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2012.06.14

「市民の歌」もノーですが、人格批判は許しません

南相馬市での「こどものつばさ」説明会や津軽金山焼への用件などの関係で、一般質問3日目にしてはじめての傍聴に足を運んだのですが、思わぬ形で個人攻撃をされました。
今日の最初の登壇者は畑山聡市議でしたが、2つめの質問「弘前市民の歌」の件で以前葛西市長が推奨すると答弁したのでは不満として、市長は中学卒業後市を離れたので思い入れがないのだといった市長に対する批判と並べて、以前市議を務めていた人物が「市民の歌」を認めないというBlogを書いていて狭量である、と切り込んできたのです。

「市民の歌」については、小連体新年互礼会で使われていることに合併された側としての違和感を述べていますが、「傲岸な旧市民」とは書いても特定の誰かをさしているわけではなく、その中では相馬にちなんだ歌詞を加えるといった工夫にふれているように、存在そのものを否定しているものでもありません。
ちなみに、苦笑しながら批判を受けとめた葛西市長が答弁したとおり、「市民の歌」は藩祖為信公350年にちなんで市民有志がつくったもので、公式な市歌でないため市には著作権などもなく、当時から推奨するという形で親しまれてきたものであるので、合併協議においても取り扱いを検討することもなかったのだという事実を、旧市民のお歴々にはお知らせしておきたいと思います。

百歩譲って、葛西市長と並んで個人批判されるのは光栄ですが、政策や政治姿勢の可否を論じられるのは許されても、「狭量」という人格批判に踏みこむ発言は議場においてあってはならないものだと先輩議員から教わってきた私としては、許すわけにはいきません。
前期の騒動の中では、今泉市議が「聞く側の理解力が少し不足」としただけで懲罰を受けた前例がありますが、この時は動議提出者が「もしかしたら」自分への侮辱ではないかと強弁したように、不特定であれば不問となることもあり得るのですが、今回の場合は明らかに個人が特定できますし、議員同士ならまだしも今の立場としては私は一市民でもありますので、議員として市民に対して一番してはならないことを確信犯で行うことを見過ごすわけにはいきません。

さっそく田中議長宛に抗議文を送り厳正な処断を求めるとともに、その経緯をオープンにすることを求めていますので、事態が動くたびにお知らせしていきたいと思います。

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