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2012.02.29

原住地へ、1500kmの旅

「弘前ステイサポート」の大きな柱として、避難移住された方がの原住地を訪問し、現地の担当者と情報交換するとともに私自身が現地を肌で感じることで今後の支援に生かすことをうたっていますが、2/27〜29の3日間で岩手県大槌町、宮城県石巻市・仙台市、福島県福島市・川俣町・南相馬市・郡山市・いわき市の8自治体、1500kmの道のりを回ってきました。
そこで見聞し、感じたことをまとめておきます。

まず最初に私にとっての震災支援の原点・大槌町へ、いつもの釜石回りではなく山越えの県道を選択し雪で難渋してしまいましたが、峠を越え中心部まではまだまだ遠いところにさっそく仮設住宅が何ヶ所も立ち並んでいました。
プレハブの役場で説明を受けてから、せっかくの機会なので弘前市出身の鎌倉幸子さんが統括するシャンティ国際ボランティア会の移動図書館の拠点「かねざわ図書室」を訪問しましたが、中心部から15kmも奥まった廃校を利用していて、そこにまで仮設住宅がある現実に、避難所生活の頃から復興が進んだと言えるのかという思いが募って、涙がこぼれました。

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大槌町から国道45号線に乗って石巻に向かいましたが、途中陸前高田市や南三陸町では海岸線を走ることになり、見たこともないほどの壊滅的被害に言葉を失いながらも、現実をとらえておくために途中途中でシャッターを切りました。
おかげでデパートをリユースしている石巻市役所で話を聞いたのは16:30を回りましたが、対策室長から被災の全景が見渡せると教えていただいて、日和山から夕暮れの景色を収めることもできました。

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二日目は仙台市、そして午後から一番多くのステイの方々の原住地である福島県に入り、それぞれの自治体での放射線対策を聞きました。
内陸の福島市ですら全戸除染という途方もない作業を5年がかりで進めることになるそうですが、担当の職員がふるさとを守る思いを熱く語ったり、理性的に状況を説明して安全だと話したり、避難している人たちに帰ってきてほしいけど各々の気持ちもわかるので強く言えないという人間味あふれた心情を吐露したりと、それぞれ違いはあっても本当に一生懸命取り組んでいるのを感じました。
また初日の夜は仙台市で先頭に立って復興に取り組んでいる菅間進県議、二日目には南相馬市の子どもたちに少しでもリフレッシュの機会を作るための「こどものつばさ」プロジェクトでご縁をいただいた代表の西道典さんたちと歓談してきましたが、現地に住み現地で復興を進めていく立場の方々の強さを肌で感じることができました。

ただ、ステイの方々は小さい子どもを抱えた家族が多く、先日の鶴見實先生も影響があると思って行動すべきだと話していたとおり、不安や親としての責任を感じて避難を選択するのは間違っていないと思いますので、その思いを受けとめたかかわり方をしていこうと思っています。
それにしても、津波の被害も放射線の不安も行ってみなくてはわからないことですし、現地での民間支援につながる情報もいただきましたので、ハードな分得るものも多い3日間でした。

2012.02.19

交流の集い、確かな第一歩

「動こう津軽!」の「ステイの集い」としては3回目、青森市「つながろう会」の交流会としては5回目となる集いを、青森市アピオで合同で開催することができました。

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最初に弘前大学・鶴見實先生の放射能に関する講演を聴き、昼食を兼ねて交流、その後弘前からのメンバーはせっかくの豪雪の中を青森市まで足を伸ばしたのでワ・ラッセ見物をするという盛り沢山の内容に関心を持っていただいて20名を超える参加になったのもうれしかったですが、交流できてよかった、講演で真正面からの情報を知ることができて参考になったなど、満足していただけた感想を聞くことができ、何よりでした。
これも「つながろう会」の新川さんが当事者として活動をはじめたことがあってこその企画ですし、1ヶ月前の初顔合わせ以来こまめに連絡をくださるほどの真摯な姿勢があればこその盛会だと、本当に新川さんには敬意を表さずにはいられません。
さっそくNHKのニュースで昼夕と流れたそうですし、ATVニュースワイドからは駒井亜由美アナご本人が取材に来られて水か木曜に紹介してくださることになりましたので、「つながろう会」ばかりでなく「ステイサポート」の方にも注目が集まってくることと思います。

今日を第一歩として、4月には青森県下を統括する第2830地区ロータリークラブの支援をいただいて、弘前桜まつりでの交流を予定していますので、着実に青森・弘前での交流を進めながら、年内には県下全体での交流ができるように他の地区とも連携を進めていけたらと思っています。
注目される分そして私がかかわっているということでの「足ひぱり」にあうことも考えられますが、何よりも避難・移住された方々のためになるように取り組んでいくつもりです。

2012.02.13

「隣村」と4日で3往復しながら思うこと

野田村に、10日は「動こう津軽!」の生活支援プロジェクトのヨーガ教室で日帰り、11日に弘前青年会議所が中心になって岩手県内5地区から300名を弘前城雪燈籠まつりに招待する「笑顔プロジェクト」の担当として迎えに上がり、12日は帰りに自家用車で同行して見送りしてから宿泊、13日には前日合流した福井久さんと小田村長との会談に同席して村内を案内して帰るという、4日間で3往復の日程をこなしました。
マットが足りなくなるほどの参加者になってきたヨーガ教室に手応えを感じ、2日間の「笑顔プロジェクト」では37名の方々と行動をともにして交流を深め、福井さんを通じて復興の中に地域のための交付金活用を組みこんでいくことに関心を持ってもらうことができ、それぞれに成果があったことに充実感を覚えた4日間でした。

この最中にも聞かれて答えていたのですが、なぜ私はここまで野田村にかかわっているのか、それは180kmという距離は現実にあるにしても、私の感覚としてはすでに遠いながらも隣村の感覚になっているからです。
50回近く訪問しているうちに、高速を毎週走るのに慣れ、村内の裏道を覚え、行き会う方々も普通に声をかけてくださるようになってきたのが大きいですが、旧相馬村とほぼ同規模の第1次産業主体の地域であり、村内に1小中という教育体制、鉱山があった頃は倍の人口という歴史などから、外からかかわっている人間の中では一番近いものを感じられる立場だからこその感覚だと思っています。
それでも、一番足を運び一番近い感覚を持っているとしても、野田村が復興再生していくのは村民自ら取り組むべきことであり、私たちはそれをサポートする立場であるのを曲げてはいけないことですから、よくわかる気になる存在であっても「隣村」としての距離感を持ってかかわっていくのが大事なことだと思っています。

弘前市からの支援は今回の「笑顔プロジェクト」、そして3.11で一つの区切りを迎えると思いますが、野田村があるからこそ何をすべきか導きをいただいている者として、私はよき隣人の務めをもっともっと果たしていきたいと思います。

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