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2006.03.30

長慶苑の卒業生

長慶苑で勤めた後、弘前大学保健学科理学療法科に社会人入学した元職員が、卒業と就職のあいさつにきました。
長慶苑での介護の経験や、常勤でがんばってもらっている作業療法士の姿を見て再進学を志しただけに、長慶苑にとっても卒業生といえる存在です。
元々福祉を学んだのではなく、違う道から社会との接点を持つ場として、この世界に飛び込んできたいきさつがありますので、回り道した分どうやって社会とつながる仕事や生き方をしていくか、見守っていきたいと思います。

ところで、こうやって就職が決まる新人がいる中で、医療法改正のあおりで慢性期のリハに取り組む環境がせばめられているそうで、利用者でも通院してのリハを受けられなくなってしまった方もあります。
それが伝わったのは、今月下旬になってからで、こういう迷惑のかかる改正の仕方が、議論もなく唐突に出てくる改正でいいものかと、憤りを感じてます。

2006.03.20

実務研修で恩返し

昨日は介護支援専門員実務研修・後期弘前会場で、丸一日指導にあたっていました。
ケアプラン作成のグループワークがメインだったのですが、私には計画や実践の点検作業であるモニタリングの講義も振り当てられていましたので、テキストに沿うのではなく、自分の経験や考えを伝えるプレゼンをしてきました。
こういう場合、長慶苑で体験した事例がものを言うわけですが、今回の受講者の中に以前長慶苑に務めていたワーカーがいたこともあり、彼にちなんだ事例を紹介しました。

それは、彼が担当していた利用者の方が、彼の送別会代わりになった居酒屋外出の席で一言お願いしたところ、「これまで面倒見てきてやったのだが、他に行ってもがんばれ」と激励したエピソードです。
介護する側は、ともすれば自分たちがお世話しているとばかり思い込んでいるのですが、高齢者の側では人生の先輩として接している自負があることを、教えていただいた場面でした。

この方には現在使用している長慶苑の題字も書いていただいたご縁もあり、自分が励まして送り出した職員が資格を取るほど成長したのを草葉の陰で喜んでくださっているだろうと思いながら、紹介させていただきました。
こうやって利用者のことを忘れずにいるのも、少しばかりのご恩返しだと思っています。

「星の郷」移転を公表

昨日の日曜は各地区の総会が立てこんでいる日でして、例年であれば議員として地元・水木在家で出席するところなのですが、今年は湯口地区の総会にあいさつに出向きました。
それは、これまで長慶苑に併設して取り組んできた認知症専用のデイサービスセンター「星の郷」を、湯口にある村有の建物を借りて移転することにしたからです。

これまでは一般型/認知症型といってもあまり違いはなかったのですが、認知症型はグループホームなどとともに地域密着型のサービスに含まれることになりました。
そのカテゴリーには、小規模多機能型サービスもありますので、ゆくゆくはそれに移行させていくためにも、まずは地域の中に出ていってサービスを展開しようという決断をしたのです。
場所についてはさまざま検討したのですが、利用者のご家族から縫製工場が空くようなので地域のためにもどこかで使ってほしいという話を聞いて、合併前に村と協議の上契約を結ぶことができました。

これからお世話になりますとあいさつさせてもらったところ、地区の方々も好意的に受けとめてくださったようですので、5月の移転に向けて準備を進めていきたいと思っているところです。

2006.03.18

校長先生のムガシコに号泣

昨日は、相馬中学校が弘前市立となって初めての卒業式でした。
議員は辞職しても長慶苑の苑長としてお招きいただけるのでお邪魔すると、今始(こん・はじめ)校長先生がいつものように、人なつこい笑顔で迎えてくださいました。

その今校長が、卒業証書授与の最後に号泣して言葉につまってしまいました。
そして直後の式辞の終わりに、卒業生の将来をムガシコ=昔語りにしたので聞いてくださいと、津軽弁で語りはじめました。
内容は、卒業生がどんなに素晴らしい子どもたちだったか、そしてそれをはぐくんだ相馬村がどんなによい村なのか語り尽くされ、そして合併で単に相馬が弘前になったのではなく、村のにおいすら消えてしまうような「でっただエッケス」=大きなバツ印をもらったような気がすると泣きながら叫ぶように読み上げたとき、私も号泣せずにいられませんでした。

今校長は相馬村出身の方ですので、校長として錦を飾ったときに村がなくなることに、私など及びもつかないほどの無念を感じたのだと、胸打たれました。
これだけの思いあふれる今校長先生はじめ小中学校の先生方と、相馬の子どもの未来のためにがんばっていかなければなりません。

2006.03.17

弘前市在介打ち合わせ

映画の打ち合わせの後、弘前市在宅介護支援センター打ち合わせ会に出席してきました。
これは旧市の在介だけへの案内であったものが、日程を変更して岩木・相馬にある2ヶ所を加えて、来年度の事業説明を行う形になったもので、本来は実務者だけでよいのですが、初回ということもあって、しゃしゃり出ていったわけです。

旧市のメンバーからは特に疑問を感じないような代わりばえのない説明であったのでしょうが、相談協力員と民生委員の関係、地区社協とのかかわり、これまでの生きがいデイと新規にはじまる地域支援事業の違いなど、合併された側だからこそ気になることや、新予防給付への対応が遅れたことでのひずみなど、質問しまくってきました。

それに引きずられる形で、それぞれの地区での民生委員とのかかわりの難しさなども発言も続き、少しは閉塞感を打破するきっかけになったようです。
これからどのように地域包括支援センターを構築していくか協議していくことになるわけですが、地域福祉の継続のためには現場でがんばっている在介職員の声が反映されるように持っていきたいものです。

「あした天気になーれ』上映打ち合わせ

昨日は、息子・智明の卒園式、私たち家族にとっても保育所とかかわる最後の行事ということもあり、出席してきました。
思いの外早く終わったので、以前から声をかけられていた「憲法9条女性の会」で企画している「あした天気になーれ」上映会の打ち合わせに駆けつけました。

この映画は、故林家三平師匠の奥様・海老名香葉子さんの幼少期の自伝『半分のさつまいも』をアニメ化したもので、戦争を悲惨さを知ってもらえる映画です。
7/16(日)に3回上映の予定で、まだまだ時間がありますし、関係者が自信を持ってしっかりと準備をすればきっと大丈夫だと、ビギナーズラックでの大入りを体験した私は信じています。

ちなみに、先日の自校給食の件に続いて、上映会でも共産党所属の弘前市議・安藤晴美さんと一緒に活動することになります。
生活を見つめる視点で同じ方を向いているのであれば、党派を超えて動いて当然だと思いますが、弘前市長選の件にしろ政治的結集につながらないのは、もったいないなあと感じています。

2006.03.14

舌禍は続くよ、どこまでも

今日の午前中に、青森県老人福祉協会の総会があり、春の吹雪の中、青森市に行ってきました。
案件そのものは補正予算と来年度の計画・予算ということですから何の問題もなく承認されたのですが、その他となって私から短期入所でのネットワーク化の推進とともに、先般の理事会で私の発言が問題にされた件を取り上げました。

これは、9月末に行われた研修会で質問した際に、中村全国老施協会長を批判したことが全国から問題とされ、理事会でも「発言させるな」という声もあったというので、私をかわいがってくださっている棟方副会長から事前に聞かされていたのを、全体の問題として取り上げてもらおうという思いで発言したのです。
仲介に入った棟方副会長は実際に発言を聞いていなかったので、実際に誰がどういうところに問題を感じて発言したのか、また全国からどんな文句があったのか教えてほしいと問うたところ、澤口副会長から制度改正から外れて会長批判に終始したこと、お招きした形の全国の役員に不快な思いをさせたことが問題だ、大人の発言をしてほしいという返答がありました。
また盛田会長からは、中村会長から直接叱られたことや、自分以外にも同様のことがあったとの報告がありました。

実は、先日の新予防給付研修の際に弘前市や課長を批判したことで謝罪して回ってきたばかりなのですが、今回の件は一会員の発言が県全体の問題として全国から叱責されるというあり得ない話ですし、それを直接注意するでもなく発言封じの種に使おうとする役員がいるというのも、情けない話です。
実際には研修会のこと以上に、高齢者虐待防止法案での件が中村会長の逆鱗に触れているからこその動きだというのは承知していますので、理不尽な組織に大人の対応する気など、さらさらありません。

周りには迷惑や不愉快な思いをさせるかもしれませんが、舌禍ごときで立ち止まるわけにはいきません。

志村さん送別会

昨夜、18日で津軽を去ることになった志村健一さんの送別会を、同世代の父親6人とで催しました。

志村さんは、弘前学院大社会福祉学部の教員として赴任してくる際に、相馬村を気に入って家を構えた方で、福祉の専門家としても父親同士としても本当に深いつきあいをさせていただきました。
また奥さんのドォンさんも、親子での英語サークル"Smily English"の中心となって積極的に村づくりにかかわってくださいましたし、娘の同級生でもある直美ちゃんと長慶苑のYOSAKOIチーム「飛馬の星」に加わってくれました。

このすてきなご一家が、大学の方針で相馬村からいなくなってしまう損失は、計り知れないものがあります。
返す返すも残念ですが、またロマンとピアで一緒にバーベキューを楽しむ日が来ることを願っています。

今年のスラローム大会

12日に、2回目となるロマントピアスラローム大会が開催され、今年も旗門員を務めました。
相馬チームの成績はあまり振るわなかったのですが、運営のレベルは大鰐・百沢をはるかにしのぐ完璧さだとの評価が聞かれました。

その運営にかかわったスタッフ、チームの父母たちで打ち上げをしたのですが、現在の相馬チームの中心・石岡千春ヘッドコーチとも、久しぶりに話ができました。
千春さんは、私たちが中3の時に大学を卒業してコーチとして来られた方でして、今からでは信じられない量と質の練習を毎日させられたものです。
当然その話になって、当時を知らないお父さんたちは目を丸くして聞いていましたが、下手なままで終わった私でもその練習を乗り越えてきたという自信が、すべてのバックボーンになっていると思いますし、そういう体験をすることこそがスポーツに打ち込む意義だと、改めて感じました。

自校給食を守るために

11日午後に、弘前市の「自校給食を実現する会」の呼びかけで、相馬村での給食についての話し合いがありました。
PTAでの廃品回収や、ロマントピアでのスキー大会と重なったため、参加したのは私を含めて4名と会の方々も4名、合わせて8名という少人数でしたが、中身のある話し合いができました。

会からは、青森県ではセンター方式が9割と、全国の5割と比べて飛び抜けて高くなっており、青森市には全国で唯一20000食のセンターがあると聞き、自校式が当然だと思っている自分たちからは、信じられない状況に包囲されていることを、初めて知りました。
こちらからは、成人式の際に懐かしい給食を食べてみたいというリクエストから、この数年実施しているという、自校式でおいしい給食を食べているからこそのエピソードが紹介され、会の方々にうらやましがられました。

ただ、最新の設備を備えた相馬中学校でも6年後にはセンター式に切り替えるという工程が検討されているという情報も出てきていますし、何としても守っていく活動に取りかかる必要があると思っています。

2006.03.10

1/2成人式の後で

今日は、小学校4年の娘二人が1/2(にぶんのいち)成人式だというので、学校にお邪魔しました。
家族への感謝や今がんばっていることなどをまとめた全身自画像が貼ってある中で、それぞれの工夫を凝らした出し物やこれからの決意を発表するのに立ち会って、娘ともども同級生たちも成長したなあと感慨深い時間になりました。

思ったより時間がかかって給食にかかっていたのですが、職員室で教頭先生と部活のことで話し合いさせていただきました。
これは、先日の参観日の後で部活をスポーツ少年団に切り替えるという話が飛び出してきたので、真相を確かめたいと思ったからです。
聞いてみると、まだ決めたわけではなく、逆に部活にしていこうと思っている活動もあるし、それをどうやって父母と話しあっていこうか、頭を悩ませているということでした。
私からは、まずは噂ではない情報を出すべきだということと、何より父母との話し合いを持って、お互い納得した上で協力できる環境を作ってほしいとお願いしておきました。

他にも、中学校の体育館借用でもちょっとした行き違いもあり、どうも合併後のきしみが教育の場で見受けられています。
これが尾を引いたり、悪い方向にいかないよう、目配りする必要を感じています。

2006.03.08

PodCastingの使いみち

ダウンロード kaikai0308.m4a

最近は、とんとPodCastingをする機会もありませんでしたが、久々に弘前市長選に立候補する下田肇先生の集会で、開会にあたってあいさつさせていただいたものをアップしました。

私はあいさつするより、文章で考えをまとめたものを出すのが向いている人間だと思っていますが、政治の場にあっては文章よりも声の力に訴える方が多いわけですから、これを使わない手はないと思うのですが、いまだ政治や福祉についてのPodCastingにお目にかかったことがありません。
これならば、視覚に障害のある方にも伝えやすい手段ですし、これからの戦術として検討してみる価値があると思っています。

2006.03.04

議員辞職を実感

ご存知のとおり、26日をもって議員を辞職したのですが、いつでも出番があるわけでない閑職だけに、なかなか実感する機会というのはないものです。

ところで昨日、合併してから総合支所となった役場にも顔を出していなかったのですが、福祉関係の用事があって、本庁となった市役所に足を運びました。
係の誘導に従って駐車したのですが、通路を挟んだ向かい側に公用車用の駐車場があり、見慣れた相馬出身の議員諸公の車も並んでいました。
今日から全員協議会ということだそうで、その輪に加わらずに別の駐車場を使っている自分は、議員でなくなったのだなあと実感しました。

RSSフィードしている地方議員のBlogでも、定例会や一般質問という記事が目につきますが、その立場にあることを大事にして、がんばってもらいたいと思います。

2006.03.01

田高先生の調査報告

昨年の今ごろ、東京大学の田高悦子先生が相馬村の独居高齢者について調査に入っていて、長慶苑でも協力させていただいたのですが、その報告がまとまったということで、遠路お越しくださいました。

16名の方々のインタビューをテープ起こししたものから共通しているものをカテゴリー化してしてみると、自己の尊厳・地域との共生ということが見えてきたということでした。
これは、まさに介護保険制度の根幹となっている概念ですが、上っ面の言葉ではなく、語りの中から具体的に浮かび上がってくるような生活を実際にされているということは、非常に大事なことです。

それができる地域が成り立ってきた相馬村のよさを再認識できましたし、私たちはその思いを大事にしながら援助できているのかを見つめ直す必要があると感じました。
ただ、現在の独居の方だからこうであっても、「生活力低下世帯」もしくは「農村パラサイト」とでも呼ぶべき50代の独身男性やその予備軍の存在が問題化してくるのは明らかなだけに、何とかしていかなければなりません。

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