« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »

2007.05.30

地区老協総会で退任のあいさつ

中弘南黒改め津軽地区老人福祉協会の総会が開催されました。
私は施設視察を終えてから会場入りしたので、研修会には参加できませんでしたが、120名近い参加者と盛会で、来賓としてこられた中山県会長も驚いておられました。

懇親会の中締めに指名されて、5月いっぱいでの苑長としての退任と議員としての抱負をあいさつさせていただきましたが、これは全体にお礼するチャンスを事務局であるおうよう園の鎌田事務長が気を使ってくれたからです。
前会長として裏話や進め方などをアドバイスしてきましたが、長慶苑で築いたものをしっかり引き継ぐどころか、さらに発展させてくださっている三上貴生会長には、感謝感謝です。

ところで、会場に向かって歩いていると、元県健康福祉部長を務められた橋本憲一さんにお会いして祝福をいただきましたが、その際も施設長と議員の兼務のことがすぐに話題となりましたので、けじめをつけて退任し、現場を二人の部長に任せることをお伝えしたところ、それが筋だと言われました。
当選したてで県庁に足を運んだ際にも、さっそくそのことを忠告してくださる方もありましたが、公務にかかわる者として当然のことだと以前から考えていましたし、そのための現場の体制づくりをしてきたわけです。

つきましては、6/1より「社会福祉法人 長慶会・本部長」という職名となりますが、CEOとして長慶会の方向性を示していく役割を果たすつもりですので、これからもよろしくお願いいたします。

2007.05.27

「昴」へのワークショップ

以前の記事でお知らせしたとおり、今住んでいるところは、まちづくりのスタートからプレアデスのまち=昴(すばる)と呼ばれてきましたが、実際の地名は従来の「大字湯口字二の安田」のままです。
これを変更すべきかというテーマでワークショップを開催するというので、当然ですが参加しました。

約30名と、全体の1/3の参加者ではありましたが、まブロックごとで和気あいあいの中で実りある話し合いができました。

まちづくりのスタートに際してもワークショップを何度か開きながら進めてきたとは聞いていましたが、さすがにその経験は根づいているのを実感し、こういうことができる地区に引っ越してきたことをうれしく思いました。

DSC00901.JPG

手続きなどで手間がかかるというのを町会や行政でカバーしてくれるのであれば、全体としては変更してもよいという意見が大勢でした。
これについても、さまざまな手続きを一括してできるように、集会場に担当者に出向いてもらうといったことができればよいのではとか、町会で新住所の宛名ラベルを配ってはとか、衆知を集めるとアイデアが浮かぶものです。

町名変更については7月末をめどに結論を出すことになりますが、これからもこういう形でよりよいまちづくりをしていこうという話でまとまりました。

雨の中、鼻和で田植え

あいにくの雨模様となりましたが、先日お知らせした鼻和地区での田植えに長慶苑をあげて参加してきました。

DSC00892.JPG

さすがに利用者の方を外に出すこともできない天候でしたが、はじめて田んぼの泥につかり、稲の苗を手にした職員も、ずいぶん手際よく植えていけるようになりました。
ただ昔取った杵柄である利用者の方々からは、「私の方が上手だ」と辛口の評価をいただいていましたが、そういうプライドこそが自分らしさを保つには大事なことですので、もっと農事にふれる機会を増やしていきたいと思います。

終わってからは、鼻和地区の集会所で昼食となりましたが、田植えした方々ばかりでなく昼食を準備してくださったお母さん方も交えて、さまざまなお話を聞かせていただきました。
秋には収穫祭も予定していただいていますし、これがご縁となっていけばと思っています。

2007.05.24

立派な父を見送る立派な息子の姿に感銘

藤崎町長・小田桐智高さんの父上、智富氏の通夜が執り行われました。
ご本人とは、ご自宅におじゃました際に声をかけていただいたり、ライオンズクラブの場でご一緒する程度のご縁でしたが、前知事・木村守男さんはじめ三名の弔詞によって、地域や仕事のために身を投げ打ってきた立派な方だというのが理解できました。
その中で、元々は藤崎の生まれではなく、移り住んできた自分を受け入れてくれた地域の方々への恩返しのつもりであったというのは、現在は町長となっている智高さんに脈々と受け継がれているなあと思いました。

その智高さんは、当然のように喪主として堂々の立ち振る舞いをされていましたが、何より感銘を受けたのは常に母親を思いやって、手を引いたり立ち位置をアドバイスする優しい姿でした。
私は村議として初めて政治の世界に飛びこんで以来、智高さんを兄と慕っていますが、この父にしてこの子ありというのを知り、そして残された母に対する孝養をみるにつけ、本当に自分にはないものを持っているすばらしい方だと感じました。

2007.05.22

学校自治を守る話し合い

校庭の草刈りのことで話し合いをしたいという連絡をいただいて、要領を得ないままに学校に向かいました。
内容としては、今度の土曜日の環境整備のことではなく、それ以外の時期にこれまでは有志で行ってきた草刈りを、部活の活動費の足しにするという名目で各クラブに請け負ってもらうという趣旨でした。
今年度の分に関しては、二つのクラブでの分担が決まりましたが、これを部活で引き受けるのがいいのか、学校全体のことなのだから地区ごとにお願いしてはいう声もあり、いずれにしろ全体に伝えて状況を共通理解してもらうようにしようということになりました。

その話し合いが終わってからも、部活とスポーツ少年団との違いや先生方のかかわり方、総合学習での学校農園のこと、そして突然使えなくなったプールの問題などをひとしきり話し込みましたが、学校を守っていくには親の負担が必要であるし、そのためにもこうした話し合いの機会が大事だという認識で一致しました。
少子化と生活の多様化の中で親にかかる負担は大きくなる一方ですが、子どもたちのために何とか踏んばっていかなくてはなりません。

2007.05.16

「あいや」をフルハウスに

長慶苑では毎年1回、夕食を居酒屋やちゃんこ屋に出かけて楽しむ「居酒屋外出」という行事を行っていますが、今年はせっかくの機会だからとなるべく多くの利用者に声をかけさせたところ、何と13名もの方が行くことになりました。
今回は、初めて津軽三味線の第一人者である渋谷和生さんの店「あいや」に行くことにしていたのですが、下見もせずに行ってみると、利用者と付き添いの職員二十数名で1Fのフロアは身動きもとれないフルハウスの状態になってしまいました。

P1040218.JPG

行事で三味線の音色を聞く機会は何度となくありますが、これだけ間近で聞くというのはなかなかないことですし、久々のお酒にほろ酔いとなり、いつも以上の食欲を見せる利用者の笑顔を見て、楽しい時間を過ごすことができました。
渋谷さんには、さっそく夏まつり出演の交渉をして、即決で快諾をいただきましたので、7/22(日)を楽しみにしていただきたいと思います。

「変える」でもPodCasting

選挙や政治活動の中で感じた個人的な思いについては、相変わらずこちらで書き続けていきますが、議会や市政についての活動や報告については、もう一つのBlog「議会を変える、弘前が変わる」にまとめて、それぞれの特色を持たせていこうと思っています。
そこで、「かく語りき」でも、PodCastingで自らの思いを聞いていただく試みをしてきましたが、「変える」の方こそ、この手法を取り入れるような機会が多くなるだろうと思い、遅ればせながら準備をしました。
選挙戦の第一声と最終街頭をお届けしていますので、ぜひお聞きくださるとともに、PodFeedの登録をしていただけるとうれしいです。

ちなみに、フィードされるのは最新の10エントリーのようでして、今日いっぱいは「変える」の更新をしないで、リスナー数が伸びることを楽しみにしたいと思います。(笑)

2007.05.13

名門でも、寛恕の臨界点

ライオンズクラブにとっても、5月は総会である年次大会の月でして、八戸市で開催された332-A地区(青森県)第53回年次大会に参加してきました。
進行上のミスは多少ありましたが、国際平和ポスターコンテストで地区から応募した作品が全世界の23点に選ばれる快挙の表彰もあり、弘前地区の5クラブ合同のにぎやかなバスツアーを楽しんできました。

DSC00861.JPG

自家用車で前泊した方々もあったので、当然のように帰ってからクラブ単位で二次会となりましたが、実は式典の前の代議員会で我がクラブが名指しで批判されたので、大中会長が毅然と反論したということがあったと聞かされ、驚きました。
会員勧誘にあたって、他はだらしないが弘前クラブは名門でしっかり活動していると、48年の歴史と県内最多のメンバーを鼻にかけているという向きの発言だったようですが、他をおとしめる部分は抜きにして、そのこと自体はまぎれもない事実ですし、そうであれば他クラブも我がクラブに負けじと励んでこそ切磋琢磨になるのですから、残念な発言だと思います。
私が入会した年次には、正道に沿ってガバナー擁立を進めていた我がクラブに対し、他クラブに根回ししてガバナーを掠めとったクラブがありましたが、その際にこと荒立てることなくライオンズのルールを重んじて悔しさを耐え忍んだ当時の幹事そして次期会長である鎌田さんの姿を見ているだけに、今回の大中会長の反論は寛恕の臨界点を超えたものとして、当然のことだと感じました。

お世話になった故安井健男さんは、「ライオンかくあるべし」の鑑のような方でしたし、その思いを受けて、再来年の50周年、その翌年の岡井ガバナー候補を推戴してのキャビネットを成功させたいと、改めて心に誓いました。

2007.05.11

楽天で相馬中修学旅行特別企画

相馬中では、ここ数年修学旅行で上京すると飛馬ブランドのりんごを販売することで、自分たちの家や周りで丹精込めて育てているりんごがどれほどの価値あるものなのかを体験してきていますが、今年はネットで新しい企画が進んでいるのを教えていただきました。

楽天に出店している「かめあし商店」さんのご協力で、相馬中学校修学旅行特別企画★りんご共同購入会場★が立ち上がっており、初回は37秒で完売したことが朝日新聞のサイトで大きく取上げられていまして、三木谷社長に会うサプライズもあったようです。
次回は5/17(木)13:30スタートですので、ぜひ全国の皆様に至高のりんごを味わっていただきたいと思います。

サイトでは、相馬中の全景写真が紹介されていますが、楕円のマーキングの下には我が実家も写っていますので、ご覧ください。(笑)

2007.05.10

鼻和地区から田植えのお誘い

弘前市農業の若きリーダーであり、私とも遠い縁戚になる鳴海清彦さんから電話をいただいて、杭止堰(くいとぜき)土地改良区事務所に足を運びました。

朝の電話ではよく理解していなかったのですが、農水省の「農地・水・環境保全向上対策」事業の一環として、岩木の鼻和地区の休耕田にもち米を植え、田植えや収穫祭をするというのに、長慶苑の利用者がかかわることはできるかということでした。
デイの利用者であれば昔とった杵柄で大丈夫でしょうし、やったことのない職員にとってはいい経験にもなると思い、一つ返事で受けさせていただきました。
これから細かいところは詰めていくことになりますが、田植えは27日ということですので、新しい試みのはじまりを楽しみにしております。

2007.05.09

山崎まやさんに邂逅

自分の選挙は終わりましたが、青森県では知事選、その後には7月の参議院議員選挙と続いていきます。
その予測記事で驚いたのは、看護の世界で一番介護保険制度にかかわってきた山崎まやさんの名前が民主党比例区の名簿にあったことです。
直接の面識はありませんが、こういう本当の専門家が政治の世界に加わってくれるのは大事なことだと思っておりましたら、同じ民主党に所属している下田敦子議員の関係者から弘前市に来るので会わないかと声をかけていただきましたので、喜んではせ参じました。

本名の「摩耶」という名にキリリとした堅いイメージをいただいていた(失礼!)のですが、選挙の通称で「まや」としてみると柔らかい感じになるとおりのおだやかな口調で、今回の出馬に至る思いや介護保険のことなど、話されていたのが印象的でした。
全国老施協でも自民党から中村会長のロボット候補を立てることになっていますが、介護保険や医療制度を住民・現場の側に立った改革をしていくために、山崎まやさんを断固支援していこうと思っています。

2007.05.02

ムースでゆったり

選挙の後始末も一段落しそうだったので、思い立って岩手県松尾八幡平にあるペンション「ムース」に予約をして、家族で出かけました。
ゆっくりと温泉に入って、静寂の中に真空管アンプからのJAZZが流れるのを聴いているうちに、早々と寝入ってしまい、朝まで熟睡することができました。
出かけるまでは、さまざまな不協和音も聞こえていましたが、ホテルや旅館でないところにはじめて泊まって楽しかったようで、坊主は「ここに住みたい!」と言うほどでした。

DSC00802.JPG

翌日は、葛巻町まで足を伸ばし、八幡平を越えて後生掛の温泉地獄、大湯のストーンサークルと、さまざまなところをぐるぐる回っての短い家族旅行でした。

« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

Twitter

ブクログ

Amazon


  • サーチ:
    キーワード:
    Amazon.co.jp のロゴ

国際漫画展

無料ブログはココログ