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2006.11.29

県の赤点、今年は見逃し

先日まで行っていた作業を受けて、施策評価システムについての改善案がまとまり、フォローアップ委員会が開催されました。
私が提言したアウトカム指標を設定すること、その理解のために研修を充実させることも盛り込まれていましたが、大事なことを言い忘れていたのに気がついて、発言してきました。

それは、今回の意見が出された項目に関して、いつまでに検討するのか、できれば今年度中にその作業を行って、来年度はきちんとした施策目標にしてほしいということです。
私たち社会福祉法人には、県からの実地指導=監査が行われますが、それで指摘事項があれば、1ヶ月程度で改善案をまとめて、返答するよう求められます。
この施策評価も、どれだけきちんとやっているかのチェックなのですから、不備な点があれば早く直してもらったり、こちらの思い違いには説明をしてほしいというのが、当たり前のことです。
いわば、赤点を取ったのだから、すぐに再試験を受けたり、レポートを出しなさいということです。

同じ委員である清水日銀支店長も同調してくださったのですが、やはり同じ仲間には強く出られない事務局に配慮して、来年度はこれもシステム化することで折り合いをつけました。
こういうことは、先送りしても改善されるものではありませんし、チェックということでの官民格差をそのままにはしておけませんので、二度目の逃げは許さないつもりです。

ところで、開会中の県議会で三村知事が再出馬を表明しました。
今回の生活創造白書でも、政策が達成できたと言えるのが6割で、確かにご本人が言うとおり道半ばということもできますが、最大の課題である雇用を改善できないことを考えれば、失格のレッテルを貼るべきだと思います。
しかし、再選を進める与党は言わずもがな、野党も65点と評価をしているのは、県自体がそれ以下の評価をしていることを知らないと言っているようなものです。
評価なき政治が行われていることに、情けなさを感じます。

2006.11.28

1日早く、二重の参観日

先月の長慶苑での体験をふまえて、今日は5年生への出前授業で小学校を訪問しました。
私が話してもよかったのですが、自分の娘の同級生に授業するのも気が引けますし、せっかくの舞台なので、ケアマネージャーをしている竹村に経験を積ませる形にしました。

明日も参観日なのですが、私にとっては1日早い、二重の意味での参観日となりました。

DSC00577.JPG

高齢者に対する偏見や誤解を解いて、こんなすごいところもあるんだという趣旨で話を進めたのですが、子どもたちの不規則発言に脱線気味で時間オーバーとなってしまいましたが、内容としては及第点というところです。

最後に一言ということで、100歳を超えたおばあさんがいた子が二人もいるので、それだけ元気に長生きしたすばらしさと、その二人も一人が亡くなったことで張り合いを失い、後を追うように亡くなったことを紹介して、病気だけが死の原因ではない話でまとめておきました。
それが伝わったかどうかは、これからの子どもたちの振る舞いで証明されることでしょう。

2006.11.26

日本横断して、1時間の会議

日本海側の深浦町から、太平洋側の八戸市での会議のために、青森県というより日本を横断してきました。
ライオンズクラブの県レベルの組織、332-A地区のIT委員を仰せつかっているので、キャビネットの所在地である八戸市に行ったのですが、実務的な現状の説明で1時間の予定があっという間に終わってしまいました。

Webでの業務報告ができるようになったことで、実務的に対応しなければならないことが多いのはわかりましたが、社会奉仕としてどのようなことをしているのかを伝えるためにこそITを活用すべきという観点からすれば、どういう評価となるかは上記のリンクをご覧になっていただきたいと思います。
私の所属する弘前ライオンズクラブでは、今Blogでの情報発信をすることになりそうですが、全国の中にはWeb2.0のセンスあふれるBlogを立ち上げているところもありますので、もう少し時代に追いつく努力が必要です。

2006.11.25

久々に「いのししの会」

木村太郎代議士には、全年代にわたる後援会と同年代の集まりである「太山会」がありますが、そのコアなメンバーが集う忘年会は、なぜか「いのししの会」と銘打たれています。
ここ数年は他の予定とかち合ってばかりでしたが、今年は場所が深浦ということで、2年前にお亡くなりになった平沢元町長の霊前に報告しておきたいことがあり、参加することにしました。
7月の北朝鮮のミサイル発射以来、山手線の外に出られない防衛庁副長官の任から解放された代議士をはじめ、岡元県議・関村長もそろって、楽しい宴席となりました。

それでも政治でつながるメンバーですので、話題はどうしても選挙、それも一番近い統一地方選挙になってしまいます。
私の動向を気にかけてくれる人もいれば、思いがけない形で出馬の話を聞くことになったりと、いよいよ本腰を入れなければと感じました。

文化祭に相馬の秋を知る

「桐一葉 落ちて天下の 秋を知る」と詠んだ句がありますが、先日の相馬地区文化祭には相馬の秋=変わり目を感じずにはいられませんでした。

別の記事のとおり、土日にわたっての予定があったので、せめて子どもたちの作品だけでも見ておこうと思い、弘前市中央公民館相馬分館というなじみのない名前にされた開発センターに行きました。
あと1時間で、当日のメインであるATV川口アナウンサー講演会だというのに、止まっている車は職員のものばかりで、いつもであれば土曜にも出店があったはずなのにテントの影もなく、入り口では見慣れた職員が関係のない作業をしていました。
作品展の規模も縮小されていて、誰とも行き会わない会場以上に寂しい気持ちになって帰りました。

翌日の芸能発表には、まずまずの人出があったと聞きましたが、地域が寂れていかないような求心力のあるイベントが必要です。

2006.11.23

ダンスパーティー、今年は盛況

今年で27回目となる弘前ライオンズクラブ主催のチャリティーダンスパーティーが開催されました。

DSC00567.JPG

今年は昨年を100名ほど上回る盛況でしたが、これはTVのダンス番組の影響ではなく、ライオンズ国際協会の「視力ファースト」キャンペーンに寄与するために、販促を強化したたまものです。
ダンス愛好者にとっての舞台であり、プロの先生方のすばらしいデモンストレーションを楽しむことのできる場であり、なおかつ3000円で食べ放題飲み放題のお得なパーティーですが、それが世界の子どもたちを失明から救うという社会貢献につながっているということを知っていただければと思います。

2006.11.20

はちのへ地域SNSに乱入

青森県内のBlogでフィードしている「くば小児科Blog」で、「はちのへ地域SNS」にコミュニティを作りましたという記事があったので、見に行きついでに参加してしまいました。

まあ、全く八戸市と無縁というわけではありませんし、市がこういう取り組みを推進しているというのは、これからの弘前市のまちづくりにも必要なことだと思いますので、注目しつつ楽しませていただこうと思います。
当面、このBlogがそちらの日記にもなっていますので、八戸市の皆さん、コメントお願いします。

2006.11.16

案の定、旧市章で落着

現職ではない旧相馬村議は関係ないということか案内もありませんでしたが、昨日弘前市合併記念式典が挙行されたそうで、そこで新しい市章は旧弘前市の市章である「卍」に決まったと報じられていました。
制定委員の過半数は旧岩木町・相馬村の出身者のはずですが、合併してプライドを失った方々が市の圧力に負けるのは予想されたことなので、案の定という感じです。

ところで、この件に関しては、あまりの憤りに地元紙の投書欄に投稿までしてしまったのですが、今回の報道でも旧市側の愛着や経費増への懸念についてはふれていても、旧市でない者の思いや新しいスタートを象徴するものを主張した声があることは一顧だにされていません。
少数派が飲み込まれてしまわないためには、もっと目立つしかないのかと思わざるを得ません。

2006.11.13

老健とわだで返り討ち

先日、十和田市にある老人保健施設「とわだ」で見学にきた際、今度はこちらからという約束をしていましたので、午後からの研修の前におじゃましてきました。

長慶苑より2年早い開設で、経営母体の変遷などでも苦労はあったようですが、ハードの部分でも4人部屋を個室化するといった、時代に合わせた改善をしていましたし、本来の機能である在宅復帰を進めるためにさまざまな工夫をされているのがわかりました。
それ以上に、地域の中で三本木農業高校の文化祭への出品などをつうじて、高文祭で入賞した壁新聞の題材になるほどのかかわりを持っていたり、職員の家族対象の見学会を行って仕事に対する理解を図ったりと、サービス以外のところでも学ぶことの多い見学となりました。

前回お話ししてみてもしっかりとやっているところだと思いましたが、実際に見学してみてそれを実感することができ、うれしい返り討ちにあった感じです。

2006.11.12

あえて、難病フォーラムに注文

初雪の舞う寒い日曜の午後、「青森県難病フォーラム」に参加してきました。
先日「つがるALSウィーク」を開催した手前、地元で開かれる難病の研修に顔も出さないというのではその場限りのそしりを受けると思い、足を運びました。

シンポジストとしてお世話になった弘前保健所の成田保健師さんはじめ関係者とも顔を合わせましたが、参加者の多くは介護する側のご家族のように見受けました。
私としては、第2部の家族の方からのお話をもっと聞きたかったのですが、参加者からすれば、第1部の映画「地球交響楽」で知られる佐藤初女先生に心を癒され、第3部の盲目のシンガーソングライター板橋和幸さんの歌に励まされるような、リフレッシュを目的にされているのだろうと感じました。
成田さんから、映画を観たご家族と話したことなど後日談を聞きましたが、そういう交流の機会は別にしっかりあるのですから、できればもっと難病のことを知ってもらう、外向けの場としていくべきではないかなあと、あえて注文したいと思います。

2006.11.10

マニフェストから食育へ

なかなか顔を出すことのできない「政策ラウンジ」ですが、今回はローカル・マニフェストがテーマということで、久々に参加しました。
全国の先進的な自治体の取り組み紹介の後、先日行われた青森市議会選挙の状況や青森市の政治状況へと話が進んでいきましたが、改めてマニフェストに取り組んだり市民参加型の政治へと変えていくことの難しさを感じました。

終わり際に給食の話になったので、以前聞いていた青森県での給食センターの異常な多さや食育基本法の話をしたところ、そういえばこういうことも気になるといった話題が次々に出てきて、大きく時間が遅くなってしまいました。
会としても、今年の内容をまとめるとともに来年の大事なテーマとして食育を取り上げようということになりましたが、自分としても子育ての中核として考えていくテーマだと思っています。

巣立ってからの成長に刮目

専門研修を終えて、ボーッとした午後を過ごしていると、長慶苑で介護の仕事に就き、いくつか仕事場を変えながら、介護福祉士そして今年2月に介護支援専門員の資格も取得した元職員があいさつに来ました。
4月からはケアマネとして働いているのですが、さまざまな要因がからんで大変な事例を抱えていて、その参考になる本を返すためにきたのです。

その立場になってから話をしたのは初めてでしたが、介護の仕事ですら続くのかどうかと思っていたのが、置かれた状況の中で冷静な判断をしながらこつこつと解決へと歩を進めているのがわかりました。
せっかくだったので、いくつかアドバイスをしながら発破をかけておきましたが、三日会わざればではないにせよ、刮目すべき成長をしているのにうれしくなりました。
長慶苑は人材育成を基本方針の一つとして掲げていますが、辞めた後でも縁を大事にしてくれる人の成長は支えていきたいと思っています。

研修を終えて、ケアマネに望むこと

8日に続いて、専門研修・施設系の6時間にわたる講義と演習を終えました。
内容としては、事例そのもの検討ではなくプランとしての整合性やその評価という観点でのグループワークと、ケアマネージャーとは何かを考えてもらうことがメインでした。
初日が終わってから、事務局やスタッフのところにはさまざまな苦言が届いていたようですが、ケアマネージャーに求められる専門性や資質のレベルを考えると、そのくらいで文句が出るのも情けない気がしますが、とりあえず最後の発表では前向きに取り組もうという感じでまとまったので、とりあえず一段落してホッとしました。

さすがに帰ってからバタンキューでしたが、初日の分に書き込みがあったり、受講者の方からもサイト見てますと言われましたが、これからの時代のケアマネージャーに必要なのは、情報収集ではなく発信だと思っています。
自分たちはどのような取り組みや仕事しているのか、そこでどんなことを感じているのか、知ってもらうことが信頼や地位向上にもつながっていくと思います。
講師をするというのも一つの発信ですから、県外で活躍している方や私ごとき無資格の指導者といった実務に就いていない者ではなく、実践の現場から語ることができる人材が出てくるのを待っています。

2006.11.08

介護支援専門員専門研修・初日

岩木山・八甲田山に初冠雪があった寒い朝でしたが、介護支援専門員専門研修の講師として青森市に向かいました。

今まで実務研修、つまり試験合格したばかりのケアマネの卵が相手でしたが、今回は初期に合格したキャリアのある方々が対象ですので、少々きつめの話をしてきました。
当然メインとなるのはケアプランですが、そのために県の新プランにかかわっている立場からプランを作り評価することの共通性や、プラン以前にどういうケアがいいのか、プランばかりでなく記録をモニタリングする必要などを、6時間にわたって講義・演習をし、その内容に沿って事例を明日までに見直してくるよう、宿題を出しておきました。

気になったのは、ワークショップ・PDSといった異分野(とは言えませんが)のことばかりか、実務研修の中核となっているポジティブケアプランについても学んでいないという実情が見えたことです。
これでは後輩がいくら新しいことを学んできても、上司たる立場の人間が無理解では、ケアの現場は変わらないどころか、退化していくのではと思うと、今朝の冷え込み以上の寒さを感じます。

2006.11.06

新Blog「議会を変える、弘前が変わる」

42歳の誕生日を期して、新しいBlogを立ち上げました。
「議会を変える、弘前が変わる」のタイトルどおり、来春の弘前市議会議員選挙への決意表明ですが、それだけなら「かく語りき」でも済む話です。

今回はたった一人の挑戦をするのではなく、志をともにできる仲間と共通の約束=マニフェストを掲げて、市民とともに考え行動していくつもりです。
おいおい同士の方々にもライターとして登場していただく予定ですので、そこで市民の方々との意見交換をオープンにしながら進めていきたいと思っています。
それでは、皆さんよろしくお願いします。

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