« 大井千園長を夫婦で見送る | トップページ | 下北で2025年の介護を考える »

2009.10.10

京極先生の語る過去の理想と皮肉な現実

さまざまな形でお世話になっている下田肇先生が理事長を務める医療法人で、高齢者専用賃貸住宅「グラン城東」を開設したということで、式典祝賀会に参列しました。

式典の最後は、系列の学校法人城東学園で学術顧問を務めている、元日本社会事業大学学長で現在は国立社会保障・人口問題研究所所長である京極高宣先生の記念講演でした。
京極先生は介護保険制度の礎となった1989年のゴールドプランやそれを支える人材として社会福祉士・介護福祉士の国家資格を創設するに際して中心となった方ですので、今回の講演もその歴史をふまえたもので、当時は目標としていた北欧諸国が今日では介護保険制度を学ぶ側になり、ケアの質においても同レベルになりつつあることを感慨深げに話されていました。
また、人口に関しては2050年には9000万人まで減少すると見こまれている中、65歳以上を高齢者として扱うのは現実にはそぐわないので、「後期熟年者」として生産人口に含めるような見方切りかえたり、社会保障の給付においても高齢者中心から家族・子どもを支援する方向に転換していく必要があることにもふれていて、短いながらも示唆に富むお話でした。

ところで、ゴールドプランも介護保険制度も基本となっていたのは在宅での自立支援というものだったはずですが、その推進役だった京極先生が住宅というカテゴリーではあっても住み慣れた自宅から離れる建物の開設を寿ぐというのは、皮肉な現実であると感じました。
その流れを棹さすのは難しいことだと思いますし、長慶苑としてもそれに対応せざるを得ない立場にありますが、これでいいのか皆さんにも考えていただきたいと思っています。

« 大井千園長を夫婦で見送る | トップページ | 下北で2025年の介護を考える »

福祉と介護」カテゴリの記事

コメント

 政治的.学術的な利権関係は知りませんが、武蔵野方式というのがあって、ボランティアによる地域通貨での貯金と資産とで、高齢化社会を支えて行く、そういう意図でした。

 終末期医療や予防医療と並行して地域でになう。
 個人の自立やボランティアの伝統がない日本で、全てを給付方式にしたら破綻するに決まっているし、建築関係だけが足並みを揃えるのはわかりきっていたことだったはずです。
 介護も医療も負担が多すぎて成り立たない制度を作ってしまったのは、自分たちが権威をもちたかった、福祉関係の専門家だった。私はそう思っています。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/27994/46619083

この記事へのトラックバック一覧です: 京極先生の語る過去の理想と皮肉な現実:

« 大井千園長を夫婦で見送る | トップページ | 下北で2025年の介護を考える »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近のトラックバック

Twitter

ブクログ

Amazon


  • サーチ:
    キーワード:
    Amazon.co.jp のロゴ

国際漫画展

無料ブログはココログ