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2013.04.15

仮設住宅に救いを求めて

前回の投稿で記したとおりの思いを何とかするために、いくつかの用件もあったので野田村へと向かいました。

お昼を済ませてから、私が唯一リアルに知っているご遺族の暮らす仮設住宅に足を運びました。
大震災前は4世代で暮らしていたのですが、被災したことでひいお祖母さんがお亡くなりになり、娘さん世帯は別の仮設にいるので、訪ねた先には何度も弘前への招待で顔なじみになっているご夫婦が暮らしています。
ご夫婦はお孫さんへの手みやげのお菓子を喜んでくださり、3.11の際に自宅があったところに白菊の花束をたむけたのに感謝してくださってから、私の訪問の意図を汲み取って約1時間被災した時の状況や野田村でも設置された死体安置所での再会の様子、また現在の生活や今後の見通しの不安などを包み隠さず淡々とお話しくださいました。
話していただけるほどのご縁をいただいたこと、支援する側の人間がいたたまれない気持ちで救いを求めてきたのを温かく受けとめてくださったこと、さらにはご遺影を見せてほしいと何の気なしにお願いしましたら「写真の整理もできないでいる」という傷にふれることまでしでかしてしまったのにもかかわず、「また遊びに来てください」と見送ってくださったこと、本当に感謝以外の何物でもありません。

戻ろうとしたところで、これまたなじみの方とお会いすると、「車がいたから、どこに行ってかと思ってたよ」と声をかけてくださったり、笑顔で手を振ってくださる方もいて、この温かい人たち心も自然も豊かな野田村に私こそ助けていただいているのだと、つくづく思いました。
その感謝を形にして、これからも通い続けたいと思います。

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