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2014.11.10

村長の死に誓う

相馬村で5期20年村長を務めた山内一義さんが亡くなられ、通夜に参列しました。

相馬村最後の村長は、弔詞を述べた山内良衛さんですが、良衛さんは村議から収入役・助役そして村長と立場を変えてきたのを見てきたこともあり、いつもご本人が親しく声をかけてくださるのに甘えて「良衛さん」と呼んでいますが、一義さんは私が帰去来した時には村長を務めていたこともあり、私にとって村長といえば一義さんのことでした。
村長は、農協の理事から私の父や三上隆雄元参議院議員らと同期で村議となり3期目には議長も務め、その後20年にわたって村長を務めて、「炉端懇談会」で知られる総合計画によるむらづくり、星と森のロマントピアの整備、そして「プレアデスのまち」すなわち私が今住んでいる昴団地の造成など、相馬村が活気ある地域として注目され、それによって村民がプライドを持って一丸となる土台をつくった最大の功労者です。
それだけの実績を生み出すバイタリティがあったばかりでなく、良衛さん・隆雄さんの他に同年代には議長から助役を務めた田中重さん、議員を9期務めた嶋口正美さんなどもいて、約40年近くの間主要キャストが変わらないできたことで村政に閉塞感が生まれ、これを打開するために私は村議として父の年代の方々と席を並べることになりましたので、直接の薫陶を受けることができました。
今でも思い出すのは、一般質問をしても最初の質問・再質問と課長にたたみかけて政治的な判断が必要な再々質問とならない限りは答弁に立ってくれず、それでも色よい返事をしないで突き返される厳しい「親父」でしたが、終わってからの反省会では「あの質問はよかった、もっとがんばれ」とやさしく声をかけてもらえたことで、ここに私の論戦の理想があります。
ただ、反省会が進むとお酒の強かった村長も酔いに任せて、「おまえの親に議長選の時に裏切られたのは今でも許せない」ととばっちりで叱られることもあり、改めて相馬村の政治の裏側を垣間見たのも、今となっては懐かしい思い出です。

その一義さんの村長時代のものを使った遺影に接し、あの冷静沈着な良衛さんが何度か言葉を間違えるほどの思いのこもった弔詞を聴いて、さすがに改めて相馬村が終わったなあという感慨で、涙がこぼれました。
生前は何もご恩返しができずに終わりましたが、村長が築いた相馬村を守り、教えていただいた政治の厳しさを思い返しながら、これからも進んでいくつもりです。
村長、見守っていてください。

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