相馬支所とざっくばらんな話し合い

私の住んでいる昴町会の懸案である共同アンテナの地デジ化と建築協定のことで、佐々木相馬総合支所長と三上久光課長補佐がおこしになって、町会の理事会で説明と話し合いが持たれました。

102戸の区画が即日完売されてスタートした昴地区には、新しいまちを作るために建築協定がもうけられ、それに沿って壁の色や屋根の形、セットバックの距離などにさまざまな制約があり、その一環としてここにアンテナを立てて景観が乱されないようにと共同アンテナを立てて受信するようになっています。
ところが、それは口頭での説明だけだったようで、建築協定の文中では全くふれられていない幻の協定項目だったのですが、住民は当然共同アンテナの地デジ化は市が進めてくれるものと信じ込んでいました。
佐々木支所長の説明は、アンテナは協定項目ではないこと、他地区のアンテナは補助があるにしても地元負担がベースになっており、市営住宅による難視聴部分以外は個人負担が原則であることという厳しいものでしたが、それに対しては3年前の市政懇談会で市長が対応を約束したという反論があり、私も審議の中で動揺の回答をいただいたことがあると追い討ちしたので、いったん持ち帰って、そのあたりを精査することになりました。
また建築協定についても、分譲当初の説明と食い違っていることがずいぶん見受けられ、見直すにしても基本から確認すべきとがあるという共通認識に立つことができました。

前回、町名変更での説明では市側は自分たちの論理の壁から一歩も出てくる場面がなく話し合いになっていなかったのですが、今回は行き違いが見える場面もあったにせよ、佐々木支所長が胸襟を開いて今回は第一歩で時間をかけて話し合いたいという姿勢で臨んだことから、先に進めていける雰囲気で終わることになったと思います。
前年度までは管財課長としてそつの無い答弁を繰り返していただけに、佐々木支所長のざっくばらんさが際立って映りますが、支所と町会とで第2のまちづくりのスタートに立てたような気がします。

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おっとり刀で、ぶん太。「笛力」ライブ

今年もいろんな形で一緒してきた、津軽一の笛吹き・佐藤ぶん太。さんの「笛力」ライブに、今泉昌一市議の報告会から抜け出して、おっとり刀で「石のむろじ」にかけつけました。
こちらのホールは、ライオンズクラブで一緒している安田伊佐武君の墓石展示場なのですが、ギャラリーとしても音楽会の会場としても活用している、ナイスなホールです。

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今回はオリジナル曲ではなく、ぶん太。さんの土台であるお山参詣やねぷた囃子を笛一本で聞かせながら、自らの笛吹き人生を語るという構成で、今では失われてしまっている登拝節や新田節の参詣囃子も披露して、津軽の音色を伝承していく第一人者としてのすばらしい演奏でした。

ぶん太。さんは、11/7に神戸で行われるhataoさん主宰の「万笛博覧会」に遠征出場した後、20日に第2弾のライブを行いますので、こちらも多くの方に聴いていただきたいと思っております。

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夏秋いちごで意外な再会

県主催の「夏秋いちごフォーラム」が青森市で開催されました。
夏秋いちごとは、通常のいちごが6月で収穫が終わった後の7月から10月頃の時期に収穫されるペチカ・なつあかり・サマールビーなどの品種のことなのですが、現在作付面積では全国3位の青森県は「日本一」を標榜していまして、そのため市町村での取り組みに補助金が出ているので目に止まって関心を持ち、2年続けて質問していることもあって、県としての姿勢を知るために参加したわけです。
ちなみに、その情報は青森県庁からのTwitterで知りました。

フォーラムの内容はメモのとおりですが、農研機構のお二人が研究機関としての生産・消費の立場で話されたのと、吉田昌己さんがユリヨーという卸業者として話されたのは真逆の話のように思いましたし、それだけ市場が未成熟不安定であるということは、ある意味でのチャンスもあるということだけは理解できたように思います。

ところで、このフォーラムへの参加をメールで申し込んだところ、確認の電話を担当である農産園芸課からいただきましたが、何と声の主が青森県政策マーケティング委員会の事務方として一番お世話になった堀口恵里子さんだったので、ビックリしながら近況報告となりました。
当日もそつのない司会をされていましたし、この事業が目立つ形で動いているのも彼女の力量によるものだと実感しましたが、企画畑でもずば抜けた才覚を見せた人材を新幹線推進課に持ってきても開業の大事なところで異動させてしまって、その上農林という限られた分野に押し込めてしまうという県の人事は疑問符だらけです。

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地域を支える事業を進めていくためには

前日は有料でしたが、二日目は無料公開で「下北の地域社会と介護を考える」と題したフォーラムでした。
コーディネーターは佐藤淳さん、助言者に新津ふみ子・田島誠一さん、地元からのスピーカーとして下北県民局・神直文さん、むつ市社協・伊勢田岳人さん、むつ市地域包括支援センター・橋本徳之さんが登壇し、下北の地域社会の現状やそれに対して取り組んでいることを話していただきました。

その中身については、Twitterを使ってその場からアップロードしたログをまとめていますので見ていただくこととして、下北には青森県の抱える問題がさらに切実な形で現れているものの、田島さんが日本全体の一歩先を歩いていると考えてはとした上で、今あるデータを分析して新しい事業をマネジメントサイクルに沿って進めていく必要があること、それを新津さんが新規事業を立ち上げてもうまくいかないのには理由があると指摘したように、スピーカーの話した事業内容で地域を支えることにつながっていくのか考えさせられました。
これに対しては、県民局の神さんが詳しいデータを出されていましたので、分析をし地域で生かしていくことを表明されていましたが、その上で優先順位をつけて取り組むのはまさにマニフェストということになりますので、選挙の場面だけでなく行政や福祉事業にもマニフェストの発想が求められてくるのを予見されるいい機会になったと思います。

また田島さんからは、これまでの組織団体ではない非営利公益を掲げる団体が第3セクターではなく英国でいうところの「サードセクター」として結集していく必要があり、その準備を進めていることも紹介されていましたが、そこにも今までの枠組みを超えていく意識改革や実践が求められるのは自明のことですし、地域を支えていくためのヒントにあふれたフォーラムでした。

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下北で2025年の介護を考える

日本社会事業大学の専門職大学院の公開フォーラムがむつ市で開催され、スピーカーの一人として参加しました。
これは、青森中央学院大の佐藤淳さんが福祉を学んだのが専門職大学院だったのが縁で、一番声のかけやすい私にお鉢が回ってきたからなのですが、最近福祉を学ぶ機会も少ない中で、新津ふみ子さん・田島誠一さんといったトップレベルの方々と接する場に臨めるのであればと気楽な気持ちで引き受けたのです。

前半は、ケアプランについての研究討論で、新津さんにお隣の東通村で独立型社会福祉士として活躍している竹洞隆義さん、歴代の職員にお世話になっている八戸市地域包括支援センターの長谷川恭子さんの3人が、プランそのものよりそれを作っていくための地域づくりのような話になり、続いて「新しい時代に求められる介護サービスを探る」と題して、田島誠一さんと鳥海房江さんに私とでシンポジウムが行われました。
それぞれの概要は、当日私が取ったメモを公開していますので見ていただくとして、シンポジウムの中で田島さんからは、勤務されていた聖隷病院の看護婦さんが退院した患者さんが心配だからと夜勤明けで自宅を訪問したのが訪問看護のスタートだったというエピソードを紹介しながら、「制度は破るためにある、ニーズが先で制度は後」と発言されたり、鳥海さんからは特養の看取りや「医行為」に対して現実に方が追いついていないことへの指摘があったりと、介護保険法という枠の中にとどまっていてはいけないことを改めて思い起こさせる話が続きました。

当日の事前打ち合わせもそこそこに臨んだ割には、私の人材育成という面からの話も含めてよくまとまったものだとホッとしましたが、終了後の交流会ではさらにさまざまな方々といろいろなお話をすることができ、こういう談論風発な場から2025年への展望も開けていくように思いました。

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京極先生の語る過去の理想と皮肉な現実

さまざまな形でお世話になっている下田肇先生が理事長を務める医療法人で、高齢者専用賃貸住宅「グラン城東」を開設したということで、式典祝賀会に参列しました。

式典の最後は、系列の学校法人城東学園で学術顧問を務めている、元日本社会事業大学学長で現在は国立社会保障・人口問題研究所所長である京極高宣先生の記念講演でした。
京極先生は介護保険制度の礎となった1989年のゴールドプランやそれを支える人材として社会福祉士・介護福祉士の国家資格を創設するに際して中心となった方ですので、今回の講演もその歴史をふまえたもので、当時は目標としていた北欧諸国が今日では介護保険制度を学ぶ側になり、ケアの質においても同レベルになりつつあることを感慨深げに話されていました。
また、人口に関しては2050年には9000万人まで減少すると見こまれている中、65歳以上を高齢者として扱うのは現実にはそぐわないので、「後期熟年者」として生産人口に含めるような見方切りかえたり、社会保障の給付においても高齢者中心から家族・子どもを支援する方向に転換していく必要があることにもふれていて、短いながらも示唆に富むお話でした。

ところで、ゴールドプランも介護保険制度も基本となっていたのは在宅での自立支援というものだったはずですが、その推進役だった京極先生が住宅というカテゴリーではあっても住み慣れた自宅から離れる建物の開設を寿ぐというのは、皮肉な現実であると感じました。
その流れを棹さすのは難しいことだと思いますし、長慶苑としてもそれに対応せざるを得ない立場にありますが、これでいいのか皆さんにも考えていただきたいと思っています。

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大井千園長を夫婦で見送る

福祉についてまったくの素人であった私が最初に修業させていただいた施設であり、先輩寮母であった妻との出会いの場でもある特養三和園の大井千園長がお亡くなりになり、その通夜に夫婦で参列しました。

実際に勤めたのは1年半少々でしたが、その後も城東学園の実習巡回の際や折を見てのごあいさつにうかがう機会もあったせいもあり、ずっとお世話になってきたのですが、理事の方の弔詞にあったようにいつも白衣を着て施設の中を回り、利用者に優しく声をかける姿が思い出されますし、別世界から飛びこんで突拍子もないことをする私にも諭すように仕事のことを教えてくださったのが、ついこの間のように思えます。
多数の参列者を代表して、木村守男前知事に理事の方、そして職員を代表して白神荘の三戸麻千子園長が弔詞を述べましたが、特に三戸さんは開設以来のご縁だけに涙に暮れながらのスピーチとなり、心打つものがありました。
それにほだされたのか、あの勝ち気で鳴らす大井理事長が喪主あいさつの際に言葉につまったのには意外な気がしましたが、初代理事長である旦那様が亡くなられてから20年以上も息子が事業拡大するのを現場から見守ってきた母との別れは、やはりつらいものがあるのだろうと拝察しました。

我が身を振り返ってみると、理事長として現場にはかかわらない父はともかく、事務長そして私が市議となってからは苑長として現場を守ってきた母にも、経営方針の違いでその任から去ってもらいましたが、親を頼ることと親から自立すること、どのような形であればいいのか、大井理事長の涙に考えさせられながら、台風の風吹く中、帰路につきました。

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小野寺大作さんが長慶苑にやってきた

長慶苑に「集いのギャラリー」を開設したのは以前お知らせしましたが、小野寺大作さんの遺作を展示したいとその時から考えていました。
中々その時間が作れないままだったのですが、ちょうど八甲田が紅葉しているのを回って十和田現代美術館を見ながら、搬出の段取りをしに行こうと思い立って、妻と坊主と「碧の風」に向かいました。

またしてもの不意打ちになってしまいましたが、奥様・美樹先生は温かく迎えてくださり、話がはずんでいるうちに「それなら、今持っていけば」と言ってくださったので、急きょ15枚の絵を選んでいただきました。
「碧の風」も入れ替えをしたところで、観たことのない絵が何点かありましたが、こちらにも今までお目にかかったことのない題材の絵もあり、定番である奥入瀬十和田の作品群とは違う面を知ることができました。
3年前に個展を開催した際にも、ご夫妻はもとより絵が長慶苑に来る機会がありませんでしたので、はじめて大作さんにお越しいただくことができた気がして、感無量の思いです。

さっそく、長慶苑の入り口にあるギャラリーに展示していますので、施設見学を兼ねてでも秋の山菜採りの途中でもかまいませんので、お立ち寄りください。

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私は木村太郎候補を支持します

従来、選挙期間中に特定候補を支持した内容でサイトを更新したりメールを送ることは公職選挙法違反と言われていましたので、一昨年の参議院議員選挙では公示前に支持表明をいたしました。
今回鹿児島県阿久根市の竹原信一市長が個人のサイトで掟破りをしたものの選管からのお咎めなしの判断が出されたのを機に、私も堂々と選挙区における木村太郎候補支持を表明いたします。

ただし、比例代表におきましては、自らの本分である介護の分野に関しても、自らの権勢しか顧みない前全国老施協会長・中村博彦参議院議員のお手盛り政策を取り入れた自民党の政策には納得できませんし、介護問題を心底理解している京都5区の山井和則候補、北海道ブロックから看護の専門家である山崎まや候補を擁立している民主党に投票することを宣言します。

言わば「ねじれ」の状況ですが、地域を思い政策を考えての判断とご理解いただければ幸いです。

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原点に戻りつつ進化する覚応院宵宮

覚応院の宵宮は、本来の日付である旧暦6月28日に合わせた日程となりました。

この28日というのは、ご本尊である波切不動にゆかりのある日なのだそうでして、昨年までの石戸神社側に合わせるという方向から、やはり由来を大事にしていこうと戻したのだそうで、大湯口まつり実現にはさまざまなハードルがあるなあと思います。
ただ、今回はそれにむけて職員にも案内したところ、二人の職員が火中三昧(かちゅうじゃめ)に挑戦しにきてくれたので、こうやって地域の中に飛びこんでいく姿勢を大事にしていきたいと思っています。

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山を下りてからは、昨年以上の聴衆で登山囃子と佐藤ぶん太。さんのライブがあり、終わってからは登山囃子の方々またお寺の氏子でもある湯口地区の方々と語らい、ごちそうになってきました。
地区の方々もぶん太。さんのCDを買い求めて、好意的な感想を本人にぶつけていましたが、参加する人が増えイベントとしての位置づけが高まるこの宵宮が、さらによい方向に進化していくのに長慶苑としても個人としても協力してきたいと思っています。

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