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2011.06.12

震災支援を点で終わらせないために

1日の写真復元プロジェクトからはじまって、4日から5日間の大震災国際漫画展、10日には弘大での活動報告会、11日には野田村での活動拠点となる「チーム北リアス」のプレハブ開所式、そして12日は最大の震災支援組織である「遠野まごころネットワーク」でお話をうかがい、午後から花巻「ゆいっこ」の僕らの復興支援フォーラムと、震災支援に明け暮れる毎日を過ごしていました。
これは弘前市としての官民協働での支援が形となったものと、胸を張れるだけの成果が上がったことをもっと詳細にお伝えしておきたいところですが、実際のところはここから先に進んでいくには大きな壁が待ちかまえていると、厳しい思いで兜の緒を締め直しているところです。

実は、この最中の2日に震災支援と防災啓発をテーマに「動こう津軽!」プロジェクトを市の仕事おこし事業に申請プレゼンするということにも向き合っていたのですが、11日に不採択という結果を受け取りました。
昨年度も「津軽すこやかネット」で不採択だっただけに、採択された先例に学んで雇用や事業の継続性といったことにも力点を置いたプランを出したつもりですので無念としかいいようがありませんし、行政だけではカバーできない避難移住者への中長期的なトータルな支援や自主防災組織結成や事業継続計画=BCPのアドバイスといった,これまで手つかずにきた分野に踏み込むことで、市にとってプラスとなるものだけに残念です。
「チームオール弘前」のように、定型での作業で市がバス代を出しての支援であれば継続も可能ですが、津軽衆有志野田村支援隊の土岐隊長にしろ私にしろ、自腹で車を走らせて必要なニーズを探り次の一手を打っていく活動をしていくためには、必要最低限の行政からの支援があってはじめて協働と言えると思いますが、そこまで市は本気ではないと思わざるを得ません。

それが11日の率直な思いでしたが、12日に遠野そして花巻を訪ねて、「まごころネット」の佐藤代表が行政とは連携せず自分たちで必要なことに取り組み、それができる体制をさまざまな支援をいただいて構築していると教えてくれ、花巻では「まごころネット」でも手の届いていない分野に細く深く支援しているという高橋博之県議の話を聞いて、官民協働の美辞麗句のもとに市頼みに陥っていたことに気づき、自分たちがやらなければならないと思うのであれば、自ら財源を求め支援してもらえるパートナーを探すべきだと思い直しました。
少しずつ現地の方々とのつながりが増えてきたところで「北リアス」で野田村に拠点を設置しましたので、点ではなく線そして野田村近隣まで含んだ面での支援に向けて、それを可能にする努力をしていくつもりです。

行政を頼るのではなく行政に頼られる存在になる、市議としてでは気づけない大事なことに気づきました。

2011.06.01

野田村支援から交流への第一歩

6/1が「写真の日」というのにちなんで、写真館ハセガワの長谷川正之さんが県内外の写真館3館の協力を得て、野田村の地元写真館「小林フォト」さんと写真の復元さらには行政として残すべき写真の保存への無償協力をスタートさせるのにあわせて、「やきそばのまち黒石会」のつゆ焼きそばと亀甲町消防団のポン菓子の振る舞いをコラボさせて、野田村に行ってきました。

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写真の方は人数としては多くありませんでしたが、何枚もの修復をお願いする方もあり、資料写真の保存とからめて今後も続けていくことにしていますので、この取り組みが広まって他の自治体でも行われるようになるよう、さまざまな形でパブリシティに努めたいと思っています。

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黒石つゆ焼きそばの方は、B-1グランプリで名を上げているだけでなく、3/31に続いて二度目の訪問ということもあり野田村の方々も楽しみに待っていまして、仮設住宅も役場前も行列ができ、350食が1時間で出ていきました。
さすが、さまざまな場に回っている手際のよさでしたが、待っていただいている間の声のかけ方もうまく、野田村で心がけている「食べニケーション」を完璧に実践されていました。
21日の宮古市、先週の石巻市、今後も引き合いが切れない忙しさの中、津軽の力を集めることに意義を感じて参加してくださり、本当に感謝しています。

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そして一番最後に合流してくださった亀甲消防団のポン菓子ですが、5時間近くも昔懐かしいポン菓子を作り続けながら野田村の皆さんと語らいを広げていて、これも一緒していただいてよかったと思いますし、またの機会にもお願いしたいと思っています。

その間に、有志支援隊の土岐隊長とともに避難所を回ったり、野田村地域包括支援センターの職員と次に向けての打ち合わせをしたりと自分自身としても有意義な一日でしたが、桜まつり招待でいらした方々に再会してあいさつを交わしたりしていると、震災支援という肩肘張った立場ではなく、勝手知ったる場所に今日も来てイベントをやったという方がしっくりくる感じがします。
支援から交流へ、野田村での次のステップの第一歩を私たちは踏み出しています。

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