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2012.06.20

懲罰する桐生、不問に付す弘前

Twitterでのつぶやきが問題視されていた桐生市の市議が本日除名の懲罰を受け、失職することとなったようです。
発言そのものには問題があると思いますが、懲罰それも除名というところまで踏みこませたのはそれ以前からの所以があるように思いますので、不要な論評は避けておきます。

ところで、これを報じた朝日新聞の記事中で、「地方自治法は懲罰対象を議会内の行為に限る」とあるように、議員に対する懲罰を決めているのは地方自治法で、そこには次のような条文があります。
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第133条
普通地方公共団体の議会の会議又は委員会において、侮辱を受けた議員は、これを議会に訴えて処分を求めることができる。
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実は、この条文にかかわる事例すなわち畑山市議発言問題が先日の弘前市議会であったのですが、本日田中議長から電話があり、この条文に照らして議員を処分できるのは議員だけであるということで今回の抗議については議会としては取り扱わない、また文書回答するべき問題でもないと突き放されました。
つまり、現在は一市民である私に対しては「狭量」という人格批判をしておいて自分は「寛大」であると傲岸不遜な態度を取る畑山市議のことは、議員からの処分を求める動きがない以上不問に付すということです。

本当に納得のいかない話ですが、地方自治法は前条でこのように規定されています。
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第132条
普通地方公共団体の議会の会議又は委員会においては、議員は、無礼の言葉を使用し、又は他人の私生活にわたる言論をしてはならない。
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これに沿った意を持って抗議したのですが、市民がおかしいと思っても議会は内側の論理で済ませるというわけです。

前期の議会では、「4人組」と呼ばれた今泉市議への懲罰や齊藤爾現県議と私に対する問責などが乱発され審議が空転することもありましたし、大先輩である工藤栄弥前市議におかれては特定できる形で市職員の言動を問題として取り上げることがありましたが、懲罰・問責に関しては議会には守るべきルールがあるという大義名分をかざしてのことでしたし、栄弥さんも決して人格批判は行わず事実が問題であるという論法を貫いていただけに、止めるに止められないものがありました。
私自身も、一番最初の定例会前のBlogの書きぶりが問題視されるだろうという当時の事務局の配慮を汲んで書き改めたこともありますし、議場で特定される形での批判はしてはならないという先輩議員の教えは極力守ってきただけに、これを問題視しないのは良き伝統を放棄するものだと思います。
一方、「市民主権」を掲げる葛西市政の方針に即して動くならば、田中議長は市民からの抗議を自らの問題として受けとめ議会としての対処を図ることも可能であったわけですが、事務局の指導に沿って法の条文を楯に門前払いするのですから、議会改革のための特別委員会は立ち上がったとはいえ、荒れた前期議会より退歩していると言わざるを得ません。

懲罰したことで桐生市議会には注目が集まり、今後の進め方にも市民・マスコミの目が光ると思いますが、不問に付した弘前市議会にこの遠吠え以外は届かないのか、マスコミや心ある議員は動くのか、明日の最終日を注視したいと思います。

2012.06.18

説明会で何もできない立場を痛感

市による介護保険制度説明会が、本日は相馬地区で開催の回覧を回した立場として参加しました。
10人に満たない少人数だったこと、説明方のトップである介護保険課の藤沢係長は元相馬村職員だけに気兼ねなくやりとりすることができる形だったこともあって、質疑というより座談会のような雰囲気になりました。

私も地元で氏素性がばれている立場ですので、認定審査や保険料高騰の原因などでは説明する側に回ることもあり、ケアの質の確保やサービス整備の現状などでは持論を展開する形になりましたが、それを見透かしたかのように、国保料の引き上げやカラ財源問題も引き合いにして、今回の介護保険料6170円というのは国や市も悪いが議員も悪いと発言された方がありました。
前後の話をふまえて言わんとすることころは、畑に行くほど元気な人でもデイに行くような不適正なサービス利用がはびこっていることや野放図な有料老人ホームの乱立で高騰を招いているのに、まったく手だてが打たれていないし、そこに問題があるという議論や説明がないままに住民側に負担だけを強いているということでした。
前回は、当時の健康福祉部長が福祉介護に無関心な前市長の目をかいくぐって、法定の基準額1.5倍の階層の上に1.75倍を新設するなどの工夫により増額を極小化する努力をしたのを知っていましたので私は市議として全面的に賛成する立場を取りましたが、今回は低所得階層への軽減努力はあっても2.0倍階層を設定してでも6000円の大台超えはさせないという案は、行政から出なかったのはもちろん議員提案としてもなかったので、議員の責任と言われても仕方がないと思います。

また、藤沢係長が説明の時期が遅く回数も少ないことをおわびしていましたが、それをふまえて3年前は長慶苑として独自の説明会を全16地区で開催したものですが、地域と隔絶した存在になっているのを示すかのようにまったく動きが見られません。
藤沢係長が説明会を回っての感想として、介護保険制度そのものが知られていないのを実感すると話していましたが、これだけの負担を市民国民にしてもらうことで自らのビジネスを成り立たせている側でこそ、制度ばかりでなく自分たちのサービスも含めた説明をする責任があると思います。

とはいえ、それだけ批判をするのは簡単ですが、今では何もできない者の遠吠えでしかないのが、本当に情けない限りです。

2012.06.17

オールであるより、野田村の思いに沿ったかかわりを

2日間で津軽金山焼と奥津軽観光、「古都ひろさき花火の集い」や弘大芸術祭での津軽三味線を楽しむツアーを楽しんでいただいた6名の方々を野田村に送り届けたところです。

今回のツアーのきっかけは、3/10に試行し5/27に素材づくりを行った「ささやきの壁」の粘土を金山焼の窯で焼いていただくのと「花火の集い」がかち合うのがわかったので、この活動にかかわっている方々に打診してみたところ、自腹でいいから思ったところに行けるツアーをしたいという話になったので、往復の交通費は生活支援プロジェクトで持つものの、宿泊費や食事代・入場料などは自己負担という形で企画を組みました。
予定していたプログラムはもちろん楽しんでいただいたばかりでなく、奥津軽では余裕ができたことで斜陽館と立佞武多の館を見学し、二日目は野市里での買い物に時間をかけ、革秀寺・五重塔・偕行社などを車中から見て回り、最後の「めん房たけや」での昼食では津軽料理遺産の貝焼味噌ばかりでなく話のはずみで即興そばがき体験から野田村での教室開催まで決まるというプラスアルファも大きかったですが、何といっても車中での談笑が途切れることがない楽しい時間を過ごしたことで大満足だったそうです。
話題の中では、被災当時のことを話せるかどうかとか、村の復興のために意見を出し合う場が必要といった重いテーマになることもあり、日頃からかかわる機会の多い方々の心の奥底を見せていただいたようで、自分としてもしっかり受けとめなくてはならないと改めて思いました。

ところで、「花火の集い」には従来の形での招待者30名も参加していたことだけが地元紙で報じられていましたが、2月の雪灯籠まつり・4月の桜まつりにしても、案内が一部の方々に先行して伝わることで参加できないことを残念がられたり、被災していないのに行くのかという声に気がねして参加できないといった軋みを生んでいるのを肌で感じる機会があるだけに、村民全体に公平に周知することを徹底しないと招待そのものが不満を生む原因になりかねない懸念を感じています。
一方、弘前市からの支援の主力であるチームオール弘前は、これだけの村民不在となる日に大型バスで乗り込むというちぐはぐな予定を進めてしまい、弘前行きの方々が行かない友人に参加をお願いしてくるといった気苦労までさせることになっていますし、支援から交流という方向性はいいにしても行くべき人数と内容が問われてきていると思います。

もう一つ、「花火の集い」には豆腐田楽ばかりでなくご本人も野田村名物の米田やすさんが出店してくれましたが、これも昨年は招待で来たやすさんが「今年は豆腐売りながら観たい」というので、出店手続きなどは私がお手伝いさせていただきました。
このように、弘前市だけでなく野田村でも思いが多様になってきていますので、それを一くくりにするのではなく、ましてや弘前側からの恩の押し売りのような支援であってはなりません。
支援という一方通行なかかわりから交流という対等で双方向なものにしていくこと、行政の後押しがなくてもつながり続ける関係にしていくこと、そしてそれが可能となるよう野田村の皆さんそれぞれの思いに沿ったかかわりをしていこうと思っています。

2012.06.16

大森勝山遺跡、世界文化遺産への第一歩

野田村の皆さんとの楽しいツアー初日を終え、前泊のために目を通していなかった地元紙を見ると1面で大森勝山遺跡が国史跡に指定されたのが大きく報じられていまして、ついつい「やった!」と大声を上げて家族から相変わらずのいぶかしい視線を浴びてしまいました。
この遺跡に関しては、福祉の修業先であった特養三和園に通勤する途上に看板があったので20年前から知っていましたが、2008年の発掘調査で縄文晩期の環状列石という他には見られない遺跡が含まれていることがわかり、私も一般公開の際に見学して以来、国史跡さらには世界文化遺産への登録に向けての動きを一般質問だけでなく予算決算の審議において必ず取り上げてきただけに感慨深いものがあります。

そのせいで担当課である文化財保護課にとってはやっかいな存在だったろうと思っていたのですが、公開の際の課長であった大谷前教育部長からも聞き取りに来た経験のある職員からも、自分たちの仕事に関心を持ってもらっていることへの緊張感と感謝があったという話を聞いたことがあり、質問することの意義を考え直すのにつながったテーマでもあっただけに、日本史学科卒の歴史好きとしても議員という立場にとっても大事な存在でありました。

Img 2445

これから世界文化遺産のリストに加えてもらうのは葛西市長をはじめとする行政サイドの仕事ですが、それを後押しする活動を市民として展開していきたいと思っています。
世界に冠たる自然遺産として白神山地も大事ですが、何といっても津軽の象徴である岩木山麓で1万年も続いた遺跡の持つ意味は大きいものですし、津軽の古代史そして岩木山の原初信仰にかかわる遺跡のことだけに、まずは岩木山を考える会で再会させていただいた母校の恩師の方々に相談し、何ができるか何をすべきか考えたいと思います。

2012.06.14

「市民の歌」もノーですが、人格批判は許しません

南相馬市での「こどものつばさ」説明会や津軽金山焼への用件などの関係で、一般質問3日目にしてはじめての傍聴に足を運んだのですが、思わぬ形で個人攻撃をされました。
今日の最初の登壇者は畑山聡市議でしたが、2つめの質問「弘前市民の歌」の件で以前葛西市長が推奨すると答弁したのでは不満として、市長は中学卒業後市を離れたので思い入れがないのだといった市長に対する批判と並べて、以前市議を務めていた人物が「市民の歌」を認めないというBlogを書いていて狭量である、と切り込んできたのです。

「市民の歌」については、小連体新年互礼会で使われていることに合併された側としての違和感を述べていますが、「傲岸な旧市民」とは書いても特定の誰かをさしているわけではなく、その中では相馬にちなんだ歌詞を加えるといった工夫にふれているように、存在そのものを否定しているものでもありません。
ちなみに、苦笑しながら批判を受けとめた葛西市長が答弁したとおり、「市民の歌」は藩祖為信公350年にちなんで市民有志がつくったもので、公式な市歌でないため市には著作権などもなく、当時から推奨するという形で親しまれてきたものであるので、合併協議においても取り扱いを検討することもなかったのだという事実を、旧市民のお歴々にはお知らせしておきたいと思います。

百歩譲って、葛西市長と並んで個人批判されるのは光栄ですが、政策や政治姿勢の可否を論じられるのは許されても、「狭量」という人格批判に踏みこむ発言は議場においてあってはならないものだと先輩議員から教わってきた私としては、許すわけにはいきません。
前期の騒動の中では、今泉市議が「聞く側の理解力が少し不足」としただけで懲罰を受けた前例がありますが、この時は動議提出者が「もしかしたら」自分への侮辱ではないかと強弁したように、不特定であれば不問となることもあり得るのですが、今回の場合は明らかに個人が特定できますし、議員同士ならまだしも今の立場としては私は一市民でもありますので、議員として市民に対して一番してはならないことを確信犯で行うことを見過ごすわけにはいきません。

さっそく田中議長宛に抗議文を送り厳正な処断を求めるとともに、その経緯をオープンにすることを求めていますので、事態が動くたびにお知らせしていきたいと思います。

2012.06.12

南相馬との新たなご縁と考えたこと

2日間850kmかけての南相馬市訪問を終えて、帰ってきました。
主たる目的は5月に「ゆめはっと」で宣言した「こどものつばさ」説明会への出席で、西代表をはじめとする実行委員会と交流を深め全国36プログラムの招待先からの出席者とも情報交換することができ、何より実際に参加する小中学生や保護者の方々に「津軽の相馬」をアピールすることができましたので、今月下旬に出てくる申しこみ状況が楽しみです。
その前後でステイサポートで新たなご縁になりそうな出会いがありましたし、南相馬市内をはじめて見て回ったことで受けとめた現実についてもお知らせしたいと思います。

月曜日、娘を高校に送ってから出立前に訪ねたのは、新寺町の圓明寺・下間正博住職でした。
下間住職には以前から「動こう津軽!」メーリングリストに参加していただいていたのですが、先月末に住職はじめ4名の共同代表で福島県の被災農家支援サークルを立ち上げたという地元紙記事を見たので、農業も盛んな南相馬市で話をつなぐことやステイの方々に共同作業で交流する場を作るお願いができるのではという思いで訪問したわけです。
下間住職からはこれまでの活動やサークル結成の経緯などを教えてもらい、また私からの提案も前向きに聞き届けてもらい、今後サークルの会議にも呼んでいただいたり逆にステイの集いに顔を出してもらうことを約束しました。
このことを南相馬市で農家でもある西さんに伝えたところ、距離と規模の問題があってすぐに進む話ではないと現実を突きつけられましたが、翌日ご縁をつないでいただいて訪問した「南相馬ふるさと回帰センター」では、復興会議にも取り組んでいる鈴木里加子さんから農業での交流という一般論だけでなく、弘前市に農家民宿をされていた方が避難しているので、農作業ができると聞けば喜んで参画するのではという具体的な話を教えていただき、次につながる訪問となりました。
このご縁をつないでくださった方も23日のステイの集いに参加してくれることになっていますし、ステイの方でも準備からかかわりたいという自発的な動きが出てきていますし、ステイサポートは新たなステップを進めることができそうです。
それにしても、隣接する相馬市を含めて「JAそうま」だったり、道の駅では相馬と銘打った商品が並んでいると、今まで無縁だったのがおかしいほどの既視感を覚えますし、これから交流に踏み出せることに喜びを感じます。

ところで、その民宿の方が住まれていたのが、今回現地を視察することになった小高区です。
今年度に入ってから避難区域から解除されて立ち入りが可能になったのですが、1年も経ってのことだけに帰宅する人はほとんどいないようで人通りがほとんどないのは2月に見た飯館村同様でしたが、駅前では地震そのものの被害で倒壊した建物がそのままになっていて、まさに時間が止まっているようでした。

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そこから海岸線に近い福浦小学校に行ってみると、ちょうど埼玉から来た在籍していたという初老の方と出会い、当時の様子や親族の被災の状況などを教えていただいたばかりか、土地勘があるのを頼って海岸まで案内してもらいました。
防波堤が崩れ、ずーっと続いていたという松並木はほとんど流され、地震による地盤沈下で海抜マイナスになってしまった田んぼは広々とした湖のようになっていて、津波の被害の甚大さもまざまざと見せつけられました。

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そして、海岸から見える南側の小高い丘には次の原発設置予定地を示す表示塔があり、かすんで見えませんでしたが、さらにその先にはあの福島第1原発があると思うと、身震いする思いでした。
地震や津波だけであれば、人々の衆知を集めて復興に立ち上がることができるのは野田村で実感していますが、放射能によって住むことができなくなり帰還するのをためらってしまう土地を生み出してしまった原発を許すわけにはいかないと、心から思いました。
それを経済や官僚の論理に屈して再稼働に同意してしまう人とは思いが違うのは明白ですから、民主党だとか自民党だとかにかかわらず個人として脱原発を唱える政治家以外支持しないつもりですし、私自身も反核反原発をオープンに主張していきたいと改めて誓います。

2012.06.06

ロマントピア天文台はもう一つイベント

明け方には強い雨足だったので少しあきらめ気味に雨の上がったロマントピア天文台に、今世紀最後の金星太陽面通過を観に行きました。
開館した10:00頃には雲の切れ間ができて撮影もできたそうですが、行った頃には雨もこぼれていたので大望遠鏡は使えず、風がないため雲が動かず、数名の市民の方々ともども撤収しました。

金星も観たかったのですが、今日足を運んだのはもう一つ理由があり、それは8/5〜7の「こどものつばさ」の際に閉館日にあたっている8/6に特別開館を認めてもらって、南相馬の子どもたちに星空と小惑星探査機「はやぶさ」の学習会をしてもらうことになったお礼をしたかったからでした。
現在天文台の管理は嘱託職員であり村役場時代からお世話になってきた三上覚さんが受け持っていますが、先日打診したところ「自分たちはいつでも受けるから、上の立場に相談して」と言ってもらったので、中央公民館相馬館・有馬館長に話をし、有馬館長が上長である野呂教育部長に即日了解を取ってくれたことで実現の運びとなりました。
お世話になりっぱなしの覚さんはともかく、有馬館長にも野呂部長にも前職の際は不愉快な思いをさせた記憶がありましたが、そんなことはおくびに出さず、「せっかく南相馬の子どもたちが来るのであれば」と即断してくださり、この学習会が実現できるうれしさとともに、市職員の前向きな姿勢が形に表れたことをぜひ多くの市民に知ってもらいたいと思っていました。

ちょうど有馬館長も金星にのために来られていて、直接お礼することができましたが、これで実現となるもう一つのイベント=学習会を含めて「こどものつばさ」を成功させたいと思っています。

2012.06.05

会議は踊らず、議論は弾む

予定どおり6月定例会開会日の午後に議会制度等調査特別委委員会が開催されましたので、例によって傍聴しました。
会派を超えた意見が錯綜して時間がかかり、議論は集約できずに会議は踊るの感のあった前回とは打って変わり、議員定数では現状維持と4・6・10減と出たところで、これを持って中間報告としたいという谷川委員長の発言に異議なしとなり、報酬の件も集約は難しいとしてあっさりと進んで費用弁償の資料配付で終わった時には、まだ30分も経っていませんでした。
委員会として結論を出すものではないとしているにしても、まったく会議は踊らず、市民として傍聴していた4人は肩すかしを食った感じでしたので、場所を移して議会改革などで話をしようということになりました。

議会の活性化のためには報酬削減で職業化しているいる議員が出るメリットを失わせるべきといった委員会傍聴に即した意見から、葛西市政の評価や財政効果というなら職員給与引き下げといった話題も数々出ましたが、定数や報酬削減以上に市民が望んでいるのは市議が市民に見える形で働いてほしい市政にとって役立つ仕事をしてほしいということだいうのでは意見の一致を見ました。
その手段としての議会改革が求められるわけですが、その場で私が話したのは、議員はやはりプロとして仕事できる環境は必要であるし、そこで決算や予算策定の仕組みを変えれば本来求められる仕事ができること、議会のマンネリ化を防ぐには任期制限しかないこと、それは全国どこでも行われていないので条例請求の形で動けば注目を浴びて可否にかかわらず議会を動かすきっかけになることなどに加えて、さらに言えば議会が変わらないのであれば市民主権を標榜する市長と市民とで市政向上の仕組みをつくる提言をした方がいいという議会不要論まで語りました。
同席した4人の立場や考えはそれぞれ違いますが、それぞれの思いをぶつけ違う意見に耳を傾けるやりとりがはずんだおかげで、18:00閉店の声がかかるまでの議論になりました。

ところで、議論の中で委員会でも意見をぶつけ合えばいいのにという不満がありましたが、これはの組織時点で議員間討議をするというのを決めない限り原則どおりのやりとりになってしまうことなので仕方がないと擁護しておきましたが、議会改革で何を論じるのかどんな論議の仕方にするのかは参画している議員の責任にかかることですから、それをわきまえずに他人事のように繰り言をBlogに書いたり、委員長から傍聴者に対して議論中の内容については取り扱いに注意してほしいとあったのをふまえれば議員こそ守るべきであるのをしていないのは、いかがなものかと思っています。

ともあれ、私としても議会が市政の盲腸であっていいとは思っていませんので、市民同士そして議員も巻きこんでの議論をしていきたいと思っています。

2012.06.04

月曜会に同行して感じたこと

昴町会の老人クラブは、「月曜会」という名称で毎月第1月曜に活動することにしていますが、今月は嶽温泉・小島旅館への温泉ツアーということで町会長である私にもお誘いがありましたので、喜んで参加させていただきました。

山菜採りの皆さんは地蔵茶屋で一足先に降り、私は到着してからのウォーキングに一緒してから温泉というコースで、お膳やアルコールも入っての楽しい食事で時間を忘れて、30分早く帰るどころか逆に30分遅く帰路につくほど皆さん楽しんでおられました。

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今回参加の主目的は、月曜会の活動の中で1%システムで支援できるものがないか、メンバーの行っているサークル活動を支援できないかというのをさぐるためでしたが、その点でも詳しい内容を説明できたり手応えのある反応があったりしたので何よりでしたが、町会長としては自分が引っ越してくる以前の町会の様子や活発な活動ぶりを聞くことができ、さらには議員時代の活動がアピール不足だったという温かいながらも厳しいご指摘までいただいて、参加してよかったと心から思えるひとときでした。

他の議員であれば、老人クラブの活動に加わるどころか自ら声をかけて連れて行くということをしている方もあるでしょうが、私の場合は先方から声をかけていただかない以上押しかけるのはいかがなものかと思っていましたので、特に女性の方々とは話しする機会が少なかったのは事実ですし、今の役目のためには進んで加わっていく必要があると思いました。
ただ一つ残念だったのは、夕方の陸上クラブのトレのために杯を交わすことができなかったことですので、次回のお招きの際には日程調整して臨みたいと思います。

2012.06.03

被災アーカイブという支援

弘大人文学部ボランティアセンターからの案内で、亀ヶ岡文化研究センターで野田村で被災した資料を修復する活動が行われるというので、日本史学科卒の血が騒いで参加しました。
当日は上條准教授と片岡助教の指導のもと、ゼミ生とチームオール弘前からの参加者あわせて15名での作業になりましたが、泥がこびりつきカビや塩が浮き出した資料をブラシや竹串できれいにしていくというのは、細かい気づかいが必要なだけに時間がかかり、段ボール1箱くらいの量でも4人がかりで数時間かかるほどでした。

IMG_4793

資料の中には、戦前の獣皮養殖組合や養狸品評会といった会議資料があって野田村では狸の養殖が行われていたという驚がくの歴史を知ることになったり、「小学五年生」の従軍記特別付録があったり大正天皇皇后の御尊影があったりと世情を感じささせるものを見ることになり、現在の野田村からではうかがい知ることのできないものにふれる機会になりました。

翌日の地元紙では1面トップになるほど各マスコミも取材にきていましたが、現地に足を運ばなくても体力がなくてもできる活動ですので、関心をお持ちの方にはぜひ参加していただきたいと思います。

2012.06.02

とかくあっても、1%システム支持します

陸上クラブのトレがありましたので遅参する形になりましたが、市民参画センターで行われた町会役員を主対象にした「まちづくり1%システム」研修会に参加しました。

いきなり質疑に入っていたせいで、一番の目玉の町会での事例報告を最初から聞くことができ、葛原町会の「かかしコンテスト」・城西学区の「防犯ポスター」・槌子町会の「花いっぱい運動」それぞれ町会での実施に向けての準備や工夫が具体的にわかって参考になりました。
会場は遅れてきた私はテーブル席に着けないほど満席でしたが、質疑に入ると各町会長から質問が相次ぎ、具体的な内容で申請が可能かどうか、年度をまたがる事業はダメなのか、町会でやるつもりだが本来は行政が責任を持ってやるべきものでないのか、減額になった場合は計画を見直す必要はあるのかといった、前向きで具体的な質問ばかりで、町会単位では真剣に考える雰囲気が出てきているのを実感しました。
私も事例報告に質問したり、最後の質疑でも町会役員ばかりでなく町会の各団体でも活用に関心を持つように地区単位での説明会を行ってほしいことと、先の発言者から提案のあった完了した事業を事後承認するのを考えてほしいという意見に、共同募金会の短期助成がその形式になっていることを情報提供して、次年度からでも検討してほしいと援護射撃しておきました。

3月定例会で町会レベルで活用するようにしたいという方針が示されていることもあって、市民生活課から今年度「市民との共同推進課」と名称変更までした担当課では今回は町会に向けて研修会を行い、前月には私の提案を受けて相馬地区町会長会議では他町会に先がけてで説明をしてもらっていますが、肝心要の町会連合会長は拒否反応まで見せていましたし、審査会の檜槇委員長は意見交換会の確執を引きずってあいさつもしないで立ち去るといった無礼ぶりで応募したくなくなるのを増幅させるような、活用に向けての抵抗勢力がはびこっているのも現実です。
そんなことはあっても、葛西市長が唱える市民主権の市政にとっては一番大事な事業だと思っていますので、20日の第2次募集締切まで町会の中でも説明と勧誘に努めるつもりです。

2012.06.01

相馬の公共交通実証実験、白紙に

昨年度末からはじまったろうそくまつりの里・沢田地区での予約制乗り合いタクシー実証実験ですが、あまりにも利用者が少なかったことで先月いっぱいで休止と報じられましたが、これを受けて市から公共交通に関する意見交換会の案内が町会長宛にありましたので、出席しました。

実は、この実験にはその先があり、今秋から支所(旧役場)のある五所地区でバス運行を打ち切り以奥の地区をすべて予約制乗り合いタクシーにするという、3年間の実験が予定されているのを4月の町会長会議ではじめて聞いて驚いてしまったことなので、今回の休止でそれがどうなるかが焦眉の急であると思い、最初に質問の手を上げました。
それに対して、今年度からの担当である公共交通推進室を兼ねる都市計画課長から、今回の乗客数ばかりでなく住民の意向をとらえた計画とは思えないので一旦白紙に戻して改めて住民の意見を聞いて考えていくという答弁でしたので、まずはホッとしました。
市議としても関心を持っていた分野でもあるので、過疎地の場合にはへき地輸送という手段があることや、先進地を担当課と住民とで一緒に視察してともに考えることなど提言しておきましたが、自らの過ちを認めたがらない行政にはない対応でしたので、今後よい方向で進めていけたらと思います。

ただ、公共交通の実験台として真っ先に指定され、あわや従来からのバス路線さえ失われかねない件でしたので、出席者のひそひそ話でも「また相馬が狙われた」という声も出ていたことを、市には重く受けとめてほしいと思います。
とはいえ、市として1.9億円も補助せざるを得ない状況だけにあり方を考えたり、市民に通学の送迎で呼びかけたりといった工夫は必ず必要なのですから、一地区の問題ではなく市全体の課題として考えるべきテーマです。

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