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2015.07.31

義父が導いてくれたこと

月曜日に義父が亡くなり、本日葬儀を終えました。

菩提寺である曹洞宗宝積院の住職であり、それ以外のことでも深いご縁をいただいている太田宏見さんに「良光是導信士」と戒名をつけていただき、そのうち「導」には農業指導員として働いてきたことを入れていただいたのですが、その退職間際の頃に跡取りの長女であった妻を無理を言っていただいたにもかかわらず、この20年不肖の婿を導いてくださっただけに、まさに人となりを現す戒名だと思います。
私が選挙に出るにあたっても、誰よりも多く地元ばかりか仕事のつきあいで知っている人のところまでお願いして回ってくださり、今回は体調を崩しつつあった中で最後の力を振り絞って動いてくださって、選挙期間中に石川大橋とアップルロードの交差点で一人街頭演説しているところで「がんばれ」と声をかけてくださったのは忘れることができません。
落選をわびにあいさつに行った際にも、「残念だった」とだけ言ってくださいましたが、選挙のやり方ばかりでなく生き方でも厳しく叱咤した上で私の思いがかなうように尽力してくださった姿こそ、「導」そのものでした。

ところで、今回の葬儀で宏見さんは生老病死の四苦を頂き物だと受けとめなさいと説教してくださいましたが、春先の変調からはじまって老いと病にわずらう姿、そして死を見せてくださった義父ですが、この「導」を通じて私に生の意味をも示してくださっていたのだと思っています。
葬儀にあわせて、宏見さんと同じ曹洞宗の僧であり恐山の副住職である南直哉さんの『善の根拠』を読了したのですが、そこには「なぜ生まれてきたのか、なぜ今ここに生まれたのか」という根源的な問いこそが生が苦である理由であると解かれ、自分を生み出した特別な他者としての親について論じています。
実の父に対しては尊敬はおろか見下した思いしか抱いたことがなく、さらには自分の生活や立場を崩壊させてしまう所業をされてからは絶縁したままですので、なぜこんな者が親なのかとしか思えませんが、義父は叱りながらも受け入れてくれ導いてくださる方だっただけに、私は救われて生きていくことができるのだと思います。
こうして思い返してみても、生老病死の四苦を身をもって現前させてくださった義父は我が師ですし、そのことを気づかせてくださった宏見さんや南さんの曹洞宗に帰依する機をいただいたのだと思います。

お義父さん、あなたこそ私の父です。本当にありがとうございます。

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