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2008.03.29

長いつきあいの先生方を見送る

数年前にも書いたことがありますが、相馬地区では合併後も変わらず小中合同で教職員の歓送迎会を行っています。
今年は6人中5名の先生が6年以上という、本当に長らくお世話になってきた方々ばかりでしたので、名残惜しい気持ちがひとしおです。
写真であいさつしている工藤佳世子先生には、長女を4年も受け持っていただきました。本当に感謝です。

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ところで、中学校から変わっていく先生、変わってくる先生ともども給食がおいしかった、給食を楽しみにしているという具合で、自校給食のことにふれていたのが、今回は印象に残りました。
教育にたずさわっている先生方には自校式のよさが理解されているという現れですが、転校する以外には知りようがない子どもたちにも、何らかの形で知ってもらいたいものだと思っています。

2008.03.27

まちなかマーケティングで同窓会

県都・青森市は、コンパクトシティの代表例として知られ、中心市街地活性化でも一番最初に指定を受けていますが、それをさらに進めて慶応大学とともに「コ・モビリティ社会」をめざす取り組むことになっていますが、その記念シンポジウムがあったので、参加してきました。
案内をくださったのが事務局を務めている中橋勇一さん、司会をしたのが男女共同参画センター・小山内世喜子さん、パネルディスカッションの進行にあたったのが慶大・玉村雅俊さん、聴衆には高樋忍さんの姿もあり、さながら政策マーケティング委員会の同窓会のようでした。

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記念シンポジウムのテーマも「まちなかマーケティング」としたとおり、政策マーケがめざしてきた「政策市場」の実践をする場として、私以外の方々がかかわりを持っている新町通りに結集した感がありましたし、さらに魅力的な仲間でポジティブな街づくりを進めているのが伝わってくるシンポジウムで、遅ればせながら中心市街地活性化に動き出した弘前市には、このバイタリティが欠けているのを痛感しました。

ところで、これだけでも足を運ぶ価値は十分だったのですが、今回の基調講演が慶大・金子郁容先生だったのが、私にとっての一番の理由でした。
『新版 コミュニティ・ソリューション』『学校評価―情報共有のデザインとツール』といった近著にも触発されるものがありますが、私にとっては岩波新書から出された『ボランティア』を城東学園時代に読んで、ボランティアの本当の意義を知っただけに、その著者を目にすることができるだけでも十分だったのですが、中橋さんの計らいで、すでにページの縁が黄ばんだ何度も読み返した本にサインをしてもらえました。幸せです。
その基調講演では、コミュニティを作る上でのモビリティ=交通手段の重要性を近未来的なストーリー仕立てで紹介していましたが、税制難という大前提の前で夢見るような政策論議を失っている現実とのギャップの大きさを感じました。

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何はともあれ、弘前市の活性化も手をこまねいているわけにはいきませんので、弘前市にしかない価値=ハッピネスを見つけていこう、考えてみようと思います。

桑田、お疲れ様

マスコミでも大きく取りあげられているとおり、桑田投手が現役引退を表明しました。
40歳目前で開幕メジャーの夢が絶たれたことでの決断には、ワセダ進学直前での急転直下の巨人入り同様ビックリさせられましたが、恵まれていない体格をトレーニングと投球術で補って、エースナンバーに恥じない成績を残し、大きなケガにも打ち勝ってきた精神力は、稀有の存在と言うことができるでしょう。

個人的には、自分の弟と同じ3年年下で、当時優勝から遠ざかっていた早大野球部の救世主として入学するのを待望していたのを裏切られたにもかかわらず、桑田がプロに挑戦するのならと納得してしまうようなシンパシーを感じる選手でしたし、プロ入り後の毀誉褒貶や巨人退団という選択に関係なく見守ってきただけに、とうとう自分たちより下の世代が舞台から去る時期になったことに寂しさを覚えます。
何はともあれ、一旦休んでから改めて野球の発展に貢献する姿を見せてほしいと思います。

2008.03.23

昴も「幼年期の終わり」

昴地区の総会が行われまして、2回目の今年は最初から最後まで参加できました。
今年は役員改選の年次でもあるのですが、これに関しては事前のブロック会議や理事会で話し合った上で決まっていますので問題はなかったのですが、3月議会で相馬地区における行政連絡員制度が廃止と決まったため、それに応じた予算編成や役員のことで時間を費やすことになりました。
町会長として何度も話し合いに臨んできた佐藤会長が、納得のいかない経緯をかみ砕いて説明し、私も議会でのやりとりを補足したのですが、一般の住民の方々に町会長が行政連絡員でなくなることを理解してもらうのは難しいことで、改めて住民不在の進め方であるのを痛感しました。
最後に、一年間かけて議論した上で申し出た町名変更にも、共同アンテナの地デジ対応にも予算をつけてもらえなかったことが報告されるまでに、3時間近くかかりました。

その後の懇親会には、長慶苑の新年度に向けての職員会議を終えてから戻ってきたのですが、すでに2時間を経過してこぢんまりとした人数になっていました。
その席で、総会ばかりでなく体育祭や昴祭りへの協力が減っていることも話題に上り、「昴も、普通の地区にあっという間になった」という嘆きも聞かれましたが、私のように普通の地区から遅れて加わった者からは、まだまだ他ではできないことができる可能性があると思えます。
先日亡くなったSF界の大家A・C・クラークの代表作を借りて言えば、「幼年期の終わり」を迎えたところだと思って、よりよい町会自治をめざしていけたらと思っています。

2008.03.21

小野寺大作さんと「再会」

小野寺大作さんとのご縁についてふれたばかりの頃に、遺作美術館が4月開館という報道があり、きっとそのことを知らせるために同僚だった方々と引き合わせてくださったのだと得心していたのですが、その開館記念の遺作展が開催されるというので、十和田市民文化センターに向かいました。

奥様である美樹さんが花が届いたばかりでなく送り主が現れたことに驚きながらも、昨年の通夜の席以来の再会に感謝と歓迎をしてくださいましたが、約200点の作品のうち個展のためにお借りした15枚とも一年半ぶりの再会ができました。
久しぶりに柔らかい筆致のすてきな絵の中には、小野寺さんが生き続けていると感じましたし、その安住の地となる美術館「DAISAKU ART MUSEUM」が4月6日に開館となりましたら、また十和田を訪ねたいと思います。

なお、今回の遺作展は23日(日)まで開催されますので、ぜひ多くの方々にご覧いただきたいと思います。

2008.03.20

親の目に涙

他の小学校より一日遅れの春分の日、相馬小学校の卒業式が挙行されました。
例年は来賓としてなのですが、今回は二人の娘の親として出席しました。

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卒業証書を受け取った後に将来の夢を発表するのはどんなことを言うのかとハラハラし、「卒業によせて」の呼びかけで長年見てきた子どもたちの成長した姿や歌声を聞いているうちに、とうとう我慢しきれなくなって涙がこぼれました。
いつもの年にまして素晴らしかったとPTA会長からほめられましたが、どんなできばえであるか以上のものが、親として出席するとあるのを実感しました。

その後の謝恩会も楽しかったですし、二次会・三次会、さらに村に戻ってまでの懇親となりましたが、教え育ててくれた先生方への感謝とともに、同じ立場でともに過ごしてきた親としての感慨にくれた一日でした。
何はともあれ、49人の宝物がさらに光り輝くことを願っています。

2008.03.16

地道な取り組みのために、劇的パネル

あおもりみらい推進協議会が設立総会に続くイベントとして、「劇的パネルディスカッション『今どんだんず?あおもり』」を開催しましたので、久しぶりに青森市に向かいました。

劇的というのは何なのかと思っていましたが、弘大の演劇サークルによる今どきの若者が再会して交際に至るまでをドラマ仕立てで見せるとともに、6人のパネリストが3部構成の中でコーディネーター役をチェンジするという、斬新な展開には感心しました。

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第1部は地域社会、第2部は男女・家庭、最後は必要な対策というテーマに沿って議論が進みましたが、リンゴ農家で独身の桑田クンといういじりやすいパネリストの存在によって、農業のネガティブなイメージや「家」にかかわる話が中心になってしまい、少々かみ合ってなかった感じがしました。
私は何度か話し込む機会があったので理解しているつもりですが、この会の趣旨を伝えるには後藤さんが考えているところを膝詰めで聞くような場を、まずは持つべきかもしれません。

ただ、こういう問題に真正面から取り組もうという後藤さんのバイタリティには頭が下がりますし、弘大の山下先生を引っぱり込んでしまった責任もありますので、これからも協力していきたいと思います。

2008.03.09

石戸谷名誉顧問の苦言を受けとめる

ロマントピアスラローム大会での旗門員としての役目を終えたところで、市内での弘前西ライオンズクラブ25周年行事に向かいました。
すでに式典は終わり、祝宴の直前に駆け込んだのですが、開宴にあたって日頃からお世話になっている希望ヶ丘ホームの理事長であり、ライオンズにおいては元ガバナー・名誉顧問である石戸谷忻一Lがあいさつに立ちました。

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生家のある地域のクラブの行事ということもあってか、いつにまして饒舌なあいさつでしたが、クラブ名こそ名指ししないものの、明らかに我が弘前クラブの拡大路線に苦言を呈して、自分たちの作った子クラブを指導する役割があるのを忘れていると厳しく言われました。
歓談の場であいさつにうかがったところ、ライオンズの世界でもまだまだ若輩の私に、再度お話しされていましたので、よほど苦々しく思っているのを痛感しました。

こういう批判があるのは知っていましたが、親クラブとしての責務ということには思いしたことがなかっただけに、これからのクラブ50周年やその翌年のキャビネットという重要な年に、今までにはない重責を担う可能性が高いので、心してあたらなければならないと思っています。

25年ぶりの晴れ舞台

私がスキーにかかわり続けている理由の中には、自分自身のバックボーンとしての部分と、スキーの事故がきっかけになっての医療ミスで命を落とした弟への思いとが入りまじっていることは、以前メルマガで書いたことがあります。
今回、地元ロマントピアスキー場でのスラローム大会ということで、小3以下の「スーパーチビッコ」メンバーも出場することになり、うちの坊主もレースデビューとなりました。
この機会だからこそと、ほこりをかぶっていたレースワンピを25年ぶりに引っぱり出して、着せて出場させました。

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大事にとっておかなかったせいか、ご利益もなく初レースは旗門不通過で終わってしまいましたが、スキーでがんばりはじめた甥や、初めて表彰台に立つことができた姪を、会ったことがなくても見守っていてくれると思いますし、逆に私は自分の子どもだけでなく、相馬の子どもたちがスキーをしていく環境を守っていくことで、弟の思いを引き継いでいきたいと思っています。

蛇足ながら、一番小さなスキー場に小中の大会では県下最多の参加者を集めて、きちんと成功させていける、相馬のスキー関係者の結束力を感じながらの、楽しく激しいやりとりの反省会があったのは言うまでもありません。

2008.03.08

「先生」に戻った一日

議員や講師を務めたくらいで「先生」呼ばわりされると、バカにしてるのかと思ってしまうのですが、城東学園での2年間でかかわった方や教え子から呼ばれるのはうれしいものがあります。
教え子でもあり、長慶苑の職員でもある女性の結婚パーティーがありまして、久々に懐かしい顔ぶれと再会でき、近況をたずねたり、昔のノリでのバカ話に興じたり、楽しい時間を過ごして、秋田から駆けつけた教え子を引き連れての午前様と相成りました。
福祉の現場のわずかな経験ばかりで専門知識も持たない存在だった私が、彼らに何かを教えるということはできなかったのですが、同じ時間を過ごした中で成長していくのを見届けたことだけで先生と慕ってもらえるというのは、何とすばらしい仕事だと思います。

午前中には弘前厚生学院の卒業式があり、そこでも最後の仕事として名簿を読み上げた思い出に重ね合わせていたのですが、城東学園で非常勤講師をしていただいていた七峰会の奥田理事長も理事として参席されていたので、往時のようにご自宅までお送りしました。
まさに一日を通して「先生」時代に戻れた、楽しい一日でした。

最後に、千文さん、隆彦さん、結婚おめでとう。これからもお幸せに。

2008.03.02

スキーとのかかわり方

日曜日となるとスキーの応援というスケジュールですが、今週はいつも引率しているコーチの都合がつかないこともあって、今は歯科衛生士として働いているOGがサポートにきてくれました。
体調不良で出走すら危ぶまれた長女についてくれたのですが、その恩返しになるだけの成績とはいかず、面目ありませんでした。

せっかく手伝ってくれたのだからと、恒例の反省会にも招いたのですが、小学生の頃は長慶苑に入所していた曾祖母の面会にきたり、ワークキャンプにも参加してくれた縁のある存在と、大人としてのつきあいができるようになるのも感慨深いものがあります。
石岡千春さんやジュニアチームのコーチである山内新衛さんも交えて歓談していたのですが、知らなかったのは小学生時代に優勝経験もあったのに中1の時はスキーをやっていなかったのだそうで、ライバルだった同級生が活躍しているのを見て再度スキー部に入ったということです。
その1年のブランクにもかかわらず、全中で優勝したライバルに勝てるチャンスと見れば勝負をかけたレースをして失敗したといったエピソードも飛び出しましたが、それだけの思いがあるからこそ、忙しい仕事の中でのせっかくの休日を後輩のために割いてくれるのだと思います。

いろいろなことでスキーとかかわれなくなる、もしくはかかわらなくなることは往々にしてありますが、自らの貴重なバックボーンとなる経験をしてきた場であるのは変わることがないのですから、それだけは大事にしてほしいものだと思います。

2008.03.01

岩木高校からの巣立ちを見送る

長慶苑で福祉体験実習を引き受けている縁で、岩木高校の卒業式に出席しました。
これまで相馬小や中学校、福祉系の学校の卒業式というのは何度か出てきましたが、高校となると自分が卒業して以来初めてでしたので興味津々でしたが、粛々とした進行で約1時間で終わりました。

その中に、数名の相馬中出身の生徒がいたのですが、ほとんどがワークキャンプに参加したり、スキーを通じてよく知っている顔ばかりでしたので、感慨深いものを感じました。
男子の多くは県外への就職となったようですが、相馬村で生まれ育った貴重な人材だけに、外でもまれて成長して戻ってきてくれることを願っています。

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