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2016.09.19

野田村でボランティアする理由

シルバーウィークの前半2日を使って、久慈市と野田村の台風10号被害の状況を知るとともに、野田村でのボランティアをしてきました。

まずは、久慈市に立ち寄り中心部に位置する道の駅に車を置いて昼食がてら状況把握をしましたが、だいぶ片づいてはいるものの撒かれている石灰の多さが被害の大きさを伝え、ここでと思っていたラーメンの千草はシャッターが下りたままでした。
そこで、屋台村でまめぶ汁をいただきましたが、ビブスをつけたボランティアがたくさんいてお昼を取っており、話し声からすると宇都宮から来たという方もいて、全国からの支援がさっそく動いているのを実感しました。
そこから麦生へ回って、「あーとびる麦生」に見舞いしましたが、建物自体は体育館の屋根1枚めくれただけで作品への被害もなかったのは何よりでしたが、館長の熊谷さんは45年も借りてきたアトリエ兼教室が140センチも水没したのだそうで、いつもより元気がありませんでしたが、それでも「これを区切りにしなさいってことだ」と切り替えて、自宅を改修して教室を続けることにしたそうです。
何といっても、バイタリティの塊ですので、きっとすぐにバリバリとがんばるはずだと信じて、麦生を後にしました。

そこから野田村へと向かい、苫屋で状況を確認したり今後の打ち合わせをし、山から下りて中心部で桜庭さんの安全を確認してホッとし、造成された復興住宅街である新町団地に入って晴山さんを驚かしてから、当日の宿泊をお願いしていた畑村さんのお宅におじゃまして、震災以来のできごとなど楽しく飲み語りました。
翌日、畑村さん夫妻にお礼を告げて社協に向かい、小谷地さんの案内でもう一人の村民ボランティア前野さんと3人で村南端の下安家地区の最深部の個人宅まで崩落して通行止の県道を歩いて行き、先に来ていた親類縁者の方たちと一緒に午前中かけて外に出ているタンスや戸棚などを解体する作業を行いました。
大震災では肉体労働のボランティアをせずじまいでしたので、初めて野田村でお役に立った気がしました。



こちらのお宅は、玄関先に留めていた車が水没するほどの被害で、その先にある個人宅は土台から動いてしまっているために手出ししないことになっているそうですし、下安家から岩泉町安家洞まで20キロの県道はどれだけ崩落しているのか見当もつかず、河口部のサケ孵化場は大震災に続く全滅で、今後の復旧には時間とカネが相当にかかりそうです。

ところで、弘大ボランティアセンターは土曜日に何度目かの支援に入っていたようですが、当初は野田村社協を通じて久慈市に入っていたのが現在は直接連絡しているそうで、昨日も村には立ち寄らなかったそうです。
私も熊谷さんのところには手伝いに入りたいと思っていましたが、それ以外であれば野田村でボランティアをと考えて今回の作業となったわけで、人数をそろえて最大限の効果を発揮できるところに入る弘大があるだけに、個人の機動力とつながりを生かして動ける自分は別働で野田村にこだわっていきたいと思っています。
団体と個人、それぞれの得意を生かして、支援をしていくことが大切です。

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