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2011.05.05

震災支援の原点、大槌町へ

弘前市の震災支援は野田村からスタートしていますが、私が一市民として動くきっかけとなる活動を「ゆいっこ」という形ではじめた岩手県議・高橋博之さんが一番先にかかわった場所であり、さらにプライベートな縁ある一家が被災した地である岩手県大槌町は、私にとっての震災支援の原点と言えます。
今日が「ホッと一息」プロジェクトの最終日でもありますが、家族で行ける唯一のチャンスだったので、7:00に3/30以来の訪問に向かいました。

花巻市に立ち寄る用件がなかったので、東北道から釜石道で東和まで、そこから遠野から釜石へと進みましたが、釜石駅前の信号は使用できないままで片づきはじめたとはいえ消毒の石灰が巻かれている光景に家族は驚き、前回の私同様に大槌町の中心部の壊滅した光景に言葉を失っていました。

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実は従弟一家は今日まで弘前市に来ていて前日に会ってきたのですが、まずは身を寄せている実家のある大ヶ口地区を通って身近な被災の有様を確認し、続いて私と全国老施協21世紀委員会で席を並べた芳賀潤さんが施設長を務めている堤福祉会の特養三陸園・らふたぁヒルズのある吉里吉里地区に向かいました。
両方の施設とも高台にあることもあって被害者はなかったそうですが、設備には被害があって三陸園では未だに水道が使えず3回の給水に頼っており、法人170名の職員のうち20名が被災のため退職を余儀なくされたり避難所から通う者もあるという状況であったりと苦労しているそうです。
それで青森県老施協から4名の職員が派遣されて支援に入っているそうですが、職員は緊張が途切れてしまうのを怖れて休む気にならないそうで、6月には順番に現地を離れた休みをあげたいというので、弘前に来てくださいと勧めるとともに、支援者に対する支援を形にしていく必要を感じました。

芳賀さんからの情報で1日から営業を再開した食堂「さんずろ家」で食事をし、続いて2日に桜まつりの案内をさせていただいた12名の方々がいる安渡小学校の避難所を訪問し、先立ちをされている方にお会いしました。
会うなり先日のお礼をしてくださいましたので、弘前市では今後とも受け入れ体制があるので他の方々にもお越しいただきたいと伝えてきましたが、前回訪問した時より多くの支援が入っているのがわかりましたし、何といってもたくさんの鯉のぼりがはためいている景色が、復興への足どりを感じさせてくれました。

IMG_2842

もう一つ気がついたのは、往復の道のあちこちに「支援ありがとう」「がんばろう岩手」といった旗や横断幕が掲げられていて、岩手の方々の思いが伝わりましたし、気持ちを伝えるところまで一歩踏み出してきたのを実感しました。
この思いを共有した取り組みを、津軽から続けていきたいと思います。

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