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2014.10.19

はじめての萱浜、再びの小高

津軽三味線奏者・渋谷和生さんのお誘いで、1年ぶりに福島県南相馬市に行く機会をいただきました。
和生さん一行は、2回目となる「心の復興コンサート」、そして小高区復興文化祭での演奏がありますが、それには何の役にも立たない私には、これまでの活動でつながったものと今の現実を確認する旅になりました。

前日入りする日程だったので、まずは「こどものつばさ」西代表と今年3月に3年間の避難から戻られた「つながろう会」新川さんに急な連絡を取り、再会の会食をすることができました。
この二人とつながったステイサポートの活動は、2013年度から助成を受けることができなくなり、さすがに継続支援ができずにフェードアウトしてしまったのですが、それを微塵も感じさせないほど歓待していただいて、本当にうれしい再会でしたし、会食の席が前回のコンサートの打ち上げ会場だったばかりでなく新川さんの同級生が経営する店だったのにも、世間の狭さご縁の深さを思わずにはいられませんでした。
翌日は午後からの会場入りを前に、昨年ご縁をいただいた自転車日本一周の叶さんが祈願した慰霊碑を訪ねたいと思い、現地の事務局をしている自転車屋さんの佐藤さんにあたったところ、急なことにもかかわらず、集慈の会の慰霊碑ばかりでなく、萱浜の神社ごとに地区で亡くなられた方の慰霊碑にも案内していただき、車中ではその地区の方々が幕末に北陸地方から移住して開墾してきた歴史まで教えていただきました。本当にありがたいことでした。

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3日目は、小高区にある浮舟文化会館での復興文化祭での演奏でしたが、立ち入りはできても居住はできない小高区には2年ぶりの訪問でしたので、ご一行にも状況を説明して建物はあっても生活のにおいのない街並みに皆さん驚いていました。
コンサートが終わって戻られるお客様も、今度いつ会えるのかを確かめ合いながらの別れの場面のようで、地震津波以上に原発事故の生み出した被害の大きさ深刻さを改めて思いました。

今、私自身が南相馬市に何かできるという立場ではありませんが、かかわったからにはこれからも足を運び今の現実を知り伝えることだけでも続けていきたいと思います。

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