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2004.10.24

中越地震を気づかう

昨夕の新潟中越地震は、夜が明けて被害の大きさがより見えてきました。心からお見舞い申し上げます。
長岡には、お世話になっている老人ホームや介護福祉士養成校があり、個人的にも心配です。ある施設の方からは、「生きてます」というケータイメールが返ってきましたので、それだけでもホッとしているのですが、そこでは民家を改修して地域で暮らす試みをしているだけに、本体そのものより被害があるのではと気がかりです。

今はまだ、物資にしろ人的サポートにしろ入れる状況ではないでしょうが、すべての被災地にというのは無理でも、ご縁のあるところだけでも力になれればと思っています。

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福祉と介護」カテゴリの記事

コメント

介護福祉士養成校に勤める知人からの続報です。

10/28(木) 17:16
今日は、昨日の強烈な余震のため学生のボランティアを中止したので、教員が2病院、1特養、1老人保健施設にボランティアで入りました。私は優太ちゃんが奇跡的な生還をとげた信濃川の災害現場の対岸近くにある特養にいってまいりました。

床暖房完備、強固の構造の2階建ての特養です。この環境をいかして地震直後から近所の方の避難所としても活用され、水と電気が開通した今日から、地域のお風呂として開放されていました。夜は床暖房であったかいし、天井もしっかりとしているので、テントや体育館の避難所から比べると天国です。

施設はデイサービス利用者が緊急的に宿泊されたり、在宅介護を受けている方々の避難所状態で、食堂、廊下までベッドでいっぱいです。今は道路事情がわるくデイサービスは中止していて、その職員が施設ケアに入っていますので職員数はけっこう多いなと思いました。しかし全体の指揮系統というのか、リードがうまく機能していません。

食器洗浄用の水が不足しているためか、食器類は紙皿や紙コップを使用しています。またトレーがないため一皿ずつ職員が手で運んでいるのをみて、工夫が足りないようにも思いました。こんな時こそ知恵をつかわなければ。施設のスペースは十分にありながら、狭い空間にすき間なくベッドが並べられています。電気がない、水がないという状況から刻々と変化する条件にあわせて介護環境を整えるという視点をもつ余裕がまだありません。夜間の巡回しやすさなどの条件も影響しているのですが、日中だけでも生活環境をできるだけよい条件に整えるということが必要です。結局はケア管理チームの能力如何ですね。

この特養にはケアハウスも併設されています。エレベーターが使えないため、住人は1階の食堂で主に過ごされています。2時間ほど、ここの方達と話しをしてきました。いがいに地震情報や地域情報を知らないのに驚きました。職員はじっくりと話しをすることはないので、住人の皆さんは、ただ恐がられているだけという状況です。出身の町はどうなっているのだろうと心配されてました。お茶飲み話しだけのボランティアですが、これがけっこう重要なのですね。

お世話になっている施設からの情報です。
これでおわかりのとおり、長慶苑では職員を派遣しようと考えていますが、これはこれで受け入れ側にも負担をかけることもあり、難しいところです。
--

10/28(木) 9:02
昨日も震度5の余震が発生し、落ち着いてきたようにみえたのもつかの間、最初の本震の時間にリセットされたような不安な気分です。
幸い大きな被害はありませんでしたが、この状況がいつまで続くかと思うとためいきが出るばかりです。

職員派遣の件、本当にありがとうございます。
現在被災地から少し離れた被害のない施設から応援をお願いしたいと
県の老施協と協議を始めているところです。
ライフラインがやっと復旧し、緊急のショートステイを含め屋根のある安全な温かい場所と、食事、排泄の生命にかかわる基本的なケアをなんとか保障している状況で、入浴については人員不足もあり行えていません。

県外の皆さまからも、職員応援、派遣についてあたたかいお言葉を
多くいただいていますが、現在の被災地の状況から考え、応援者の宿泊、食事等を考えますと日帰りで来ていただける応援者をまず確保したいという思いでおります。
お気持ち本当に本当に感謝いたします。
県内の応援者に不足が出た場合、県外応援者の受け入れ態勢が整った場合是非、ご協力をいただければと考えております。

今日は出先のサポートセンターのライフライン、設備等の点検を行う予定で、安全が確かめられ次第、運営を開始したいと考えています。

本日の状況をお知らせします。

10/27(水) 11:32
10分ほど前、強烈の余震(震度5くらい)がまた来ました。学校教務室の隣には被災した職員の子供たちの学童保育5名がいて、今いつでも逃げられるように退避しています。学生もボランティアで20名ほど施設に配置したばかりです。余震にしては大きいですね。
また振りだしに戻ったという感じです。

10/27(水) 14:49
昨日避難所に学生達の集めてくれた衣類やタオル類を持参したのですが、高等学校の体育館には段ボール箱に詰められた救援物資がいっぱいに集まっていました。箱には下着や衣類と書かれたものもありました。そのときは安心して帰りました。

しかし今日避難所にいる学生と妹さんが学校に来て、衣類や下着をほしいと取りにきました。つまり物資はどんどんと運びこまれているですが、それを適切かつ必要なところ、適切な時期に配付することができていないのです。どんどんと運びこまれる膨大な物資に必要なものがどんどんと埋もれているようです。

阪神淡路大震災でも課題になっていましたね。被災者の生活ニーズは、個別的かつ刻々刻々と変わります。それにあわせて対応できる生活支援マネージャーが必要なのです。まだ避難所ではそれが機能できていないようです。

というわけで、今のところ衣類等を送ってもらうのは、送付いただいた方まででよいかなと思います。また新しい生活ニーズが見つかりましたらお願いいたします。

そうそう、自宅でも昨夜から水がくるようになりました。ゆっくりと風呂に入りながら、避難所のみなさんもお風呂に入りたいだろうなと思っていたところ、長岡市が避難所に仮設の風呂(銭湯くらいの大きさ?)を設置して、久しぶりに入浴できたというニュースが新聞に載っていました。また地域のデイサービスセンターでも水があるところは、夜間の入浴サービスを実施しはじめました。たくさんの方で行列ができているそうです。
小さな町の社会福祉協議会もけっこうやるじゃないかと嬉しくなりました。

知人からの続報です。

10.26(火) 06:44
昨夜も大きな余震が3回ありました。冷たい雨が降り避難所の方々は大変な思いで過ごされていると思います。
昨日から在校生の安否確認を行っています。小千谷市や山古志村在住の学生は避難所で過ごしているようで、連絡が取れない者が十数名おります。
また昨日山古志村の全村民2200人余りがヘリで長岡に避難しました。この村は高齢化率46%という山村です。介護の必要な方も多数含まれています。卒業生がこの村のデイサービスセンターで勤務していたのですが、連絡はありません。

私の相棒(ケアマネ)も夜遅くまで走り回っています。長岡市内の特養や老人保健施設はショートスティとして介護の必要な高齢者を受け入れが始まりました。住宅の復旧もままならないなかで、在宅介護も困難を極めています。施設ではベッドを急きょレンタルし、廊下や食堂で過ごしてるようです。水が不足し、学校使用の水を病院や施設に使っています。

10/26(火) 10:49
長岡に避難してきた山古志村出身の学生から連絡がはいりました。
避難所ですごされる方々の上着、下着、靴下、タオル類が不足しています。まだ物資不足の広報がなされていないようです。
今、在校生の学生達に連絡していますが、皆さまからのご協力をお願いいたします。

多分これから被災者の方々は避難所で越冬することになり、下着類などはいくらでも必要であると思われます。

福祉施設も大変です。学校に併設されている特養では、小規模多機能型施設が市内に点在しているのですが、3つのグループホームの方々も避難してこられました。
小さな会議室などで雑魚寝しながらすごされています。閉鎖的な状況や見知らぬ場所で、心理的なストレスが強いということで、対話や見守りの学生ボランティアの依頼を受けて学生に連絡をとっているところです。

10/26(火) 15:16
長岡の避難所には、1年生の学生が避難していますし、山古志村のデイサービスの職員はまた本校卒業生でもありますので、彼らからの情報をもとにして、公的な支援物質ではとどかないような細々とした生活用品やケアなどもできる限り提供していきたいと考えています。
皆さまからの救援資金も、学生が中心になって行えて、また長く継続できるような支援ケアの基金として活用させていただけたらと考えています。学生と相談させていただきます。

避難所の学生に電話してみたら、風邪でダウンしているそうです。体力・気力もある若い人でも疲労困憊していることがわかります。さっそく学生が持参してくれたものを避難所に届けてきます。

こちらは、同じく長岡市の知人からのメールです。

10/25(月) 9:32
初発地震いらい1日半ぶりに電気とガスが復旧いたしました。

地震は、22日夕方6時まえに、M6強が3回続きました。私はちょうど買い物でジャスコの1階にいましたが、大きな縦揺れの後横揺れが続き、店内は騒然となりました。けが人などはなさそうなので、すぐに天井や外壁の崩壊に注意しながら、自宅へと裏道をもどりました。戻る途中、自家用車の中で、2回、3回目の地震をすごしました。地震が地面を伝わっていき、地表の建物をものすごい勢いで揺れ動かし、その音が地と天を響き渡るようにビーンという機械音をたてて、広がっていく様は、まるで映画の1シーンを見ているような恐ろしさでした。
 
その晩は町内の一人暮らしの方や隣近所の方と広場に集まって車の中で一晩をすごしました。私の住んでいるところは震源から20数キロのところですが、地盤の弱いところ(多分古い断層の跡)が地割れが起きていたり、地盤が陥没したり、家の被害も激しいようです。私の家は築55年ほどの家なのですが、損害はありませんでした。
私の住む町の被害を見ながら歩いてみると、今回の被害の大きいところは、区画整理され昔の面影はないのですが、昔は水道(みずみち)といわれ、清水が湧いていたり、川が流れていたり、清水でできた池があったところです。たぶん古い時代に起きた地震の断層の跡だったと予想されます。その上にちょっと盛り土をして家を建ててきたという不注意や傲慢さがあるようにも思います。

ようやく今朝からテレビで、地域の情報が得られるようになりました。小千谷市や川口市、山古志村など山間部の被害が大きいですね。新幹線の安全神話もこの地震で揺らぎ壊れました。これから寒くなり雪の季節も間近です。今晩から雨になりそうです。家を失った方たちの気持ちは、こらからの季節を考えると厳しいものがあります。地震が落ち着いたら、また夏の水害の時のように、学生達とボランティアを組織して後片づけなどの地域の支えを行いたいと考えています。
 
厳しい被災ですが。しかし、地域の人と人のつながりが強まっています。昨日は隣近所であつまって朝食・夕食の炊き出しを行い、広場でみんなで食べました。古い井戸の蓋をあけ、土蔵に隅に眠っていたブリキの釣瓶(つるべ)をつかって水を手にいれ、40年前、台所から引退した文化七輪を引き出し、炭をつかって炊事をしています。調味料や米、味噌、カレールーなど、みんなで持ち寄って。余震の怖さにおびえながら、また人と人の信頼が強まる気持ちよさも感じています。

電話(メール)がつながるようになり、全国のみなさんからお見舞いの声をいただいています。ありがとうございます。また被災の中心にある病院や老人福祉施設などのケアの維持も大変そうという連絡も入り、なんとかできないものかと思案しているところです。被災地で必要な物や人の力が分かりしだい、またこの場を借りて連絡いたします。

報道だけでは伝わない、現地からの声をお知らせします。
こちらは長岡市にある高齢者施設の職員の方からのメールです。

10.24(日) 8:08/ケータイメール
生きてます ありがとうございます

10.24(日) 12:03
私も昨晩は東京におり、レンタカーを借りて今朝の1:00につきました。
おかげさまで本体の利用者も在宅の利用者も皆さん無事でした。
まだ余震が続きますが、命さえあればあとはレットイットビーです。

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