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2012.12.29

「かつての仲間」の揶揄を借りて、思いを伝える

22日の野田村での活動、23日のステイサポートの津軽金山焼ツアーに相馬ねぷた愛好会の総会懇親会と続いた疲れが出たせいか体調を少々崩した中で、毎日の雪かきと年賀状印刷に明け暮れていたため、情報発信はもとより情報収集には手も回らずにいたのですが、今になってクリスマスイブという聖なる夜に邪悪なBlogを書かれていたのを発見し、さすがに堪忍袋の緒が切れてしまいました。

その張本人は、私のことを「かつての仲間」という今泉昌一市議でして、今年読んだ本 ベスト10(上)という記事の中で、『僕はお父さんを訴えます』という本の内容はたった一行、その後数行にわたって長慶会騒動で私がしたことについて揶揄しています。
確かに、前期の相馬前市長からは「四人組」と露骨に嫌われるほど共闘していたのですが、葛西市長誕生後の最後の1年で意を異にすることが出てきて、「口利きシンポジウム」事件で広報掲載に今泉市議が関与していたという疑念を表明したのが決定的な溝を生むことになり、先方から絶縁を申し渡されたという経緯があります。
それは既に過去の問題であり、ましてや当落の境をへだてて今は素浪人の身である者をつかまえて再三にわたって批判を繰り返されていまして、何をもっての妄動なのか理解に苦しむばかりですが、一方的な批判の矢は自分と主張行動をともにしない市議に向けられることもあり。自分で勝手に敵を作りたがっているようにしか見えません。
ましてや、ご自分のポリシーとして「損得でなく善悪で判断します」とのたまわっているはずですが、長慶会騒動でいえば役員会を開かずに議事録を作成していたのは親と同罪で不適正な処理をしていたことを私自身認めていますが、最大の問題である役員日当の業務上横領は親の側だけで行った悪業であり立派な犯罪なのですから、善悪という基準に照らしてどちらの立場に立つべきか自明のはずですが、私に関しては適用しないのか、はたまた善悪と正邪は違うということなのでしょう。

この件では、親との仲直りを勧められたり、一歩引いて親を立てておきなさいという苦言をいただくことが未だに多いのですが、親孝行つまり「孝」という徳目より「義」という正邪に重きを置くべきだというのが私の根本姿勢ですし、法治主義の根幹であると信じているだけに曲げるつもりはありません。
このことはどこかで言わなければならないことだったのですが、この機会に明らかにすることができましたので、怒りとともに感謝の意をお伝えしておきます。

2012.12.16

最高の野田村、最低の総選挙

先月唐突に決まった解散総選挙の日、私は今年最後の野田村でのイベントに向かいました。
今回は昨年11月に津軽弁川柳と指笛で楽しませてくださった寺田北城さんが弘前公園で仲間と「歌声広場」をやっているのを運んでいただいて、アコーディオンの斎藤さんの演奏に合わせて参加者にも年忘れで歌っていただこうという企画でした。
歌ばかりでなく、お二方の当意即妙な話術に笑いが絶えず、寺田さんからは簡単そうでタネが見えないマジックも披露してくれ、さらには9月には野田村を取材してNHKで放送された際にもテーマソングに使われた「花は咲く」を歌う場面があり、歌を通じて伝わる思いには涙がこらえられないものがありました。

本来はここで終わるはずだったのですが、最大の野田中仮設住宅で15:00から忘年会があると聞いたので、アポなしで集会所に飛びこみ、畑村町会長以下の皆さんの歓待で1時間以上も歌い語らうことができました。
さらには、帰りの道の駅での買い物の際にも寺田さんが指笛を吹いてくださったおかげで、一番顔を合わせていながら楽しんでもらう機会のなかったショップの職員さんにも喜んでいただくことができ、今年最後の訪問で一番多くの場面で楽しんでいただくことができたので、感謝感激で帰路につきました。

帰宅したのは投票終了直前でしたので、すぐに出口調査による予想議席数が発表され、それを上回る勢いでの自民党圧勝政権復帰が現実になってきました。
昨年の藤崎町長選以来、今回も当選した地元の自民党代議士とのご縁は絶っていますので、選挙にまったくかかわることのない近年にない平静な選挙期間を過ごすことができましたが、政権交代を成し遂げる原動力であったマニフェストを踏みにじり続けた民主党に投票する気にはなりませんでしたが、反TPPはさておき消費税増税・原発再稼働に国土強靱化の名の下に公共事業をばらまこうとし、さらには集団的自衛権や国防軍などと右翼丸出しの安倍晋三総裁率いる自民党が政権復帰する情勢というおぞましい報道が現実にならないことを願っていましたが、史上最低の投票率になるほどの政治不信の中で合ってはならない結果となってしまいました。
総理復帰が見えてきてからこそ笑わないインタビューに終始していた安倍総裁でしたが、その内容は景気や外交、予算編成には言及しても、震災復興や脱原発に関してはまったくふれることもありませんでしたし、聞く側からも質問がありませんでした。

これは世論調査での優先事項とも符丁があっているのですが、曲がりなりにも震災支援に取り組んできて、被災地でも避難移住者でも道しるべすら見えないような遅々とした復興の状況に切歯扼腕の思いの立場からは、大震災が忘れられ捨てられていく状況に危機感を感じます。
日中のイベントでの達成感と、震災を無視するのを確定的にするような政権交代への絶望感、あまりにも大きなギャップに立ちすくんでしまいますが、私のような者でも頼りにしてくださる方々のためにもできることを続けていくしかありません。

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