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2004.08.31

感動と未来の種まきがはじまる

とうとう、オリンピックが終わりました。
まさに史上最高の成績だったこともあり、ずいぶん夜ふかしさせられました。 閉会式もやっぱり最後まで見てましたが、メダルを取れた選手も今イチだった選手も、同じくがんばったのだと、並んだ笑顔を見ているうちに思いました。

すでに帰国した選手たち、愛ちゃんは予定されていた過密スケジュールをこなし、アーチェリーの山本選手はテレビで「中年」の味をふりまいています。メダルを取ったこと、がんばったことは、アテネで終わるのではなく、帰ってからさらに輝きを増して、多くの人たちに感動を伝えていますし、愛ちゃんに小学生やちびっ子が挑む姿からは、次の世代が育つのには、こういう目標や憧れの存在の大きさを感じます。
この感動を北京でも、さらにその先も味わえるよう、未来の選手たちが育っていける社会を作っていかなければと思います。

2004.08.26

経済デフレ、栄誉賞インフレ

小泉総理が「栄誉賞をどんどん出せ」とほざいているようです。「今なら、選挙目当てといわれない」からだそうですが、最初にもらった王選手をはじめ、本当に価値ある方々だけがもらってきた賞で、手塚治虫や長嶋さんですらもらっていないのに、こんなことを許してしまうわけにはいかないと思います。これをたしなめるような長老がいないのも、自民党の末期症状を感じます。

これもオリンピックの陰で目立っていませんが、株価も11000円を行ったりきたりと、回復基調が崩れかかっています。栄誉賞のインフレの前に、経済のデフレ対策をしっかりしてほしいと思います。

朝日新聞の記事はこちらです。
http://www.asahi.com/politics/update/0826/001.html

2004.08.22

修治、無念!

連日のメダルラッシュに沸くアテネオリンピックですが、昨日ピストルラピッドファイアー種目に相馬村出身の田沢修治が出場しました。報道によると、ピストルのトラブルが二度もあり、集中力が切れて、いつもの力が発揮できないままに終わったということです。
柔道の井上ほどの選手でも実力を出せずに終わるのですから、大変なのは承知の上で、やはりこの大会で今の100%を出してほしかったと思います。

ただ、本当に選ばれた人間だけが集う場で何を感じ、そこから何を得たのか、報告会で村の子どもたちに伝えてほしいと思いますし、帰ってきたら大いにねぎらいたいと思っています。
お疲れ様

ところで、このせっかくの大舞台がテレビでは中継されていません。確かに種目そのものも多く、有望・人気種目も目白押しですから仕方がないのかもしれませんが、結果がわかっているのを再放送し続けるくらいなら、日本人が出場した種目だけはきちんと放送してほしいです。

2004.08.17

オリンピックの陰で

アテネでオリンピックが開幕しました。
東京五輪イヤー生まれの自分にとってはオリンピックには特別な思いがあるのですが、開会式に感動したせいか、今朝の体操の金メダルも最後まで見入っておりました。月面宙返り、ウルトラCに驚いた子ども時代を過ごした者として、28年ぶりの金メダル、それも最後の堂々とした鉄棒の演技には、涙が出ました。本当におめでとうございます。

しかし、その国民的感動の陰で、米軍に主権を譲り渡したかのような大学封鎖をおかしいとも思わずに受け入れてしまう政府、自分たちの営利のみで夢のない合併・1リーグを進めてしまおうとするプロ野球の経営陣がしていることにも、目を向けるのを忘れるわけにはいきません。
また、イラクの状況も危うくなる一方ですが、撤退を検討することさえなく、ついに私の地元・青森の部隊も派遣されていきました。

古代オリンピックは、開催されている間は休戦するしきたりだあったといいますが、現代には通用しないことのようで、よからぬことはどんどん進んでいくことへの怒りを覚えます。

2004.08.10

新プランの真実

昨日、青森県の新プラン策定委員会が開かれ、素案が決定されました。
と書いてあるのは、地元紙・東奥日報ですが、ところがまるでそんなことはなく、委員それぞれからこうした方がいい、ここがおかしいといった意見が出され、最終的にはもう少し意見を出してもらって、それを23日の審議会までに委員長がまとめるということで了承したのです。
こういう方向性で新プランが考えられているというのは事実ですが、そのプロセスでどんな議論をされているのか、せっかく取材にきているのであれば、きちんと報道してほしいと思います。
あんな記事では、誰も新プランに関心を持ちませんよ、東奥日報さん。

2004.08.06

思わぬところに合併の影響が

長慶苑では、毎年夏冬相馬中と木造町3中学校との交流ワークキャンプを開催しています。
ところが、もう一方の主催者である木造町社協が、町の合併に伴って5町村で一つになるので、来年からの開催が不透明になるかもしれないというのです。
相馬村の合併は白紙に戻りましたが、もよやこんな形で合併のあおりを受けるとは思いも寄りませんでした。メルマガでも書きましたが、これをクリアするのが合併のデメリットを克服することだと信じて、働きかけていかなくてはと思っています。

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