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2007.06.30

相馬太山会の盛会を喜ぶ

15:00にお開きとなった披露宴から一休みして、木村太郎代議士の若手後援会である太山会総会に出席しました。
数年前に会長が自分より6歳下の花田勇人になったのですが、今回は人集めの相談もなく、周りの友人たちをしっかり集めてくれていたので、連合会の新会長となる石澤直士さんも感心されていましたが、私からしても盛会となったことをうれしく思いました。

ところで、前日は強行採決のあおりで予定に穴を開ける形となったそうですが、代議士本人も顔を見せてくださり、荒れた国会から戻って地元でホッとできる時間を過ごせたようです。
私も、村の若い世代と久しぶりに膝を交えて歓談することができました。

下田祐大さん結婚式に出席

お世話になっている下田肇・敦子夫妻の長男である下田祐大さんの結婚式・披露宴のご案内をいただいたので、出席しました。
結婚式は、山道町にある弘前昇天教会で行われたのですが、日頃は通り過ぎるだけの美しい煉瓦造りの教会に、はじめて足を踏み入れる機会となりました。
荘厳なたたずまいの中で結婚の約束を交わすことができたお二人が、幸せな家庭を築かれることをお祈りいたします。

その後ホテルでの披露宴となりましたが、医療介護の場でさまざまな肩書を持つ肇先生と、参議院議員として活動されている敦子先生の長男の祝宴としては、思ったほどには大人数ではありませんでしたが、医師会の先生方や下田の選挙にかかわる方々、関連グループの職員など、私にとっても縁深い人たちが多く、席を温めるいとまがないほどでした。
ちょうど7/6の「弘前市の医療を考える議員の会」で講師をしていただくことになっている医師会の今村副会長、夜間診療所の管理者である田口鉄治先生もいらっしゃったので、ごあいさつに上がったのですが、小さな患者としてよくお世話になっていた田口先生から、「昔、診てあげたはずだと思って、確かめたよ」と声をかけていただきました。
その記憶力に驚くとともに、また違う形でお世話になることをうれしく思いました。

それから、新郎側の祝辞は祐大さんが勤務している磐井病院の中村副院長でしたが、病院が岩手県一関市にあるとわかったので、市議の神崎浩之さんを知っていますかとたずねたところ、同じ町会で仲よくしていますというので、これまた驚きました。
人の縁の深さを実感することばかりの披露宴でした。

2007.06.28

「いかり」のトリビア

連日の選挙応援で平川市の碇ヶ関地区に入ったのですが、本日最後の街頭演説を駅前で行うというので、はじめてJRの碇ヶ関駅を車窓からではなく見る機会ができました。
ちょうど上野行きの寝台特急が停車したり、通学・通勤帰りの方々が普通列車から降りてきたりという時間でしたが、二つの掲示板がかかっているのが目をひきました。

一つは、津軽の殿様が碇ヶ関の温泉をたいそう気に入って、他に知られないようにと全然効能がないと言いふれさせたという伝承、もう一つは碇ヶ関の地名の由来でした。
「関」というのは、箱根以上に厳しいと言われた関所があったからだというのはよく知られたことですが、「碇」というのはもともと「嗔(いかり)」=水があふれるという語の転化だそうで、よく洪水があった土地だったことによるそうです。
津軽弁で水があふれることを「いかる」というのですが、まさにその語が地名になっていたことも、それが方言ではなくて、いにしえの大和言葉であったのにも驚きました。

選挙の仕方も現地に入らなければわかりませんが、こういう地名の由来もなかなか知る機会がないものなので、足を運んだ甲斐があった気がしました。

「同期」の選挙を応援

選挙イヤーもいよいよ参議院選挙を残すのみというところですが、お隣の平川市は在任特例の関係で7月1日投票日での選挙戦の真っ最中です。

そんな中、自分の選挙でウグイス嬢を務めてくださった方から、ある陣営の選挙カーに乗ることになったという電話があり、びっくりしました。
何と、同い年で同じ当選回数という、私が一番に気になっていた友人のところだというので、それならばということで急きょ夕方の街頭演説に応援に駆けつけることにしました。
平川市は旧町村ごとの3選挙区での選挙ですので範囲は同じですが、当選する人数がぐっと少なくなるので、それだけに厳しい選挙戦となっているのがわかりました。
ただ最年少候補だけあって、選挙が好きな年代ばかりでなく、自分たちよりもずっと若い年代まで手伝っていて、候補者の人望を感じましたし、うらやましく思いました。

週末は先に入っていた日程のために応援というわけにいきませんので、今夕も碇ヶ関で同期へのエールを送ろうと思います。

2007.06.24

飛馬の星、初心に返る

今年一番といってよいほどの快晴のもと、8回目となる「よさこい津軽」が開催され、長慶苑のYOSAKOIチーム「飛馬の星」も4回目の出場をしました。
これまでは、他のチームに負けまいとオリジナルの曲を作って挑戦してきましたが、ここで一度初心に返って取り組もうということで、今年は誰でも知っている曲で臨みました。
観客の方もなじみがある曲のせいか、はたまた相馬からのチームということからか、盛大な拍手をいただきました。その様子を、ぜひ動画でご覧ください。

相馬での「星まつり」ばかりでなく、お声をかけていただければ出かけていきますので、これからも「飛馬の星」をよろしくお願いします。

2007.06.17

「相馬村」最高齢者を見送る

旧相馬村での最高齢者である今常太郎さんが、103歳の天寿を全うして、お亡くなりになりました。
昨年からターミナルな状態が続いており、農繁期で家族の力だけでは介護が困難なため、ショートステイを使っていましたので、早朝に施設からの電話でかけつけて、自宅へ戻るのを見送りました。

未明には「そろそろ死にそうだ」と達観されていたそうですし、死に顔もいつもながらのにこやかな表情でしたので、こちらもついつい笑顔になってしまうような死に様には、ご冥福を、という言葉は似つかわしくないような気がしています。
兵隊時代に覚えた歌を披露してくれたり、100歳を超えてなお女性職員に接するのを楽しみにする、天真爛漫に生きるすばらしさを見せてくださった常太郎さんは、これからも私たちの中で生きていくのだと思います。

2007.06.08

「WINGあおもり」に久々参加

福井さんを囲んで懇親の席がはねた後、すでに懇親会の時間となっていた「WINGあおもり」に駆けつけました。
昨年は議員を辞していたこともあって他の予定を優先していましたので一年半ぶりとなりましたが、木村太郎代議士をはじめとする結成当初からの仲間、そして今回の統一地方選を勝ち抜いてきた新しいメンバーも加わって、堅い話抜きの楽しい交流ができました。

同じ市町村であれば選挙を戦い合う立場ですし、今度の参議院選挙でも対峙することもあるでしょうが、会長である太郎代議士が自ら「同年代の政治家であれば、自民も民主も関係なくともに学び、語り合う場だ」としている会ですので、これからも大事にしていきたいと思っています。

真のネットワークを実感

常勤の管理者という立場ではなくなりましたし、全国の体制に反対していることもあって老施協にはほとんど縁がなくなりましたが、地域包括支援センター・在宅介護支援センターの集まりである在介協では研修委員長を仰せつかっていることもありまして、積極的にかかわっています。
今回の研修会の講師も、事務局が考えた「地域ネットワーク」にふさわしい方ということで、以前全国在介協研修会で知己をいただいた大津市の福井久さんを推薦してお招きしました。

当時は厚生労働省への出向から障害福祉課で自立支援法の立ち上げに取り組んでいたのですが、現在は後期高齢者医療広域連合でまた新しいチャレンジをされているバイタリティの固まりである福井さんは、自らが手弁当でかかわっている余呉町の介護保険事業計画での福祉空間整備事業の活用の実際や、法人内や業界内でのつながりはルーティンであって、異業種とやりとりができてこそネットワークだと喝破されていました。
その中で、そういうつながりを作るには、単に講演を聞いただけではつながりはできないが、質問をしたり、感想をメールで送ったりといった一歩踏み込む姿勢が必要だと話していましたが、まさにそういうご縁で来ていただいただけに、我が意を得た思いでした。

その後の懇親の席でも、スーパー行政マンから見た議員のあり方などまで話がはずみましたが、せっかく教えていただいたことを実際の活動で活かしてはじめてつながっていると言えると思いますので、何か一つからでも変えていこうと思います。

2007.06.07

我がこととしての指定取り消し

以前から介護保険事業所の指定取り消しはありましたが、不正請求によって文京区の特養ホーム、そしてあのコムスンが更新を認められないという二つのニュースは、介護保険制度への信頼を根底から揺るがすものだと思います。

コムスンは、業界最大手の一つとして社会的にも注目される企業であり、民間参入の象徴といってよい存在ですし、もう一方の区立の特養はその対極にある公的な施設です。
そのどちらにおいても不正が行われているというのでは、この業界全体がそういうものだと思われても仕方がありませんし、適正に運営していたとしても、うちは違うと対岸の火事として受け流していいことだとは思えません。
また、これまでも老人保健施設などで不正請求があった場合に、影響が大きいとして指定取り消しまでは行われなかったものですが、今回はその一線を越えた処分に出ていますので、これからさらに厳しい監督がされていくことになるでしょう。

介護報酬の引き下げ、困難になっている職員確保、課題ばかりの上にさらに厳しい難問を突きつけられた状況ですが、だからこそしっかりとした理念を持って正しい道を進みながら、同じ業界の仲間にも伝わるようにしていくしか、打開していく術はないと思っています。

2007.06.06

進路講話で中里に恩返し

弘前ライオンズクラブでは、この数年中里高校への進路講話を引き受けているのですが、私にも声がかかったので、先輩ライオンお二人をお乗せして、中里に行ってきました。
私のテーマは、「内潟に学び、福祉に取り組む」と題したように、これまでお世話になってきた内潟療護園のすぐそばにある中里高校の生徒に講話をすることで、少しでも中里に恩返しができればという思いで引き受けました。

DSC00983.JPG

相馬村や長慶苑の紹介、自分の歩んできた道、内潟療護園とのご縁などを通じて、自分より大事なものを見つけること、そのためにはどんなこともムダではないので縁を大事にしようという話をしましたが、素直に聞いてくれた生徒たちにどれだけ響いたか、感想文が届くのが楽しみです。

2007.06.05

昴拡大理事会に飛び入り

先日のワークショップを受けて、地区の町名をどうするかをメインテーマにして、月例の理事会を住民の参加自由の拡大理事会として開催するというので、参加してきました。

行ってみると、理事以外の参加は私だけでしたが、これまでのアンケートやワークショップをふまえた理事会の総意としては、来月の理事会で変更の結論としたいが、最後にもう一度住民からの意見を募るということになりました。
一番新しい住民である私からすれば、毎月理事会を開き、その報告が即座に回覧で回ってくるご苦労をされている会長以下役員の皆さんが決めるというので異論はないと思いますし、変えるかどうかより変えたときの手間をはぶくとか、変えることを地域自治に生かすことへ一歩進んでいい時期だと思っていますので、そこに少しでも協力していきたいと思っています。

町名変更以外に、来月の昴まつりや共有部分の管理などでも議論や情報交換をして、1時間半の有意義な話し合いに加わることができましたので、もしこれからもオブザーバーとして参加させていただけないかとお願いしたところ、喜んで受け入れてくださいました。
救急医療といった大きな問題だけでなく、身近なところにどんな課題があるのか知り、少しでも日常生活の不都合を改善していくのも、責務の一つです。

2007.06.04

三村知事再選の問題点

昨日行われた青森県知事選挙で、既報のとおり三村知事が再選されました。
大竹元アナ・中橋勇一さんの出馬にもかかわり、西谷美智子さんとご縁のある立場としても三村支持だけはありえないものの、結果としては反三村勢力が糾合できなかった時点で勝負ありでしたので、史上最低の投票率の低さには責任の一端があると思っています。

少ないながらも県民の再選という選択はゆるがせにできないものですが、問題だと思うのは付け焼き刃のマニフェストが「生活創造推進プラン」の目標を下回っているということです。
実物を手に入れていない(入れる意味もないとは思っていましたが)のですが、東奥日報の朝刊によるとさまざまな分野ですでに到達済みの目標値が掲げられており、その他の点でも工程などが示されていないという、マニフェストとは言えないものだったということです。

フォローアップ委員会で新知事がプランに見直しにつながるようなマニフェストを掲げてきたらどうするかと質問しましたが、そんなことはあり得ないと見透かしたような答弁を企画部長がされていましたが、最有力候補がこのとおりでは政治が行政をリードすることは永遠に不可能です。
そこに三村申吾という政治家の限界がありますし、それを支えて維持してしまう自民党政治の限界こそ問題です。

2007.06.03

足元を見る県の対応にあきれる

津軽圏域の自治体病院の再編が白紙に戻るのが決まるというので、弘前市議としても青森県総合計画審議会委員としても、実際の話し合いの様子を見聞しておきたいと思い、議会事務局、さらには県企画課から申し入れをしていただいたのですが、どちらもノーという回答で、傍聴がかないませんでした。
ところが、当日の朝にそのことをお伝えした三上隆雄県議から、傍聴できたというのを相馬小の運動会で聞いて、あきれてしまいました。
県が主催する会議とはいえ、当事者の一方である自治体議員にも、その再編計画の進捗を評価する立場の審議会員にも公開を拒んでおきながら、県議からだと唯々諾々と通してしまうというのは、何とも浅ましい心根だと思います。

今回のことばかりでなく、総合計画を進めていく上では、それぞれの基本計画や重要なプランについて知り、整合性を持って進めていくことが必要だと思っていますので、めげずに扉をこじ開けようと思っています。

2007.06.02

小南先生、ケアの真髄を語る

弘前市にある国立病院機構弘前病院創立110周年を迎えたのを記念して、講演会が開催されました。
講師として、長慶苑が取り入れているケアプラン方式であるKOMI理論を構築している、ナイチンゲール看護研究所の小南吉彦先生が招かれ、記念講演をなさいました。
私は別件の用事があったので、終わってから最後の質疑応答を聞いただけでしたが、そのやりとりだけでも日頃から教えをいただいているケアの神髄を思い起こさせるものでしたので、最初から聞いていた1200席の会場を埋めていた関係者や看護介護の学生たちには、すばらしい学びの時間となったことと思います。

地域医療が危機に瀕し、目先だけのケアがはびこっているご時世ですが、こういう時だからこそケアの原理原則を忘れてはいけないと思っていますが、それだけに貴重な講演会だったと思います。

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