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2008.03.09

石戸谷名誉顧問の苦言を受けとめる

ロマントピアスラローム大会での旗門員としての役目を終えたところで、市内での弘前西ライオンズクラブ25周年行事に向かいました。
すでに式典は終わり、祝宴の直前に駆け込んだのですが、開宴にあたって日頃からお世話になっている希望ヶ丘ホームの理事長であり、ライオンズにおいては元ガバナー・名誉顧問である石戸谷忻一Lがあいさつに立ちました。

IMG_0811.JPG

生家のある地域のクラブの行事ということもあってか、いつにまして饒舌なあいさつでしたが、クラブ名こそ名指ししないものの、明らかに我が弘前クラブの拡大路線に苦言を呈して、自分たちの作った子クラブを指導する役割があるのを忘れていると厳しく言われました。
歓談の場であいさつにうかがったところ、ライオンズの世界でもまだまだ若輩の私に、再度お話しされていましたので、よほど苦々しく思っているのを痛感しました。

こういう批判があるのは知っていましたが、親クラブとしての責務ということには思いしたことがなかっただけに、これからのクラブ50周年やその翌年のキャビネットという重要な年に、今までにはない重責を担う可能性が高いので、心してあたらなければならないと思っています。

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コメント

青森チャンネルものぞいたりしてしみじみ思う。
 私は医師にならなくて済んで本当によかったと思うし,県内には優秀な医師は送り込みたくないな、と。

 石戸谷先生お元気そうですね。小言を言われるのも生きていればこそ、ですね。
ライオンズ
Liberty,Intelligence,Our Nation's Safety

 平川ののぞみとご縁があるという事は、須藤彰見医師から,もしかしていろいろ昔話がばれているのでしょうか?

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