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2005.02.24

プレゼンで自戒

ろうそくまつりの直会の席で、地区の方々からいろいろなお話を聞かせていただくべき立場なのですが、日頃お世話になっている県社協から研修会での報告を引き受けていたので、お膳だけいただいて高速で青森市に向かいました。

今回は、社会福祉法人の経営者・代表で組織している経営協の研修会で、障害者のケアマネジメントがテーマです。そこで制度として先行している介護保険施設での実態を30分話してほしいということでしたので、これまでの発表のものを少々アレンジしすれば何とかなるというつもりで、安易に臨んでいました。

Macオンリーのプレゼン用ソフト、Keynoteで作ったファイルは昨夜のうちに準備したのですが、到着してみると電源アダプターどころかプロジェクターとつなぐアダプターを忘れてきており、あわててWindows版もあるPowerPointに書き出す羽目になりました。
加えて、ようやく熱は下がったものの、のどの調子は悪いままでしたので、30分何とか声が続いたような状況で、中身をほめていただいても、準備と体調の不備を自戒しないわけにはいきませんでした。

ろうそくまつり

今日は、相馬村の一番奥まったところにある沢田地区の神明宮例大祭、いわゆる「ろうそくまつり」にお招きをしていただきましたので、行ってきました。

Dsc01808

この岩に供えられたろうそくの流れで作況を占うのですが、氏子総代の見立てでは今年は平年作、風の被害はないが水は少し心配とのことでした。

ところで、昨年までは商工会に委託して出店が出たり、沿道にもろうそくが灯されたりと、冬の観光イベントとしても知られるところまでなっていたのですが、今年は崩落の危険があるとのことで、それらは中止となってしまい、私もインフルエンザだというのもあって、昨夜は足を運ばずじまいでしたので、地元紙の報道に少し申し訳なさを感じていました。

相馬村沢田で「ろうそくまつり」

ただ、地区の方から思ったよりは人出があったと教えていただいてホッとしましたが、400年以上も続いているこの風習を、十数戸に減ってしまった地区の方ばかりでなく、自分たちにとっても大事なまつりとして続けていくようにしなければと、温かいもてなしを受けながら思いました。

インフルエンザでダウン

土曜の夕方から悪寒がしていたのですが、月曜に受診してみると案の定インフルエンザと診断されました。
日・月は必要な仕事だけをこなして、火曜は終日休んでいましたが、のどの痛みと寒気が取れずじまいで、昨日は予算概要の説明と合併特別委員会があるので、出ていきました。
そうしてみると、議員の過半数がマスクをしたりせき込んでいるばかりか、村長にいたっては委員会の前に点滴を受けるような状態で、おかげで議論も低調なままに終わってしまいました。

やっぱり、真剣な議論のためにも健康管理が大切だと、痛感しました。

2005.02.19

変貌に刮目

昨日は、弘前市での介護支援専門員実務研修でして、また指導者として参加していました。
さすがに地元とあって、覚えている顔が多く少々やりづらかったのですが、その中に学校時代の教え子がいました。
彼は、学生時代から明るい性格でしたが、勉強の方は失礼ながらからっきしでしたので、この試験を合格して研修に臨んでいるだけでも驚きでした。

休憩時間にあいさつにきたのですが、おもむろに「聞きたいことがある」というので何かと思えば、専門学校時代の単位は通信教育で有効なのかということでした。
たぶんダメだろうと答えたあと少し話しましたが、本当に変われば変わるものだと、まさに「男子三日会わざれば刮目して見よ」だと思いましたし、人を教えるのにかかわることの醍醐味を実感しました。

2005.02.17

どうする、ロマントピア

昨日は臨時会が開催され、一般会計の補正予算が審議されました。その目玉は、相馬村の観光の拠点、ロマントピアの2,780万もの赤字補填でした。
これについては、8日に全員協議会で説明をしていたのですが、私は研修と重なって欠席したので、細かいところまでは聞いていなかったのですが、補助金での補填という形になるまでの経緯、そのための財団側の手続き上の不備、さらにはこの状況を打開していくための方策など、承伏しかねる点が少なからずありました。

ただ、ロマントピアは村が100%出資している財団が運営していることもあり、補填せざるをないのはこれまでにも経験済みですし、何といっても村外の人が相馬村といったときに真っ先にイメージするシンボルですから、合併となったとしても運営が継続されるよう、改善の手を尽くしていかなければなりません。
議論の中で、指定管理者制度の導入を含めて早急に検討するという確約を得ることができましたので、私は賛成討論を行い、賛成多数で可決されました。

今回の補填がゴールではなく、ここから再スタートのつもりでがんばってもらわなくてはなりませんし、議会としても住民としても協力していかなくてはなりません。

2005.02.14

これでも合併の理不尽

昨日、町長解職に伴う浪岡町長選挙が行われ、合併撤回派の古村さんが当選しました。

合併反対派町長が当選、分離をめざす構え 青森・浪岡町

町議であった古村さん辞職に伴う補選も撤回派が同様の票差で勝利していますので、現在の浪岡町民の意識としては、合併反対が上回っているのは間違いありません。

しかし、すでに合併の調印を終え、県議会での議決も済んでいるだけに、通常では合併撤回は不可能とされています。リコールの結果を待たずに議決をした県議会には、大きな責任があると思います。
ただ、今回大きな原動力となった我が同志・小倉尚裕町議からは、合併不成立の方法はあるのだと聞いていますし、それが無理でも再度の分離が可能となる道が開くことを願っています。

2005.02.09

二つの研修

ちょうど介護保険法の改正案が閣議決定されましたが、時を同じくして一昨日、昨日で二つの研修に出てきました。

一つは介護支援専門員の実務研修に指導者として、もう一つは在宅介護支援センターの再編に関する研修会に主催団体の役員としての参加でした。

現場でこれから活躍してもらう介護支援専門員の第一歩目にきちんとした研修をするのは大切なことですので、今年は指導にあたるメンバーでワークショップの手法を取り入れてみましたが、例年より理解してもらえグループ内での意見も出ていたように思えましたので、変えた甲斐がありました。
再編に関する研修会では、今回の改正の要となっている介護予防の中核を担う「地域包括支援センター」について全国在介協の浜野委員長の情熱あふれる講演を、センターの管理者ばかりでなく市町村の担当者にも聞いてもらうことができたので、これからやるべきことをインプットしてもらえたことと思います。

長慶苑そのものできちんとしたケアをしていくことが何よりの基本ですが、こういった形で業界のために微力を尽くすのも大事な仕事だと思っています。

2005.02.07

乳児検診を守れ

今日の午前中は、合併特別委員会でした。
今回は13日に開催される法定協議会での確認事項13項目の意見集約で、半分ほどは福祉分野でした。実は先に実務研修指導者としての予定が入っていたので、議論をしても事務局案で集約されてしまうので欠席しようかと思っていたのですが、委員長から午前中だけでも出てほしいと頼まれて出席としたので、やっぱり安易に休んではいけないなあと反省しました。

その中で母子保健福祉の分野で、乳児検診のあり方が取り上げられていたのですが、弘前市の現状にあわせて2歳児検診は個別指導に置き換え、1歳半および3歳児検診は弘前市保健センターで年24回開催するものに参加となっていたので、それでは子育てをしている親の集う機会が失われてしまうので、保健センターそのものを改築する計画もあるのだからぜひ村内での検診を残すようにしてほしいと意見しました。
センター所長も同様のことを事務段階でも要望していると回答があり、あえて相馬村として法定協の場で意見を付さなくても大丈夫だということになりましたが、文言としては載っていないだけにこういう形ででも念押ししておけたのはよかったと思います。

2005.02.03

スキー場で節分

今日はスキー場で節分の行事をするというので、除雪を終えたあと行ってみました。
いつにましてたくさんの親子や中高校生まで集まっており、20:00を期してリフトの上からチョコやキャンディなどのお菓子をまいて、大騒ぎでした。

Dsc01783

春の花植えもそうですが、大がかりではなくとも喜んでもらえるイベントはできるものだと、改めて感じました。

弘前子ども劇場

昨夜は、一家5人で弘前子ども劇場主催の「エリック=カール」人形劇を見に行きました。 カナダの劇団の方々が人形をユーモラスに動かし、それを岸田今日子さんのナレーションが引き立たせていました。

Dsc01781

600席の会場は満員の盛況だったのですが、弘前子ども劇場はこれをもって28年間にも及ぶ活動を終えるのだそうです。
私たちにとっては、最初で最後の観劇になってしまいましたが、子どもたちのためにこのような活動は何らかの形で引き継いでいかなければならないと思いました。

2005.02.01

先達に学ぶ

今日、青森県の障害児教育の先駆者である田中光世先生が長慶苑を訪問してくださいました。
城東学園に勤めていた時分からのおつきあいをさせていただいていますが、メールを整理していたら2年ほど前に先生のご母堂がお亡くなりなった際の感動的なお通夜のことを書いた拙文を見つけて、わざわざお礼に来てくださったのです。
「福祉とまちづくりを語ろう!」 グレートマザーの大往生によせて

それから1時間半ほど、教員としての思い出、教育庁に勤めていた際のエピソードなどを聞かせていただきました。
私は福祉を専門的に学んだことはありませんが、青森県の福祉を築いてきた方々とご縁があり、そのお話を聞かせてもらう機会だけは多く、それが今の自分の糧となっていると思っていますし、これからも教わる姿勢を大事にしていきたいと思います。

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