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2013.06.21

議会の本分から離れていく弘前市議会

毎回傍聴している弘前市議会の一般質問ですが、今回は2日で2人だけにとどまってしまいました。
ただし、その2人とも前回指摘した一問一答式の落とし穴にはまって、枝葉末節の質問を繰り返したために最後は尻切れトンボに終わるという内容でしたので、非常にガッカリさせられました。
「質問」とは銘打たれているものの、本来この場で行われるべきは採り上げたテーマに関して問題点を明確にすること、行政的思考を超えた政治家としての提言をすることだと心得て臨んでいたものですが、今日の菊池勲市議は質問によって教えを乞うことが続き、答弁の中にあった足がかりとなるキーワードをスルーしてしまって掘り下げるところに至らずじまいでしたが、事前の準備からすれば突っこんだ議論ができるはずだと思うだけに残念でした。
この4日間を傍聴してきた人などからも同様の感想が聞かれますので、私一人の思い過ごしではないだけに、どういう展開で論戦を挑むのか、それ以前に質問ではなく論戦なのだという気概を持って臨むのかを考え直してもらいたいものだと思います。

考え直してもらいたいといえば、議会改革にかかわる特別委員会で予算決算の特別委員会に時間制限を導入するという提案がされたという報道がありました。
3月の委員会審議が4日で収まらなかったことを過剰にあげつらっての提案ですが、最後の予算委員会に70項目もの質疑通告を突きつけたことのある身としては、項目が増えれば増えるほど「また、そんなに聞くのか」と呆れられたばかりか実際の場では「早く終われ」と野次られた実体験があるだけに、そのトラウマがあるのだと思ってしまいます。
ただ、委員会傍聴をして感じていたのは、項目が多いから時間がかかるのではなく基礎的な情報確認のために質問しているものが多すぎるということでしたので、時間制限をしたからといって中身が濃くなるとは思えません。
仮に時間制限をするとしても、決算でいえば全事務事業の仕分け、予算でいえば査定からの「見える化」といった手法によって本質的な改革に取り組めばいいのですが、今行われようとしているのは改革なき制限であり、議論するのを放棄しようという諸侯を議員と呼ぶべきではないとすら思います。

一方で、葛西市長が矢継ぎ早に打ち出す施策の根幹には市民主権という発想があるだけに、市民が直接施策について聞き学ぶ場をつくろうと動けば実現する可能性があると思いますし、それがあれば「質問」するだけの議会は不要という風潮ができてくると思います。
知己ある議員にはそこまでの危機感を持ってほしいと思いますが、素浪人だからこそ感じるものを次の自分のために大事にしていかなくてはなりません。

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コメント

ど~してるかな
と思ってはおりましたが 精力的に活動なさっているんですね。

やはり 地域性なのか、、、なあなあですね。 

もの申す人がいなくては いけません。

今後の活躍に期待しています。

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