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2012.06.17

オールであるより、野田村の思いに沿ったかかわりを

2日間で津軽金山焼と奥津軽観光、「古都ひろさき花火の集い」や弘大芸術祭での津軽三味線を楽しむツアーを楽しんでいただいた6名の方々を野田村に送り届けたところです。

今回のツアーのきっかけは、3/10に試行し5/27に素材づくりを行った「ささやきの壁」の粘土を金山焼の窯で焼いていただくのと「花火の集い」がかち合うのがわかったので、この活動にかかわっている方々に打診してみたところ、自腹でいいから思ったところに行けるツアーをしたいという話になったので、往復の交通費は生活支援プロジェクトで持つものの、宿泊費や食事代・入場料などは自己負担という形で企画を組みました。
予定していたプログラムはもちろん楽しんでいただいたばかりでなく、奥津軽では余裕ができたことで斜陽館と立佞武多の館を見学し、二日目は野市里での買い物に時間をかけ、革秀寺・五重塔・偕行社などを車中から見て回り、最後の「めん房たけや」での昼食では津軽料理遺産の貝焼味噌ばかりでなく話のはずみで即興そばがき体験から野田村での教室開催まで決まるというプラスアルファも大きかったですが、何といっても車中での談笑が途切れることがない楽しい時間を過ごしたことで大満足だったそうです。
話題の中では、被災当時のことを話せるかどうかとか、村の復興のために意見を出し合う場が必要といった重いテーマになることもあり、日頃からかかわる機会の多い方々の心の奥底を見せていただいたようで、自分としてもしっかり受けとめなくてはならないと改めて思いました。

ところで、「花火の集い」には従来の形での招待者30名も参加していたことだけが地元紙で報じられていましたが、2月の雪灯籠まつり・4月の桜まつりにしても、案内が一部の方々に先行して伝わることで参加できないことを残念がられたり、被災していないのに行くのかという声に気がねして参加できないといった軋みを生んでいるのを肌で感じる機会があるだけに、村民全体に公平に周知することを徹底しないと招待そのものが不満を生む原因になりかねない懸念を感じています。
一方、弘前市からの支援の主力であるチームオール弘前は、これだけの村民不在となる日に大型バスで乗り込むというちぐはぐな予定を進めてしまい、弘前行きの方々が行かない友人に参加をお願いしてくるといった気苦労までさせることになっていますし、支援から交流という方向性はいいにしても行くべき人数と内容が問われてきていると思います。

もう一つ、「花火の集い」には豆腐田楽ばかりでなくご本人も野田村名物の米田やすさんが出店してくれましたが、これも昨年は招待で来たやすさんが「今年は豆腐売りながら観たい」というので、出店手続きなどは私がお手伝いさせていただきました。
このように、弘前市だけでなく野田村でも思いが多様になってきていますので、それを一くくりにするのではなく、ましてや弘前側からの恩の押し売りのような支援であってはなりません。
支援という一方通行なかかわりから交流という対等で双方向なものにしていくこと、行政の後押しがなくてもつながり続ける関係にしていくこと、そしてそれが可能となるよう野田村の皆さんそれぞれの思いに沿ったかかわりをしていこうと思っています。

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