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2015.06.15

「予告犯」の表層批評

ドラマの方を見はじめたのがとっかかりなのですが、その前段となる映画を観ないことにはストーリーがつながらないと思い、「予告犯」を観てきました。
映画としてのできばえを語る才覚はありませんし、これから観る人のためにネタバレにはならないようにしますが、背景に描かれているものが最近読んだ本の内容と重なるものが多かったので、そこに焦点を当てながら今考えていることをお伝えしたいと思います。

生田斗真演じる映画版の主人公ゲイツは、きわめてブラックなIT企業で派遣社員として働いていたのが病に倒れて職を失い、日雇い労働をすることになります。そこで、後にシンブンシとして一緒に行動する仲間と出会い、仲間の一人である日比混血のヒョロの死をきっかけに現場監督を殺害したところから活動を起こします。
彼らの行動はネット予告による公開処刑で、件数を重ねるごとにターゲットが大きくなっていき、それにつれてネット上での支持が広がるのですが、代議士殺害に失敗したところで一転罵倒の書きこみがあふれるという展開を見せます。
原作ではなかった、戸田恵梨香演じる吉野警部も給食費を滞納するほどの貧困家庭に育ったエピソードが追加されていましたが、貧困や派遣労働・ブラック企業と現代日本が抱えている影の部分をバックボーンにした映画だとは思っていませんでしたし、ちょうど『中高年ブラック派遣』『もうブラック企業しか入れない』『失業者・半失業者が暮らせる制度の構築』など、貧困や失業の問題を読み考えていただけに、まさに映画が呼びよせてくれたような気がしました。

それから、Twitterのようなつぶやきやニコ動的な動画へのコメントが流れるのを効果的に使っていて、ネット時代の劇場型犯罪というイメージを増幅させていましたが、そこで私が気になったのは、否定的に受けとめられていたシンブンシが徐々に支持されるようになり、「怒りをぶつけたければ俺に言え」という意思表示でカリスマ的存在になったのが、殺害失敗で一転ボロクソに言われるようになるというのは、小泉劇場や民主党マニフェストに踊らされたB層社会である現代日本をリアルに描いていることでした。
B層というのは、2005年の郵政選挙を取り仕切った広告代理店の造語とされ、「よくわからないが小泉改革を支持すると考える層」という定義ですが、幅広く考えると「生半可な知識を持つが故に、改革といった幻想にとらわれる存在」ということができます。
21世紀の国内政治は、小泉改革では「自民党をぶっつぶす」、民主党の政権交代では「コンクリートから人へ」、そして安倍政権ではアベノミクスや「美しい国・日本」と、ワンフレーズポリティックスによって何かが変わるという幻想が国民を動かしてきましたが、「予告犯」ではネットを使えるレベルのユーザーがシンブンシの術中にはまっていき、たった一つの失敗であっさりと支持が罵倒に変わるあたりは、民主党の政権交代と失敗を思わせます。
これも、『日本をダメにしたB層の研究』『僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか』を読んだばかりでしたので、前記の貧困・失業問題を生み出している社会そのものの風潮まで織りこんでいるところに重苦しさを感じました。

ただし、『僕らは…』の著者・荻上チキ氏が最後に自らの活動を紹介しながら希望につなごうとしたのと同じように、「予告犯」でも心のよりどころになるようなセリフがあり、現代日本の諸問題や犯罪映画を超えたメッセージが伝わってきます。
皆さんにも、映画館のスクリーンで確かめていただきたいと思います。

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