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2004.11.30

支援センターは守るべきか

日帰りで、全国在宅介護支援センター協議会幹部会議のため上京してきました。
在宅介護支援センターの廃止、地域包括支援センターの創設と介護予防事業との関係など、さまざまなことが二転三転している中で、厚生労働省に対してアピールするのが目的なのですが、全国から集まった各県役員の口をついて出たのは、「在宅介護支援センターを守れ」の大合唱でした。

ただ、大多数が介護保険のケアマネージャーとの兼務となっている現状では、介護予防どころか在宅の総合窓口としての機能すら果たし得ませんし、包括ケアの要の役割を担うことなど不可能です。
私は、市町村合併で地域の保健機能が欠けてくることをふまえて、包括支援センターへと踏み出すべきだと主張しましたが、同様な意見を述べた方もありましたし、「同感です」と声をかけていただいた方も何人かありました。

歴史を見ても、守れといって守り切れた試しがないのは、国鉄にしろ米価にしろ自明の理ですし、墨守するのではなくこれからの時代にあった相談の機能を、市町村や複数の法人で協働して築いていくべきだと思っています。

2004.11.26

さよなら、ハッピー

持ち主が現れるか待つ期間は24日までとなっており、もう自分たちの犬になった気分の子どもたちは、「ハッピー」と名前まで決めていました。
私はその思いを汲んであげたいと思っていましたが、妻や母は無謀な話で犬の世話などできるはずがないと反対していました。

昨日は都合がつかなかったので、今日の夕方子どもたちと保健所に出向いたのですが、今朝連絡をしたらいらないという返事だったので、ネットで見てほしいという人にもらわれるのが決まったということでした。
私としてもどんな犬なのか見ておきたかったので、保管しているところから出してもらいましたが、よくしつけされているとはいえ、大人でなければ散歩には連れて行けそうにもない大型のゴールデンレトリバーでした。これを飼うのは確かに無理そうなので、もらってくれた方のところでハッピーに暮らしてほしいと思います。
お別れに、記念の写真を撮ってきました。

子どもたちには、今回は縁がなかったことと、もし犬を飼いたいと思うのなら、日頃の生活でもっとしっかりしてくれないと認めてもらえないからがんばるように話しておきました。
それでも、一連のできごとで成長を感じることができましたし、これを励みにもっと育っていってほしいなあと思っています。
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2004.11.25

不法請求に怒り!

昨日、昼食を取りに車での移動中に携帯電話が鳴りました。聞くと、何とかという債権回収会社からだというので、関係ありませんと切りました。
再度かかってきたので駐車場で話を聞くと、ある有料サイト会社からあの債権が回ってきていて、入会金60,000円!を含む延滞金86,000円を支払ってほしいというのです。まったく身に覚えのない話だと怒鳴って突っぱねても、なおしつこく回収に行かせてもらうなどと脅迫まがいのことまで言うので、そちらの会社の概要と登録した際のアクセスログをFAXで送るように言って、電話を切りました。

案の定ファクスが送られてくる気配もなく、携帯電話の販売にかかわっている知人に聞いたら、最近その手口もよく聞くということでした。
それまでもメールや葉書での請求が送りつけられてきたことはありましたが、わざわざ携帯に20分も電話をかけてくるとは、よっぽどダマしたときの実入りがあるのでしょう。
ぜひ、皆さんもお気をつけください。

2004.11.20

命はね たった一つの 宝物

これは娘二人で考えた俳句(川柳?)ですが、それにふさわしいことをしてくれたので、親として心の成長を喜んでいるところです。

夕方、携帯に公衆電話からかかってきたので、ちょうど外出するところでしたので、「なかよしクラブ」に迎えに行ってみると、そろばん教室に行ってから戻ってきていないとのことでしたので、そちらに向かいました。
遊んでいたのかと思って叱ろうとすると、「犬が連れて行かれちゃった」と泣き出しました。聞くと、数日前から迷い犬が役場の近辺にいて、それを保健所で捕獲にきたので、もらっていきたいと言おうとしたけど聞く耳も持たず連れて行ってしまったというのです。
すぐに保健所に電話したところ、すぐに処分することはなく、数日たっても持ち主が見つからないときには連絡をくれるというので、ホッとしました。

わがままなところ、甘えん坊なところのある娘ですが、命を救おうという思い、一緒にいた友だちは家の都合で引き取れそうもないので自分が何とかしようと思う気持ちを見せてくれて、親としてもうれしい気持ちでいっぱいです。

2004.11.18

真由美さん、長慶苑に

講演会が終わったその足で、成田真由美さんが長慶苑を訪問してくださいました。
前回村に来られたときにも訪問してくださったのですが、私は不在で悔しい思いをしているだけに、やっと念願がかなった思いです。
講演を聞きにいったデイの利用者も、ぜひお会いしたいと帰るのを延ばして待ってくれており、本物の金メダルに涙を流して喜ぶ方もありました。

真由美さんは、パチンコ台のことやグループホームができたことなど、長慶苑での変化にも気がついてくださり、細やかな面も見せていました。
これからも、いろいろな方面でがんばっていただきたいと思います。

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成田真由美さん講演会

アテネパラリンピックでも大活躍をされた、成田真由美さんの講演会が開催されました。
これは、両親が相馬村の出身というご縁で実現したのですが、シドニーの時から実現を働きかけてきた立場として、感慨深いものがありました。
会場は写真のとおり超満員で、笑いの中に障害を解決していこうとする強さ、スポーツを通じて得た貴重な体験を聞かせていただきました。

特に小中の子どもたちが真剣に話を聞き、次々に質問をしていたのに感心しましたが、これには真由美さんも感動されていたそうです。
本当に実現してよかった講演会でした。
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2004.11.14

ルーツの地

三上姓のルーツ、御上神社をお参りしました。
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<追記>
御上神社は、琵琶湖の東、野洲市の三上山のふもとにあります。三上山は、俵藤太のむかで退治で有名な山で、神社も古事記の時代からの伝承が残り、本殿は滋賀県の国宝第1号に指定された、由緒あるところでした。

社務所でお札やお守りを買いながら話をさせていただくと、地元には三上姓はほとんどないものの、全国の「三上会」があるそうで、今度連絡をいただけることになりました。実は当日の午後に会の集まりがある日だったのですが、予定を変更するわけにもいかず残念でした。
それでも、ルーツの地を訪ねることができて、すがすがしく帰路につきました。

2004.11.11

わらび座「ドクトル長英」

長慶苑でも協力してきた、わらび座ミュージカル「ドクトル長英」弘前公演が無事に終わりました。
妻がスタッフの一員として頑張っていたので、私は子どもたちと観客に回っていました。子どもたちには話の内容が難しかったのですが、ミュージカルにふさわしい題材だったのかはともかく、母との別れのシーンには日頃の親不孝が身につまされて、涙がこぼれました。

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2004.11.03

長慶苑でできること

早朝の特急で、長慶苑の職員がひとり長岡に向かいました。今日から2泊3日の予定で、長岡市内で援助活動をしてもらうために派遣しました。
前にも書いたとおり、長岡にはお世話になっている方や施設があり、少しでもお手伝いできればという気持ちと、相馬村にも山古志村や川口町のように道路が寸断されれば孤立してしまう地区があるため、万が一に備えるにはやはり現場に接することが必要だということで、派遣を決めました。

ちなみに、派遣した職員はその地区に住んでいますので、我がこととして受けとめて活動してきてくれるものと期待しています。
その意をくんでか、昨夜ご両親にあいさつにあがったら、もぎたてのリンゴを持たせてやるというので、ご厚意にありがたく甘えることにしました。

できることなら、日程を調整して自分も現地に入って、少しでも援助に加わりたいと思っています。

2004.11.02

うれしい電話

先ほど、うれしい電話がありました。学校勤めの際にお世話になった田中光世先生からで、「いま、テレビに成田真由美さんが出ているよ」というので、あわててテレビのスイッチを入れました。NHKの「スタジオパーク」への生出演だったのですが、病気から水泳を始めたきっかけ、ライバルとの思い出、そして両親や旦那様への愛情と感謝にあふれた内容でした。

先生がこれを教えてくださったのは、以前真由美さんが長慶苑を訪問してくださったことをメルマガに書いたのを覚えていたからでして、自分の文章が記憶にとどまっていることだけでもうれしいことなのに、気をきかせて教えてくださるというのはありがたい限りです。

その真由美さんが、18日に相馬村にきて講演することが決まりました。18日14:00からですが、人数しだいでは会場を中学校の体育館に変更することになっています。ぜひ多くの方に集まってほしいと思いますし、私もはじめてお会いできるのを楽しみにしております。

2004.11.01

香田さんの死を生かせ

一時は別人ということで一縷の望みがつながっていた香田証生さんが、変わり果てた姿で見つかりました。
高遠さんたちのような活動するためでも、橋田さんたちのような報道にかかわる人間でもないのに、イラクに足を踏み入れるというのは理解しかねるところはありますが、そのような無関係な人物を殺害の対象に選ぶというテロ組織には、怒りを覚えます。何より、ご冥福をお祈りしたいと思います。

それよりも、テロに屈しないなど遠吠えはするものの、自分たちで全く情報も把握できない政府や、宿営地にこもりっぱなしで地元からも反発ででている自衛隊では、この事態に対応できないのは、幸田さんの死が証明しています。
この死を無駄にしないで生かすとしたら、自衛隊は期限で撤退し、これ以上の犠牲者を出さないこと、米国に対して事態収拾を働きかけることだと思います。

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