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2015.09.01

田んぼアートに合併の皮肉を感じる

年に一度の岩木・相馬地区町会長合同研修でしたが、今年は田舎館村が誇る田んぼアートの見学でした。

バスで隣り合わせたのは、岩木・鼻和町会の前田一郎さんで、仕事のおつきあいばかりでなく1999年に一緒に議員に当選して以来のご縁があります。
思えば、2005年に津軽南12市町村の合併が破談となり、岩木・西目屋・相馬の中津軽郡3町村には当時の金澤弘前市長からのラブコールもありましたが、まずは同じ生活基盤を持ち交流も深い3町村合併で行こうという流れとなり、西目屋・相馬は3町村案を可決したものの、最後の岩木で否決され、その際すぐに連絡をくれたのが前田さんでした。
実際は、委員長を除く17名の議員は、単独=2・3町村=8・広域=7と分かれていたようで、相馬と同じく合併の是非を問い、その後に合併の方式を決する段取りで進めれば、単独派の2名も広域よりも3町村に賛同したはずですから中津軽郡合併は成就したはずですが、勝てると過信した委員長がいきなり3町村での合併の賛否を問うたので、賛成=8/反対=9という結果になってしまっただけに、その軽挙の責任はあまりにも大きいと言わざるを得ませんし、まさに『多数決を疑う』を証明するような事件でした。

ところで、最初の12市町村合併が不首尾に終わったのは黒石市・大鰐町の財政状況があまりにも悪く、合併効果が見こめないという問題が一番大きい要因でしたが、先日の報道では大鰐町は7年前倒しで早期健全化団体から脱却することができたそうです。
また、視察先の田舎館村も、破談後に真っ先に弘前市に合併を申し入れるほど積極的に動いたのですが相手にされず、それが同じ南津軽郡での合併から遠ざかる原因になってしまって、当時は田んぼアートがそれほど注目されていなかっただけに、田舎館城と呼ばれる役場が孤立しているように見えたものですが、今となっては独立を保っているからこそ田んぼアートにすべてをかけるような取り組みが可能になっていますし、注目を集めることができているわけです。
それからすれば、そこまで財政状況が悪かったわけではないのに総務省の試算に惑わされ、岩木町には岩木山、相馬村には飛馬りんごとロマントピアという魅力を持ちながら、素直に合併という蟻地獄に落ちてしまったものだと、前田さんと意見が一致して、合併の皮肉を思わずにはいられませんでした。

thumb_IMG_3499_1024-2015-09-2-16-42.jpg

それだけに、田んぼアートには田舎館のプライドを感じ、地域を守るためには失ってはならないものがあるのを改めて思ったところです。

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