、町会活動に参加しない人へのペナルティとして課徴金を徴収するかどうかということで、今回の総会で決めるのではなく新年度の理事会で話し合うための前提として、町会員から意見を聴く時間を取るつもりだったのですが、議案審議のところでも雪下ろしにからめて発言する人もあり、その後の意見交換でも議論百出でした。
年いってきたのですべての活動にはなかなか参加できないし年金生活者からさらに徴収するというのは厳しい、共稼ぎで参加できないことも多く心苦しいので払って済むなら助かる、以前の総会でもテーマとなり徴収しないことに決めたはずなので蒸し返すのはおかしいなどなど、それぞれの立場からの声を聴くことができました。
それでも全員の意見を把握したわけではないので、提案もあったアンケートを実施することを約束しましたが、もう一つ出された街灯を防犯灯タイプに更新するかどうかもアンケート実施してほしいという意見に対しては、街灯のランプそのものが入手困難になってきていること、昨年頻発した不法侵入や放火といった犯罪を防ぐためにも必要なことだとして市への要望を続けることを明言しました。

それから、経費節減には努めているものの、市と折半している融雪溝の電気料値上げが直撃して、繰越金や新年度の予備費がカツカツの状況になっているだけに、新たな財源確保を検討していく必要もあり、新年度の町会長マニフェストとしては2015年度の繰越金を15万円まで持っていくことを掲げました。
この件でも、子ども会への補助が大きすぎるのではないかという意見もありましたが、子どもの人数が減っている分保護者にかかる負担も大きくなるだけに、町会として子どもを大事にする姿勢を示すためにも、ここだけは譲れないと答えておきました。

懇親会に移ってからもこれらのことは話題に上りましたが、なぜ議論の場を作ったのか理解しているという声や、よく冷静に進めたとほめてくださる人もいて、おかげで酔いが早く回ってしまいましたが、過去の経緯は参考にしつつ全員参加の町会運営を進めていくにはどうしたらいいかを考えていこうと思います。
それだけに町会長としての責任は重く、総会にも全力で臨んだせいで、すっかり市議選での支援のお願いをすることも忘れてしまいました。(笑)

2014.07.22

昴町会にとどまらない雪対策問題

先日、昴町会の融雪溝問題については別のBlogでふれましたが、ほとんどの町会員からの賛同と署名が集まりましたので、本日相馬総合支所を通じて葛西市長宛の要望書を提出しました。
内容は、下記のとおりです。

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昴町会の雪対策についての要望書

盛夏の候、市長はじめ市職員の皆様におかれましては、ますます業務に精励されていらっしゃることとお慶び申し上げます。
さて標記の件ですが、昴町会の融雪溝は旧相馬村が分譲した際に融雪溝完備を売り物の一つとし、合併直前の村と町会の施設管理協定書において、「住民の努力、負担では不可能と判断される大規模な修繕等」は村つまり現在では市が負担することとされております。
また、葛西市政となって策定推進されたアクションプラン2013における「エボリューション3」の一つとして雪対策日本一が掲げられたとおり、市政にとってもそして市民にとっても雪対策が向上することは共通の目標であり理想であります。
それにもかかわらず、先日道路維持課から示された案は、融雪溝の井戸の改修をあきらめ農業用水を水源とするもので、町会役員および会長経験者との話し合いにおいても水温の低下による作業効率の低下ばかりでなく分譲当初の約束を破るものとの意見が相次ぎました。
課側の説明は最終的に、他の地区より恵まれているから我慢してほしい、財政難を理解してほしいとの言い逃れとなっていましたが、雪対策日本一というからには恵まれた地区に他の地区の水準を引き上げるのが当然ですし、当町会の地形や融雪溝としての設計からしても水温が下がることは作業効率の低下ばかりでなく凍結による冠水も懸念されます。
これまでも業者委託の除排雪が不十分で、以前から相馬地区直営除雪隊への変更を求めているところですが、それが聞き届けられないままでの改悪を受け入れるわけにはまいりません。
つきましては、町会員の署名を添えて下記のことを要望いたしますので、部課において再検討していただくとともに、「対話と創造」を旨とする葛西市長におかれましては町会との話し合いにご臨席くださるとともに、今回の対応から新たな雪対策を創造される足がかりとしてくださるよう、何とぞよろしくお願い申し上げます。

要望事項
• 昴町会の融雪溝の機能が維持されるよう井戸の改修を早急に行うとともに、不備が生じないよう業者による定期点検を行う体制にしてください。
• 融雪溝だけでは処理できない雪環境ですので、相馬地区直営除雪隊による手厚い除排雪体制に組みこんでください。
• 町会の切実な声を受けとめる機会として、今後の話し合いに葛西市長のご臨席を求めます。これについては、8/8(金)までに文書での回答を求めます。
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改めて要望の趣旨を述べますと、仮に弘前市が財政難にあえいでいて全分野にわたって緊縮財政を取っているのであれば町会の皆さんも我慢したと思うのですが、昨年度のアクションプランで三大重要性政策と位置づけられていた雪対策で現状より悪くなるというのは納得できる話でありませんし、ましてや相馬村時代の分譲の売り物の一つが融雪溝完備であったわけですから、これを守ってくれというのは当然のことです。

加えて私からすれば、マニフェストで「対話と創造」を掲げた葛西市長ではありますが、ゴルフ場問題では相反する考え方の団体とはいえ市民ネットワークからの再三にわたる意見交換の呼びかけを無視していますし、旧ジョッパル再生に関しても先に動いた佐藤泰さんの声はまったく聞き届けずに商工会議所や弘果という自らの支持母体の立場に沿って動くという二つの自己否定的な行動が目につくだけに、一町会のワガママとしてうっちゃってしまうのかどうか、厳しく臨みます。
皆さんにも、この件を見届けていただくために、情報発信を続けるつもりです。

2014.01.11

つながるマニフェストとまち育て

市主催の「地域経営フォーラム」に参加しました。
基調講演が政治の師である北川正恭先生なのもありますが、事例報告・パネリストとして「昴まち育てプロジェクト」で北原ゼミのリーダーとしてがんばってもらっている高森えりかさんが登壇するので、半分参観日の親のような気持ちで臨みました。

高森さんは、事例報告そしてパネルの発言でも昴での活動にふれてくれ、学生が町会にかかわることで学んだことを強調してくれましたので、隣の席の市幹部からも「昴、がんばってますね」と声をかけてもらいました。
もう一人のパネリスト・藤田あつ志君は、今回はユースサミットで取り組んでいる葛西市長のマニフェスト評価についての報告でしたが、彼がJC理事長として取り組んだ「まちづくり事業計画発表会」で北原啓司先生の「まち育て」に出会い、それを突破口にして今回のプロジェクトに巻きこんだので、今回のプロジェクトの生みの親といってもいい存在です。
主催者そしてパネリストでもあった葛西市長には、帰り際に相馬地区活性化支援事業でプロジェクトを推進していることを伝えてお礼しておきましたが、マニフェストのうち市民主権そして合併後の均衡ある発展という観点からの施策を受けとめて形にしたのが、このプロジェクトということができます。
その意味では、マニフェストからまち育てにつながるものが昴で展開されているということになり、非常にうれしい時間となりました。

ところで北川先生は、基調講演は時間が短かったこともあり新味のない話でしたが、パネルディスカッションでは経営資源としてのヒト・モノ・カネにうち行政ではモノに対する関心が薄いことを指摘し、ファシリティマネジメントやアセットマネジメントについてふれ、県庁時代に取り組んでいたことで知られる葛西市長にマニフェストとして取り入れることを約束させ、半量を発揮されていました。
町会長としてマニフェストを掲げる私ですが、造成20年に近づいている町会の施設設備も融雪溝のポンプがトラブルに見舞われ、市内では完了した街灯LED化から取り残されといった不備が目につくだけに、所有者である市と協議しながら対応していく必要に迫られているだけに、モノへの関心という視点を学ぶことができたのは、何よりの収穫でした。

もう一つ、北川先生は議会に対して期待という形で厳しい視線を投げかけていましたが、これを語るとせっかくの団円に傷をつけることになりますので、改めてまとめたいと思います。

2013.12.10

葛西市長出馬表明での懸念

弘前市の葛西憲之市長が、本日の一般質問で再選に向けての出馬表明を行いました。
今定例会は今日しか傍聴の時間が取れなかったので、これまでの取り組みと2期目に向けての思いを力強く語ったのを、生で聴く形になりました。
私から見ても、さまざまな課題がある中、マニフェストを半年でアクションプランという形にまとめ、経営型の行政への転換を果たし、市民を巻きこんでのイベントや取り組みも多いのはさすがと思いますし、それをさらに進めていくという決断は当然のことと思いますし、私だけで亡く市民の多くも望んでいることと思います。

ただ、一つだけ気がかりなのは、4年前のスローガンであった「対話と創造」が欠けてきているのはないかということです。
前回は、副市長を辞職して現職に挑む形でしたので、4年前の今頃は各地で対話集会を重ねて市民の声を聞き、それをご本人が本日も語っていたとおり「頭から汗をかきながら」マニフェストにまとめ上げる取り組みをしていたのですが、今回はすでに選挙対策の組織は動いているようですが、現在の後援会ホームページを見ても、対話しての次期マニフェストづくりにつながる動きはまったく見られません。
確かに、市としては次期総合計画をまとめているわけですから、現職としてはそれがマニフェストという思いもあるのでしょうが、市長・葛西憲之としてではなく政治家・葛西憲之として集めた声をさらに反映させるべきだと思いますし、それこそが「対話と創造」の原点であると思いますので、「初心に返って挑戦する」と言葉を形にしてほしいと思います。
さらに「対話」の部分では、岩木川市民ゴルフ場ネットワークからの再三の要請を無視し続けており、自分とは合わない立場と距離を置くという姿勢が、この件では別の場面でも見え隠れしているのを知る立場にある者としては、苦言を呈しておきたいと思います。

一方、その出馬表明を引き出す質問に立った清野一栄議員は、自らの会派だけでなく共産党以外の5会派を代表して出馬を要請する旨の発言をしました。
これは、当然のことながら4会派に事前に根回しの上でのことと思いますが、議会側が首長を支持して選挙に臨むのは、二元代表制である地方政治では議会の自殺行為だと思います。
本日最後の質問者である畑山聡議員は、自分の事務所に「弘前一新」の看板を掲げ、質問通告の内容も厳しさをにじませていたのですが、腰砕けの内容にとどまり、会派の縛りから飛び出すことはありませんでした。
他の議員の質問も淡泊なものが多く、5人質問での最速散会記録と言えるほどでは、市政をチェックする機能を放棄するのを要請ともども宣言したように感じました。

対立候補が出るにしても結果の見えている市長選以上に、再来年の市議選こそ市政活性化の鍵になると、確信と覚悟をしたところです。

2013.03.17

町会長1年を評価する

町会長となって早いもので1年となり、その立場で臨む初めての町会定時総会を無事に終えました。
1年を振り返ってみると、想像以上に庶務や手続き、さらには支所や各担当課と打ち合わせしながら進めなければならない業務が多く、素浪人だから対応できたものの現役世代では難しいだろうと痛感しました。

それでも、就任にあたってマニフェストを掲げただけに自己評価してみますと、①昴まつりへの70世帯180人参加は68世帯184人参加、②地区体育祭全種目参加は1種目を除いて参加でしたのでほぼ達成といえますが、③総会70世帯出席は60にとどまり、④全世帯が年1回は行事活動に参加に関しては15世帯が一度も参加していないという状況でしたので、未達といわざるを得ない結果でした。
結果としての評価ばかりでなく、①〜③に関しては町会だより「プレアデス通信」での告知や担当役員からの声がけなども行ってのものですが、④は何ら働きかけもしないままに結果を集計して愕然とするというノーアクションだったことからして猛省が必要です。
これを受けて、新年度は不参加世帯を99世帯のうち10未満にすることを目標とし、まずは今年度の不参加世帯に4月の一斉清掃への参加を働きかけ、春夏の活動に不参加の世帯には雪囲いの前に改めて声がけするという具体的なアクションもあわせて明示しました。
このPDCAサイクルを回していくことこそマニフェストの真髄ですし、規模の大小や組織の位置づけにかかわらず活動する組織であるならば、こうしたマネジメントは必須の取り組みだと思います。

それにしても、行事活動に参加しない、町会の役回りを引き受けないといった会員としての義務を放棄する人が増えてきているのは厳然とした現実ですし、これだけの取り組みをしても達成できない場合には相馬地区の他町会では当然のように行われているペナルティ課徴金を検討せざるを得ないと考えていること、そうならないためにも我がこととして声がけに協力してほしいと、少々長い熱弁になってしまいました。
それに気圧されて皆さん引いてくださったおかげで、この件で喧々諤々と議論にならずに交流会に移ることができましたが、それだけに宣言したアクションを実行に移していかなければと思っています。

その交流会で、「よくやっている」とか「がんばって」と励ましの言葉をいただくと、酔いも手伝ってついついそれが一番の評価と思ってしまいたくなるだけに、気を引き締めて2年目に臨むつもりです。

2012.05.28

全国の同志を弘前市に迎える

野田村での「ささやきの壁」活動を先に決めていたため、前日の自治体経営フォーラムには参加できませんでしたが、何とか懇親会が終わるのには間に合って、政治の師と仰ぐ北川正恭・元三重県知事にはごあいさつすることができ、続いての情報交換会の幹事役を引き受けていましたので、「あいや」で最近ご縁が続いている渋谷和生さんの津軽三味線を堪能していただき、談論風発な近況報告を重ねました。
翌日はローカルマニフェスト推進地方議員連盟の研修会で、青森県内でマニフェスト大賞の受賞経験者である三沢市「みさわ未来」の太田博之市議、石橋充志・八戸市議からの事例報告、そして昨年度グランプリの葛西市長からの講話と参加者との討論という、濃密な内容での研修に加えていただきました。

太田市議からは会派を結成するのに青森市で開催したマニフェストスクールが大きな刺激になったというエピソードがありましたが、同じく参加された会津若松市の目黒章三郞市議(現議長)がこれを契機に議会改革に取り組んで全国のトップランナーとなったこともあり、その実行委員長を務めた立場として改めて開催した意義を認めていただいてうれしく思いました。
続いての石橋市議の市長マニフェストを各課に聞き取りして点検評価するという取り組みは当選していたら取り組んでみたかったことでしたし、この機会に青森県が政策マーケティング委員会や総合計画のフォローアップで政策・事務事業評価の分野で先進的な取り組みをしていたことを紹介するために、決算時の事業評価と予算策定時の透明化に取り組むことこそ議会改革の本丸であると意見させていただきました。
葛西市長は、自らのマニフェストやアクションプランについては前日のフォーラムで話したのでと大震災後の対応から考えたこと取り組んだことを簡潔に話しましたが、その後の討論でも緊急時の議会のかかわり方やそのための体制づくりについて現地から学んだ議員側からの発言もあり、それを本音でぶつけ合う形になりましたので非常に考えさせられる討論となりました。

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参加者の多くは、議連での運営委員時代に一緒させていただいたメンバーでしたが、会うなり「元気でよかった」と私への心配を口にしてくれ、情報交換会やその後の席でも温かく叱咤していただきましたので、本当に再会できてよかったですし、その仲間に弘前市を訪ねていただく機会ができたことをうれしく思いました。
ただそのやりとりでも、議員はまずは当選してそこから自分の思いを実現するように動くべきだという苦言もいただきましたが、落選してからの方が市民の一人として市と協働しての活動ができているのは政治家としては一段上がった実感がありますし、マニフェストスクールで種をまいたことは、その後の「姿勢を変えるマニフェスト」づくりの際にもかかわった方から「吉田松陰のようだ」と評していただいたのと通じるものがあるだけに、当選するために現実主義を取るのではなく筋を通し続けて結果を得るやり方が自分には向いているし求められていると、改めて考えています。
それを認めてくれている仲間と再び活動できる日をつかむために、これからもがんばります。

2012.05.19

菊池君に刮目、山中君に感謝

11月の報告会はあえて厳しく評価した菊池勲市議ですが、12月・3月と質問を重ねるとともに、私の「四人組」仲間である伏見秀人市議と会派「無所属市民の会」を結成したことで突っこみどころを学んでいるおかげで、及第点は軽くクリアするレベルになってきました。
今回の報告会は、3月の質疑の内容や6月の質問の予告が中心でしたが、気になる分野に関しては継続して質問を続けるという姿勢を示し、市政の新たな取り組みにも先んじて注目するという内容もよかったですが、プレゼンを使いながらクイズ形式で満員の聴衆にも参加し考えてもらうことでさらに関心を持ってもらおうという進め方もこなれてきて、まさに「男子三日会わざれば刮目して見よ」を体現している感があります。
先輩としての威厳を保つために一つだけ苦言をつけておくならば、持ち時間で打ち切りとなる一般質問をする立場として自分の報告がオーバーするのは厳しく律すべきということくらいでしょう。
集まった市民・支援者以上に、これからの活躍を後押ししていきたいと思います。

今回は、報告と質疑ばかりでなく、菊池君にとっては松下政経塾の先輩であり、私にとってはローカルマニフェスト地方議員連盟で運営委員として一緒した、松戸市議・山中啓之君がゲストとして参加し、松戸市の議会改革や議員としての活動ぶりを語り、菊池君とトークするというプラスアルファがあり、非常に刺激的で参考になる内容を市民に方に聞いていただく機会になりました。
実は前日から弘前入りした山中君を囲む席に私も加えていただき、最後はラーメンで締めるところまでサシで話し込んでしまいましたので、本当に迷惑をかけてしまいましたが、旧交を温めると儀礼的なものでなく、政治家としてのあり方、東日本大震災への向き合い方など熱い議論を久しぶりに交わすことができ、本当にうれしく思いました。

27日には議連の運営委員会を弘前市で開催し研修を行うことになっていまして、さらに多くの仲間が弘前市にやってくるだけに、そこでの再会も楽しみにしていますが、同じ志を持っているとはいえ立場の違いは厳然としてありますので、臥薪嘗胆への叱咤激励を受けるつもりです。

2012.03.18

町会長、だからこそマニフェスト

6年前から住んでいる我がまち昴の町会長となりました。
実際には8班からそれぞれ選出された新理事による準備理事会が先月開かれ、そこで選任理事そして町会長として真っ先に私の名前が挙げられたのを受けて桜庭町会長が電話で集会所に来てくれという流れになり、さすがに断るわけにはいかない雰囲気を察して受諾の返事をしたところからはじまっていますので唐突なことではなかったのですが、さすがに総会で承認の拍手をいただくと改めて身が引き締まる思いでした。

新会長としてのあいさつでは、大きく二つの思いをお礼をこめて述べました。
一つは、新理事の方々に推していただいて町会長の任を与えていただいたことへの感謝です。
あいさつの際には「はじめて」と言いましたが、よく考えると先に高校同期会「八三会」の会長に推されていますので初めてではなかったのですが、何をするにも自分の意志で立つことをし続けてきた者、それも市議選では落選の烙印を押された者を一番身近にいる方々が推してくださるなんて、本当にうれしい以外の何物でもありません。
この1年間、素浪人として震災支援を中心に動いてきましたが、市政や相馬地区のことには関心を持ち続けて市議会の傍聴にも可能な限り足を運んでいますが、それに参画することができない立場に切歯扼腕の思いをすることもしばしばあったので、町会連合会を通じてかかわる立場になるわけですし、町会の方々もそれに期待しての推挙だと受けとめて仕事をさせていただくつもりです。

もう一つは、町会長として町会を運営していくにあたってマニフェストを掲げることです。
もちろん、町会は理事会での協議によって運営されていきますので、来月の理事会に私案を諮って承認を得るという手順が必要になりますが、それまでに案を練るつもりです。
昴町会は新しいまちづくりを進めていくためにワークショップを重ねるところからはじまったところだけに、事業計画や予算案をまとめるにも何度も話し合う極めて民主的な町会自治をしているのですが、計画そのものはいつ何をやるという予定表を作成しているだけです。
その、まちをつくるという意識が徐々に薄れたり住む人が入れ替わることで伝わらなくなっているために、行事などへの参加率が下がってきている現実があるだけに、それにどういう対策を打ちどれだけの参加者をめざすのか、それによって町会の雰囲気をどう活性化させるつもりか、しっかりと掲げて町会の皆さん特に理事の方々と目標を共有して取り組んでいきたいと思うのです。

総会後の交流会では、そういう難しいことは言わずにがんばってという声もかけていただきましたが、せっかくいただいた大事な役割を自分なりに全うするために、今まで学んできた手法をいかして取り組んでいくつもりです。

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