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2015.06.17

質疑ではなく、ともに考える意義

先日の説明会、その翌日の町会長会議を受けての町会連合会からの申し入れが結実して、公共交通の所管課である都市計画課と町会長との意見交換会が開催されました。

課の方からは、説明会で提出を求められた数値のうち回答できるものとして合併前とこの数年の路線ごとの収支、朝昼晩3便を路線延長した場合、送りのタクシーを全便待機させた場合の試算を出してもらったので、この数年で急激に赤字化が進んだこと、住民側からの要望に応えると7~800万円の赤字がかさむことがわかりました。
これに対して、私が口火を切る形で、住民の路線延長の要望はその分の減便も受け入れてのものであることをまず伝えた上で、延長のかわりにどれだけ減便すればいいのか、いっそのこと乗合タクシーを村の入口の湯口地区から運行することにするといったシミュレーションを、プロジェクターでExelシートを演算したものを一緒に見ながら検討するような会議の進め方をしてもらいたいこと、また今回の乗合タクシー方式で全市さらには津軽一円の赤字路線をカバーするのも無理があるので、現行制度の枠内ではなく特区導入でクリアすることも考えてほしいことを意見しました。
加藤課長からは、とりあえずこの方式で利用者の減少が踏みとどまり赤字を圧縮することができたので、合併前の水準までとはいかなくても改善できるような提案であれば受け入れるつもりであり、今回は顔合わせという位置づけでこれからイヤになるほど話し合っていきましょうと、非常に前向きな回答をいただきました。
来月には町会長研修で岩手県雫石町のデマンドバス「あねっこ号」の視察を行うことにもなりましたし、市にも頭をひねってもらうからには村の側でも学び考えるという、協働の形での見直しがはじまったと言える記念すべき第一歩となりました。

これは、相馬地区という連合町会区それも合併以前の村を相手にしてのことであり、公共交通という重要施策のとっかかりという位置づけであることから市も真正面から向き合い特段の配慮を持って話し合いを続けていくことになったものですが、おかげで具体的な数字をいじりながら一緒に頭をひねってベターアンサーをさぐっていくという、本当の意味での話し合いができることになりました。
来週には改選された市議が質疑に立つことになりますが、一般質問にしろ委員会質疑にしろ、質問に対して答弁が返ってくるという一方通行の繰り返しであるのを考えると、膝を交えて同じテーブルにつく場を持つことができるのは、一つの事柄とはいえ議会での質疑以上に実のある取り組みになると思います。

願わくば、これが先例となって市と市民との間でともに考えながら事業が計画され実行されていくのがパターン化していきますように。

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