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2014.04.23

いつかまた、ストーリーを生むケアを

昨年100際を迎えた方の通夜に参列しました。
最後は入所という形になりましたが、私が1996年に長慶苑をはじめた時には、相馬村の一人暮らしとして在宅サービスを利用してくださったばかりでなく、非常に大事なことを身をもって教えてくださった方だけに、感慨深くお別れをしてきました。

この方は、在宅サービスがはじまる数年前にご主人に先立たれ、仙台に在住であった息子さんからは一緒に暮らさないかと声をかけられていたのでした。
その親を思う気持ちは親孝行の現れですが、現実には高齢になってから長年暮らしたところを離れると認知症となる場合も多いのです。
それだけに気がかりだったのですが、「今はデイに行ってヘルパーさんに来てもらって暮らしているし、いざごはんが作れなくなっても、これから1日3食の配食サービスもはじまるそうだから、私のことは心配いらないよ。」と言って、仙台に行くのを断ったのだと教えてくれました。
このことは、1997年から取り組んだ1日3食365日の配食サービスを実施していく上で非常に大きな支えとなるエピソードでしたが、実際に配食サービスを利用したのは大晦日のおせち弁当の時だけでしたので、サービスを利用しなくても衣食住を支えてもらえる安心感があれば地域で暮らし続けることができるというストーリーへと昇華したのでした。
さらに、当時分譲をはじめるところだった「プレアデスのまち」、つまり昴に息子さん夫婦が定年後の住まいを求めて帰ってくることになり、配食サービスのおかげで仙台にいなくなるどころか相馬村の人口を増やすのにも貢献することになったのでした。

元々、福祉の専門家ではなかった私ですが、相馬村のためにできることとして特養開設にかかわり、そこから利用者本位で地域とともにあるケアを実践してきた自負があり、このようなエピソードが今でも懐かしく熱く思い出されます。
先日、市議への再チャレンジを表明しましたが、相馬という地域を支えていくには再び福祉のフィールドに帰ることが不可欠ですし、こんなストーリーを生み出せるのは自分だけだと思っています。
この道も、先の見えない道のりですが、迷わず進めば必ず開けると信じています。

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