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2008.11.28

土岐会長のスピーチに感銘

所属している弘前ライオンズクラブでスペシャルオリンピックス=SOへの支援を決めたので、その記念に例会で土岐司会長にスピーチをしていただきました。

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元々高校の教員をされていたのは知っていましたが、当時は空手部の顧問として勝負に徹する厳しい指導をされていたのだそうですが、その教え子の中にSOのボランティアがいて活動に加わることになったというのは知りませんでした。
そこでスキーに障がい者であるアスリートを連れて行ったところ、ブーツを片足履くまでに3時間もかかるほどだったのですが、そこからスキーを履いて歩く練習をし滑ることができるようになるまで一歩一歩できるようになっていくのを喜ぶ姿に感動し、勝者以上に敗者にこそ大事な意義があることや社会参加することで表情が変わるのを見て自らの教育姿勢が間違っていたと教えられたとお話しされていましたが、そこで学ぶことができるというのは何と素晴らしい先生であろうかと思いました。
土岐会長は、白神観光ガイドのリーダーでもあるのですが、ただ自然を守るというのではなく、自然にふれあうことで学ぶ機会になるし、接することで理解できるのは白神もSOも同じであるという、非常に感銘を受けるお話をされました。

その後の歓談の中でも楽しいお話を聞かせていただきましたが、このすばらしい先生の活動を支援できるのは望外の喜びですし、私も積極的に参加して学びたいと思っています。

「就労サポートひろさき」をサポート

長慶苑の開設前からお世話になっている、社会福祉法人 七峰会の就労移行支援事業所「就労サポートひろさき」の斎藤所長が、作っている豆腐を紹介しに来てくださいました。

施設そのものは、以前から知的障がい者の就労の拠点となってきた「拓心館」の敷地内に昨年5月に開設されたのだそうで、現在は24名の利用者が登録し、豆腐の事業には4名と職員2名で取り組んでいるのだそうです。
その原料は、藤崎町で生産されている「おおすず」という品種だそうで、手作りで木綿ごし100丁・絹ごし50丁を注文に応じて生産販売しているとのことでした。
値段も1丁400gで90円と、国産大豆を使ったものとしては破格の安さだそうですし、配達もしてくれるということで、現在80ヶ所ほど契約しているというので、長慶苑でもグループホームなどで使わせてもらうことを約束しました。

連絡先をお知らせしておきますので、関心をお持ちの方は「三上のBlogを見た」と一言添えて、問い合わせてみてください。
就労サポートひろさき:弘前市熊嶋字亀田184-1/TEL:0172-82-5770

2008.11.27

福祉の次世代ミーティング

私が研修部会・副部会長としてプロデュースにあたった、青森県社会福祉施設経営者協議会=経営協が主催する「次世代ミーティング」を無事に終えることができました。

今回は、児童・障がい・老人の3分野の情勢報告、一昨年私たちと一緒に「人事塾」受講し、昨年から公認講師を務められている若山経営・若山恵佐雄税理士に人事塾の概要を説明していただいた後、私から長慶苑での人材システムの実践報告をし、二日目は組織風土を変えることをテーマにしたワークショップを行いました。
写真のとおり、3つのグループに分かれて、活発な話し合いができました。

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ワークショップや前夜の交流会を通じて、次代の福祉業界を変えていくためのつながりを築くことができたと思いますし、そのためにはどんなことを考え、どんなことに取り組んでいかなければならないのか、実感してもらえたと自負しています。
今回の参加者は、初めて会うような自分より若い世代が多く、すでに自分も若いとは言えないのを痛感しながらも、その世代が自分たちで動き出すまでの牽引役として、これまでの世代と次世代をつなぐ位置にある者としての責任を果たさなければと思っています。

このメンバーを中心にメーリングリストでの情報交換をしながら、次世代が中心になっての青年経営協への足がかりを作っていきたいと思っていますので、青森県内で50歳以下の福祉関係者の方、関心がありましたら私宛にご一報ください。

2008.11.25

後輩たちへ「夢トーク」

相馬中学校から依頼があって、朝礼の時間20分で「夢トーク」で話をする機会をいただきました。
これは、地域に住んでいる方にそれぞれの職業を選んだきっかけや仕事を通じて学んだことなどを語っていただくという企画で、最初は建築士、次は保育士ということで、竹内校長先生からは長慶苑で介護の仕事に携わっている人にということだったのですが、せっかくの機会なので自分が地元に帰り福祉の仕事を選ぶまでの話ではどうでしょうと提案して、3人目となったわけです。

ストーリ−としては、中学から高校へたった一人進学し、大学へも一人だけで卒業も5年かけたせいで一人で卒業するというのが逆に多くの人と出会うチャンスになったこと、梅原猛『神々の流竄』という本との出会い、プロレス=猪木ファンになり大学時代にレストランでアルバイトしたことが外食産業、その中からKFCというカーネル=サンダースという象徴的存在のある会社を選んだことから、趣味との出会いで夢=人生が変わることを、プレゼン形式でお話ししました。
その最後は、22日からの「マニフェスト・スクール青森」ではじめてお会いした八戸市の森園市議からのお礼のメールに書かれていた、寺山修司の「振り返るな、振り返るな、後ろには夢がない」という言葉で締めくくりにしましたが、まさに出会いの中で夢についての素晴らしい言葉を紹介することができました。
これこそが出会いというものだ、とありがたく思っています。

今回のトークが、後輩たちの胸の片隅に刻まれてくれたら、本望です。

2008.11.18

大橋学長、福祉の真髄を語る

青森県社会福祉大会が開催され、夕方の行事に坂本在介協会長の名代として出席する役目も仰せつかったので、珍しく電車で青森市に行きました。

約1時間の式典の後、社会福祉協議会創立100周年を記念しての特別講演は、日本社会事業大学の大橋謙策学長でした。
大橋学長の講演というのは2年越しで楽しみにしていたのですが、社会福祉が社会事業と呼ばれていた時代から説き起こし、当時消極的社会事業と積極的社会事業と分けて考えた方があり、援助が必要な方に手をさしのべるという必要なことに取り組む「消極的」の部分のみに福祉のイメージが固定されているが、本来は生きる意欲を喚起する「積極的」の部分での働きかけが重要であり、それは戦後「社会教育」というくくりで文部省管轄になっているものの、それこそがソーシャル・ワークであるというお話は、福祉の真髄を突いたものだと、感嘆を覚えました。
さらには日本人のものの見方や寄付文化の必要性など考えさせられることや、鶴岡市で全133町会で座談会を開催したところ2100人もの方々が参加したという事例の紹介を聞き、2月に考えている旧相馬村16地区での介護保険説明会への意欲をかき立てられましたし、実のある講演となりました。

その後のセッションは、吉原せつ県社協会長がコーディネーターとなり、県町村会会長である工藤・南部町長と内海・八戸大学学長補佐がスピーカーで大橋学長がコメンテータ−という陣容でしたが、地方自治とコミュニティ・ワークというテーマを語るには1時間では短いこともあり、私ごときにまでレクチャーを求めた吉原会長の意図が伝わりきらなかったのは、残念でした。

終了後に、県内の福祉関係者が参集して「大橋学長を囲む夕べ」が行われましたが、懇親会の前に大橋学長から職能団体・分野別の団体・大学などが横の連携を図っていく必要を説く講話があり、それを体現するようなメンバーで懇談できて、福祉を変えていくための意義ある一日となったと思っています。

2008.11.14

出版記念会で、3人の先生と歓談

ライオンズクラブの例会を中座して、三浦章男先生「岩木山・花の山旅」出版記念会に駆けつけました。
膨大な数の草花を通じて岩木山のすばらしさを形にしてくださった三浦先生に、感謝とねぎらいをお伝えしたいと思います。

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三浦先生との接点は、「広域合併の是非を問う12市町村住民の会」で一緒にシンポジストをさせていただいたのが最初で、それ以来「岩木山を考える会」の会報を送ってくださったり、議会傍聴や報告会にお越しいただいたりと、私や同志の議員活動を見守っていただいています。
スピーチに立たれた方が、「三浦先生は登山中、ずっと怒っている」と話していましたが、それだけ自然を愛し、それを踏みにじるものに対する怒りを根っこにされているのが伝わるので、その三浦先生の目にどう映るかは自分の行動の試金石だとも言え、これからも岩木山ばかりでなく私たちも見守っていただきたいと思います。

ところで、会場入りしてすぐに声をかけてきてくださった方がいまして、それはちょうどクラブから支援することを決めたばかりのスペシャルオリンピックス青森=SOの会長・土岐司先生でした。
土岐先生には、次回の例会でSOと白神山地のことをお話しいただく予定になっておりますので、運よく打ち合わせをすることができました。
その土岐先生と、「考える会」の会長で今回の発起人である阿部東先生が立ち話されていたので、あいさつに行き月末の同級生帰省にかこつけた忘年会の案内をしたのですが、予定があるようなないような、きてくださるようなこないような、いつもながらの飄々としたお返事だったのですが、突然まじめな顔になり、イギリスやフランスでは自然分娩できる妊婦が減り、30人に一人が小児ガンを発症するという状況に憤り、放射能がこれからの最大の問題だと教えてくださいました。

この3人の先生のうち、私が直接教わったのは東先生だけですが、教壇を離れても一つのことに打ち込み、それを社会の中でいかす活動をされている生き方そのものが、まさに先生と呼ばれるだけのものであり、これからも教えを乞うことができるのは何より幸せなことだと思っています。

津軽をバカにする知事は辞めなさい!

地元紙で既報のとおり品種登録取り消し問題で、特別監察結果を受けて県は担当の女性職員を停職などとする処分を発表しました。

この女性職員の職務怠慢というのを45件も見逃してきた農林水産部の責任は重くて当然ですが、あろうことか鳴海雄蔵部長は「更迭」だとして中南県民局長に回されるのだそうです。
期待の大きいリンゴの新品種の登録取り消しというだけでも、津軽に対する将来的な大打撃になり得る失態ですが、6県民局のうちでも左遷される先が中南というのでは流刑地=格下扱いということですし、津軽/南部の歴史的な対立の構図を持ち出すつもりはありませんが、どこまでも津軽をバカにした話だと腹が立ってきます。

その一方で、三村知事は県政の最高責任者であり、日頃は「攻めの農業」などとご託を並べておきながら、自身に対する処分にはふれられていないというのは、どういうことなのか全然理解ができません。
青森県といえばリンゴが真っ先に連想されるほどの大事な農産物やそれを作り上げてきた地域に思いが至らないのであれば、青森県の知事として失格ですので、責任を取ってお辞めいただきたいと思いますし、こんな軽佻浮薄な知事を県議会がどう追及するのか注視するつもりです。

2008.11.08

私にとっての筑紫哲也

既報のとおり、ジャーナリストの筑紫哲也さんがお亡くなりになりました。

私にとっての筑紫さんというのは、「ニュース23」のキャスターとしてではなく、「朝日ジャーナル」の編集長として、決して忘れることのできない存在です。
私たちが「シラケ世代」と呼ばれて大学生になった頃、筑紫さんはテレビの世界から雑誌という活字の世界に戻ってきたのだそうです。
全共闘時代の「右手にジャーナル、左手にマガジン」と言われた全盛期ではないものの、「新人類」をキーワードに新進気鋭の学者や小説家、芸能人まで幅広く世に紹介し、梅原猛・立花隆から中上健次・田中康夫まで連載を持ち、政治経済から文化芸術までありとあらゆる最前線を知ることができた雑誌を、私は大学時代から廃刊される1992年まで読みつづけました。
ちょうどその時期を、大学生から社会人として東京で過ごしていたわけですが、「ジャーナル」から得たエッセンスを皮膚感覚で感じることができる場所にいたのは、今となっても考え方・感じ方のバックボーンになっていると思います。
目の前の事件にかかわらざるをえない立場である「ニュース23」のキャスターとしては、いかに「多事争論」という目玉があっても、切り口の鋭さでは久米宏の方がテレビ向きでしたし、週5日の番組という枠では週刊誌の持つ情報の絶対量を超すことはできなかったような気がします。

昨夜から違う局の番組でも追悼の特集をされるほどの一時代を築いた存在ですが、温和な笑顔が続く映像ではなく、筑紫哲也を書き尽くすような追悼版の「朝日ジャーナル」を復刊してほしいと、かなわぬ願いを思ってしまいます。
何はともあれ、ご冥福をお祈りいたします。

2008.11.07

研修を点で終わらせないために

今年度の在介協東北ブロック研修会が終わりました。
今回は岩手県が担当ということで花巻温泉が会場で、初日は昨年に引き続いての青木全国副会長の基調講演、一転して吉田岩手県会長が座長を務める矢巾町の「おたすけ劇団」による介護劇とシンポジウム、二日目は5つのテーマでのワークショップと、昨年を上回る250名の参加者が集い学びました。

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青木副会長の講演は、昨年の来青でインスパイアされたということで、遮光器土偶やストーンサークルなどに日月の運行を読み、そこから陰陽五行といった世界観に踏み込む格調高いお話で、介護を裏打ちする思想が必要であることを想起されるものでした。
また介護劇は長年活動しているだけ会って、細かいところの台詞回しがおかしく、ストーリー展開も工夫されていて、こういうのが住民への理解には一番の取り組みだというのを実感しました。
ただシンポジウムは、テーマとシンポジストがミスマッチだったこと、コーディネーターの栗林秋田県会長が心労もあってか上滑りな進行になってしまったこともあり、少々物足りないものがありました。

私の注目は二日目のワークショップだったのですが、初対面のメンバーがその場でファシリテーターを決めるというのがグループごとの差になってしまったように感じました。また分科会のテーマも、前日のシンポジウムとは関連づけられていませんでしたし、シンポジストが助言者を務める必然があったのか、吉田会長にも辛口の指摘をさせていただきました。
これは、昨年の成功を踏襲した形は取っていても、事前にファシリテーターを養成するといった肝心の部分が落ちていたのと、グループからの発表を受けてコメントするという役をいただいていましたので各会場を回ってみると、すべての責任者から「どのグループですか?」と声をかけられたほど、私の顔を知らない=昨年参加していないスタッフだったというあたりに、トップがイメージしたものが伝わっていかない部分があったからだと思います。
全体としては参加者数や雰囲気は非常によかっただけに、研修が点としてではなく、昨年今年そして来年と線がつながっていくような体勢づくりや準備が必要だと感じています。

ちなみに、ワークショップのコメンテーターとしては、5分という厳しい時間制限の中で伝えるべきことを伝えることができ、昨年からのオファーに応えた形になり、ホッとして帰路につきました。
どんな立場でも私の存在を活かしていただけるのであれば、微力を尽くすつもりですので、各県の皆様これからもよろしくお願いします。

2008.11.02

哀愁のシードル・ヌーヴォ祭

予定されていたスペシャルオリンピックス陸上競技会が雨天のため中止となり、他の家族はそろって買い物に出かけたため、一人で「シードル・ヌーヴォ祭」に行くはめになりました。
このイベントは、あおもり公共デザイン研究会が主催で、奈良美智展でも会場となった吉井酒造煉瓦倉庫を弘前会場として、10/28に解禁となったシードルの新酒やりんごのお菓子などの販売や展示し、そこから弘南電鉄に乗って大鰐会場でのイベントが連動しています。

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晩秋の小雨が続く天気の中、孤独な買い物をして哀愁にひたってしまいましたが、16:00までのイベントですので、これからでもお出かけください。

2008.11.01

母校の美術展の光と影

12:00からの木村太郎代議士を囲む市町村議員懇話会は思いのほか早く終わり、14:00からの 「子どもと夢の架け橋フォーラム」まで時間が空いたので、中三デパートで開催されている「鏡ヶ丘同窓会創立60周年美術展」に立ち寄りました。

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旧制弘前中学・県立弘前高校の同窓生や職員による作品の中には、内外で活躍する美術家・書家にまじって、経済界や医療の場で名をとどろかせている方、相馬中の校長・教頭を務められた先生の作品もあり、一見の価値は十分です。
ただ気になったのは、私たちより下の年代の作品はわずか一つで、まだ若い芽を出すのが遅れているだけなのか、文化を育てるだけの根っこまでやせ衰えているのか、気になるところです。

何はともあれ、3日まで開催されていますので、芸術の秋をお楽しみいただきたいと思います。

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