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2005.12.31

9年目のおせち配食

年中無休24時間開業している老人ホームには仕事始めや仕事納めは存在しませんし、利用者がほとんど正月帰省できずに家族の方々が面会に来られるこの時期は、休むわけにはいきません。
そこであいさつを交わすことが仕事の節目であるわけですが、これで一年も終わったと思うのは、何といっても恒例のおせち配食です。
今年で9年目となりましたが、ここ数年の配食サービスを使う方の減少に伴って、今回も私の担当は4件だけでしたが、年越しのあいさつをしながら、小雪舞う中村内をぐるっと回ってきました。

いよいよ来年は合併の年、また介護保険制度の大変革もあります。
福祉の理想と自らの信念を貫いて邁進していく所存ですので、来年もよろしくお願いいたします。
みなさん、よいお年を。

不思議なミニ同窓会

昨夜は今年最後の忘年会ということで、少々飲み過ぎました。
集まったのは高校の生物部の同期と一年下だったのですが、実は私は生物部ではなく、仲のよい同期と学年では下になる長慶苑の嘱託医がいることもあり、メンバーに加えてもらいました。

本来であれば、顧問であった阿部東先生を囲んでの席となるはずだったのですが、何と直前に海外に行かれたということで、主賓不在となってしまいました。
私としても、「岩木山を考える会」の会長である東先生とお話ししたいというのもあって参加しただけに、とんだ肩すかしだったのですが、それを忘れてしまうほど話がはずんで楽しい時間を過ごしことができました。

考えてみれば、クラスが一緒だった人もいなかったのですが、自治会や他の時間をともに過ごしたことで得た縁の方が今となっては強く残っていて、こういう機会を与えてくれるのですから、中学からたった一人で進学して心細かったのが嘘に思えるほどです。

2005.12.27

スキークラブ総会

26日に、ロマントピアスキークラブの総会が開かれました。
審議そのものより、懇親会で酒を酌み交わすのがメインなのですが、今年は参加者が例年の半分くらいで、こぢんまりどころか寂しい人数でした。

それでも、小学校のスキー部の親3名とずっとコーチをしてくれている大先輩とともに最後まで残ってしまい、とうとうコーチのお宅のおじゃまして午前様になってしまいました。
こういうつきあいができるのもスキーにかかわってきたおかげですし、今年も少しでも協力していこうと思っています。

2005.12.24

安井元会長の還暦祝い

怒濤の二日の余韻もさめない21日、弘前ライオンズクラブ第43代会長・安井健男ライオンの還暦祝いがあり、私もその期の役員の末席を仰せつかっていたご縁で出席しました。

DSC02512.JPG

当時も任期終了後、自宅に役員と家族を呼んでねぎらってくださった心配りのある方だけに人望もあり、なんとこれが5回目の還暦祝いということでしたが、気心の知れた当時の役員や同期の他クラブの会長方からのお祝いを、たいそう喜んでくださいました。

私も一番若い参加者としてスピーチをする機会をいただきましたが、今年は年次大会・複合年次大会の式典委員長としてお世話になっただけに、そこで示されたライオンズの神髄を知り尽くした経験をこれからも発揮してくださいと、言祝ぎしました。
こういうご縁をいただき、ふだんはしない下働きをさせてもらえるのが、私がライオンズクラブに足を向ける最大のモチベーションです。

ヒアリング前にハプニング

上京したのにはもう一つ理由がありまして、仙台にある東北運輸局での移送サービスヒアリングで試験があるため、それに使う『自動車六法』を手に入れるためでした。
本来であれば、申請手続きのためにももっと前に購入してあって然るべきものなのですが、さまざまなことの一番最後に回してしまってきたため、全く付け焼き刃になってしまいました。

事前に最小限の法令はネットでダウンロードしていたのですが、やはり書籍がいると思い、在庫があって首都圏の最寄り駅で受け取りができるというので、18日の早朝あるサイトでで注文しておいたのです。
ところが、最終便で到着して宿泊先の駅にあるコンビニに受け取りに行ったところ、連絡がないというので、コールセンターに電話してみると、要領を得ない対応でしたので、明日仙台に向かうまでに手に入るよう強く求めましたが、結局その夜はコピーで勉強する羽目になりました。

最終的には出発前に書籍を手にすることができ、試験そのものも心配するほどのことがなかっただけに事なきを得ましたが、やっぱり用意周到でなければならないと反省しながらも、誤解を招く表示や対応に腹を立てずにはいられないできごとでした。

じゃぱんぷろでゅーさー・松野豊

本来であれば、翌日朝イチで仙台に向かって移送サービスのヒアリングという予定なのですが、どうしても自分が立ち会って引き合わせをしたいことがあり、大雪で飛ぶのが心配だった最終便で上京しました。

引き合わせをしたかったのは、ローカルマニフェスト地方議員連盟共同代表にして、議員へのインターンシップNPO「ドットジェイピー」理事である、千葉県流山市議・松野豊さんです。
4月のLM議連運営委員会で初めて会って以来、36歳という若さにして飛び抜けた行動力や人脈を持つ彼に一目置いていました。
私としても2月で議員辞職した後も政治をサポートする立場として、学生が政治に関心を持つきっかけとして地元でもインターンシップができる環境ができればと思っていまして、その橋渡しをしたいと彼に頼んだところ、話を聞かせてもらえることになったのです。

指定の場所で応対してくださった方から、以前リクルートにいたことを初めて聞き、そのバックボーンを知りましたが、約1時間の話の中で、まさに「じゃぱんぷろでゅーさー」を名乗るにふさわしい経験と識見を持っているのを実感しました。
こういう人との出会いを大事にして、これからも政治にもかかわっていきたいものです。

新予防給付のスクリーニング

学院大の講義を終え、長慶苑に戻って来年度の主任級人事を発表した後、夕方の要介護認定審査会に出席しました。

要介護認定は、介護支援専門員が基本調査したデータをソフトで一次判定し、その特記事項や主治医の意見書を付した資料を、医療保健福祉の専門家によって構成される審査会で検討し、最終的な介護度を決めるという仕組みになっています。
今回の審査会には、来年度からの新予防給付の対象とすべきかどうかを選別=スクリーニングするモデルの案件が含まれていました。
当日に追加されたものを含めて、可能性がある10の案件で二次判定で要介護1となったのは1件、それも状態が不安定だという傷病の記載があり、新予防給付の対象となる「要支援2」に該当したのは、ゼロという結果でした。

新予防給付は、現在の要支援と要介護1のうち8割が該当となると見こまれていますが、今回の結果から思ったよりも少ない数に収まる感じを受けました。
また予防に該当するとなっても、利用者本人が希望した場合はこれまでどおりの介護サービスを受けることも可能ですし、その予防型のサービスそのものも中身はこれまでどおりで済む程度の骨抜きにされた状態ですし、改革の成果が上がるとはますます思えなくなりました。

ただ、新弘前市を含めた津軽広域連合8市町村では、来年度当初から新予防給付をマネジメントする地域包括支援センターを設置するところがないので、まさに絵に描いた餅です。
実効があるかないかも、やってみなければわからないだけに、これからも早期実施を迫っていくつもりです。

2005.12.23

実習基礎論の講義

策定委員会を終えて、すぐに弘前学院大での実習基礎論の講義に向かいました。
これは、来年社会福祉実習に出る2年生を対象にして、各分野の現場の実態をレクチャーする講義で、高齢者については私が3年連続で仰せつかっています。
内容としては、介護保険制度改正の内容、中でも特養解体の流れと在宅介護支援センター再構築を詳しく説明し、それをふまえてソーシャルワークや福祉についての私見を語ってきました。

それだけ自分の思いを知ってもらう機会があるのですが、いまだに長慶苑には1名しか実習生が来たことがありません。
それは、この場を借りて「長慶苑に来ても、利用者には指一本ふれされない」と明言しているのが影響しているのは間違いありません。
ほとんどの施設では介護福祉士実習と何ら変わらない中身になっていて、大学側も学生もそれで仕方ないと思っているだけに、相談援助の専門資格をめざして学んでいるのですから、介護をする必要はないという考えに、びびってたじろいでしまうようです。

そういう私が講義を任されてきたのは、それを改めていこうという熱意ある先生方の計らいだったのですが、経営サイドからは疎ましく思われていたようで、来年度は新天地に移るのが決まっています。
これでは津軽の福祉はよくならないし、自分がかかわるのも今年で最後かと思ったせいもあり、ついついボルテージの上がった講義となってしまいました。

介護保険事業計画の素案

19日から20日にかけては、まさに怒濤のスケジュールでしたが、それぞれ伝えるべきことがありますので、遅ればせながらまとめてアップします。

19日の午前中は、介護保険事業計画策定委員会でした。今回は素案が示されるということでしたが、目についたのは日常生活圏域の区割りの変更と、地域密着型サービスに含まれるグループホームと、今回の改正の目玉の一つである「小規模多機能居宅介護」についてでした。
前回、飛び地で区割りされたのに文句をつけた相馬村の生活圏域は、広域農道「アップルロード」でつながった4中学校区をまとめた、人口43,000人の広いエリアに変更されていました。
ただ、その中には完全に市街化されている小学校区も含まれており、他のエリアではそういう部分での配慮があるだけに、もう少し綿密に考えてもらいたいものだと感じました。

それより、地域密着型のカテゴリーに入ったことで、その市町村の住民しか利用できなくなるグループホームの定員約700名のうち、2割が外部からの入居者であるため、次期の建設は認めないとしたこと、またそれだけ既存のサービスがあるため、「小規模多機能」の新設も認めない計画となっているのには、驚きました。
そこで、供給が上回っているグループホームや認知症対応型デイを小規模多機能に転換させて、新たな改革の目玉が実現するよう検討すべきだと提案しました。
これが実現しなければ、「地域包括支援センター」が中弘南黒地区全市町村で立ち上がらないのに続く汚点となりますので、これから強く働きかけていきたいと思っています。

2005.12.17

上機嫌の禁煙セミナー

昨夜は、相馬中学校・地域交流ホールを会場に、「タバコ病と最新の治療」と題して健康講演会を開催しました。
講師は高校の同級生でナルミ医院副院長、最近では青森県および津軽地区タバコ問題懇談会代表世話人として、この問題に精力的にかかわっている鳴海晃さんでした。

この講演会のきっかけは、メルマガでふれたとおり、長慶苑で全面禁煙をすることにしたので、それを村民の方々に知ってもらう宣言の場でもあり、また現在喫煙している職員にどれだけ害のあることなのかをきちんと理解してもらうために企画したものです。
私も以前から関心は持っていましたが、実際のタバコの害や青森県の実態を知るにつけ、もっと徹底的な教育や対策が必要だと痛感しました。

それ以上に感心したのは、はじめて聴いた晃さんの講演のうまさでした。
いつも温厚でにこやかな方なのですが、それをそのままにどれだけ害があるかをきちんと厳しく話をされたので、大したものだと思いました。
私の場合は、きついことがさらにきつく伝わるようないい方だったり、どうしても演説口調になってしまうので、聞く側には受け付けないものがあるという指摘を受けることもあります。
それで斎藤孝さんの『上機嫌の作法』なども読んで勉強していますが、まさにそれを実践して見せてくれた晃さんを見習いたいものだと思いました。

2005.12.15

忘年会で津軽路ビール

特別委員会も終わりましたので、昨夜は議会最後の忘年会で錦水に泊まりがけで出かけました。
不肖私が宴会の幹事長を務めてきたのですが、最後ということで津軽ではもっともリッチな場所を選びました。(もちろん、自費です)

これまでのお礼に、宿でも出している大鰐町の地ビール「津軽路ビール」を支度しましたが、皆さんに好評であっという間に空いてしまいました。
このビールを造って販売しているのは、私の友人・相馬康穫(やすのり)君です。
同い年ですが、このビールを全国各地に売り込むとともに、まちづくりにも精力的にかかわっている、すばらしい友です。

最後ということもあって、恒例の説教も口論もなく、楽しい酒宴は延々と続きました。(笑)

ふれあいセンター基本計画

昨日の午前中は、合併特別委員会でした。
市町村での協議事項で新たに決まったものの報告や、合併までのスケジュールについても説明がありましたが、メインは役場などを取り壊して建設される「ふれあいセンター」の基本計画でした。

今回は3社にコンペの形で基本設計を出してもらい、それぞれ説明した後そのうちの一つに絞って住民とのワークショップで意見を聞くことになっています。
確かにその採用となったものが、私の素人目にも一番よいように思えましたが、完成までに3年がかりとなるようで、さまざまな部分で影響が出てきます。

仮庁舎となるであろう開発センターの機能やその後のあり方、村民ばかりでなく近隣の方々も利用している「御所温泉」の休止、その代替にロマントピアまでの便を図るシャトルバスなど、一つの建物を建てるにとどまらない大きな問題です。

だからこそ地域全体のあり方を考える形でのワークショップが大切だと思うのですが、公募したところ応募者がゼロだったので、メンバーをピックアップして開催することに切り替えたそうです。
これは非常に残念なことですが、そこで住民の意見を取り入れるとともに、これは大事な問題だと気づいてもらえればと思っています。

2005.12.13

最後の一般質問に、村長の涙

相馬村としての最後の定例会が、9日から開会となり、昨日は最後の一般質問の日でした。
地元紙で報じられてもいますが、今年3月に表明したことを貫いて辞職願を提出した私にとっては、27回連続の今回が議員として最後の一般質問でもありました。
傍聴者の中に病のため任半ばで退職された前議会事務局長の姿もあり、感無量の思いでした。

今回は、一番数多く取り上げてきた子育て支援に関連して、住民との話し合いをしてほしいこと、人口の減少に歯止めをかけるために第二期の住宅団地を計画してほしいこと、そしてこれからの村づくりに山内良衛村長がしかるべきポジションでかかわってほしいことを質問しました。
満足した回答ではありませんでしたが、最後にやめる私にもエールをとお願いしたところ、若い力をこれからも地域のために発揮してほしいと激励された後に、ハンカチで目頭をおさえていました。

合併では意見を異にしたとはいえ、それ以外では先頭に立って村長を支えてきた自負もありますし、それ以上に子どもの頃からかわいがってくださった村長がそこまで思ってくださったのには、感謝以上に驚いてしまいました。
質問が終わってから、議場で堅く握手をしてお礼の気持ちを伝えましたが、これだけ思ってくださる方々のためにも、相馬村のためにがんばっていかなければならないと心に誓いました。

2005.12.11

スキー部父母の会

昨夜(10日)は、スキー部父母の会の集まりがありました。
長女が今年からスキー部に入ったので初参加なのですが、これでも元スキー部の端くれですし、先輩後輩が今では親としてかかわっていますので、気心の知れた場に戻ってきた感じです。
おかげで昔話もはずんで、ずいぶん遅くまで楽しく酒を酌み交わしました。

それでも、活動していくにあたっての費用や道具のことなどで実態を知るにつけ、
そういうことを気にせずにスキーができたことには感謝したいと思いました。
スキーの村・相馬としても、これがネックで参加できない、続けられないというのがつきまとっていまして、何とかしていかなければならないことだと、改めて感じました。

クリスマス例会

今日は、所属する弘前ライオンズクラブのクリスマス例会でした。

DSC02456.JPG

ライオンズクラブの本義は社会貢献ですが、それ以上に社交の場でもありまして、そのどちらも家庭には負担をかける部分が大きいわけで、この日ばかりはその罪滅ぼしも兼ねて、家族そろっての例会です。

ただ、今日は午前中に娘たちのソフトバレーボール大会があり、夜は長慶苑の忘年会と予定が重なっていまして、全部かけ持ちの妻にはいつも以上にハードな一日でして、何ともかんともです。
ちなみに私は、明日の一般質問に備えて、忘年会は遠慮させていただきました。

2005.12.07

JAいなほ会に講演

3月の講演が好評だったせいか、JA女性部の担当から声がかかり、最年長グループ「いなほ会」対象に講演をお願いされて、ロマントピアに行ってきました。
年齢が65歳以上の方々ということもあって、介護保険制度改正について非常に熱心に聞いてくださり、村内の情報や質問も相次いで予定を1時間近くオーバーしました。

その中で16日に予定している講演会の案内もしたのですが、帰り際に参加者の一人が寄ってこられて、利用者である家族の喫煙のことで頭を悩ましているので、ぜひ長慶苑の職員にも強く働きかけてほしいという訴えがありました。
合併後の長慶苑の活動として地域の健康づくりを掲げるという大義名分と、職員全員が禁煙する宣言としての講演会を企画していますが、こういう声を聞くと、真剣に取り組んでいかなくてはならないテーマだと、改めて実感しました。

その講演会のご案内です。

健康講演会「タバコ病と最新の治療」
日時:12/16(金) 19:00〜
場所:相馬中学校・地域交流ホール
講師:ナルミ医院・鳴海晃医師(津軽地区タバコ問題懇談会代表世話人)
会費:無料

2005.12.03

「WINGあおもり」忘年会

昨夜は、青森県下の若手政治家の集まりである、「WINGあおもり」の忘年会が青森市であり、私もセミナーのあった五所川原市から向かいました。
今回は、少々参加人数が少なかったのですが、その分和気あいあいと合併のこと、選挙のことなど語り合うことができました。

この会の会長は木村太郎代議士ですが、11月初に防衛庁副長官となってからはじめてゆっくり接することができました。
防衛庁の長官・副長官は、どちらかが必ず防衛庁に1時間以内のところにいなければならない危機管理の中枢ですので、これからはなかなか地元に帰れない、盆正月もないと話していましたが、この夜ばかりは気心の知れた仲間に囲まれてホッとしたのか、珍しくカラオケ3曲も披露してくれました。

あの調子なら、来年の長慶苑夏まつりで1曲歌う約束も果たしてもらえそうです。(笑)

地域活性化セミナー

昨日、五所川原市で行われた「地域活性化セミナー」を聴講してきました。

中小企業家同友会から、『現場主義の人材育成法』の近著がある関満博さんと、三鷹市の関幸子さんが講師との案内をもらったので、前著『現場主義の知的生産法』から得るものが多かった関先生のお話を聞いてみたいと、参加したわけです。

関さんの三鷹市でのまちづくりも参考になりましたが、関先生は豪快な情熱あふれる語り口で、志ある人材を育てるためにゼミ生を中国に送りこむきっかけから、人材を軸にした地域づくりまでつながる、エネルギーを分けてもらえるようなお話でした。
私は、その関先生がこれからの仕事と言ってくださった福祉にかかわっているわけですが、そこに志が低い人材が少なからずいる現状をどうしていけばいいのか、逆に考えさせられました。

それ以上に感銘を受けたのは、このセミナーを開催しているEMS社、それを率いる古川岩雄会長の姿勢です。
同席した方から聞くところでは、古川会長はもうけは地域に還元すべきだという考えで、このセミナーをすでに5回開催しているのだそうで、有機ELという最先端の技術にチャレンジしながら地域を思うという、まさに関先生の言葉を地でいっている方です。
こういう方と知己を得ただけでも、雪の中五所川原市まで足を伸ばしたかいがあったと、感謝しています。

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