2017.05.02

社協負担金を見逃しで通す

1年ぶりの相馬地区社会福祉協議会推進委員会に出席しました。
特別な案件もなく1時間もたたずに終わりましたが、おかげさまで今年度からの社会福祉協議会負担金の任意徴収は何のおとがめもなく実施となります。

元はと言えば、社会福祉関連法の中で社会福祉協議会について規定されているのですが、それによれば社協に負担金を納めるかどうかは各戸の賛同に任されており、わが相馬地区や隣の岩木地区で行われている毎戸強制徴収というのは例外的な方法となります。
これが、社協会費では旧市内が300円なのに対し両地区は1000円と割高な会費が合併時から継続しており、社協支部に人員を残すために続けられているといわざるを得ない状況ですが、これに関しては昨年の場で会費の多寡で配置が決まっているのではないという言質を得ています。
その社協負担金として扱っているものには、社協会費の他に赤い羽根・歳末助け合い・赤十字の合計4つで2,100円となりますが、たとえば相馬地区では赤い羽根共同募金で約40万円を納め続けているのに対して、1,600万円を集めている弘前市には850万円の助成がされている中で、相馬地区で行われた事業はあるのかと質問したところ、それに関してはないという回答でした。
負担率としては市よりも若干高いにもかかわらず、その負担に見合う形で助成を受けられないというのでは、これこそ合併のひずみが現れていると言うほかありません。
こういったことをふまえて、昨年中に理事会で話し合い、3月の総会で議決を行って、4月の町会費徴収の際に加入の可否を確認してありますので、7月の社協会費納入で社協側に現実を突きつけることになります。
その際には一悶着あると予想が立ちますが、そのことが相馬の他地区に波紋を呼んで、それぞれの地区でも社協負担金について考える機会になればと思っています。

そもそも、こういった会費納入のことばかりでなく、社協は地域の中でどういった活動をして貢献していくべきなのか、再考すべき時期にきていると思いますし、これは地域福祉で大きな役割を担っている民生委員にも言えることだと思っています。
戦前戦後を通じて地域を支えてきた仕組みを、もう一度自分たちの生活に引きつけて考え直し、これからの人口減少社会でも生かしていける制度に再構築していくべきだと考えています。

2016.11.28

市政懇談会は封印すべし

8月末の予定が台風の影響で3ヶ月伸びて、ようやく相馬地区での市政懇談会が開催されました。
葛西市長以下市の幹部が顔をそろえて各町会からの要望に回答し、その場に参加した人たちからの質問にも応じる形で進む3年ごとの恒例行事ですが、今回は事前に出された要望が4つにフロアからの質問も10件で、1時間少々たったところで終了する流れでした。

実際に出された質問としては、土木事業にかかわるものが多かったので板垣建設部長が答弁に立つ回数が多く、他には要望というより事業そのものの内容に対する質問というものでしたので、市政懇談会という域を超えないレベルでした。
私からは、昴町会の街灯更新に関することと岩木・相馬地区と市の社協負担金の違いについて質問しましたが、街灯については終了後に所管している課にいる同期が説明にきてくれて再来年度から取りかかることがわかりましたし、社協負担金に関しては健康福祉部長から話題に上っていたことを社協に伝えておくという回答でした。
そのやりとりで感じたのは、取りたてて重要とは思えない内容であったかも知れませんが、質問を受けた各部長からしっかりとした回答が得られずに、後ほど調べて回答するとなったのが数件続いてしまい、まるで最近の予算決算審議で答弁に窮する場面を頻発させているというのが再現されていたことへの残念感でした。
地区の市民からすれば、せっかく3年ぶりにやってくる市政懇談会に出席しているのに、何とも歯切れの悪い回答ばかりでは、市に対する信頼感をアップさせる形にはならなかったろうと思います。

それにしても、質疑応答に移っても会場で我先に手を上げようとしている人は少なく、進行役の大谷さんから何度も促すような発言が重ねられる状況でしたが、それはやはり合併11年目ともなると市のやり方はこんなもので、その中で自分たちは暮らしていくしかないというあきらめの気持ちが強まっているからだと思います。
以前出席したのは6年前で、そこには当選してエネルギーにあふれた葛西市長や農林部長に昇進したばかりの蛯名副市長が前任の道路維持課への質問に越権で答えるといった場面もあり、新市長誕生を受けて市政は変わっていくのだという雰囲気に満ちたものでした。
それと比べると、今回の懇談会は市長のあいさつに続くプレゼンもサラッと終わってしまいましたし、もう一人の副市長である山本氏は欠席するというのでは、市民サイドからしても市からの熱を感じる要素はどこにもありませんでした。
相馬地区だから感じることなのでしょうが、合併した地域としては現在の課題についてやりとりすることよりも、もう少し中期的な問題に焦点を合わせて多角的に話し合いを持つ場こそが必要なのだと思いますが、26連合町会のうちの一つとしてのポジションでは、そんなことを提言する気にもなりませんし、そもそもそんなイレギュラーな発言が許されるような雰囲気ではありませんでした。

こんな気持ちにさせられるのであれば、相馬での市政懇談会は封印してほしいと思わずにはいられません。

2016.08.28

59回目の地区体育祭を憂う

台風の影響で雨が心配される時期でしたが、思いのほか晴れ上がった天気のもと、59回目の相馬地区体育祭が行われました。
相馬村の時代は8月第1日曜日でしたが、合併後はねぷたに参加するようになったことで第3日曜日に変更となったのが、今年はその週末に東北ソフトボール大会で会場周辺が使用占拠されたことで、史上最も遅い開催となったわけです。
それだけであれば、少しりんごの収穫を遅らせてでも皆さん参加してくれたのでしょうが、それがちょうど中学校の文化祭とかち合ってしまっていて、中学生の出場はもちろんなく、保護者もそちらに行かなければならない役割の人もあって、例年になく寂しい体育祭でした。
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実は、今年先行して開催された地区ソフトボール大会も中学校の運動会とかち合っていて、体協の事務局長は平謝りに謝っていましたが、今回は地区16町会のうちこれまでの3町会から不参加が大幅に増えて、合同で参加したところを入れても10町会の参加にとどまり、本当にこのまま続けるべきかどうか考える危険水域に入っていると思います。

そもそも、地区体協の役員にしてもほとんどが還暦を過ぎた人ばかりで、若かりし頃からすでに30年近くは顔ぶれが変わっていないことで、小中との連携が薄れてしまっているのでしょうし、そういうお歴々に予定がかち合っていることを申し出るPTA世代が加わっていないのも問題です。
合併前は、「星の里マラソン」という家族で参加できるマラソン大会を主催するほど活発だった体協活動ですが、市の時代となって大会運営の補助金が削除されるとあっという間に大会がなくなるほど自主財源とやる気が欠けてしまっているにしても、他の地区とは違って合併前の名残で地区体協への補助金が続いているからこそ体育祭やソフトボール大会、そしてスキー大会が開催できているわけです。
これは、体協に限ったことではなく社協も同じことなのは前にふれたとおりですが、来年の記念となる60回大会を終えた時点で大会の継続と組織や補助金のあり方を見直すべきだと思っています。

思えば、私たちが10代だった頃の体育祭といえば、成人男子1500mで健脚を競ったり、最後は200×4=800mリレーで真剣勝負したりと、親睦以上に体育祭にふさわしい種目もあり、親睦の場面では昼から飲むのは当たり前で皆でホルモンをつついていたのが懐かしいですが、今ではそんな種目も煙の立つ場面もなく、昼には閉会式が行われて、反省会は町会に戻ってからという形になってしまいました。
小中学生からすれば、過疎とはいえ当時の人数が多かったこともあり、地区を代表して体育祭で走れるというのは誇りに思ったものですが、わが陸上クラブは出場したもののマラソン専門のクラブや野球チームは試合に行って不在というのも、体育祭のプライオリティが下がってしまっている現れです。
反省会でも、もっとみんなが参加してよかったと思える種目にしてほしいという声もありましたし、続けるにしても種目を再検討する必要があります。

ちなみに、わが昴町会は何とか人数をかき集めて棄権種目が少なかったことと女性陣の活躍で、準優勝というちょうどいい成績でしたので、楽しい反省会となりました。

2016.05.09

合併10年で見直すべきこと

今日は、相馬地区社協推進委員会が開催され、町会長として出席してきました。
例年は粛々と終わるのですが、今回は相馬地区の社協負担金のことを私が持ち出して、一悶着の形になりました。

相馬地区と岩木地区は社協負担金が一戸あたり1000円で還元率85%、これに対して旧市内は300円で還元率50%で、これが合併以来10年間変わらずにきています。つまり、市社協に納める額は同じ150円で、地区での活動のために700円多く納めているわけです。
これは、10年前の合併にあたって、一律の負担金とするよう求める声もあったものの、岩木・相馬ではこれまでどおりの活動が継続できるよう違うままになったということでしたので、当時の町村社協をそれぞれ支部として存続させるためのことだと思っていました。
今回、それをふまえた質問をしたところ、会長の代理で出席していた高橋常務理事からは、支部の人件費として高い負担金にしているわけではなく、地区の独自事業の継続のために高い負担金としているので、これを改めるかどうかは地区にかかっていることだということでした。
ということは、負担額を切り下げたとしても、支部の人員を引き上げるかどうかは社協の考え方一つということになるのがハッキリしただけに、今後の推進委員会理事会でどのような議論となるか、注視していきたいと思います。

この、岩木・相馬地区だけ違う補助となっているものには体育協会もあり、市内では地区体協に補助金などないのに対し、相馬地区では体協運営と地区体育祭への補助金が合併以降も続いています。
そもそも、町会連合会の事務局を支所民生課が所管していること自体が、他地区からすればあり得ないことを続けているわけですし、ここから見直していかなければ、いつまでたっても一体感のある地域づくりになっていくはずがありません。

ひるがえって、社協という組織について考えてみると、運営の大部分は市からの補助金でまかなわれているにもかかわらず、市民には活動が見えにくいのが実情ですし、昨年の3月でヘルパー事業所が赤字を抱えたまま閉鎖となったように、殿様商売だったのは否めません。
それでも、相馬地区では市内よりも高い負担金でありながら町会を通じて毎戸から強制的に徴収するのが続いており、最近の町会やPTAなどの参加義務の先には社協負担金の問題が出てくると思うだけに、わが昴町会では昨年来強制徴収から任意徴収に切り替えるための話し合いを重ねています。
今日の場では活動が見えないと批判したものの、私個人としては社協の存在意義を理解していますし、これまでのご縁がありますから負担金を納めるつもりですが、法令では納める必要のない負担金をどれだけの人が納めてくれるのか心配はあります。

帰り際に、顧問として出席していた最後の村長・良衛さんが「いいところに切りこんだ」とほめてくれましたが、合併10年で見直していくべきこと、制度そのものを変えていく必要があること、今の立場からできることはやらなければならないのが私の責任です。

2015.09.01

田んぼアートに合併の皮肉を感じる

年に一度の岩木・相馬地区町会長合同研修でしたが、今年は田舎館村が誇る田んぼアートの見学でした。

バスで隣り合わせたのは、岩木・鼻和町会の前田一郎さんで、仕事のおつきあいばかりでなく1999年に一緒に議員に当選して以来のご縁があります。
思えば、2005年に津軽南12市町村の合併が破談となり、岩木・西目屋・相馬の中津軽郡3町村には当時の金澤弘前市長からのラブコールもありましたが、まずは同じ生活基盤を持ち交流も深い3町村合併で行こうという流れとなり、西目屋・相馬は3町村案を可決したものの、最後の岩木で否決され、その際すぐに連絡をくれたのが前田さんでした。
実際は、委員長を除く17名の議員は、単独=2・3町村=8・広域=7と分かれていたようで、相馬と同じく合併の是非を問い、その後に合併の方式を決する段取りで進めれば、単独派の2名も広域よりも3町村に賛同したはずですから中津軽郡合併は成就したはずですが、勝てると過信した委員長がいきなり3町村での合併の賛否を問うたので、賛成=8/反対=9という結果になってしまっただけに、その軽挙の責任はあまりにも大きいと言わざるを得ませんし、まさに『多数決を疑う』を証明するような事件でした。

ところで、最初の12市町村合併が不首尾に終わったのは黒石市・大鰐町の財政状況があまりにも悪く、合併効果が見こめないという問題が一番大きい要因でしたが、先日の報道では大鰐町は7年前倒しで早期健全化団体から脱却することができたそうです。
また、視察先の田舎館村も、破談後に真っ先に弘前市に合併を申し入れるほど積極的に動いたのですが相手にされず、それが同じ南津軽郡での合併から遠ざかる原因になってしまって、当時は田んぼアートがそれほど注目されていなかっただけに、田舎館城と呼ばれる役場が孤立しているように見えたものですが、今となっては独立を保っているからこそ田んぼアートにすべてをかけるような取り組みが可能になっていますし、注目を集めることができているわけです。
それからすれば、そこまで財政状況が悪かったわけではないのに総務省の試算に惑わされ、岩木町には岩木山、相馬村には飛馬りんごとロマントピアという魅力を持ちながら、素直に合併という蟻地獄に落ちてしまったものだと、前田さんと意見が一致して、合併の皮肉を思わずにはいられませんでした。

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それだけに、田んぼアートには田舎館のプライドを感じ、地域を守るためには失ってはならないものがあるのを改めて思ったところです。

2012.06.14

「市民の歌」もノーですが、人格批判は許しません

南相馬市での「こどものつばさ」説明会や津軽金山焼への用件などの関係で、一般質問3日目にしてはじめての傍聴に足を運んだのですが、思わぬ形で個人攻撃をされました。
今日の最初の登壇者は畑山聡市議でしたが、2つめの質問「弘前市民の歌」の件で以前葛西市長が推奨すると答弁したのでは不満として、市長は中学卒業後市を離れたので思い入れがないのだといった市長に対する批判と並べて、以前市議を務めていた人物が「市民の歌」を認めないというBlogを書いていて狭量である、と切り込んできたのです。

「市民の歌」については、小連体新年互礼会で使われていることに合併された側としての違和感を述べていますが、「傲岸な旧市民」とは書いても特定の誰かをさしているわけではなく、その中では相馬にちなんだ歌詞を加えるといった工夫にふれているように、存在そのものを否定しているものでもありません。
ちなみに、苦笑しながら批判を受けとめた葛西市長が答弁したとおり、「市民の歌」は藩祖為信公350年にちなんで市民有志がつくったもので、公式な市歌でないため市には著作権などもなく、当時から推奨するという形で親しまれてきたものであるので、合併協議においても取り扱いを検討することもなかったのだという事実を、旧市民のお歴々にはお知らせしておきたいと思います。

百歩譲って、葛西市長と並んで個人批判されるのは光栄ですが、政策や政治姿勢の可否を論じられるのは許されても、「狭量」という人格批判に踏みこむ発言は議場においてあってはならないものだと先輩議員から教わってきた私としては、許すわけにはいきません。
前期の騒動の中では、今泉市議が「聞く側の理解力が少し不足」としただけで懲罰を受けた前例がありますが、この時は動議提出者が「もしかしたら」自分への侮辱ではないかと強弁したように、不特定であれば不問となることもあり得るのですが、今回の場合は明らかに個人が特定できますし、議員同士ならまだしも今の立場としては私は一市民でもありますので、議員として市民に対して一番してはならないことを確信犯で行うことを見過ごすわけにはいきません。

さっそく田中議長宛に抗議文を送り厳正な処断を求めるとともに、その経緯をオープンにすることを求めていますので、事態が動くたびにお知らせしていきたいと思います。

2012.06.01

相馬の公共交通実証実験、白紙に

昨年度末からはじまったろうそくまつりの里・沢田地区での予約制乗り合いタクシー実証実験ですが、あまりにも利用者が少なかったことで先月いっぱいで休止と報じられましたが、これを受けて市から公共交通に関する意見交換会の案内が町会長宛にありましたので、出席しました。

実は、この実験にはその先があり、今秋から支所(旧役場)のある五所地区でバス運行を打ち切り以奥の地区をすべて予約制乗り合いタクシーにするという、3年間の実験が予定されているのを4月の町会長会議ではじめて聞いて驚いてしまったことなので、今回の休止でそれがどうなるかが焦眉の急であると思い、最初に質問の手を上げました。
それに対して、今年度からの担当である公共交通推進室を兼ねる都市計画課長から、今回の乗客数ばかりでなく住民の意向をとらえた計画とは思えないので一旦白紙に戻して改めて住民の意見を聞いて考えていくという答弁でしたので、まずはホッとしました。
市議としても関心を持っていた分野でもあるので、過疎地の場合にはへき地輸送という手段があることや、先進地を担当課と住民とで一緒に視察してともに考えることなど提言しておきましたが、自らの過ちを認めたがらない行政にはない対応でしたので、今後よい方向で進めていけたらと思います。

ただ、公共交通の実験台として真っ先に指定され、あわや従来からのバス路線さえ失われかねない件でしたので、出席者のひそひそ話でも「また相馬が狙われた」という声も出ていたことを、市には重く受けとめてほしいと思います。
とはいえ、市として1.9億円も補助せざるを得ない状況だけにあり方を考えたり、市民に通学の送迎で呼びかけたりといった工夫は必ず必要なのですから、一地区の問題ではなく市全体の課題として考えるべきテーマです。

2012.05.21

合併効果で金環日食観察会、大成功

2003年の火星大接近での対応が悪かったことを相馬村時代に指摘し、2009年の部分日食では天候に恵まれず集まりも悪かったことにガッカリと、どうもロマントピアでの天文イベントとは相性が悪い私ですが、性懲りもなく早起きをして金環日食(青森県では実際は部分日食)を観に出かけました。
臨時開館の6:00でしたが、天文台ばかりでなく中央公民館相馬館の職員もしっかりとスタンバイして交通整理にあたっており、それだけでも相馬村時代とは雲泥の差ですし、私からすればこれだけは合併していい方に変わったとうれしく思いました。

その時点でも30台近い自動車がかけつけており、マスコミ各社も勢揃い、最大の食となる7:44が近づくにつれて人数は増える一方で、貸し出し用に準備した観察眼鏡がなくなるほどでした。

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私は最大の食を迎えたところで娘の送迎のために山を下りましたが、唯一残念だったのは火星の時と同様、相馬地区の参加者がほとんどいないことでした。
せっかく天文台には天体観測のプロ・藤田栄一先生がかかわってくれているのですから、こういうことにこそ「まちづくり1%システム」で取り組むことを考えるべきかも知れません。

それにしても、今日は天気に恵まれて何よりでした。私の撮った、つたない写真をご覧ください。

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2007.10.10

交流陸上大会という絆

何とか学校側の了解を取りつけて、西目屋・東目屋・岩木・百沢そして相馬小5校での「第1回」岩木・白神・ロマン交流陸上大会の開催にこぎつけました。
前日の草取り・ライン引きも私が行き、当日も先生方は一人もこないのは残念でしたが、昼前にこぼれた雨も上がって、全校応援の西目屋・岩木小の大きな声援がこだまする中、ほのぼのとした大会となりました。

東目屋・岩木の両校長先生ともに、「やれてよかった」とお話しされていましたが、東目屋の校長先生は前日の作業の中に加わっていた方だったのをあいさつに立たれたのでわかって、実現のためにそこまでしてくださっていたのに感激を覚えました。

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弘前市という大きな枠に飲み込まれてしまって、すぐ往き来ができる距離であっても交流がなくなっているだけに、来年度からは当初から計画してほしい大会だと実感しました。

ところで、岩木の校長先生もあいさつでふれていましたが、10月10日と言えば東京オリンピックの開会式が無事に行うために晴れの特異日を調べぬいて決められた日です。
今年の第2月曜はザーザーぶりの雨でしたが、最後に晴れ間の見えた天気とすがすがしい気分で終えられたことに感謝して、やはりこの日こそ「体育の日」にふさわしいと思いました。

2007.08.26

飛馬の星、二年目の市浦へ

今年の「飛馬の星」は、初心に返って誰もが知っている「南中ソーラン」での演舞をしていますが、それが逆に好感を呼ぶのか、思いがけないほどの依頼をいただいています。
その一つ一つを大事にしていかなければなりませんが、中でもYOSAKOIを通じて地域を元気づけるという同じ心意気で取り組んでいる市浦の「YOSAKOIの集い」は大事なご縁だと思っていますので、二年続けて十三湖に向かいました。

参議院選挙のあおりで日程が変更となり、会場も道の駅に変え、出場チームも地元の保育園・中学校を加えても6つと、規模はさらに小さくなった感じですが、合併という荒波の中でがんばっているのは同じですから、少しでも喜んでもらえたとしたら本望です。

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