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2006.05.30

ねぷた囃子練習はじまる

昨日から、ねぷた囃子の練習がはじまりました。
どのくらい集まるものかと、参加したいという子ども二人を引き連れて出かけましたが、思った以上にたくさんの老若男女が集まり、太鼓・笛・鉦に分かれて練習となりました。
これから週2回のペースで練習するそうなので、できるだけ顔を出したいと思っています。

2006.05.29

サンダーバードで長島村長の講演

中越地震で甚大な被害を受けた長岡市にあるこぶし園が中心となって設立された、災害福祉広域支援ネットワーク「サンダーバード」の総会研修会に参加してきました。
今回のメインは、旧山古志村の村長で現在は代議士に転身されて活躍している長島忠美さんの講演と、長島さんと樋口恵子先生との対談でした。

長慶苑で長岡に職員を派遣したのは、山古志村の惨状を見て相馬村でも起こりうることだと我がことのように感じたからですので、その陣頭に立って全村避難というリーダーシップを発揮された方の、極限状況での判断や郷土に対する愛情あふれるお話に、感銘を受けました。
特に、心を失うことがコミュニティを失うことになるので、住民の心を支えるのが行政の使命だと思って取り組んできたというのには、樋口先生ではありませんが、稀有のリーダーであることを改めて感じました。

ところで、その会場となった、御成門近くにある「福祉プラザさくら川」ですが、3月に上京した際の宿のそばにありまして、こんな大きな施設をどこで経営するのだろうと思っていましたら、こぶし園の東京進出の拠点だったので、それにもビックリしました。
鳥取のこうほうえんも北区に進出していますし、地方の名門法人のノウハウで東京のケアを変えていけるのか、それにも注目していきたいと思います。

2006.05.25

居酒屋外出

長慶苑では年に1回、「居酒屋外出」と称して夕食を外食しに出かける行事を行っています。
昨夜がその日で、利用者6名参加して、弘前市最大の歓楽街・鍛冶町にある居酒屋「大蔵の庄」へ向かいました。
他の居酒屋やちゃんこ屋さんとローテーションしているのですが、店員さんが昨年のことをよく覚えていてくださって、気配りの行き届いた応対をしてくださいました。

居酒屋ということで、当然飲むことを楽しんでいる方もありますが、テーブル狭しと並べられた料理をいつに増してたくさん食べている方や生まれて初めてビールを口にしたという、普段では見られない姿をみることができるのが、外に出る意義です。
私も、隣に座った利用者からの酔いが回ったのもあって繰り返し続ける質問に答え、懐かしの「君恋し」を一緒に口ずさみながら、楽しいひとときを過ごすことができました。

2006.05.24

さよなら、慶子先生

夕方、介護保険の認定審査会があったのですが、今日だけは定刻より早めに開始となり、てきぱきと審査を終えて、すぐ近くのセレモニーホールへと向かいました。
弘前市の女医の先駆けであり、医師会のねぷたでは前ねぷたの上に立って進む姿で知られた前田慶子先生のお通夜でした。
慶子先生には、地区老施協会長時代に記念講演をお願いしたことがあり、その依頼に医院に足を運んだところ診察室でタバコをふかしながら応対されたので、ビックリした思い出があります。

まさに女傑を絵に描いたような先生を、どのように送られるのか楽しみにしながら参列したのですが、3名の弔詞に加えて長年つきあいのあった導師様の思い出話もつきず、哀調を帯びたねぷた囃子の後で、15年も前から葬儀委員長をお願いされていた鳴海康安先生、そして喪主である妹さんのあいさつまで、1時間半の長い通夜となりました。
それでも慶子先生らしいエピソードが語られると笑いが起きる場面もあり、慶子先生も笑いながらどこかで見守っていてくれているような感じがしました。

ひとまずご冥福をお祈りいたしますが、慶子先生はみんなの心の中で生き続けていくことと思います。

2006.05.23

ねぷた愛好会、本格始動

昨夜、相馬ねぷた愛好会の説明会があり、出席してきました。
本体や太鼓の骨組みづくりは進んでいるのは見えていましたが、会員や運行までの手順をどのくらい準備できているか心配していたところ、まずまずしっかりと決まってきていたので、一安心しました。

これからは囃子の練習や金魚ねぷたづくりなど、子どもたちを中心に多くの住民の参加が必要な案内や、Tシャツの注文などの申し込みを受けていく事務局機能が重要になってくるだろうと思い、これについては長慶苑で引き受けられることを伝えておきました。
個人としても長慶苑としても、相馬から弘前市に打って出るイベントに最大限協力していくつもりです。

2006.05.22

初の臨時議会を一刀両断

そういえば19日に相馬市長となって初の臨時議会が開かれ、助役以下の人事案件がかけられたのですが、少々波乱がありました。
議員からの監査委員として岩木出身の石田純一議員については否決され、教育委員については相馬出身の最大会派「相政会」が相馬に縁ある委員がいないことを不服として退席したそうです。

石田さんには中郡時代にお世話になりましたが、前回の総選挙で国民新党にくら替えした候補を応援したことや、強烈なキャラクターへの好き嫌いが、賛否相半ばしての否決になったのだと思います。
これはご本人の責任というよりは、そのあたりの情報を知らないか無視した形で提案した市長側に問題がありますが、議会対策はしないという姿勢でこのままいくのか注視したいと思います。
教育委員の件は、数名しかいない存在に地域性を反映させるという発想は間違っていると思っていますので、元同僚の肩を持つつもりはありません。
ただ、相馬市長の母校の同窓会長を務めている方も委員として就任されましたが、自分の周りにいるばかりを重用する第一歩であるなら、そのことこそ問題にされるべきだと思います。

ところで、助役には県から次長級を招聘するというので、フリーゲートトレイン構想をぶち上げたからには新幹線にかかわってきた現職次長が念頭にあるのかと思っていたのですが、実際には農林水産次長で定年になった方でした。
農業は強いというのを掲げて当選した割には、農政畑の方に助けてもらうのでは、看板に偽りありだというのが、見え透いてしまいます。

旧態依然の人選に、合併でのエゴがからんでしまうのでは、新弘前市への脱皮は4年間できないのではと思える、多難なスタートだと断じておきます。

弘高陸上部員に戻る

昨日21日に「全国陸上交流大会」の地区予選があり、長女が出場するので応援に出かけました。

これでも高校時代は陸上部に所属していたのですが、スキーと違って縁遠くなってしまっていたので、自分たちの頃は土だったのが全天候型に変わった運動公園のトラックに足を踏み入れた時は、少々感慨深いものがありました。
当時の陸上部の顧問だった小枝兼悦先生が弘前市陸協の会長として大会長を務めていたので、初対面の大先輩を交えて競技の合間に昔話に興じることができました。

今回の参加にあたっても、小学校の陸上部としてはなくスポーツ少年団としての参加とされたのですが、小中でのスポーツ活動についてもどうあるべきか考えていく必要があり、小枝先生からは教わるべきことがたくさんあります。
それも含めて、自分がお世話になった陸上の世界にも恩返しできるようなかかわりを持っていこうと思いました。

KOMI理論研究会、初の総会

20日に長慶苑で使っているケアプラン方式であるKOMIチャートを学ぶ場である、「KOMI理論研究会」の総会があり、日帰りで上京してきました。
これまではセミナーなどを主宰している金井 一薫先生のナイチンゲール研究所が取りまとめてきたのですが、先生一人に頼っているのを改め会員による自主的な運営へと変えていくために、これまでは評議員会どまりだったのを全体での総会に切り替えたのです。

参加者そのものは多いとは言えない状況でしたが、これまでは年1回の学会で顔を合わせるしかなかった方々とお会いして、これからの方向性を話しあったり近況報告ができただけでも、足を運んだ甲斐があったと思っています。
介護保険制度だけでなく医療の世界も改革に振り回されていて、ケアの本質はどこかへ吹っ飛んでいるのが現状ですが、一番大事なのは現場でしっかりとケアをしていくことですし、そのための学びを続けていこうと思っています。

弘前市長選を振り返る

19日の夜、弘前市市民参画センターで「あおもり研究ラウンジ」主催の弘前市長選を振り返る場がありました。
メインスピーカーは、今回合同個人演説会を取りまとめた青年会議所=JC理事長の大中実君で、30年後の弘前市を自分たちでデザインするチャンスだと思って取り組んだことや、今回の試みを通じて視野を拡げていく必要性を感じたことなど、若い世代が動き出した意義を感じさせる報告でした。
実君から最初に相談を受けた時は、あまりに現実の政治と距離が開いていて大丈夫かと心配したのですが、逆にその距離感がプラスに働いた感じです。

私も続いて発言の機会があり、弘前市長選を通じて感じたことをざっくばらんに語らせてもらいましたが、こういう振り返りを経て、スタートした相馬市政をきちんと見届けていく視点を共有していけたらと思っています。
ただある市民派の方からは、JCが合同演説会を開くことに色眼鏡で見ていたという発言があり、やはり接点のないもの同士の先入観が阻んでいるものの大きさも感じてしまいました。

2006.05.19

カーポートでたらい回し

昴の家には車庫がないため、クルマも自転車も雨ざらしで過ごしてきたのですが、いつまでもそういうわけにはいかないので、カーポートを建てることにしました。
前にふれたとおり、昴には建築協定がありますので、まず支所の経済建設課に聞いてみると、本庁の住宅課に行ってくれというので、昨日足を運びました。
住宅ではなく都市計画にかかわることなので隣の建設指導課に回され、話をすると当然ながら昴の協定そのものの知識もなく、結局支所で許可をもらうように回されました。

おかげで朝イチで支所に行って用紙をもらい、一式書類をそろえて提出して許可となりましたが、本来設置されてなければならない運営協議会もどこかに消えてしまっていますし、本当の許認可権はどこにあるのか不明な状況です。
合併ばかりの問題ではないのですが、何とも不愉快なたらい回しでした。

2006.05.16

アグネス=チャンに学ぶ

十和田市での年次大会の最後は、アグネス=チャンさんの記念講演でした。
往年のアイドルも御年50歳になったそうですが、いまだに愛くるしい笑顔で香港時代のことや日本で初めてお風呂に入って感動したことなどの楽しい話を交えながら、エチオピアの干ばつ、タイの買春、イラクやダルフールでの内戦の傷跡の現場で見たすさまじい現実を語ってくれました。
一国一城の主の集まりであるライオンズのメンバーも、さすがにじっと聞き入ってしまうほどの内容と語り口でした。

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終わりに、天国と地獄の違いを喩えで教えてくれましたが、全く同じ場所なのだそうで、大きい円卓を囲んで背丈よりも長い箸で一生懸命自分の口に運ぼうとしてもできずにいるのが地獄、その箸で向かいにいる人に分け与え自分も分け与えてもらって満足するのが天国なのだそうです。
同じ場所でも、気持ちや心配りで天国にも地獄になるというのは、至言だと感心しました。

今回の年次大会は、運営そのものには落ち度もありましたが、企画としては非常によい大会のあり方を示してくれたと思っています。

2006.05.14

年次大会での試み

昨日から、ライオンズクラブ332-A地区=青森県の年次大会が十和田市で開催されています。
例年であれば、昨日はゴルフ大会と前夜祭なのですが、今年は佐々木ガバナーの発案でクラブの活性化をテーマにしたシンポジウムが行われ、その後に晩餐会、今日は式典の後アグネス=チャン氏の記念講演で終了という日程になりました。

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次期から地区のIT委員になることもあり、クラブ運営について勉強しようと思って参加しましたが、シンポジストの各ガバナーに厳しい質問が飛び出したり、スポーツ大会に参加する子どもたちにプルタブをもって参加費にすれば、ボランティア意識を育成できるといったヒントがあったりで、やはりこういう意見交換の場は必要だと認識しました。

ただ、これを企画運営するキャビネットはそれに没頭していたようで、我がクラブの宿は場末の温泉にされていたのを急きょ三沢に変えてもらうことになったりと、すべてを切り盛りする大変さも感じています。

2006.05.11

国保連へ出向く

昨日、国保連から電話があり、送付されてきた介護保険請求の様式が古いままなので、明日まで待つので差し替えを届けてほしいということでした。

4月から介護保険制度の大改正があり、それに伴って様式も細かなところで変更されていまして、長慶苑では私が手がける自作ファイルシステムで請求業務まで行っているので、新たな加算減算での数字が合ったところでほっとしていただけに、軽微な違いでの差し替えに納得できないまま、様式を直して自ら届けに行きました。
確認してもらうと、職員もどの様式が最新のものなのかあやふやな状態で、指摘していた以外にもさらに不備が発見されたものの、何とか言い抜けて戻ってきました。
そのさなかにもいくつもの事業所へ同じような内容の電話をかけ続けていましたが、まさに重箱の隅をつつくような所業で、こんなミスで介護報酬が入らない事態になって何の意味があるのかと思います。

改正の内容そのものも、介護の質を高め自立支援の取り組みが増すよりは、現場をやみくもに混乱されるようなものですし、もう少し腰をすえた改革であってほしいと、本当に腹が立ちます。

2006.05.10

昴地区建築協定の壁

昴地区に引っ越したのはいいのですが、入り口に大きな石が置かれていて、夫婦ともども車を傷める羽目になっています。
何とかならないものかと、支所の建設課に足を運んだところ、旧知の職員が「石を動かすのは、協定違反だ」と、すでにわが家で異動させたのを見抜いていましたので、いろいろと教えてもらいました。

この建築協定は、昴地区を造成・分譲するにあたり、この基準に厳格に沿って家屋を建てるように、契約者との間で結んだものです。
私の場合、親が結んだものであり、それを知りながら入りづらい位置に家を建てたことを恨むしかないのですが、課で昴地区に住んでいる職員もいて、不便でしょうと聞くと、その通りだけれども協定があるからという答えでした。

協定の内容を確認してみると、内容の変更には全員の同意が必要ですが、廃止するのは過半数の賛同で可能ということで、同じことで困っている人が多いのですから、変えることに逡巡することもないように思います。
こんなささいなことでも、移り住んだことで空気を変えることができればいいなあと思っています。

地区総会での懸案

昨日は、地区老施協の総会でした。
決算・予算はつつがなく承認されたのですが、会則の改正で社会福祉法人以外の事業所を加えることが唐突に提案されて、議論となりました。
同じケアに取り組んでいる仲間として母体にこだわるべきでないという方や、やはり事業の目的が違うところを加えるのはいかがなものかという方、さまざまに発言があり、最終的にはもう一度役員会でもんでから再度検討するという形になりました。
私は加えることには異存はないものの、県の支部という位置づけからすると地区のみでの会員を認められるのかという課題があるが、県ではどうなっているのかと質問したところ、地区によって考え方が違い、まだ結論が出ていないということでしたので、もう少し様子を見て熟考してはどうかと提言したのを受けた流れとなったので、安堵しています。

全国では母体を問わないことになったそうですが、それ以前に中村会長の独裁によって続々と離脱している状況でして、これからの組織はどうあるべきか、見直していくべき時期に来ているのを、改めて感じます。

2006.05.05

大間へ小旅行

この大型連休に何も出かけないでおくわけにもいかず、昨日本州最北端の大間崎まで家族で出かけました。
マグロで有名になった大間、その仕掛け人である「あおぞら組」の島康子さんは、政策マーケティング委員会以来ご一緒することが多いのですが、現地を見たことがなかったので一度は思っていたところ、今年はマグロのぼりを作ったというので、どれだけ泳いでいるかと見に行ったわけです。
大間崎はたくさんの県外からの観光客であふれていましたが、コイは目につけどもマグロは全然見当たりませんで、とうとう地元の特養「くろまつ」を訪ねて聞いたところ、近くのスタンドにあるというので、向かいました。

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写真でもよくわからないと思いますが、ちょっとこれではインパクトに欠けると、あえて厳しくしておいて、これからの展開に期待というところです。(笑)

帰りには、空いてさえいれば泊まっていきたかった下風呂温泉「まるほん旅館」に立ち寄ったところ、これも県の会議でご一緒したことのある若女将・長谷雅恵さんからお土産をいただいてしまいました。
次はぜひ泊まる日程で来ようと思っています。

こうやって知己を得た方の地元を訪ねるのは楽しいものですが、それに振り回された家族のために、もう少し事前に計画を練っておこうと反省しております。

2006.05.02

フォローアップ委員会に加わる

今日は、青森県の総合計画である「生活創造推進プラン」がきちんと進められているか、目標としている指標に近づいているかを検証していく、フォローアップ委員会が開催されました。
私は、昨年度はメンバーではなかったのですが、今年は審議会そのもののメンバーチェンジと委員会の拡充があり、議論に加わることになりました。
ちょうど政策マーケティング委員会が昨年度いっぱいで終了となりましたので、この委員会が公的に政策を評価する唯一の場ですから、そこからかかわってきた自分としては、事務局から煙たがられても、積極的に発言していきたいと思っています。

珍しく本庁での会議でしたので、終了後に高齢福祉保険課と、知己を得た方々が集結している新幹線交流推進課に顔を出してきました。
濱舘さんとは楽しくお話できましたが、次は秋田先輩・堀口さんとも情報交換したいと思っています。

坂本会長へ恩返し

青森県在介協の会長であり、先日八戸市議会議長に就任したばかりの見心園理事長・坂本美洋さんが、津軽地区へのあいさつ回りのためにおこしになり、ご案内して回りました。
ちょうど弘前公園の桜も見頃となり、移転した星の郷も見学させたいということで奥様である憲子園長はじめ職員の方々も同道されていましたので、今までのご恩返しになればと歓待させていただきました。

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私は最近、在介協に軸足を置いて活動させていただいていますが、それを後押ししてくださっているのが坂本会長であり、また政治の世界での大先輩としてもさまざまなアドバイスをいただいております。

最近の舌禍でもご迷惑をおかけした分を、桜と「わらじ屋」さんの料理で少しばかりはお返しできたようで、私としてもうれしい一日でした。

それにしても、好天の中桜が一斉に咲き乱れた公園から、観光館・青銀記念館・吉田松陰ゆかりの伊東家とご案内しましたが、こうしてみると歴史と観光の街・弘前であることを実感できます。

2006.05.01

1月遅れのリスタート

認知症対応型デイ「星の郷」が、本日いよいよ湯口に移転し、地域密着への新たな第一歩を踏み出しました。

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同時に、それまで星の郷で使ってきたスペースでは、リハビリを中心にしたプログラムで来年度からの予防給付をにらんだデイのユニット「ひかりの森」をスタートしました。
また、ヘルパーでも移送サービスでの通院介助がはじまり、1月遅れになりましたが、11年目のリスタートがようやく整いました。

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