市長の声は市民に届いているか
あけましておめでとうございます。
2008年も多くの方々にご覧いただき、さらにはたくさんのコメント・トラックバックをいただけるよう、精進するつもりです。
さて、新年最初のタイトルにしては過激かもしれませんが、元旦早々二度も同じ比較をせざるを得ない機会がありましたので、つねづね思っていることを書いておこうと思います。
今年初めて実践倫理宏正会の「元朝式」に眠い目をこすりながら出席したのですが、そこで来賓として相馬市長と木村太郎代議士が祝辞を述べました。
市長は、総合計画を市民との協働で進めていくことを原稿そのままを相も変わらず棒読みでしたが、太郎代議士はこれまでも元朝式にずっと参列してきたこと、東京でも会長と会う機会があること、そして夫婦愛和につながるエピソードまで交えて、自分の言葉で話しました。
正午からは、これまた初めて「市民新年互礼会」に参加したのですが、またしても市長と代議士があいさつに立ち、中身こそ違え型どおりのものと肉声で語るものでした。
確かに、太郎代議士は市政そのものに責任を持つ立場ではなく、市長は今年の大事な点をきちんと伝える義務を負っているという違いはあるかと思います。
ただ私の記憶では、議会での答弁やさまざまな場でのあいさつで、リンゴのトップセールスといったことだけを得意満面で話す以外に、市長が自分の言葉・思いを語る姿を思い返せることはほとんどありません。
市長は、総合計画などにおいても「市民の声を聞く」ということを最重要視していると言われますが、本人が何を考えているかわからないのに意見を出すというのは勇気のいることですし、逆に意見を伝えたとしてもそれをどう受けとめているのか発露されないのでは、まっとうなコミュニケーションは成り立たないと思います。
無味乾燥なやりとりでは思いを引き出せないのであれば、人格否定をされようともカッとさせるような刺激的なやりとりをするしかないと改めて思いましたし、そこでかいま見えるものを市民の皆さんに伝えるのが私の果たすべき役割だと覚悟を決めて、今年も臨もうと思います。
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