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2008.07.30

大湯口まつりの夢、アイヌの幻に酔う

覚応院宵宮でもふれたように、湯口地区の石戸神社の宵宮といえばかつては一番にぎやかなまつりだったのですが、今年の夏も宵宮は行われず、氏子・地区役員に私とでの例大祭が執り行われました。

終わってから公民館での直会となりましたが、地区の役員の方々にせっかく覚応院で日程を移したのだから一緒に宵宮をやってはどうかとふってみたところ、一度は話し合いをしたがそれっきりになってしまったもののできるものならばという、思いがけず前向きな反応でしたので、それならばお寺と神社に湯口地区だけではなく、同じ「大字湯口」である昴と安田団地にも声をかけて、「大湯口まつり」をやろうと話が盛り上がりました。
これを実現するとなると、どこかが仲立ちをし事務局的な役割を果たさなければなりませんが、私が例大祭に招かれているのはそのためのようなものですから、長慶苑でできる限りの働きかけをしたいと思っています。

そんな大風呂敷に酔いしれていると、地区の方が神社の後ろの杜の中を指さして、「そこにアイヌの聖域があって、毎年お参りに来るのに、今年は来ていない」と話し出しました。

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写真に写っている木の棒が目印のようで、コンタクトのある方の話によると、神社に祀られているメノコの霊がアイヌには見えるのだそうで、この地を訪ねてくるのだそうです。
初めて聞く話にビックリしましたが、相馬のルーツにかかわる秘密にふれて、アイヌの幻が浮かぶほどの酔いの中での楽しいひとときでした。

2008.07.29

スケールアップする覚応院宵宮

ライオンズクラブの会議とかち合ったため、火中三昧(かちゅうじゃめ)には間に合いませんでしたが、覚応院の宵宮に坊主と出かけました。

今年は何と仮設ステージとりんごのコンテナ箱で客席までもうけられていて、ちょうど登山囃子の組や佐藤ぶん太。さんの演奏に間に合い、貞真住職に声をかけていただいて、楽しい宴席に加えていただきました。

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年々宵宮の規模が大きくなっているのを実感し、ここまで持ってきた貞真住職のご苦労には感嘆しますが、湯口地区といえば元々神社の宵宮が盛大だったのを覚えているだけに、せっかく例大祭の日程に覚応院があわせてくれたこの機会を逃さずに、さらに大きなイベントにできないものかと、一つだけ残念な気持ちで家路につきました。

2008.07.27

心機一転の夏まつり

今年で13回目となる、長慶苑夏まつりが開催されました。
今年は石川流やまぶき会がメインでしたが、村内からいくつもの団体が出演してくださり、田植えでお世話になっている鼻和地区の方や急きょ登山囃子をやっていただいたりと、多彩なイベントでたくさんの方々に楽しんでいただけたと思っています。

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ところで青森市から戻る間に、YE生の件でも飛馬の星のことでも空回りが続いていましたので、私は中学校以来28年ぶりに三分刈りにしてもらい、あいさつやら来賓紹介、さらには飛馬の星の口上役「飛馬スク」としてマスクをかぶって登場したりと、いつになく出番をいただきました。

長慶苑も干支が一回りするほどの年数が過ぎ、漫然とこれまでどおりに続けていればいいという時代ではなくなっています。
それを自ら身をもって示したい、肝に銘じたいということでの丸刈りですので、今度お会いしても失笑されませんように。

ライオンズクラブという仲間

ライオンズクラブでは、クラブでの会計ばかりでなく、県単位の組織であるキャビネットではIT副委員長を仰せつかっており、夏まつりを前に青森市でのキャビネット会議に出席してきました。
午前中はIT委員会で、実務を分担するための話し合いをみっちりとし、午後のキャビネット会議は岩谷ガバナーの国際大会報告をふまえた方針を聞いたところで、中座しました。

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ところで、6日から預かっていたYE生とのコミュニケーションがうまくいかず、結局キャビネットに引き取っていただく形になってしまい、この件ではクラブのメンバー、キャビネットの清野YE委員長・五十嵐幹事や事務局の小山さん夫妻、さらには東京エリア330複合地区の今井YE委員長にまでお手をわずらわせることになってしまったのですが、YE生よりもクラブのために大事なのはあなただと温かい声をかけてくださる方ばかりで、本当にありがたい心づかいをいただきました。
ネットを通じても全国の仲間から励ましをいただきましたが、貨物船で渡航した最初のYE生を送り出したときの原点に立ち返るべき時期を迎えているのを、身をもって体験したのですから、これをいかした活動にすることこそ私ができる恩返しだと思っています。

2008.07.26

ラグリーで仕事を学ぶ

昨年に続いて、ヤスタケ友の会にお招きをいただき、市内のラグリーに足を運びました。
政治の世界でもライオンズクラブでも教えをいただいた先代・安井健男さんがお亡くなりになって早いもので1年以上の月日が過ぎ、奥様である静子さんが社業を引き継いで今年は株式会社となって30年という節目にあたるのだそうです。

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それを支えてきた社員を全員壇上に上げ一人ずつ紹介されていましたが、この姿勢は一つの仕事を3社でやれば三つの仕事になると言い業界全体が共存共栄していくことを大事にしてきたと、先代の遺徳をしのんだ友の会副会長のあいさつと通底するもので、こういう姿勢が長く仕事を続けられる礎になっているのを感じました。

ところで、ちょうど同時刻に下の階では相馬郵便局長を長らく務めてこられた竹内功さんの送別会が催されていたのですが、お開きで出たところで旧知の方々と一緒になって二次会三次会とおつきあいしてきました。
竹内局長には先月も局でいつもどおりにお会いしたばかりだったのですが、その時にはすでに退職を決めていたのかと思うと、仕事に対する決然とした姿勢を感じます。
仕事において大事なものを、それぞれ教えていただいたひとときでした。

2008.07.22

JAZZの「生きる伝説」に再会

「あずみ野デイセンター」を経営する、社会福祉法人北光会20周年記念で、日本のJAZZ界の生きる伝説=リビング・レジェンドである秋吉敏子さんのチャリティーコンサートが行われました。

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長年の渡米生活を切りひらいてきたオリジナル曲、誰もが知っているスタンダードにバッハをアレンジした演奏に加えて、十数年前に演奏で訪れた森田村(現つがる市)に曲想をえた「森田村の四季」からも1章演奏しました。
実は、その時のコンサートを聞きに行っていたので、私にとっても再びの機会にゆかりのある曲が演奏されて、感慨深いものがありました。

ところで今回、伝説の人である秋吉さんをお招きできたのは、秋吉さんのCDをプロデュースしている盛岡市の照井さんの店「海運橋のジョニー」を、大鰐ホームの小田桐施設長と三上所長が訪ねたのが話のはじまりだというのを、照井さんが幕間でスピーチしていましたが、こういう偶然に出くわすのもそこに足を運ぶというアクションあってのことですし、これに負けない企画をするためのチャンスを逃さないようにしようと思いました。

2008.07.20

飛馬の星、今年も壁を超えられず

相馬地区で行われる夏のイベント「星まつりinそうま」が、今年も開催されました。
これまでは、メインのYOSAKOI以外にも物まねタレントなども数組出演していたのですが予算半減のあおりでなくなり、時間も2時間短縮とされました。
それでも、朝8:30に出店のテントを立てに行くと、すでに場所取りのシートがたくさん敷かれていたように出足よく観客が集まり、例年以上のにぎわいでした。

そのYOSAKOIですが、長慶苑のチーム「飛馬の星」は7年目を期してお山参詣をテーマにした「サイギサイギ」という曲で挑んだのですが、地元からの大きな声援も空しく、入賞を逃しました。

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できれば、こういう順番で並びたかったものですが、まだたりないものがあるにしても、他とは違うコンセプト、まつりへの思いは伝えることはできたと思っていますので、ぜひ27日の長慶苑夏まつりでの演舞も見に来ていただきたいと思います。

ところで、私もオーナーとして見守るだけでなく、初めて口上でマイクを握って舞台に上がりましたが、歴戦のチームの方々には及びもつかず、選挙以上の緊張でした。
私個人もリベンジしたいと思っていますので、どこかの舞台で御目にかかる機会があると思います。

2008.07.19

10年目の昴夏まつり

我が家にとっては3年目ですが、相馬村湯口字二の安田の田んぼが昴=プレアデスのまちとして分譲され、新しい地区ができて10年となりました。
今年の夏まつりは、それを記念して相馬中学校で校長を務められた中村先生のハワイアンバンドECOLをゲストに招いて、地区のお母さん方のフラダンスも加わって、にぎやかにはじまりました。

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私は今回、地区の役員の役割分担で焼き鳥を焼いていましたが、熱い炭の前での食うや食わずでビールを飲みながらの作業で、いつにまして酔いが回ってしまいました。
その中で初めて熱く語り合った方もありましたが、昨年に比べてまた少し参加者が減っていますし、次の10年でどのような地区づくりをしていくのか、課題も感じています。

2008.07.15

26年ぶりの弘高ねぷた

我が母校・弘前高校の文化祭「弘高祭」のメインは、何と言っても初日に繰り出す弘高ねぷたです。
私も高校3年間、朝5:00から短縮午前授業をはさんで21:00までねぷたづくりに励むほどのめりこんでいたものですが、帰去来の後も見る機会がないまま26年になっていました。
今回、所属している弘前ライオンズクラブ会長である白石さんが自宅でバーベキューをするのに、YE生ともども招待してくださったので、喜んで参上しました。

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白石さんの自宅は、高校からほど近い行き帰りの運行コースに面していることもあり、何年も前から特別審査を行って戻りの際に受賞HRにはジュースを渡しているのだそうで、こういう母校愛の示し方っていいなあと思いました。

その場には、地元の本町ねぷたの方々、白石さんの高校同期の方々に異業種交流「ととの槐」の方々が集い、当日はまた市内最大の最勝院五重塔の宵宮がすぐそばで催されていたこともあって、多くの方とお会いすることもでき、楽しいひとときを過ごしました。

2008.07.13

秋田屋で「飛馬の星」演舞

市内にある宴会場「サンパレス秋田屋」では、この夏ビアレストランでのイベントとしてYOSAKOIチームの演舞を取り入れていますが、専務に長慶会の理事をしていただいているご縁もあって、我が「飛馬の星」にも声がかかり、6/26に続いて2度目の出演となりました。

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30分弱で3曲披露したのですが、前回は曲間の口上で息が切れてしまったというので、私がチーム結成のいきさつや今年の曲「サイギサイギ」にかける思い、さらにはこれからの予定をPRする役回りになりました。

いよいよ20日には選択授業で練習してきた相中生も合流して40人で出場する「星まつりinそうま」、27日が長慶苑夏まつりと続き、その後もいくつかイベントに出場するのが決まっていますが、より多くの方々に見ていただきたいと思っていますので、声をかけていただけると何よりです。

スキー部マラソンで、昔を思い出す

相馬中・広域スキー部=石岡千春チームは、オフシーズンの間は陸トレを水・土・日で行っていますが、今回は鰺ヶ沢スキー場から高照神社までの20kmのマラソンに挑戦しました。
これは、私たちが中3の時に千春さんがコーチとしてやってきて、白神山地の入り口にあった旧砂小瀬小学校から中学校までの21kmを走って以来の伝統行事です。

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14人のメンバーは小6から高3まで体力も走力も違いますが、自分の限界を超えることに目的がありますので、まずは完走が目標です。

長女は先日来、足の甲に疲労骨折での痛みがあり、陸上の県大会が間近だという事情もありましたので、足を引きずりだした10kmのところで最後尾の救護班を受け持っていた私が止めましたが、自分も最初で最後の挑戦の際に自律神経失調で3kmで走れなくなった過去があるだけに、その無念さはよくわかります。
千春さんも、まずは痛みを取って夏休み中にリベンジだと言ってくださっていますので、その時には改めて伴走したいと思っています。

終わってからは、百沢スキー場の下にある桜林公園で親子ともどもバーベキューをし、満腹になってから練習がてら昔ながらの缶蹴りや陣取りを教えて、子どもたちを走り回らせました。
親の側は、だんだんと昔を思い出して子どもたちに指令を飛ばして楽しんでいましたが、こうやってみると昔の遊びは走り回る体力や敏捷性、さらにはその場での瞬時の判断を繰り返すものが多く、自然とスポーツをするための基礎が養われていたのがわかります。
厳しいトレーニングと楽しい遊びで、昔を思い出したひとときでした。

2008.07.08

青森クラブに、初めてビジター訪問

今回、青森県をエリアとする332-A地区では二人のYE生を受け入れているのですが、もう一人のドレイク君とミシェルの間で、7/8のドレイク君のバースデイパーティーに行くと約束しているというので、ホストファミリーの斎藤さんに連絡を取ってみたところ、ホストクラブである青森ライオンズクラブの例会でウェルカム&バースデイパーティーをしてくれることになっているということでした。
さっそくビジターでの参加をお願いしたところ、快諾していただきましたので、午後から十和田湖・奥入瀬渓流・八甲田と回って、青森市に入りました。

青森ライオンズクラブは、市内在住の宣教師と、リッチランド・ライオンズクラブのメンバーである彼の弟、そして東京ライオンズクラブとが結ぶ縁で、失明寸前の少年の手術が行われ、それによって東北初のクラブとして1956年に結成された、視力障がいに率先して取り組んできたライオンズクラブ国際協会の歴史においても特筆されるエピソードを持つ、由緒あるクラブです。

それから遅れること2年、1958年に我が弘前クラブは青森クラブのスポンサーによって結成されましたので、親クラブということになります。

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ホストしているドレイク君と斎藤さんばかりでなく、飛び入りのミシェルも歓待していただき、楽しいパーティータイムとなりました。
私も、急なお願いを快諾くださったことに感謝し、クラブ会計として青森クラブに続いて我がクラブも来年50周年式典を挙行するので大勢でお越しいただきたいこと、さらに来期の岡井ガバナー誕生の暁にもお世話になることをお願いするスピーチをさせていただきました。
私にとっての初めてのビジター訪問はひょんな形で実現しましたが、それが親クラブである青森クラブであったことは感慨ひとしおですし、YE生を引き受けたおかげでかなったのも、天からの恩返しだと思っています。

2008.07.07

恩返しとしてのYE生受け入れ

ライオンズクラブでは、国際交流の一環としてYE=YouthExchangeという事業があり、ホームステイやサマーキャンプで学生を送り出したり、引き受けたりしています。
今回、ひょんなことで私にホストファミリーの白羽の矢が立ち、米国からミシェルという19歳の女子大生を引き受けることになりました。

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LM地議連総会を終えて最終便で帰青し、クラブの出迎えメンバーを弘前市に迎えてから青森駅に引き返して、所属している332-A地区の岩谷正三ガバナーご一行ともども23:30に到着を出迎えました。
深夜の到着でしたのでゆっくりと起きてもらってから、私たち夫婦と弟夫婦とで弘前市内を案内し、夕食は豆腐懐石「水豆花」で子どもたちも一緒に食事をしました。

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普通であれば前半後半でホストファミリーが交替するのですが、なぜか8/9までの5週間受け入れる形になっていまして、弟夫婦やクラブのメンバーにも分担してもらわないと大変な状況です。
ただ、私も弟も30年前に米国へのホームステイをする機会があって多くの経験と勉強をすることができた思い出がありますので、その時と同じ年になった二人の娘に同じ経験をさせることができないふがいなさを埋め合わせるため、そしてホストしてもらった米国への恩返しになればという思いで引き受けたことですので、少しでも日本でいい思い出を作ってもらえたら本望です。

2008.07.03

登山囃子を五所神社に奉納

「飛馬の星」の今年の曲「サイギサイギ」に、横笛で参加してくれている佐藤ぶん太。さんは、登山囃子大会で6回の優勝を誇り、ジャズ奏者とセッションをする幅広い活動をしている方ですが、数年前に五所地区に移住して、昨年から有志で登山囃子を五所神社の宵宮に奉納しているのだそうです。
こういうことでもないと、なかなか他の地区の宵宮を見ることもできないので、勝手に撮影班としてついていきました。

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行ってみると、普通の出店の他に青年部のコーナーもあり、境内にはテントが張られて歌謡ショーを楽しみながらの焼き肉が行われていて、盛況でした。
奉納を終えた後は、神社から近くのメンバーの方のところで直会となり、それにも加えていただいて、楽しいひとときを過ごしました。
先日も打ち合わせにきたぶん太。さんとまつりについて話し込んだばかりだったのですが、地域に根ざしたまつりの持つエネルギーやつながりを大事にしていかなくてはいけないと、改めて思いました。

ところで、そのぶん太。さんが横笛普及のために、ライブを行います。津軽の囃子から生まれた音楽を、ぜひ多くの方に聴いていただきたいと思います。
日時:7/5(土) 19:00
場所:ジョッパル4F・駅前市民ホール
料金:大人(高校生以上)1000円/中学生以下無料

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