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2016.04.22

PTAをロングリリーフ

本日、弘前実業藤崎校舎のPTA総会が行われ、打ち合わせどおりPTA会長を仰せつかりました。

会長不在、新会長となるはずの3年生の副会長も不在となっており、来年度には募集停止が予定されている中での任命でして、これから2年間という高校では異例の任期となるロングリリーフです。
中央高校では募集停止となる定時制を傍らから見てきましたし、今度は自分たちがその立場になるのは皮肉なものですが、その危機的状況を考えると、断るわけにはいかないと思ったのが、何よりの理由です。
それにしても、参観日にスマホ安全教室も組みこんだにしても、全校73名の生徒で平日開催ではなかなか参加してくれる保護者は少なく10人に満たない人数だったのは残念でしたが、考えようでは1割以上の参加ということになりますし、これからもっと多くの人数が協力してくれるように、こちらから企画していく必要を感じています。
小中学校では、地元の先輩からの言いつけを守って執行部には入らず平会員として協力するのに徹してきましたが、高校では一転して続けて会長を務めることになり、これもまた不思議なものだと思いますが、新たな高校再編が検討される時期になっていることでもあり、これに対して物申すためには絶好のポジションをいただいたと思います。

何はともあれ、子どものおかげで得た地位ではありますが、これから2年間は参加する主体として改めてPTA活動を楽しみたいと思います。

2016.04.19

野田村から見た熊本地震

本日、先日開催した「津軽衆の日」の剰余金を、野田村を通じて「のだ千年の松基金」に寄附してきました。額は48,575円、これはひとえに協賛いただいた企業団体のおかげです。この場をお借りして、心から感謝申し上げます。
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寄附金を渡した際に、小田祐士村長と14日から最大震度7,有感地震が600回を超えた熊本地震について意見交換する形になりましたが、すでに1週間になろうとしているのにいまだ激甚災害指定もされず、国は何をやっているんだと小田村長は歯がゆい思いを吐露していました。
雪も解けきっていない東北の3月を襲った東日本大震災と比べれば、温暖な九州の4月とはいえ避難所に入りきらず軒下や車上生活を余儀なくされているのを見て、自衛隊の野営テントをもっともっと出してもらって夜露をしのげるようにすべきだというのももっともですし、野田村から支援物資を送ろうとしたら物流会社が届けられないと断ってきたのは何たることかと憤慨していましたが、5年前の経験から恩返ししたくてもかなわない歯がゆさが、ヒシヒシと伝わってきました。
何といっても、大震災の経験が生きるように次への備えを図っていれば、もっと迅速な対応ができたはずですが、そのような動きがまるでないままに次が起きてしまったことが、残念でならないようでした。

私からは、日曜日に行った募金活動で案外関心が薄いのに驚いたことを話すと、自分は九州の大学に学んだし教育長は熊本出身というような縁があれば別だが、やはり距離が離れているだけに仕方のない部分はあるというお話でしたが、野田村にずっと入っている大阪大学の渥美先生は前震発生後すかさず現地入りしたのはよかったものの危うく本震で被災しそうになって一旦出直すことにしたという情報を教えてくださり、どういう形でかかわるべきかも難しい問題だと思いました。
それでも、道路使用許可が認められそうですので、23日には改めて弘前公園付近での募金活動を行い、遠く津軽から熊本への支援の気持ちを届けたいと思います。それこそが、野田村から私が学んだことを形にするものだと思うのです。

2016.04.03

「花は咲く」にこめた思い

野田村と津軽の支援交流5周年を記念するとともに、私たち「動こう津軽!」の活動の区切りとして、イベント「津軽衆の日」を開催しました。
3年前より多くの方々が集まってくださり、佐藤ぶん太、・花嵐桜組・和三弦会など津軽を代表する音楽・芸能の皆さんの熱いパフォーマンスを楽しんでおられました。それぞれ思いはあるとは思いますが、イベントとしては成功のうちに終えることに感謝したいと思います。本当にありがとうございます。
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最後は、「花は咲く」を全員がステージに上がって会場一体となって歌って幕を閉じましたが、司会の私から「本日はアンコールはございません。次の舞台でお目にかかるのが、私たちのアンコールです」と伝えたとおり、野田村や久慈市あーとびる麦生での再会が予定されている出演者がいるように、すでに次の交流は動き出しています。
一方で、弘大を中心とした弘前市からの「チームオール弘前」での活動が不定期になることもあり、塩の道を一緒に歩いてくれる弘前市民の募集に協力してほしいという要請をいただいていますので、この行政でも大学でもない一市民である私に対する期待には、しっかり応えたいと思っていますし、今年の岩手国体の時期にあわせた活動を企画している団体とのご縁もありますので、これからも野田村には通い続けることになりそうです。

ところで、「花は咲く」といえば、HNKがこの歌をテーマに野田村を題材にした番組を作ったのも忘れられない思い出ですが、その番組に取り上げられるほど仮設住宅の周りを花いっぱいにしていた方は、3月末日に復興住宅の鍵を受け取って「ちょうど、その日は引っ越しの最中だ」ということで、残念ながら欠席でした。
この歌がフィナーレで、大好きな花嵐桜組も来るというのに、自分の日常を優先するあたりが、いつもながらの竹を割ったような性格が表れていて、小田村長はじめ見慣れた皆さんの中に姿を見せない存在感を、逆に感じてしまいました。
それでも、いつか見た手入れされた庭先に遊ぶ子どもが、「いつか恋する君」に育つのを願って、この写真を使いましたよ、ちづ子さん。
これからも、野田村の皆さんよろしくお願いします。
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