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2011.11.16

改めて野田村に行くということ

「動こう津軽!」では津軽の文化を届けるプロジェクトを月1回取り組んでいますが、今月は先々月の渋谷伯龍さんの津軽弁川柳の流れに乗って、お仲間である高瀬霜石さんと寺田北城さんによる川柳教室と寺田さんの指笛というプログラムで臨みました。

ところが、午前中の会場である野田中仮設住宅集会所は、後半も予定の入っていない日がないほど立て込んでいるのと愛宕神社での市が立つのとかちあっていたのもあって、一人しか来てくれず、当時の状況をお話ししてもらったり、こちらも開店休業状態だった海水で作る「西行どうふ」をいただいたりして時間をつぶしました。
早めに会場を後にして村内の被災地や仮設住宅を回り、午後の泉沢仮設住宅談話室に入りましたら、午前もわざわざ来てくれた桜庭さんが仲間の方に声をかけてまで再訪してくれたこともあり、10人近い方々に指笛と川柳で楽しい時間を過ごしてもらうことができました。
本当であれば、お題に沿って川柳を詠んでもらうのが主眼だったのですが、当日の状況を見て名句や被災した盲目のお弟子さんが詠んだ句を通じて川柳の真髄を伝えることに切りかえて対応してくださった高瀬さん、指笛とユーモアあふれる話術で皆さんの歌声を引き出した寺田さんと、当意即妙の対応をしてくださったことに、本当に感謝しています。

IMG_3788

実際のところ、たくさんの人数が参加するより、こぢんまりとした中でなごやかに活動する形の方が多いのですが、前回今回と午前も午後も足を運んでくださった桜庭さんや、「来てると思って」と顔だけ出してくれた畑村さんといった招待で知り合った方々が私のことを気づかってくださったり、出会った中で最高齢の三太郎さんのように来てくれることを感謝して極力参加するのを心がけている方のおかげで、このプロジェクトは成り立っています。
また、今回はアシスタント役を兼ねてお二人の奥様も同行していたのですが、初めてふれる被災の状況にさまざま感じるものがあったようで、質問や自分の周りのエピソードなどたくさんの話が続いたように、やはり野田村に足を運んでもらわないと伝わらない現実と弘前への感謝の思いを感じていただけたのではないかと思います。

単なる作業ではなく、生活支援として入っていける専門力を持った方々と野田村をつなぐのがこのプロジェクトのねらいですが、それを通じて一人でも多くの人に野田村そして岩手県北にふれてもらうこと、そしてそこにすむ心優しき方々とふれあうことで弘前側の方が得るものが多い企てだと言えます。
そして、私がその恩恵を一番受けていると改めて思っているところですので、もっともっとがんばるつもりです。

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