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2014.07.31

子どもたちが1%システムへの道をひらいた!

ひろさきアフタースクールの協力をいただいて取り組んできた集会所の開放ですが、1回目はまだしても2回目は町会からの参加者が2名、子どもにいたってはゼロという状況が理事会で問題となり、趣旨は理解できても笛吹けど踊らずでは町会として取り組む必要があるのかという厳しい意見が出されました。
町会とは町会長の独占物ではありませんし、ここが民主主義のスタート地点と言ってきた立場としては重く受けとめなければならない苦言ですので、ここが踏ん張りどころと毎戸配布の町会広報紙、直前の週には回覧、さらに前日の子ども会行事の終わりにあわせて子ども向けのチラシ配布と告知に力を入れたのが功を奏したのか、それとも夏休みの午後という時間なら当然のことだったのか、何はともあれ20人以上の2歳から高校1年までの子どもたちで集会所は大にぎわいになりました。

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そんな喧噪の中で、阿部理佳子さんによる中国茶を楽しんだり、英語の須田まきさんは子どもたち以上のパワーで楽しませたり、サポーター役の大学生が一緒になって土足で走り回ったので一緒にぞうきんがけさせたり、ともかくにぎやかな午後でした。
これだけの人数が集まったことが報告できれば、下半期の開放継続とまちづくり1%システムへの事業申請も了解を得られるものと思いますが、町内外関係なく遊んでいる子どもたちを見ていると自然に笑顔になりますし、この子たちがひらいてくれた可能性をさらにひろげる事業提案をしなければと思ったところです。

毎回足を運んでくださる大人側からも、コミュニティカフェのような取り組みができればという声も出ていますし、継続していく中でさらなる可能性が生まれてくるでしょうし、私の独りよがりではない活動になっていく気運も高まると期待しています。
昴のまち育てプロジェクトは、いよいよこれから本番です。

2014.07.27

補選で平川市は幸福を実現できるか

全国的にも注目を浴びている隣の平川市議会議員補欠選挙が本日投票となり、8人の方が当選を決めました。
市民に政治不信が広がり、もしかすると続けての補欠選挙さらに来年7月には改めて選挙となるのに嫌気がさして投票率が40%を切ったのは残念でしたが、そのせいで思いがけない方が当選してしまいました。835票で7位当選を果たした石田昭弘さん(無所属)ですが、2009年総選挙では青森4区に幸福実現党から出馬し、3719票で落選した経歴の持ち主です。

総選挙とは違って、地方議員選挙は居住要件がありますから市内に在住しているのでしょうし、「幸福の科学」信者ばかりでなく地元の親類縁者の支援があっての当選とは思いますが、低投票率となると強いといわれる公明党候補と同じ構図がよもや幸福実現党で起きてしまうとは、驚きを通り越して空恐ろしさを感じます。
総選挙の際の公開討論会で石田さんの発言を聞いたことがありましたが、幸福実現党の方針に沿って右翼的な発言に終始し民主党候補ではなく自民党候補にあわせるような内容だっただけに、その筋からの支援が行われたり支援者がシンパシーを感じて投票したのであれば、とんでもないことだと思います。

国政では落選を続けている幸福実現党ですが、私の知る限りでは地方議会でも議席を確保したことはないと思うだけに、日本一遅れた津軽選挙から日本のどこでも起きたことのない状況を生み出してしまうとは、振り幅の大きさに何といっていいかわかりませんし、この選択で平川市議会はどのような先行きとなるのかも不透明としかいいようがありません。
平川市民の皆さんには、政治から目をそむけるのではなく、次の選挙では自分たちの力で政治を変えていくのだという思いで正しい選択をしてもらいたいと思いますし、そのことは全国の皆さんにも同じことをお願いしたいと思います。

2014.07.22

昴町会にとどまらない雪対策問題

先日、昴町会の融雪溝問題については別のBlogでふれましたが、ほとんどの町会員からの賛同と署名が集まりましたので、本日相馬総合支所を通じて葛西市長宛の要望書を提出しました。
内容は、下記のとおりです。

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昴町会の雪対策についての要望書

盛夏の候、市長はじめ市職員の皆様におかれましては、ますます業務に精励されていらっしゃることとお慶び申し上げます。
さて標記の件ですが、昴町会の融雪溝は旧相馬村が分譲した際に融雪溝完備を売り物の一つとし、合併直前の村と町会の施設管理協定書において、「住民の努力、負担では不可能と判断される大規模な修繕等」は村つまり現在では市が負担することとされております。
また、葛西市政となって策定推進されたアクションプラン2013における「エボリューション3」の一つとして雪対策日本一が掲げられたとおり、市政にとってもそして市民にとっても雪対策が向上することは共通の目標であり理想であります。
それにもかかわらず、先日道路維持課から示された案は、融雪溝の井戸の改修をあきらめ農業用水を水源とするもので、町会役員および会長経験者との話し合いにおいても水温の低下による作業効率の低下ばかりでなく分譲当初の約束を破るものとの意見が相次ぎました。
課側の説明は最終的に、他の地区より恵まれているから我慢してほしい、財政難を理解してほしいとの言い逃れとなっていましたが、雪対策日本一というからには恵まれた地区に他の地区の水準を引き上げるのが当然ですし、当町会の地形や融雪溝としての設計からしても水温が下がることは作業効率の低下ばかりでなく凍結による冠水も懸念されます。
これまでも業者委託の除排雪が不十分で、以前から相馬地区直営除雪隊への変更を求めているところですが、それが聞き届けられないままでの改悪を受け入れるわけにはまいりません。
つきましては、町会員の署名を添えて下記のことを要望いたしますので、部課において再検討していただくとともに、「対話と創造」を旨とする葛西市長におかれましては町会との話し合いにご臨席くださるとともに、今回の対応から新たな雪対策を創造される足がかりとしてくださるよう、何とぞよろしくお願い申し上げます。

要望事項
• 昴町会の融雪溝の機能が維持されるよう井戸の改修を早急に行うとともに、不備が生じないよう業者による定期点検を行う体制にしてください。
• 融雪溝だけでは処理できない雪環境ですので、相馬地区直営除雪隊による手厚い除排雪体制に組みこんでください。
• 町会の切実な声を受けとめる機会として、今後の話し合いに葛西市長のご臨席を求めます。これについては、8/8(金)までに文書での回答を求めます。
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改めて要望の趣旨を述べますと、仮に弘前市が財政難にあえいでいて全分野にわたって緊縮財政を取っているのであれば町会の皆さんも我慢したと思うのですが、昨年度のアクションプランで三大重要性政策と位置づけられていた雪対策で現状より悪くなるというのは納得できる話でありませんし、ましてや相馬村時代の分譲の売り物の一つが融雪溝完備であったわけですから、これを守ってくれというのは当然のことです。

加えて私からすれば、マニフェストで「対話と創造」を掲げた葛西市長ではありますが、ゴルフ場問題では相反する考え方の団体とはいえ市民ネットワークからの再三にわたる意見交換の呼びかけを無視していますし、旧ジョッパル再生に関しても先に動いた佐藤泰さんの声はまったく聞き届けずに商工会議所や弘果という自らの支持母体の立場に沿って動くという二つの自己否定的な行動が目につくだけに、一町会のワガママとしてうっちゃってしまうのかどうか、厳しく臨みます。
皆さんにも、この件を見届けていただくために、情報発信を続けるつもりです。

2014.07.18

中央高校に恋してる

普通であれば4月の総会でPTAを成田新会長に引き継いだところ、6月の高P連県大会で表彰状をいただいたところで御役御免なのですが、吹奏楽部や演劇部の定期公演や運動会の案内をいただけばいそいそと参上し、地元・弘前市での甲子園県予選となれば呼ばれなくても足を運んでしまう私は、弘前中央高校に恋しているとしかいいようがありません。(ストーカーとは呼ばないでください)

月曜日の大湊高校との2回戦に続いて、3回戦は最近力をつけている弘前東高校との弘前勢対決でしたし、勝てばベスト8そして昨年の甲子園出場校・弘前学院聖愛との元女子高対決となるだけに、矢も楯もたまらず、はるか夢球場に向かいました。
初回先攻で6点のビッグイニングで幸先のよいスタートでしたが、その後強打の東高打線に3本のホームランを浴びて逆転を許し、最終回を6対7で迎えました。
ここで5番工藤君が3塁打を放って口火を切ると、粘り強い打撃と東高のエラーがからんで5点を取り再逆転、その裏の反撃を相馬投手がよくしのいで3点に抑えて、11対10という本当にしびれる勝ち方で念願のベスト8進出を決めました。
さすがに事務局も負けると思ったのか校歌斉唱の音楽が流れないというハプニングもありましたが、これを選手スタンド一体となってアカペラで歌ったことで、さらに記憶に残る試合となりました。




スタンドには、同日開会の中央祭オープニングセレモニーのギリギリまで校長先生もいましたし、柴田同窓会長に成田会長をはじめとするPTAの方々も集い、本当にみんな中央が好きで選手を応援したいという気持ちがあふれていて、恋してるのは私だけではないと確信しています。
今日もこれから中央祭、私の中央愛はとどまるところを知りません。

2014.07.16

利正さん、何でまた

激震が続いて補欠選挙告示が迫った平川市議会ですが、あろうことか新たに6人逮捕の速報が流れました。その中に、私と同い年で肝胆相照らした仲であった佐々木利正さんが含まれていたので、絶句しました。本当に残念です。

利正さんとは、他の若手政治家と同じく木村衆の縁で知り合ったのですが、他県から婿入りした方だけあって津軽のじょっぱりとは違う落ちついた気風があって、自分にはないものがあるだけに親しくなれたことを喜んだものです。
すでに時効なので書きますが、東北新幹線八戸開業の前日、県下若手政治家での研修&忘年会で明日開業の八戸駅を視察するために私の車に同道してもらったのですが、坂梨トンネルで追い越しをしたところ隠れていたパトカーに止められて切符を切られたことは苦い思い出ですし、碇ヶ関村が平川市となって最初の選挙の際には同じウグイス嬢の方に世話になった縁もあって応援演説に入りましたので、当選の際には自分のことのようにうれしかったものです。
次の選挙の際は、私が落選していたこともあって応援も自粛しましたが、広い平川市全域での選挙でも立派に勝ち上がっていましたし、その後私が木村衆から離れたこともあって距離があいてしまいましたが、当時の選挙を振り返っても違反などとは無縁のやり方でしたので、何がそうさせてしまったのか私には合点がいかないところです。

しかし、現実には州党で慎重な捜査の上での逮捕ですから間違いということはないでしょうし、もし本当であるならなぜ自ら名乗り出て平川市政の浄化に一石を投じなかったのかも残念でなりません。
近年まれに見る津軽選挙ですが、これが津軽政治の近代化につながることだけを願っています。

2014.07.09

2回目は大人のアフタースクール

先月に続いて2回目の集会所開放日でしたが、今回はマンドリン奏者であり図書館司書、野田村でもお世話になってきた古川里美さんに足を運んでもらって、マンドリン演奏ばかりでなく楽器にふれてもらう体験、さらに町会から集めた本で図書コーナーをリニューアルしてもらうという欲張りなプランで行いました。

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協力していただいているひろさきアフタースクールでも、卓球の元世界チャンピオン河野満さんのライバルだった石井先生を連れてきてくださり、ちょうど小学校の卓球クラブに入っている子どもたちに基礎からやさしく指導してくださいました。
最後に、古川さんとギターの今井正治さんによる演奏をみんなで楽しみましたが、マンドリン部とアフタースクールに協力しているボランティアセンター、それに北原ゼミと違う立場の弘大生とともに、優雅な演奏を堪能させていただきました。

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町会からの参加は二人と少なく、本の寄贈も1件だけだったのですが、石井先生も町会のまちづくりに感心していらしたように、外の方に訪問してもらうことで町会のよさを再確認することができますし、この場で新しい出会いが生まれていくのは、本来のアフタースクールや集会所の開放で考えていたものとは違う効果を生み出すチャンスがあると思わせてくれました。
ある意味では大人のためのアフタースクールでしたが、第3期まちづくり1%システムへの応募に向けてアイデアを練り直したいと思います。

2014.07.04

渥美先生、ボランティアの本質を語る

弘前市から野田村への支援のきっかけを作った、大阪大学教授でありNPO日本災害救援ネットワーク(NVNAD)理事長でもある渥美公秀先生が弘大ボランティアセンター主催の市民ボランティア講座の講師として来弘しました。
私も早い時期から知己をいただいていますが、先日はだらすこ工房でお会いして参加を約束しておきましたので、当然のごとく足を運んだしだいです。

自己紹介がてらの阪神大震災からのボランティア活動からはじまって東日本大震災に至るまでの救援活動、そしてこれらの経験からボランティアの本質やこれから求められるものへと、相変わらずの軽妙な関西弁でおさえるべきところはビシッと語る濃密な内容でした。
とりわけ、ボランティアの特質として上げられる、自発性・無償性・先駆性のうち、先駆性はそのとおりとしながら、はじめる際には友だちから誘われたからでも十分だし、無償であっても代わりにもらえるものがある、と実体験に即した位置づけをされ、それ以上に大事なことは「ただ、そばにいること」としていたのには、何をするわけでもなく野田村に通い続けている私には我が意を得たりの思いでした。
また、自分のことは自分で守るという威勢のいい話をされる人には障がい者の立場がわかっていない、災害の現場には正解はなく条件に応じて正解をさがす=成解の姿勢が必要といった鋭い指摘に加えて、ボランティアを統制しようとする国の進め方にも釘を刺すなど、本質にかかわる発言が耳に残りました。
もう一つ、NVNADからはじまった活動として、「わが街再発見ぼうさい探検隊」という子どもたちによる防災マップづくりに年間2000件もの応募があることも紹介してくださいましたが、これは弘前市でも実施すべき活動だと思います。

終了後に、懇親会に参加しない分の情報交換をしましたが、高台移転が目前となってきたことでの課題があるのも事実ですし、そのためにも今後とも野田村でまた渥美先生たちと顔を合わせて活動していきたいと思います。

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