2008.10.16

祐啓先生のお供で、台湾に出会う

国際獅子會300-A2區友好訪問團歓送宴晩餐会がありました。
何それ?という感じだと思いますが、ライオンズクラブの青森県単位の組織である332-A地区と友好関係のある、台湾・台北市を中心とした300-A2区のキャビネットご一行45名が3泊4日の日程で訪問されたので、翌日の離日を控えての送別の夕べというわけです。
ちなみに、同じ漢字圏でも台湾は旧字を使う国ですので、それを尊重しての表記です。

我がクラブでは、その地区にある大稲堤クラブと姉妹クラブの結盟をしていますし、岡井副地区ガバナーがガバナーとなる次年度には訪問する側になるということもあり、歓迎会や弘前公園見学の際の出迎えなどに多くの会員が出ていますが、送別会の方に三上祐啓元ガバナーが出席するというので、12日の青森中央クラブの45周年に続いて、私が随行役で送り迎えをすることになりました。
台湾側には日本語が堪能な方が多く、青森側のメンバーによるスコップ三味線で大いに盛り上がり、続いての台湾側の女性陣による日本語での「ふるさと」の合唱となって、そこに三上元ガバナーが飛び入りし、最後は十八番であり台湾でもよく知られている「北国の春」を歌って、本当にすばらしい雰囲気のパーティーとなりました。

三上元ガバナーは85歳のご高齢ですが、ご自身が大稲堤クラブとの結盟を結ぶ際に大きな役割を果たしたこともあって、台湾にはことのほか思い入れがあり、それが久しぶりの歌声を披露するほどの元気を見せる原動力となられたようで、見ている私にもその喜びが伝わってきました。

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次年度が友好25周年となるので、記念式典を盛大に挙行するので大勢で訪台してくださいということでしたので、その末席に連なってまだ見ぬ台湾を訪ねてみたいと思いました。

2008.10.04

20年ぶりに独立記念館へ

韓国での4日目は、天安市にある「独立記念館」を見学しました。
1987年の開館直後の1988年に、一人旅の卒業旅行で訪ねた際に強烈な印象を受けたのが忘れられず、これからの日韓関係を考える上で避けるわけにはいかないテーマだけに、改めて訪問したいと思っていましたので、逡巡する韓国の友人に無理を言って連れて行ってもらいました。

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巨大なモニュメントや建物であったのは失念していましたので、規模の大きさには感嘆しましたが、前回衝撃を受けたはずの日本軍の拷問や残虐さを展示しているコーナーではさほどインパクトを受けず、逆にそれに抵抗しながら独立のために戦い続けた展示を見て、ただただ36年間の日帝支配に耐え忍んでいたのではないのを初めて知った思いがしました。

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当日の通訳は、女子高2年のチャンさんが務めてくれたのですが、アニメが好きで日本への留学を熱望しているという彼女と話していると、日本の同年代が余りに歴史を知らないことは悲しいと言っていましたが、修学旅行では多くの高校生が訪ねているという独立記念館にいきなり行くのではなく、近代において日本と韓国、そしてアジアとの間に何があったのかをきちんと学ぶ必要があると、改めて痛感しました。

途中のサービスエリアでトッポッギという庶民食、水原に戻っての昼食ではカルグクスという韓国うどんをごちそうになり、ソウルに送ってもらってからは最大の繁華街・明洞(ミョンドン)でのショッピング、さらには丸二日一緒してくださったチョンさんの奥様とお子さんも合流して花火大会の見物で鈴なりの人出となっていた南山からの夜景を楽しみながら、観光ではない普通の韓国にふれて今回の訪韓を終えることができました。

8月以来の再会となった3人、今回のセミナーに推薦して手配をしてくれたユンさん、そして今回初めて出会った新しい友人に恵まれて、さらに韓国との交流を進めていこうという気持ちでいっぱいです。

2008.10.03

韓国の多様な施設ケアと出会う

韓国での3日目は、午前中に龍仁市にある韓国民俗村を見学し、午後は3ヶ所の施設を見学しました。

最初は「中央養護園」という、プロテスタント系の養護老人ホームと軽費老人ホームとで構成された大規模な施設で、地形を生かした設計と景観に配慮した美しい環境が印象的でした。
ここでは、韓国の介護福祉士にあたる「養護保護士」の養成も行っているそうですが、何より感動したのは、日本語を教えてきたという老婦人に日本語で迎え入れていただいたこと、そして神戸出身の「もりぐちてるこ」さんとお会いできたことです。
60年も韓国で過ごされているということでしたが、流暢な日本語で「祖国の言葉を忘れることなどありません、ここで幸せに暮らしています」というお話を聞いた時、日本人としての気骨とともに韓国との絆をつないできてくださったご苦労を思い、胸が熱くなりました。

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続いて、YWCAが経営する小規模施設を訪問しました。
ここは、15名の入所施設とデイサービスセンター、それにヘルパーがいるということですが、日本の小規模多機能とは違って、それぞれのサービスは独立しており、併用はできないことになっているそうです。

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最後に、カトリック系の入所施設を見学しました。
ここは60名の定員ですが、シスターによる運営のため入所者全員が女性で、男性の介護職員も一人しかいないのだそうです。
日本でも一番すばらしい施設は函館市にあるカトリック系の「旭ヶ岡の家」だと教えると、案内してくださった事務局長シスターが「ぜひ行ってみたい」と目を輝かせていました。

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ところで、前回訪問した際には円仏教、今回はキリスト教系で運営している施設を見学したわけですが、それぞれ全国レベルさらには国際レベルでの基盤を持っていることで、先進的で充実したハード・ソフトを整えているのだと思います。
その一方で、韓国の長期療養保険制度は単価や制度設計が十分ではなく、グループホームでいうと9人に対して3人の職員配置でよいとされていて、日本での生活時間における3:1配置とは意味が違うこと、単価も約4700円と低いので経営としては成り立つはずがないものになっているのだそうで、YWCAでは見学の前にこの件で喧喧諤諤の議論となりました。
韓国にとって、先行する日本の介護保険制度は参考にできるものだと思いますし、これから地域包括支援センターをモデルにした「支援センター」も構築していくということですので、高名な学者でなくても民間レベル自治体レベルで交流していく中で伝えられるものは多いと思っています。

2008.10.02

国際協力社会福祉セミナーで発表

社会福祉法人「愛田会」が主催する第1回国際協力社会福祉セミナーに、ニュージーランドのエリザベス・アンドリューさんとともに発表者として参加しました。

泊めていただいたゲストハウスは、ソウルの西方にある富川(プチョン)市に位置していて、朝食はクォン理事長が牧師をしている教会に併設されている児童養護施設「ハッピーホーム」の食堂でいただきました。

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食後に見学もさせていただきましたが、子どもたちが少しでも明るく前向きに成長できるような配慮が行き届いた環境で、それを支える教会の力にも驚きを覚えます。
その後、この法人のスタートとなった救護施設「ジョイフルハウス」も見学し、セミナーの開催場所へと移動となりましたが、何とそこは放火による消失から再建中の南大門に面しているソウル商工会議所の代議員会室という、日本では考えられない会場でした。

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100名を超える参加者があり、基調講演に続いて私の発表、それからエリザベスさんと福祉館のパク館長と3人の発表とそれぞれに対するコメントがあり、最後にフロアとの質疑応答というスタイルでした。
私は、長慶苑で実際に行ってきた利用者の尊厳を重んじたケアの実例とその土台となっているKOMI理論、さらにそれを実践するために取り組んでいるさまざまな内部研修について話したのですが、7月から介護保険と同様の長期療養保険制度がはじまったばかりの韓国のケア関係者から関心が向けられたのは、日本では経営優先になっているのではないか、長慶苑の方針では経営できないのではないかといったケアと経営のバランスについてでした。

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それに対しては、日本でも経営優先になっているのは一部であるし、何のために福祉に取り組んでいるのかを大事にすべきだと答えておきましたが、こういう機会を通じて日韓のケアでの交流が広がることを期待しますという結語に応えるかのように、多くの方が名刺交換に来てくださったので、何とか役目は果たせたと思っています。

終わってからの懇親会は、セミナーの成功と福祉館の事例集の出版を記念してのものだったのですが、クォン理事長のあいさつに、それを陰で支えてきた奥様が涙をふかれていたのが印象的でした。
これだけのことをしている法人とのご縁ができたというのは、さらに韓国との絆が深まり、新たな交流の拠点ができたわけですので、本当にうれしいセミナーでした。

2008.10.01

再び、韓国へ

国際セミナーの講師を引き受けて、1月に続いて韓国を訪ねています。
今回の主催はプロテスタント教会が母体となっている「サランバッテ(=愛田会)」という法人ですが、昨夜は歓迎の夕食会の後YMCAから経営を引き継いだという「老人福祉館」に立ち寄り、孤児院に隣接しているゲストハウスに投宿となりました。
壁に日本のアニメ「OnePeace」の主人公が描かれているのが、目を引きました。

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朝食も孤児院のホールで子供たちが食べ終わった後にいただいたのですが、ポップな壁画や大きな水槽でいろどられた明るい建物ですし、ゲストハウスの1Fにはカフェがあるというのも日本では見たことがありません。

高齢者のケアでは日本が先んじている部分があるのでしょうが、福祉館のパク館長がさまざまな財団の助成を受けながら高齢者の性暴力やその心の傷を癒すプロジェクトに取り組んでいるというお話を聞くにつけ、ケア以外の部分では縮小し続けている日本の高齢者福祉を見直すいい機会になりそうです。

2008.08.06

韓国での再会を約束

3泊4日の予定で来られた水原市からのご一行を、青森空港で見送りました。

二日目は弘前市とつがる市の担当課からの説明とつがる市社協のデイサービスセンター見学をしてから相馬のねぷたに参加してもらい、終わってからは「あいや」で津軽三味線を堪能していただきました。
三日目は長慶苑での見学と説明、それから白神ビジターセンターを見学、夕食は職員をまじえてのお別れ会をし、最終日に韓国にはまだない小規模多機能型施設「りんごの郷」を見学するという、慌ただしくも充実した内容で、3人とも喜んで帰路についてくださったようで何よりでした。

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私たちにとっても、積極的に学ぼうとする方々と漢字での筆談で何とかやりとりをし、逆にハングルを教えていただきながらの交流で得たものは大きかったですし、村内に嫁いでいるキムさんに通訳をしていただいたことで韓国料理を教えに来てもらう約束ができましたし、非常に有意義な機会になりました。

1月に続いて10月に再び講演の依頼をされていますが、ちょうど水原市は最大の祭りの期間にあたるそうで、ぜひとも夫婦そろって職員もきてくださいとの強いお誘いをいただきましたので、さらに交流を深める機会を作るのを約束してのお別れをしました。

2008.08.03

韓国からのお客様と青森ねぶた

1月の訪韓の際に施設見学させていただいた水原市のキム施設長と市の高齢福祉担当のパクさんとチョンさんの3人が来日しました。
目的は、韓国で7月から施行された「療養保険」制度の先行モデルである介護保険制度と日本の介護サービスを学ぶためでしたので、青森空港に着いた皆さんと昼食を取り、すぐに青森市内の新型特養「寿幸園」を見学させていただきました。
人口110万人の水原市は、施設29ヶ所でデイは10ヶ所ということで、30万都市で特養だけで11ヶ所、さらにデイは50ヶ所以上というサービス量の差に驚いていました。

その後三内丸山遺跡に案内し、せっかくの機会なので青森ねぶたを見物しました。
いつも政策ラウンジでうかがっている和田ビルがさくら野交差点近くにあるので、ビルのオーナーである和田さんのご厚意で特等席で見ることができ、ちょうど清風荘が取り組んでいる「ケア付きねぶたじょっぱり隊」が参加しているねぶたが目の前から出陣するというベストポジションでの観覧となりました。

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ところで、この2年はねぷたに出ることばかりで他を見に行く機会がなかったのですが、久々に青森ねぶたを関係者の視点で見てみると、気がつくことがいくつかありました。
何と言っても人出の多さには圧倒されましたが、隊列が囃子方が本ねぶたの前にきているところと後ろになっているところがあり、行列そのものが重要無形文化財指定となっている弘前ねぷたとの違いというか乱れを感じました。
それに、カラス族問題でハネトに正装での参加が求められているせいか、これでは本当に好きな人しか参加できそうにないですし、やる側と見る側とが完全に分かれてしまうのは、まつりとしてはいかがなものかと思います。
イベントとしてのすごさとまつりとしてのあり方、光と陰の両面を見た気がします。

2008.07.08

青森クラブに、初めてビジター訪問

今回、青森県をエリアとする332-A地区では二人のYE生を受け入れているのですが、もう一人のドレイク君とミシェルの間で、7/8のドレイク君のバースデイパーティーに行くと約束しているというので、ホストファミリーの斎藤さんに連絡を取ってみたところ、ホストクラブである青森ライオンズクラブの例会でウェルカム&バースデイパーティーをしてくれることになっているということでした。
さっそくビジターでの参加をお願いしたところ、快諾していただきましたので、午後から十和田湖・奥入瀬渓流・八甲田と回って、青森市に入りました。

青森ライオンズクラブは、市内在住の宣教師と、リッチランド・ライオンズクラブのメンバーである彼の弟、そして東京ライオンズクラブとが結ぶ縁で、失明寸前の少年の手術が行われ、それによって東北初のクラブとして1956年に結成された、視力障がいに率先して取り組んできたライオンズクラブ国際協会の歴史においても特筆されるエピソードを持つ、由緒あるクラブです。

それから遅れること2年、1958年に我が弘前クラブは青森クラブのスポンサーによって結成されましたので、親クラブということになります。

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ホストしているドレイク君と斎藤さんばかりでなく、飛び入りのミシェルも歓待していただき、楽しいパーティータイムとなりました。
私も、急なお願いを快諾くださったことに感謝し、クラブ会計として青森クラブに続いて我がクラブも来年50周年式典を挙行するので大勢でお越しいただきたいこと、さらに来期の岡井ガバナー誕生の暁にもお世話になることをお願いするスピーチをさせていただきました。
私にとっての初めてのビジター訪問はひょんな形で実現しましたが、それが親クラブである青森クラブであったことは感慨ひとしおですし、YE生を引き受けたおかげでかなったのも、天からの恩返しだと思っています。

2008.07.07

恩返しとしてのYE生受け入れ

ライオンズクラブでは、国際交流の一環としてYE=YouthExchangeという事業があり、ホームステイやサマーキャンプで学生を送り出したり、引き受けたりしています。
今回、ひょんなことで私にホストファミリーの白羽の矢が立ち、米国からミシェルという19歳の女子大生を引き受けることになりました。

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LM地議連総会を終えて最終便で帰青し、クラブの出迎えメンバーを弘前市に迎えてから青森駅に引き返して、所属している332-A地区の岩谷正三ガバナーご一行ともども23:30に到着を出迎えました。
深夜の到着でしたのでゆっくりと起きてもらってから、私たち夫婦と弟夫婦とで弘前市内を案内し、夕食は豆腐懐石「水豆花」で子どもたちも一緒に食事をしました。

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普通であれば前半後半でホストファミリーが交替するのですが、なぜか8/9までの5週間受け入れる形になっていまして、弟夫婦やクラブのメンバーにも分担してもらわないと大変な状況です。
ただ、私も弟も30年前に米国へのホームステイをする機会があって多くの経験と勉強をすることができた思い出がありますので、その時と同じ年になった二人の娘に同じ経験をさせることができないふがいなさを埋め合わせるため、そしてホストしてもらった米国への恩返しになればという思いで引き受けたことですので、少しでも日本でいい思い出を作ってもらえたら本望です。

2008.01.27

韓国をめぐるエトセトラ

観光や視察ではない海外渡航は、考えてみると20年前の卒業旅行以来というのも奇遇ですが、やはり普通の生活にふれたり、市民と語らう機会がないと、その国を理解することはできないと思います。
今回の訪韓は、それを思い返す機会になりましたし、ケアを通じた交流や理解の第一歩になると思いますが、そこで感じたさまざまなことを徒然にまとめて報告します。

○変わったこと
一番感じたのは、一流の経済産業国家になった自信のようなものです。
サムソンのTVをはじめ、すでに日本製品を上回る評価を得ているブランドも多く、20年前は三菱のマークが変わっただけだったヒュンダイが自社デザインで世界を席巻するほど、両者の立場が逆転しているのが象徴しています。

それは、以前はアングラでしか流入していなかった日本文化を堂々と受け入れるようになったことからも感じました。
ソウルにはセブンイレブンやファミリーマートが何軒もありましたし、書店に行くと完全にハングル化されたコミックスがずらりと並んでいました。
韓国にとって初めての国際イベントであったソウル五輪前後の高揚感と、前回の「日帝36年の支配」を叫んで金をむしり取られたような危ない目にあうような緊張感から、日韓ワールドカップを共催したことや韓流ブームで変わったものが、韓国の側にこそ大きかったのだろうと思いました。

○変わっていないこと
めざましい発展の一方、扉1枚分しかない間口の露店や、路地に品物を並べて商売をしている人々も多く、アジアらしさが残っているのも事実です。
それから、ソウルには「スターバックス」まで開店していますし、1杯30円程度で飲めるドリップ式の自動販売機も増えましたが、さまざまなところで出されるコーヒーは、砂糖とミルクが最初から入っていて、まだまだ揺るぎない地位を保っているようです。

○交通事情
鉄道においてもKTXという新幹線が開業し、日本で対向1車線でも高速道路と名づけているのが恥ずかしくなるほど網の目のように完備した高速道路といったインフラにも目を見張るものがありますが、何といっても驚くのは交通マナーです。
リムジンバスであっても猛スピードで割り込んでいきますし、道路を漫然と渡っているとクラクションを鳴らされます。
歩行者信号は青が点滅になるのが早く、そこでもせかされている気になりますが、信号が赤であっても車がきていなければ交差点を右折(韓国は右通行・左ハンドルなので、日本でいえば左折)してもよいというのは、なかなか合理的なルールだと思います。

○通信事情
携帯電話は持たず、せっかく持ち込んだMacをネットに接続できる環境にいたのが最終夜のホテルだけでしたので、ブロードバンド大国の恩恵にあずかる機会はほとんどありませんでした。
ただ、「PCバン(房)」というネットカフェが非常に増えていたのが印象的でした。

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