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2014.01.14

細川護煕への憧れ

細川護煕元総理が東京都知事選への出馬を表明、これを小泉純一郎元総理が全面支援するという驚天動地のタッグが、脱原発を掲げて選挙戦に臨むことになりました。

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二人が並び立った取材の様子でも、白髪になったとはいえ20年前とほとんど変わらない張りのある声で受け答えしているのを見ているうちに、熊本県知事から日本新党を立ち上げた頃に憧れていた思いがよみがえってきました。
4年間の東京での社会人生活から帰郷して相馬村のためになる仕事をしようと思っていた1992年、新時代のリーダーとして注目を浴びていた細川さんが、地方分権を進めるには国を変えるしかないと新党結成を宣言したのに大きな衝撃を受け、『鄙の論理』を共著した岩國哲人さんが市長を務めていた出雲市から熊本へと旅をして見聞してきたこともありました。
バス停を数m動かすにも異常なまでの手間がかかるという国の権限と戦う知事から、再び国政に戻って変えることができたのは選挙制度だけで、祖父の近衛文麿首相にも似た政権の投げ出しを経て、還暦を機に政界を引退してしまったのと入れ替わる時期に私は村議会議員となりましたが、当時の憧れは消えていても地方政治に取り組んでみたいという思いの原点には、間違いなく細川さんの存在がありました。
また、2007年に市議に当選したことで長慶苑の苑長から本部長という立場に移るに際して引いたのは、細川さんが知事を2期8年で退任する際に使った「権不十年」という語でしたし、結果は伴いませんでしたが市議にも任期制限が必要だという決断も、これが土台になっています。
その意味で、私の政治そして生き方の手本を示してこられた方だと、改めて思います。

その細川さんが、東日本大震災を経て震災支援に立ち上がり、そこから脱原発の立場で政治の場に戻るというのには、両手を挙げて賛同しますし、ぜひ東京から国の政治を変える動きへと進めていただきたいと思います。
ただし、今回は6年後の東京五輪まで投げ出すわけにはいかない立場ですし、熊本県知事として見せた手腕を最大の地方自治体で発揮することで総理時代の汚名を返上してほしいです。

それにしても、この二人が並び立つ姿を見るにつけ、すべてを認めるわけではありませんが、平成政治史の二大スーパースターだとつくづく感じます。

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