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2006.02.28

福祉の黄門様を招く

26・27日に行われた、全国在介協トップセミナー・研修会に参加してきました。
研修そのものも大事なのですが、合併のその時を直に目の当たりにしたくないという思いで、逃れてきたのです。

実質二日目の午前中だけしか参加できない日程だったのですが、シンポジウムの席で黒木会長がわからん市町村には儂が足を運んで説明するとおっしゃったので、弘前市の惨憺たる準備状況を伝え、ぜひ福祉界の黄門様として弘前市に来てくださるよう訴えました。
さすがの黒木会長は、その場で87歳の老い先短い身であるから、まずは弘前市に行きましょうと即答してくださいました。

黒木会長のこの姿勢、また周りの方々の地域福祉を思う情熱があるからこそ、苦しい状況でもたくさんの人が集まる研修ができていると思いますし、私もその一翼を担う活動をしていこうと思っています。

弘前市に「行って」、最後の昼食

下田肇事務所開きを終え上京する前に、行きつけのラーメン「八屋」にお昼を食べに行きました。
八屋は、高校時代からかれこれ千杯以上は食べにいっている、おいしい室蘭ラーメンの店で、おやじさんご夫婦には子どものようにかわいがっていただいています。
弘前に行って食べるというと、ここが真っ先に思い浮かぶのですが、夕方には東京にいるだけに、合併前に地元で食べる最後となるのであれば、やはりココしかないと思って、足を運びました。

いつになく混んでいる店で、いつもの味噌コーン大盛りを食べてきましたが、ご夫婦からも、これまでご苦労さんだったけど、次はまた出るんだよと応援の言葉をいただきました。
その温かい思いで見守ってくれる日本一おいしい店とのご縁を、これからも大事にしていきたいと思います。

2006.02.24

閉庁式

先ほど、村役場の閉庁式が滞りなく終了しました。

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私も最後の公務ということで参列してきましたが、ほとんどの職員・議員が1Fの狭い通路に集合して、村長・教育長そして議長のあいさつを聞き、退任となる二人に花束を贈呈して、握手で見送りました。
約20分のセレモニーで、本当に相馬村が終わりました。

2006.02.20

閉村記念式典で涙

19日、相馬村閉村記念式典が挙行されました。

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相馬村の歩みをまとめたビデオ上映に続いて、山内良衛村長が式辞を述べましたが、途中で感極まって絶句し、声がうわずってのあいさつとなりました。
私の最後の一般質問でも涙を見せた村長ですが、自らが最高責任者として相馬村にピリオドを打った重さが涙となったのを見て、やはりこの方の村を思う気持ちは私と同じ、いやそれ以上だと感じ入りました。
帰り際にあいさつしにいくと、「あのときと今回は、さすがに泣けた」とおっしゃってくださったので、私も涙をこらえきれずに、固く握手をしました。

多くの方々から、なぜ辞めるのか、ぜひ次に出てがんばれと、温かい励ましの声をかけていただいたのもありがたい限りですが、小中学校の代表が読んだ作文からも感じられるように、若い世代が村に抱いているプライドを守っていけるような地域づくりを進めていくことが、まずは私に科せられたテーマだと思っています。

2006.02.17

智高さんと、久々に語らう

今日は新予防給付従事者研修の後期日程が藤崎町で開催され、主催者としてあいさつのために行ってきました。
藤崎町はご存じのとおり、私が政治の世界で兄と慕う小田桐智高さんが町長をされており、久しくお話しする機会がなかったので、隣接の会場から町長室に顔を出してきました。

忙しい中で30分も時間を割いてくださり、私の辞職の件や合併後の町政運営、さらには政治状況の分析など、さまざまな件でなるほどと思える考えを聞くことができました。
何より、政治家が決断するには、有権者の声に耳を傾けることが一番大事だと話してくださったのが、印象に残りました。
しがらみの中でそう思ってもできない場合や、大勢に迎合してしまうことがあるだけに、まさに政治にかかわる者には大事なことを改めて確認することができ、さらにスケールアップされたなあと感服してしまいました。

臨時会で大型補正

16日に、最後となるであろう臨時会が開かれました。
一般会計で、統合保育所の建設・ロマントピアへの赤字補てん・ねぷた愛好会への補助などが盛られた、3億円を超える大規模補正や、集会所などの無償譲渡などの案件で、9:00からの全員協議会で1時間半、本会議は引き続き13:00までという、ハードな審議となりました。

上記の件が論議の中心になると思っていたのですが、反対派の方々が標的にしたのは、エビ養殖施設条例の廃止と、共有林の地区への分配でした。
どちらの件も、指摘している点にうなずける部分もあるのですが、どうしても私的な思惑が先行して追及している感が強く、最後の最後まで後味の悪いものでした。

何はともあれ、統合保育所の建設に踏み切ることができ、村長にとっては土壇場で公約を果たすことができたわけですが、私にとっても議会の場で一番発言を重ねてきたことだけに、うれしい限りです。
またロマントピアとねぷたの件は、これからの村づくりにおいて鍵を握ることだけに、これが無駄金にならないようにしていくことが、大事なことだと思っています。

2006.02.15

小規模多機能でねばる

今日の午前中、介護保険事業計画策定員会が開かれ、来年度からの計画最終案が示されました。

前回あれほど念を押して追記を求めた小規模多機能への転換ですが、結局盛り込まれていませんでした。
専門部会で検討した結果、新たな施設整備は行わないこととしたので、小規模多機能もゼロという説明でしたが、私が求めたのは認知症対応型デイやグループホームからの転換ということで、プラスマイナスゼロにはならないまでも整備費用は発生しないし、これからの方向として重要な柱とされている事業が全く展開されないのでは困るということを訴えました。
他の委員の方々も、それは大事なことだと相づちしてくれたので、数値としてはゼロでも「小規模多機能への転換を図る」といった文言を追加するよう、再度求めることになりました。
こういうことでも、相馬村だけで話し合っているのであればすぐに通るのですが、市内で業者が暗躍することにつながってしまってはという懸念で、書くに書けないという事情もあるということでした。

ちなみに来期からの保険料標準額は、5,000円未満で済むはずが弘前市・岩木町での安定化基金返済分の上乗せで5,285円となってしまいました。
せっかく相馬村としてまじめにやってきたのが、合併で踏みにじられている感じで、やっぱり合併のメリットがないというのが、今日の結論でした。

2006.02.14

一中生に合併を語る

私の所属する弘前ライオンズクラブでは、弘前一中で毎年「ふれあい授業」という授業をする活動を行っています。
私にも二度目のお声がかりがありました。前回は福祉とインターネットという仕事がらみの内容でしたが、今回は合併を目前に控えて、相馬村という地域のことや村づくりをテーマに話をしてきました。

行ってみると、受け持ちクラスが長慶苑に体験学習できてくれたクラスに変更となっており、おかげで全員相馬村を訪ねたことがあることになってしまい、出鼻をくじかれましたが、自分が高校に進学した頃は全く知られていなかった相馬村がロマントピアや飛馬ブランドのりんごのおかげで知られるようになり、若い世代がそれを誇りに思っていることで、合併に対する姿勢を変えたことなどを話しました。
生徒にとっては、少々つまらない話題だったかもしれませんが、終わってから子ども会のことを話題にしていた子もいたので、ホッとしました。
今回の話が記憶に残って、少しでも地域づくりに関心を持ったり、相馬村に住みたいと思う人が出てくれたら、うれしい限りです。

NPOそうま、産みの苦しみ

12日に、ロマントピアと弘大主催の形で、NPOそうまについての説明会を行いました。
出席の返事をもらっていた方や、見こんでいたねぷた愛好会のメンバーが来なかったこともあり、少々寂しい人数になりましたが、予定の時間を超えて、さまざまな角度から意見交換ができました。

出された意見としては、全戸加入をめざすのであれば地区を巻き込んだ形に持っていくべきだというのが多く、よいこと必要なことだとは思うが自分が主体となって動くところまではいかないようなニュアンスが感じられました。
役場という絶対的な中心があった時代ならばともかく、これからは自分たちで地域を守っていく気概が必要だと思うのですが、どうしてもこれまでのやり方から抜け出すのは難しいのだと、痛感しました。

ただ、提言の報告者として協力していただいている弘大の山下先生が、かかわっているうちに、やったらいいですよというのからやらなきゃいけないと思えてきたと言ってくれたように、何度も場を重ねていくうちに、そういう共通感覚が生まれてくることを信じて、これからも各方面に働きかけていこうと思っています。

2006.02.11

トリノからのメール

いよいよトリノオリンピックが開会となりました。
世間の注目は女子フィギュアやモーグルに集まっているかもしれませんが、これまで何人もの五輪選手を輩出してきた相馬村の人間としては、アルペン男子の佐々木・皆川、そして複合の高橋が、日本や世界をあっといわせる成績を上げてくれるのを期待しています。

ところで前にもふれましたが、その複合ヘッドコーチとして中学の同級生・成田収平がトリノ入りしています。
開会式を終え、日本選手団の先頭を切って出陣する直前情報がメールで届きましたので、皆さんにもお知らせします。

「おはよう。
トリノです。今朝は天気も快晴。気温はー10度くらいかな!?
いよいよコンバインドは今日初戦グンダーセンです。コーチングボックスで日の丸扇子で合図しますので見てて下さい。
高橋の腰も大丈夫な感じです。試合は出ます。」

皆さんも、複合チームへの応援、よろしくお願いします。

最後の村民スキー大会

合併目前で、やることなすことすべてに「最後の」という冠がついてしまいますが、今日はスキー大会3連戦の最後となる村民スキー大会でした。

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最後ということで、協議役員としてのお手伝いより自分も選手で出ることに意義があると無理して出場しまして、7人中6位と少しばかり地区優勝に貢献できました。
午後の親子そりや雪上綱引きまでかり出されてしまいましたが、おかげで最後の大会を最初から最後まで楽しむことができました。

2006.02.10

新市の人事、発令

昨日の午前中に、新弘前市の人事が発令になりました。
今日の中郡大会にも役場職員が何人かスタッフで来ていましたので、顔を合わせると「どこになりましたか?」というのがあいさつ代わりになっていました。

朝刊に出ていた名簿を見ると、相馬総合支所に来る方よりも本庁に移るのが20名近いということで出ていく方が多く、やっぱり出先の一つになっていくのかなあという、寂しいものを感じました。
その懸念を吹き飛ばすように、総合支所長となる成田経済課長をはじめとした残る方々にも、相馬村が寂れないように住民ともどもがんばってほしいと思います。

五輪トリオを迎えて、最後の中郡大会

今年で35回目となる中津軽郡スキー大会が、先ほど終わりました。
この大会も合併のあおりを受けて長い歴史に幕を下ろすことになりましたが、それを記念して、この大会から巣立ったオリンピック選手3名を迎えての開会式が行われました。

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レークプラシッドの沢田敦先輩、サラエボの中沢祐政先輩、カルガリーの熊谷克仁で、お二方は相馬中スキー部の先輩であり、熊谷は隣の津軽中で同級と、私にとっても縁深い面々です。
自分たちに続く選手が出てほしいと激励されていましたが、その記念の大会で長女の陽香が4年女子大回転で優勝できたのは、何よりうれしいことでした。

2006.02.08

本当に最後の説明会

合併まで20日を切りましたが、相馬村では合併後の暮らしに不安がないようにと、二夜にわたって説明会を開催しました。
昨夜は通夜とねぷた愛好会との話し合いが入って出席できませんでしたので、今夜の本当に最後となる相馬地区での説明会に青森市から駆けつけました。

両会場とも50名近い方が出席ということで、身近な話題の質問が続き、つつがなく終了しました。

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最後は保育所統合の質問も出ましたが、そこで村長から国の緊急対策にからんで補助のめどが立ちそうなので、最後の臨時会に提案したいという、議会にも伝わっていない話が飛び出しました。
終了後に、ねぷたの件とあわせて考えを聞かせていただきましたが、駆け込みでの事業ということではなく、ギリギリまで相馬村に必要なことを遂行するという姿勢と、うれしく受け止めました。

16日が最後の臨時会の予定ですが、まさに最終決戦の場となりそうです。

ぱるるプラザの「西田」さん

従事者研修は青森駅前にある「ぱるるプラザ」で開催されたのですが、このタイトルでピンときた方もおありでしょう。東横イン・西田社長に負けず劣らずの方に出くわしました。

駐車場の台数の少ない会場であり、司会ということもあって、早く向かったにもかかわらず、「空」の表示で入っていった地下駐車場は、車イスマークのところ2ヶ所しか空いていませんでした。
隣接の駅ビル駐車場に向かおうとしたところ、係員の方が「ここをお使いください」と声をかけてきました。
「ここは障害者の方のためのところですよね?」と問い返したら、「きたら、他に行ってもらいますから」と、平然と答えました。
それで済む問題ではないので、当然ながら隣の駐車場に入れておきましたが、東横イン事件は他人事でしかない、この係員の方のメンタリティは西田社長と何ら変わりません。

ところで昼食の懇談の際に、この件を話題にしながら、欧米では決して車イスマークのところには停めないというのが徹底しているというのを、トリノ五輪でも複合ヘッドコーチを務めている中学の同級生・成田収平から聞いたことにふれましたら、午後の講師である県立保健大・理学療法科の三浦雅史さんが、収平の母方のいとこなんですとカミングアウトしたので、またビックリしました。

新予防給付従事者研修

4月からの介護保険制度改正での大きな目玉である、新予防給付のマネジメントに従事する予定の職員に対する研修会が開催されました。

中旬の演習編は3地区に分かれる形式となっていますが、今回の講義編には1事業所1名の制限にもかかわらず500名を超える方々が全員集合しました。

それだけ現場の関心は高いのですが、4月の時点で40となる市町村のうち、そのマネジメント機関である地域包括支援センターを当初から立ち上げるのは半分に過ぎず、なおかつ今回参加した居宅支援事業所すべてが介護予防プランの委託を受けられるとは限らないのです。
青森県は、要支援・要介護1の軽介護度の方々が全国に比して多く、それゆえに新予防給付にはどこよりも真剣に取り組まなくてはならないのですが、市町村が動かないことで、逆に全国でも最低レベルの実施率になりそうです。

司会を仰せつかっていた特権で、この研修が無駄にならないよう、事業所・介護支援専門員側からも市町村に強く実施を求めてほしいと、最後に訴えておきました。

2006.02.07

「ねぷた愛好会」の声を聞く

弘大から提言された「NPOそうま」を形あるものにしていくために少しずつ動いておりまして、12日にはロマントピアと弘大の共催で若い世代向けに再度説明会を開くところまで持ち込むことができました。
何とか多くの人に集まってもらい、相馬村を思う気持ちを結集させていきたいと思っています。

ところで気になっていたのは、その取り組みの起爆剤となるはずの弘前ねぷたに出ようという話は本当にあるのかということでした。
説明会の案内を出したことで情報が入るようになってきて、中心となっている顔ぶれや、すでに農協には計画書を出したが色よい返事をもらえなかったことまでわかってきました。
ちょうど今夜、その「ねぷた愛好会」が会合を持つというので、連絡を取って同席させてもらい、今回の説明会やNPOを立ち上げる意義を話したところ、それを活用してねぷたを成功させるようにしていこうということになりました。

ようやく、漠然とした机上の計画から、具体的な核ができる糸口が見えてきましたが、さらに多くの人たちに、理解と参加を呼びかけていかなくてはなりません。
がんばります。

新プラン、やる気なし?

青森県総合計画計画審議会と名称変更された「生活創造推進プラン」の委員に、2年の任期で再任されました。

5年計画の2年目に入るところですので、新たにプランを作るのではなく、設定された目標に向かって施策が展開されているか検証するフォローアップが中心なのですが、今年まとまられた「生活創造白書」は担当部局からの評価にフォローアップ委員会で修正を加えるというスタイルで作られたそうで、全く無味乾燥で評価の厳しさがみじんもないものでした。
この委員会を増員して充実させるというのが今期の方針なのですが、新たに委員となった方々の顔ぶれは、失礼ながら政策評価などは無縁すぎるような方ばかりをピックアップしてきたのが見え見えで、公募も行われなくなりました。

今年度で政策マーケティング委員会も終焉となるだけに、ここできちんとしたことが行われないと、県民のための行政という視点が失われてしまいますので、このやる気のない状況を吹っ飛ばしたいと思っています。

2006.02.05

西目屋で合併を思う

実技テストのさなかでしたが、西目屋で「村をよくする会」の大集会があったので、我が友・関和典さんにエールを送るために駆けつけてきました。
本当に大勢の村民と、太郎代議士はじめ津軽の若手議員が顔をそろえ、さながら総選挙のようでした。

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そこで最大の争点となっているのが、西目屋村の合併問題です。
関さんは、将来の合併は否定しないが白神と津軽ダムを放り出しての合併はよくないという主張で、相手陣営はすぐにでも合併という姿勢です。
関さん側の方々とは、中津軽郡3町村での小規模合併を模索した仲でもあり、今の相馬村の置かれている状況を見れば、飲み込まれるような合併には未来がないと実感できるだけに、ぜひとも中津軽郡最後の砦を関さんに守ってほしいと、思わずにはいられません。

長慶苑の実力を測る

今日は一日がかりで、長慶苑のケアワーカー50名の介護技術の実力を測るテストを実施しました。
これは、介護福祉士の資格を持って採用されていても、実際の業務や苑内研修の中で明らかに実力不足の職員が目につくため、捨て置いておくわけにいかないと思い、秋口に宣告して準備してきたことです。
介護福祉士国家試験に準じた内容で行ったのですが、ベーシックなところでできていない共通項が見つかったり、やはり全般的に見直していく必要を感じました。

介護保険制度は猫の目のように変わりますが、そこで行われる介護の基本が揺らぐわけではありませんので、大事にすべきことは何か常に立ち戻って、着実に歩むことが大事だと思っています。

2006.02.03

がんばれ、新理事長!

お昼に、弘前青年会議所=JCの理事長に就任した大中実君と懇談しました。
実君は、高校時代の同級生の弟でもあり、木村太郎代議士の後援会でも一緒してきた旧知の仲ですが、これだけ時間をとって話をしたのは初めてでした。
ある件で私からレクチャーを受けておきたいということだったのですが、お昼をはさんでまさに談論風発にさまざまなテーマで、弘前市をこう変えていこうというアイデアがわき出てくる、楽しい時間を過ごすことができました。

すでに40歳を超している私にとっては、JCのメンバーはみな後輩ということになりますが、若い世代に知っていることを伝え、逆にそこから刺激をもらって励みにするような関係を続けていきたいと思っています。
何はともあれ、この一年で完全燃焼めざして、がんばれ!とエールを送ります。

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