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2006.08.29

王様の暴走、小人の狼狽

午前中に、医師会以下6団体が発起人となって、「青森県地域包括支援センター協議会」の設立総会の案内の文書が送付されているという情報が入りました。

私が活動している在介協=青森県在宅介護支援センター協議会は、今期から会員として地域包括支援センターを位置づけており、全国の名称変更に沿って5日の研修会の前に臨時総会を開く段取りを進めていただけに、寝耳に水の話に驚きました。
首謀者は医師会の中心にいて、老健協の会長を務める方だと察しがつきましたが、弘前市の医師会・老健協関係者に確認しても全く機関決定されていないことがわかり、まさに独断で暴走されているようです。

それより私たち福祉関係者にとって問題なのは、老施協会長であり在介協の役員でもある美土里荘・盛田益三氏が発起人として名を連ねていることです。
件の首謀者から単独で話を持ちかけられ、うやむやのうちに名前を出されたのだと、私のところにまで言い訳の電話をかけてきましたが、責任逃れをする時間があれば事情の伝わらない一般会員のところに即座に弁明とおわびの連絡をすべきだと突っぱねておきました。

これがどういう形で落着していくのかは不透明ですが、暴走する方も狼狽して逃げ回る方も、トップにふさわしくないのだけは確かです。

2006.08.28

ねぷた愛好会総会

27日、ねぷた愛好会の総会が開かれました。
最初の年にどれだけの会員が参加し、寄付が集まっていたのか、周りも気にしていることですから、早い時期に伝える場をもうけられたのは、何よりです。

実行委員や主力となって活動してきたメンバー、絵師や囃子の指導者など、たくさん集まって大いに飲み語り合いましたが、これからの課題も見えてきていますし、来年こそ正念場という気持ちでがんばることとともに、地域への恩返しとして道路清掃や雪下ろしをするといったことも考えてもらいたいと思います。
これこそが立ち消えになっている「NPOそうま」の原点になるものですし、やはり若者こそその中核を担っていく存在だと思っています。

2006.08.27

千年園まつりにおじゃま

いよいよ「つがるALSウィーク」まで2週間となり、本腰を入れてPRしようと、昨日は弘前市にある身体障害者療護施設・千年園の「千年園まつり」におじゃましました。

千年園は、今年15周年を迎えますが、長慶苑と設計業者が同じという縁があり、開設準備の段階からずいぶんお世話になってきました。
この数年はまつりに顔を出せずじまいだったのですが、この機会を逃すわけにはいかないと、他の施設の行事を勉強する意味もこめて、リーダークラスの職員を引き連れて出かけました。
短い時間だったこともあり、チラシは受け取っても前売り券を買っていただくまでにはいたらずに終わりましたが、少しでも関心を持ってもらえたらと思っています。

ところで、千年園の司会といえばずっと福祉の先達である次長が務めてきたものですが、今回は城東学園の卒業生コンビでした。
当時、非常勤講師を務めてくださっていた社会福祉法人 七峰会の奥田 稔理事長がいらしており、その姿を見ながら自分たちが教えた人間が育っていく喜びや見守っていく責任という話題になりました。
改めて、「先生」と呼ばれる立場の重さを感じます。

2006.08.25

これならば、県は不要

県の市町村合併推進本部から、現在の40市町村を中長期的に6市にまとめるという案が出されたのを、地元紙が報じていました。

これは、現在でもさまざまな場面で区分されている広域圏をそのまま自治体にしようというもので、広域行政や財政などから考慮したとされています。
その観点からは説得力がありますし、中長期というスパンでは収れんしていく姿だと思いますが、現在の合併ですら地域への目配りが行き届かず、住民不在の行政になっているのに、どのような対策をするのか全く示されていません。

介護保険制度では、人口3万人を基準に生活圏域を設定して地域包括支援センターをおくことになりましたが、それまでの中学校区ごとの在宅介護支援センターを窓口として併存させていかなければ機能しないのがはっきりしていますし、これは自治においても同じことだと思います。
そういう身近な部分こそ重要なのですが、今回の合併を総括していない議論としか思えない提言です。

それより、この規模の自治体ばかりになるのであれば、県こそ合併して道州制への移行を推進すべきだと思います。

市章にみる高慢とアナクロ

弘前市の新しい市章の公募結果と今後の日程について、地元紙が報じていました。
382件の応募のうち、47名もの人が旧市章である「卍」を推しているそうで、名前は同じであるからといって、新しい市になったと思っていない高慢な意識の人がこれだけいるというのは残念ですし、記事の中で経費増への懸念の表れと書いてあるのも、どのみち違うマークを使うことになる岩木・相馬のことは一顧だにしない書きぶりで納得いきません。

さらにそれを制定する委員会の顔ぶれを見ると、全く旧態依然のお歴々ばかりで、これでは清新なイメージにするのを放棄したようなものです。
これがシティ・アイデンティティを生み出すような大事なものだとも思っていませんが、何ともアナクロなことをしているものです。

2006.08.24

3度目の奈良美智展

県美にも「あおもり犬」というシンボルがあるのでもわかるように、日本の現代美術を代表する一人である奈良美智さんは弘前市出身(高校の先輩ということにもなります)でして、今年も3回目となる個展が開催されているところです。
世界の各地で作った小屋を煉瓦倉庫の中に収めた大がかりで楽しい展示で、家族でゆっくり見て回りました。
これは、まさに地元だから堪能できるぜいたくだと思います。

ところで、奈良人気というのは差し引いても、この企画には多くの市民ボランティアがかかわっていて、そこに少しの変化を感じます。
ただ、今までは駐車場になっていた空き地がきれいな緑地に整備されたのは善し悪しですが、肝心の倉庫をどうやって活用するのかは聞いたことがありませんし、弘前市の文化発信の拠点とするようなアイデアが必要です。

空証文のふれあいセンター

23日、相馬地区での市政懇談会が開催されました。
できれば出席したかったものの仕事の都合で参加できず、気にはなっていたのですが、今朝の地元紙の記事で心配が現実のものになりそうな気配を感じます。

そもそも旧役場一帯の施設を集約して「ふれあいセンター」とする計画は、新市建設計画の中でも相馬地区における最も重要なものだったはずですが、今年度に予算が盛られず、企画部長が「あまりに立派なもの」といった否定的な発言をするようでは、合併前に検討を重ねた基本計画は反古にされたのも同然です。
昭和の大合併で吸収された旧中津軽郡の地域からすれば反発があるかもしれませんが、それは自立を貫いて相馬村をブランド化させてきた努力のたまものですし、それでなくても合併のデメリットしか感じられない村民にとっては認めがたいことです。

私は次期市議選への出馬の意志を固めていますが、世代の代表としてだけでなく、それぞれの地域の独自性が確立できる仕組みづくりの中で相馬地域を守ることをテーマに掲げるつもりです。

2006.08.23

つがるALSウィーク

以前から折にふれて紹介してきましたが、公式のご案内をBlogでしておりませんでしたので、遅ればせながらのお知らせです。

私たちは、地域での福祉への理解増進のために、一昨年は認知症をテーマにした映画『折り梅』上映会、昨年は介護保険制度改正を住民に理解していただくためのイベント「つがるケアフォーラム」を開催してきました。
今年は、ALSをテーマにした映画『二人日和』上映を検討していましたが、私たち医療・福祉の専門家でありながら知らないことの多いのに改めて気づき、難病への理解を図るきっかけとして、十和田市在住の画家であり、現在闘病生活を送っている小野寺大作さんの絵画展、そしてALSそのものを理解してもらうためのシンポジウムを連続して開催する企画へと発展しました。
このイベントを通じて、地域の住民に病気の存在そのものを知ってもらうとともに、福祉・医療、そして行政関係者への啓発をめざします。

○小野寺大作絵画展
日時:9/6(水)〜9(土)/10:00〜18:00
場所:上土手スクウェア:弘前市土手町211-7 TEL:0172-36-3650
料金:無料

○「二人日和」上映会 http://turnover.main.jp/
日時:9/8(金)/13:30・16:00・19:00
場所:弘前市文化センター 大ホール
料金(前売)大人:1,200円/子ども:800円/シニア:1,000円/夫婦ペア:2,000円

○シンポジウム
日時:9/9(土)/13:00〜16:00
場所:弘前市保健センター 4F視聴覚室
基調講演:日立製作所・小澤邦昭氏(意思伝達装置「伝の心」開発者)
シンポジスト
弘前保健所/保健師 成田 むつ子氏
訪問看護ステーション「あおい森」/所長 泉 美紀子氏
身体障害者療護施設 山郷館/館長 工藤 伸役氏
弘前大学教育学部/助教授 小山 智史氏
料金:無料
備考:意思伝達装置などの展示も行います
問い合わせ:特別養護老人ホーム 長慶苑/TEL:0172-84-1010

これでいいのか、マスコミ報道

靖国参拝の際にも感じたことですが、これではあまりにも不公平で事実を伝えていない報道としかいいようがないので、身の回りのことではないのですが、あえて書いておこうと思います。

朝日新聞のサイトに昨夜アップされていた「自民党総裁選候補、初のそろい踏み」という記事がありましたが、麻生・安倍・谷垣3氏の発言は取り上げられていましたが、もう一人いち早く出馬を表明している河野太郎さんについては一言もふれられていませんでした。
しかし、実際には河野さんも同等の立場で発言していたのを、氏のBlogで知ることができました。
河野さんは、メルマガでの情報発信を国会議員の中で早い時期からずっと継続しており、どういう考えを持っているのか一番理解しやすく、かつ与党的な現状肯定ではない現実を見すえた提言をしている方です。
それを推薦人が集まりそうにないというだけで完全に無視し、『美しい国へ』などという単なるアナクロな決意表明しかできない無策な候補を、支持が多いというだけで次期総理として確定したかのような報道をするのは、マスコミそのものがその方向へミスリードしようとしているように思えます。

靖国参拝の際も、政教分離違反、アジアへの配慮といった観点から断固反対の論陣を張るところがあっても然るべきだと思うのですが、やると決めているものを止めることはできないというあきらめが先に立ってか、腰砕けの割には各局生中継という視聴率優先の姿勢では、第4の権力とまでいわれる存在を放棄したようなものです。
そのためにも、折にふれて自分の考えを表明する必要をさらに強く感じています。

2006.08.20

また一人、名物医とのお別れ

13日にお亡くなりになった梅村芳宏先生の通夜に参列にしてきました。
長男である芳文先生、三男の朋宏さんとも介護の世界でご一緒させていただいていますが、梅村先生とも介護認定審査会の場だけでなく、木村太郎代議士の選挙を通じても直接お世話になっていただけに、ご冥福をお祈りしたいと思います。

昨年の総選挙に際しては、弘前市における後援会長として選対合同会議の壇に立ち、ガンであることを告白して自分も最後のつもりでがんばるから皆さんもよろしくと檄を飛ばし、その言葉のとおり何度か倒れながらもあいさつ回りを続ける姿には鬼気迫るものがありました。
お医者様としての風格にあふれた方でしたが、それだけの方が自ら身を削って政治にかかわるというのは今の医師にはないものですし、なりたいとも思えない存在でもあると思います。

それにしても、5月の前田慶子先生といい、医者様の街・弘前からまた一人名物医がいなくなったことに、寂しさを覚えます。

2006.08.19

自立支援法の厳しさを実感

以前からご縁のある社会福祉法人・花からの依頼を受けて、3月から評議員を仰せつかっていまして、午後からの評議員会に出席しました。

花は精神障害者の支援に取り組んでいるのですが、10月からの障害者自立支援法の本格施行に向けて、グループホームの拡張を進めていきたくてもなかなか理解してもらえないことや、市町村の準備不足や利用者負担による利用の手控えなど、介護保険制度に比べても厳しい状況下にあると感じました。
家族である評議員の方が、サービスが限られていくことへの不安を切々と訴えるのを全員でじっと聞く場面もあり、障害といっても身体障害や知的障害とも違う大変さを実感しました。
これだけ混乱している制度が、早ければ2009年度に介護保険制度と統合される可能性があるのですが、それではきしみを拡げるだけではないかと思います。

これからも、花で学んだ問題をお知らせしていきたいと思います。

一本取られた!ジャズライブ

18日夜、開設以来お世話になっている大鰐ホームのデイサービスセンター「あずみ野」のホールで、チャリティージャズライブが行われました。
ニューヨークで活躍している天野昇子さんと山本剛トリオによるライブには、100人を優に超える方々が集まり、真夏のジャズを楽しんでいました。

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大鰐ホームの施設長・小田桐さんがジャズ好きなことから縁あって実現したイベントですが、こういう形で介護とは無縁の人にも足を運んでもらうことによって、社会とのハードルも低くなります。
長慶苑も一昨年の「折り梅」上映会以来、イベントに手を染めていますが、自らの施設で好きなジャンルのイベントとは、一本取られた気分です。

2006.08.17

県美、前途多難の予感

今日は午後から家族5人で、青森県立美術館に行きました。
7/13にオープンして以来、開館記念展の「シャガール展」はすでに5万人の来場があったようですが、今日もたくさんの人であふれていました。

メインとなっている「アレコ」の舞台背景画4幕をはじめ、たくさんの作品がありましたが、どうもその難解さに入りこめずじまいでした。
準備段階から、舞台背景というのが作品にあたるのかといった議論がありましたが、なぜ青森県でシャガールなのか、そこに最大の疑問を感じました。
その後常設展を観ましたが、初期ウルトラマンシリーズのデザインを行った成田亨さんの原画には胸躍るものがありましたが、棟方志功や奈良美智の作品や沢田教一の写真といったよく知られたものと、前衛的な作品とが前後して展示してあるのも、とまどいを覚えました。

バス停が遠いというアクセスの問題や、三内丸山遺跡と隣接しているのをどういかしていくのかという課題もありますし、一般の人がもう一度いって美術を楽しもうという気には少々なりそうにない雰囲気をどう開放していくのか、多難なものがありそうです。

2006.08.15

小泉総理の暴挙に通底するもの

今朝、小泉総理が靖国神社に参拝しました。まさに、暴挙以外の何物でもありません。

この件に関しては、ベストセラーとなった高橋 哲哉『靖国問題』 がさまざまな角度から問題点をえぐっていますが、私が許してはならないと思っているのは次の点です。

中韓からの批難やA旧戦犯合祀といった問題ではなく、戦争加害国の責任者として、まず追悼すべきは被害を受けた国々の方々であり、次いで米軍の空襲や原爆によって命を落とした国民であるべきで、戦地に散った英霊に対してはその後に行うべきものだと思います。
小泉総理は知覧の特攻隊の遺書に涙したのは知られていますが、広島・長崎の原爆記念館を訪ねた時の思いを聞いたこともありませんし、ましてや韓国の独立記念館や南京などには足を踏み入れたこともないはずです。

罪もない内外の一般人が受けた苦しみに思いしない人であるからこそ、格差社会にも何のてらいもないのだと思います。
そこに、小泉政治の本質が現れていますし、これを認めるわけにはいかないと思っています。

靖国問題や戦争責任については、一両日中にメルマガでしっかりと思いをまとめようと思っておりますので、この機会に購読していただければうれしいです。

2006.08.14

お盆にみちプロ

13日のお盆だというのに、弘前市・河西スポーツセンターでみちのくプロレスの試合があり、プロレスファンの私ですら、おいおいそんな日にと思っていたのですが、所縁あって家族や職員と見に行く羽目になりました。
みちプロも、全国でも知られているサスケが岩手県議となり、新崎人生が社長ということで出場しないという様変わりをしていましたが、若手のリーグ戦でもなかなかの試合が続き、最後の6人タッグでは大阪プロレス組相手に青森出身のラッセ選手が勝って、溜飲を下げて帰ることができました。

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写真は試合を終えたばかりのラッセとフジタ選手がサインをしているところですが、全部で7人もの選手からサインをもらって、うちの坊主も大喜びでした。
見に行くきっかけとなったのは、営業部長兼務の気仙沼次郎(けせん・ぬまじろう)選手が、スポンサー探しに訪ねた会社からの紹介でしたし、東北に密着したプロレスを標榜しているみちプロならではの興行の裏表に接することができ、いつかは相馬村でもプロレスをやりたいという思いを強くしました。

2006.08.13

「日本沈没」のリアリティ

昨日、つがる市柏のシネコンに行って、子どもたちは「ゲド戦記」、「仮面ライダー」、私は「日本沈没」に分かれて映画を観ました。
最初に映画化されたときは小学生でしたが、石油ショックの悪夢のせいかリアリティがあり、ブームになったのを子どもながらに覚えています。
今回は科学的に見ればフィクションであるのは東大地震研究所の特集サイトでも明らかですが、日本映画としては出色のVFXでしたし、この手のストーリーに弱い私には感涙の映画でした。

ただ、フィクションや映画のでき以上のリアリティを感じたのは、海外への移住交渉を進めているさなかに、米国から見放される場面です。
他の国でも日本からの難民排斥の動きが出たという場面もありましたが、国宝である仏像を持ち込んで首相代行が逃げ込んでも米国に見捨てられるというのは、いくら米軍への援助をし、イラクに派兵までしても、それは所詮無駄なことになるというのを暗示していると受け止めました。

また漫画の話になりますが、かわぐちかいじの『太陽の黙示録』では、富士山の大噴火などにより本州がまっぷたつとなり、米中の支配下に置かれた二つの日本が自立のために闘うことになっています。
これも、日本が真に独立するために、未曾有の国難の中から自力で立ち上がるところにテーマがあり、通底しているものがあります。
これをフィクションの中ではなく、現実の中で実現していく必要を感じます。

2006.08.10

ふれあい館プールも使用中止

ふじみ野市の痛ましい事故を受けて、全国で行われているプールの調査で、相馬地区にある「ふれあいの館」(旧福祉館)のプールも、吸水口が固定されていないことがわかり、使用中止となりました。(報道はこちら)

このプールは、統合前の旧相馬小学校のプールを移管して使ってきたものですが、統合したのが1977年ですから老朽化が進んでいますし、旧相馬小学区の児童数の減少で、泳いでいるのがたった一人という日もあるそうです。
現相馬小学校のプールにしろ、父母が数名のグループで監視員をして運営していますが、いざ事故となったときに対応ができるかは危ういといわざるを得ませんが、子どもたちの泳ぎたいという希望をかなえるためにはこういう方法しかとりようがないのが現実です。

私は泳ぎは苦手でしたが、それでも悪友と川に遊びによく行っていましたし、おぼれて人工呼吸を受けたことがありましたが、それをやめることはありませんでした。
子どもが遊ぶのには危険が伴うものですが、そこに大人の世界の管理とか安全、責任といったものが入り込むからこそ、逆に危なくなっているような気がします。

2006.08.07

相馬ねぷたの戻りコ

2・3・5・6日と4日にわたった市内運行を終え、今日は朝から村内を運行し、ようやく相馬ねぷた初陣の夏が終わりました。

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期間中も天候に恵まれましたが、今日もかんかん照りで汗だくになり、狭い道に悪戦苦闘しながら、囃子の練習を重ねてきた紙漉沢地区の田園ステーションに到着しました。
ねぷたは、戻りの行程にはいると、「ねぷたの戻りコ」とかけ声をかけるのですが、まさに戻ってきたなあという感慨がわきました。

最初にしてはできすぎでしたが、さまざまな課題も見えていますので、後片付けとともに来年に向けた反省も必要です。

「ジパング」と史実のはざま

8/6は、広島に原爆が投下された日ですが、テレビ朝日系「スクープ・スペシャル」での特集が入っていたので、ねぷた出陣の前に見ていました。
内容は、日本陸海軍も原爆開発を進めていたというもので、それ自体も初耳でしたが、それが少年雑誌などにも取り上げられて、サンフランシスコを壊滅させるといった空想小説まで書かれていたのには、ビックリしました。
実験そのものは失敗に終わったそうですが、日本側は起死回生の作戦としてもくろんでいたのに対し、米国側は巨大計画としてとどめを刺すために開発し、それを現実のものとしたわけです。

ところで、愛読している漫画にかわぐちかいじの「ジパング」がありますが、そこでは日本軍が原爆開発に成功し、戦艦大和に搭載するストーリーが展開されています。
戦争を含んだ国家のあり方を考えさせるところにかわぐち漫画の真骨頂があるのですが、荒唐無稽と思われる漫画を超えた史実と、その開発にあたった方々が原爆でできなくてよかった、戦争をしてはいけないと語り残している重さを、改めて考えなければならないと感じた番組でした。

2006.08.03

初陣、堂々の市長賞!

昨夜の合同運行で、相馬ねぷた愛好会は初陣を飾り、何と市長賞をいただきました。
31日の村内運行の反省と、今こそ相馬の意気込みを見せようという思いで、400名近い参加者が一丸となったのが結実しました。

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長慶苑でも愛好会からの誘いで、車イス18台を連ねて参加しました。
青森ねぶたの「じょっぱり隊」に負けじと、出発の前には豪勢なバイキングで出陣式を行い、一同で楽しんできました。
弘前ねぷたに車イスでまとまって出陣したのも初めてのことだと自負していますが、これも最初から「年寄りも村の一員だ」と声をかけてくれた愛好会のおかげです。

ここまでがんばってきた愛好会の努力が実ったのが何よりうれしく、初陣の感激と受賞の喜びが重なって、祝勝会気分でずいぶん遅くまで祝杯を重ねました。

2006.08.01

社会奉仕としての奉納武道大会

ご存じのことと思いますが、ライオンズクラブは社会奉仕を目的に活動=アクティビティをしていますが、私が所属している弘前ライオンズクラブでは弘前八幡宮の例大祭にあわせて奉納武道大会を開催しています。

小中学生は剣道、高校生は弓道の試合を武道の神様である八幡宮に奉納することで、青少年の健全育成をめざして49回目になりますが、少子化に加えて、武道の汗臭さを嫌ってか剣道に出場する選手はずいぶん減っています。
当初であれば試合する機会を提供することだけで武道の普及に貢献できたのでしょうが、選手がいなくなっては試合もできないのですから、武道にふれるきっかけづくりのようなことに、活動そのものを見直していく必要があるのかもしれません。

それ以前に、金持ちの集まりと見られがちなライオンズクラブが、社会奉仕団体と認めてもらえる奉仕活動というのはどういうものなのかを、50周年を控えた我がクラブは率先して検討すべき時期・立場にあると思っています。

村内運行で気を引き締める

31日、そうまねぷた愛好会のねぷたが村内運行に繰り出しました。

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安全祈願の後、囃子を練習してきたメンバーばかりでなく、子ども会の案内で参加したちびっ子たちでにぎやかに練り歩いてきましたが、全部のねぷたを出してみると思ったより長い行列になって囃子も「ヤーヤドー」のかけ声も聞こえず、まさに歩いただけでした。
愛好会の連中もこれではまずいと気づいていますので、気を引き締めて必要な人員を貼りつける作業を今日がんばることでしょう。

何はともあれ、いよいよ明日は弘前への出陣ですので、相馬ここにありというのを示すような運行ができればと思っています。

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