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2013.04.13

「遺体」に思い知らされたこと

なかなか良質な映画が上映されないワーナーマイカルで、今日から東日本大震災発災から10日間の遺体安置所をを描いた「遺体」がはじまるというのを妻が目にとめて教えてくれたので、久しぶりに二人でレイトショーに出かけました。
西田敏行さんのインタビュー記事で内容は把握していたのですが、最初数分間の震災前の日常からテロップでの暗転から約2時間、ずっと嗚咽が止めることができませんでしたし、その後帰宅するまでも言葉を発することさえできませんでした。

そこまで衝撃を受けた最大の理由は、大震災における死から私自身は安全地帯でのうのうと過ごしてきたことを思い知らされたからです。
くしくも、先日のツアーに参加してくださった野田村の方々が、「同じ被災者でも、津波を見たのと見ないのでは心の傷の深さが違う」と教えてくださっていたのですが、「遺体」で見たものは被災地にいたかいなかったのかでもまったく次元が違うことを、今さらながら気づかせてくれました。
さらに、「遺体」の描いた最後の日である3/21は「動こう津軽!」が結成された日なのですが、その10日間でTwitterで情報発信したとか市にTwitterアカウントを作らせたとか弘前市民の中では目立つ動きをしたことも、市議として定例会出席が義務であったことも、あの場に向き合うことをしなかったことの言い訳にはならず、この2年間震災支援に取り組んできたからといって免罪符にもならないという思いで、帰りの車中でも悔しくてなりませんでした。

野田村に最初に入った時には、すでに安否がすべて判明していたことも死と向き合わずに済んできた大きな要因ですが、その後のご縁の中で唯一リアルに知っている方がいます。
一両日中にご遺族に会って供養させていただくところからでないと、私はリスタートしてはならないと思っています。

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