2008年7月 2日 (水)

議員である前に、言論人として質問

第1回目となる「ヒロダイいきいき元気塾」という公開講座が開催され、『誰が日本の医療を殺すのか』の著書や精力的な講演活動などで知られる本田宏医師の講演があり、少々遅れて参加しました。

講演の内容は、最近問題となっている医療崩壊について、厚生労働省のデータを鵜呑みにしてはいけない、世界的に見れば日本の医療の質は最低である、OECDの平均医師数に追いつくには今のペースでは40年かかってしまう、世界では60歳を過ぎればリタイアするのが普通であるのに日本では60歳以上の医師が4万人含まれているといった、あまり知られていない厳しい事実を、それをオブラートに包むつもりかブラックに聞かせるためか、過剰なまでのジョークをちりばめて語ってくださいました。
私としても、公共事業や防衛よりも社会保障が大事だという国家観や、医師不足の中で地域医療が崩壊の危機にあるのは理解共感できることだけに、黙って聞いておこうと思ったのですが、正しい情報がなければ正しい判断ができないという本田先生のお言葉に甘えて、一人あたりの医療費が最低で世界最長寿を実現しているのはなぜか、介護は計画で統制を受けているのに、医師には勤務医から開業する自由が認められているのはおかしいという質問を、市議という身分を明かしてぶつけました。
それに対し、医療スタッフが他国の倍も仕事をして最長寿を実現したのは過剰適応だった、今では開業しても立ちゆかなくなっていて医師は進むも地獄戻るも地獄だと答えてくださいましたが、しからば最長寿ということ自体を守っていかなければならないのか、医師は地獄であっても選ぶ権利があるのに介護にはないといった反論や、米国との病床数比較の際にナーシングホームも加えるのであれば、日本でも特養・老健を合算しないとおかしいといった、ある部分での数字のトリックまでやりとりする時間がなかったのが残念です。

このあたりは、本田先生とやりとりできれば止揚するポイントが見つかることだと思いますが、聴衆の中にはせっかくのいい話に水を差すとは何ごとかと思われた方もあったでしょうし、あの議員は物わかりが悪いのではないかと受けとめた方もあったろうと思います。
本田先生は、キング牧師の「世界最大の悲劇は、善意の人の沈黙と無関心だ」という言葉を引いて講演を終えましたが、圧倒的な情報量と話術の前に洗脳状態になって自分で考えずに信じこんでしまうのではいけないという思いで挙手してしまったのは議員としてはマイナスに働いても、言葉を戦わせる立場としては引いてはいけない場面だと思っています。
おいおいふれる機会もあると思いますが、社会全体が温暖化防止に染まれば染まるほどその危うさを感じてしまいますし、何ごとも自分で調べ考え、思ったことは忌憚なく発言する姿勢を貫いていこうと思っています。

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2008年6月26日 (木)

陳謝で、ささやかな抵抗

議案審議より懲罰・問責ばかりが目立ってしまった感のある、6月定例会が閉会となりました。

予告したとおり、本日の冒頭私は陳謝をしましたので、その内容をお知らせします。
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私【三上 直樹】は、今定例会において、(弘前市議会会議規則第145条および弘前市議会委員会条例第11条の規定に違反し、)議長ならびに委員長の許可なしに、電子機器を議場および委員会会議室に持ち込み、使用したことにより、議会の秩序を乱し、皆様に大変ご迷惑をおかけいたしました。
この場を仮して陳謝させていただきます【とともに、理事者ならびに議員諸侯、そして市民の皆様のご指導をたまわりますよう、お願い申し上げます。】
大変申し訳ありませんでした。
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事務局で用意してくれた陳謝文に、追加したのは【 】、削ったのは( )の部分ですので、皆様で斟酌していただきたいのですが、議会の規則および条例に違反しているかどうかは判断が分かれるところだと思っています。
今、ケータイの有害サイト規制の件で、「ホワイトリスト」と「ブラックリスト」ということが言われていますが、ホワイトは明記した以外のものは認めないという考え方、ブラックはダメなものを示していくというものです。ホワイトの考え方ならば、規定していないからダメということになりますが、ブラックの場合は示されていないならば大丈夫ということもできることになります。
それに沿えば、現行の規定はブラックリスト方式になっていて、帽子・外とう・えり巻・つえ・かさの類は着用・携帯してはならないことになっていますが、服装品のみを規制していて、それ以外は定めがないのが現実です。
そのため、会派代表者会議などで内規を定めることになるのですが、そこで結論が出されていないものですので、陳謝するのはあたらないと思っています。
ただし声明したとおり、議長および委員長の許可なくというのは揺るがしがたい事実ですので、それに関して粛々と陳謝したわけです。

こんなささやかな抵抗や、実効のないやりとりをするより、議員と理事者、議員と議員とが議論を戦わせる本来の姿に近づけていくことにこそ、力を注ぎたいと心から思っていますし、そういうことで指導をいただきたいと思って、最後に一言付け加えておきました。
そして、それができていないことこそ、市民の皆様に対して陳謝したいと思います。

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2008年6月16日 (月)

後手であっても、被害を視察

私がライオンズクラブの最終例会に臨んでいる頃、地元・相馬地区を含むリンゴ園地でヒョウが降っていたのというのを帰りの代行車で聞いてはいたのですが、あまり重く受けとめていなかったところ、厳しく現状を教えてくださる方がいたので、遅ればせながら村内の園地を仲間に案内してもらいました。

IMG_1510.JPG

先日の被害視察地よりは降った時間は短かったようですが、へこんだ傷ばかりでなく割れが入るほどの強いものだったのを見て、今後被害の実態が明らかになってきてからの対策の必要を強く感じました。

ところで、地区から選出されている市議3人のうち2人は土曜のうちに農協とのコンタクトを取っていたのだそうで、農業者でないから無関心というのでは地域の役に立たないというお叱りを受けました。
確かに私は福祉介護の専門家であり、子育て世代の代表であると自負していますが、相馬というふるさとへの思いが根本にありますので、その基幹産業である農業をないがしろにしようとは思いません。
今回の件で反省すべきは、被害を受けた方から情報が入らない程度しか信頼されていないこと、そのための人脈や体制ができていないことだと思っていますので、自戒をしつつも地域のためにがんばっていこうと思います。

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2008年6月11日 (水)

今泉議員に弁明の機会を与えます

今泉議員の懲罰にかかわる騒動で、何度か本人からの弁明の申し出があったのですが、これが賛成少数で否決されたため、発言の経緯とそれに対する思いを公にする機会はありませんでした。
私は当然のごとく賛成した立場ですし、このBlogを通じて少しでも多くの方に思いを伝えたいと思いますので、本人の許可を得て幻の弁明文を掲載します。

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今般の私に対します懲罰動議について、私の考えを申し述べさせていただきます。

最高裁の判例も示しておりますように、議会の懲罰制度は、確かに、議会の内部規定にしかすぎませんが、だからといって、全く議会の自由裁量に任されているわけではありません。むしろ、条例の制定・改廃を審議し決定する議員である以上、一般の場合以上に、法律を遵守する義務と責任があるのは当然のことであります。地方自治法はもとより、憲法・刑法といった一般法あるいは判例に抵触する発言や処分は、議会人である以上厳に慎まなければならないものと思います。

しからば、今回の私に対する懲罰動議ですが、動議の文面をみますと、私の発言に著しく議員を侮辱する言葉があった、とのことです。それでは一体法律上、侮辱とは何でしょう。一言で言えば、侮蔑の意思を表すことです。私の発言の問題になっている部分は「私の言い方が悪かったのか、聞くほうの能力が少し不足しているのか分かりませんが」のところだそうですが、私は一般論として、自分の言わんとすることが正確に伝わらない場合は、自分が悪いのか相手が悪いのかどちらかだ、と述べているだけです。どちらが悪いと断定しているわけではありません。従って全くそこに侮蔑の意思はございません。「どちらかわかりませんが」とはっきりと述べているにもかかわらず、一連の発言、文章の中の、「聞くほうの能力」という一語だけをとらえて、それをもって侮辱というのは、あまりにも合理性を欠くものと私は考えます。

第一に、侮辱と言う罪は、相手が特定されていなければ成立しない、というのが、最高裁の前身ある大審院の判例です。私の発言のどこを読んでも、誰をも特定しておりません。「一体誰が侮辱されたのか?」の問いに対し、「さあ、もしかしたら私」あるいは、一部の人間が「議会全体が侮辱されたかもしれない」などという曖昧な、対象が特定されない侮辱は、法律上存在しないのであります。繰り返しますが、議員である以上、その議論は、あくまで法律をもとになされるべきで、感情で議論するべきものではありません。「お前の言ったことが気に障ったから侮辱された」などという議論はゆめゆめあってはならないものと断言します。

何よりも、議会は本来議論をする場所であります。議員が自分の意見や批判を言う限りにおいて、一般的な儀礼の尺度ではかるべきではない、つまり、一般の会話では相当辛らつに聞こえるかもしれない言葉でも、判例では認められているのです。極論を言えば、明らかな嘘を言ったり、個人のプライバシーを侵害したり、公序良俗に反しない限り、自由な、時には厳しい発言もあって然るべきものと思います。誰かの発言の中に、意に反する部分、納得できない部分があったら、議論でそれを問い正していくのが本来の議会の姿だと、ある政治学者が言っていました。議論もせず、懲罰や発言取り消しなどという手段で、議論を封じ込めようというやり方は、議論の場である議会において、民主主義社会において決して正しい道筋ではないものと考えます。

 以上の理由で、私は、私の発言は、法律上許された議員の発言の許容範囲内のものであり、侮辱には該当しないものであることを主張し、従って侮辱を理由に提出された本懲罰動議は法的根拠を欠くものであることを申し述べたいと思います。

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2008年6月10日 (火)

今泉さんへの懲罰に「加担」

リアルタイムでお伝えした後の経過を、お知らせします。

今泉昌一議員が議長からの陳謝命令に従わなかったのは議会の尊厳を損ねるものであるとして、改めて懲罰特別委員会が組織されることになり、我が会派・弘清会からは私が委員として参加することにしていただきました。
旧弘前市時代の先例では、陳謝拒否→出席停止3日という収め方だったと聞いていましたし、今回もその線でと聞こえていましたが、私としては最初の懲罰そのものが値しないものだと思っていましたので、今回も懲罰を科すべきでないと主張しました。
続いて木翔公明・清野議員から出席停止3日という意見が出されたので、収まるところに収まると思ったのですが、鷹揚会・工藤栄弥議員から出席停止の上限である10日という意見が出されて、議論は迷宮に入り込みました。
私も懲罰を科すと決まった以上、短い方の3日とすべきと意見をのべたのですが、委員長となった下山議員が意見集約には含めないという扱いをしましたので、3日か10日かで4対4の同数となってしまいました。
こういう場合、通常であれば委員長の意見で決まるのですが、それを取りえない規則の委員会であるため打開案をさぐることとなり、最終的に出席停止は3日とするものの、今泉議員は「自発的」に一般質問の通告を取り下げることで終結しました。
この間のやりとりで、開会日としては異例の15:00を回っての散会となりました。

私が現実的な対応をして3日案に最初から同じていれば、今泉さんの貴重な一般質問の権利を奪うことはなかっただけに、日頃から同志として行動をともにしている方を谷底に突き落とすのに加担してしまったのを、本当に申し訳なく思っております。
だからといって、もしかしたら自分に対する侮辱だとか、本当は一戸副議長に対する不信任を突きつけるつもりがその前におかしな発言をしたのでハプニングで懲罰動議を出すことになったと提案者が理由を述べるような、懲罰に値しない発言を通じての圧力に屈するわけにいかないのは、私も同じ立場だと思っていますので、間違ったことをしたとは思いません。
ある方から金沢市長時代の市政のあり方や職員と議員のかかわり方について聞く機会がありましたが、当時の言うべきは言い、協力すべきところでは力を合わせるような議会そして市政を取り戻す戦いを続けていくつもりです。

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2008年3月 7日 (金)

「もしかしたら」懲罰動議の顛末

今回の今泉議員に対する懲罰動議の顛末を記しておきます。

ことのはじまりは、5日に行った一般質問において、議会の役割についての質問の中で、1月に福祉灯油助成を専決処分で行ったのは議会軽視ではないかという質問をしようとしたのが通告外質問にあたるとして一戸副議長に制されたのにもかかわらず、最後に同様の趣旨を意見として述べたのが発端でした。
これに対し、翌日になってから鷹揚会・佐藤哲議員から、制された質問を意見として述べるのは許されるのかと議事進行発言がありました。

議長役の進行のあり方を含めてやりとりがあったものの、当座は収まったのですが、7日の一戸副議長から藤田議長に交代するための休憩の直前に、鷹揚会・蒔苗宏議員から前日と同様の趣旨で議事進行発言がありました。
これは、今泉議員に対してというのではなく一戸副議長の進行に関することであったのですが、そのやりとりのさなかに今泉議員が自らの真意を説明しようと発言した中で、「聞く側の理解力が少し不足」という言葉を発してしまいました。
発言については、一戸副議長が蒔苗議員に答える前になされたのでその場で取り消しとされたのですが、5日の発言取り消しについて暫時休憩となり、今泉議員とそれに対する佐藤議員の明らかに誤りであった発言をそれぞれ削除し、当日の「理解力」発言については今泉さんが陳謝するということで収拾することになりました。

ところが再開後、即座に蒔苗議員から「理解力」発言は議員に対する侮辱であると懲罰動議が出され、あっという間に休憩に戻り、その後鷹揚会全員が提案者という形で提案され、蒔苗議員が提出者として登壇しました。
それに対する質疑で、斎藤爾議員が誰を侮辱したというのかと問うと、「もしかしたら、私と佐藤議員」と答えたので、私も根拠が感じられない「もしかしたら」の意味を問いただしたのですが、懲罰動議は提出すれば自動的に懲罰委員会が設置される決まりですので、詮ないものでした。

最終登壇者である石田久議員の一般質問が終わったところで、今度は鷹揚会・松橋武史議員から再び一戸副議長の進行責任を追及する議事進行発言があり、それに加えて鷹揚会・工藤栄弥議員からこの件に関する藤田議長の見解、さらには私を含む4名の費用弁償供託に対する対応の遅れを指弾する発言が続き、終了後に会派代表者会議を行うということで幕引きとなって散会したのは、20:40を回っていました。

ところで、懲罰委員会10名の構成を議運で話し合ったところ、会派による案分の小数点部分の取り扱いが持ち出され、議運では1名譲った形の鷹揚会が4名となり、その分わが会派弘清会が1名ということになりました。
本会議終了後の組織会での選挙で、斉藤爾5票/鷹揚会・柳田誠逸議員4票/白票1という結果で、あろうことか今泉議員を擁護する発言をしたばかりの斉藤議員が懲罰委員長に選ばれ、閉会後に協議を進めることになりました。

書く順番が前後してしまう形になっていますが、地元紙が報じているとおりの市長「恫喝」発言が飛び出した一般質問のやりとりでも、逆に斉藤議員の「ムダ」という発言が議運で話し合われることになっていますし、供託の件では後日議長から4人が注意を受けることになりました。
同じ会派代表者会議では、無所属二人で要請した議会改革特別委員会設置についても取り上げないことになったのが示すとおり、議会を変えることや市政を批判したと受け取られるような言動に対する反発は、想像以上です。

私のところにも、12月定例会終了後に市長が部長級に対し、「あの4人には情報を出すな」という趣旨の檄を飛ばしたそうだと心配して教えてくださる方までありますが、そういう風聞には惑わされず、自らの信念に沿って正々堂々の議員活動を貫くつもりです。

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2008年1月 1日 (火)

市長の声は市民に届いているか

あけましておめでとうございます。
2008年も多くの方々にご覧いただき、さらにはたくさんのコメント・トラックバックをいただけるよう、精進するつもりです。
さて、新年最初のタイトルにしては過激かもしれませんが、元旦早々二度も同じ比較をせざるを得ない機会がありましたので、つねづね思っていることを書いておこうと思います。

今年初めて実践倫理宏正会の「元朝式」に眠い目をこすりながら出席したのですが、そこで来賓として相馬市長と木村太郎代議士が祝辞を述べました。
市長は、総合計画を市民との協働で進めていくことを原稿そのままを相も変わらず棒読みでしたが、太郎代議士はこれまでも元朝式にずっと参列してきたこと、東京でも会長と会う機会があること、そして夫婦愛和につながるエピソードまで交えて、自分の言葉で話しました。
正午からは、これまた初めて「市民新年互礼会」に参加したのですが、またしても市長と代議士があいさつに立ち、中身こそ違え型どおりのものと肉声で語るものでした。

確かに、太郎代議士は市政そのものに責任を持つ立場ではなく、市長は今年の大事な点をきちんと伝える義務を負っているという違いはあるかと思います。
ただ私の記憶では、議会での答弁やさまざまな場でのあいさつで、リンゴのトップセールスといったことだけを得意満面で話す以外に、市長が自分の言葉・思いを語る姿を思い返せることはほとんどありません。
市長は、総合計画などにおいても「市民の声を聞く」ということを最重要視していると言われますが、本人が何を考えているかわからないのに意見を出すというのは勇気のいることですし、逆に意見を伝えたとしてもそれをどう受けとめているのか発露されないのでは、まっとうなコミュニケーションは成り立たないと思います。

無味乾燥なやりとりでは思いを引き出せないのであれば、人格否定をされようともカッとさせるような刺激的なやりとりをするしかないと改めて思いましたし、そこでかいま見えるものを市民の皆さんに伝えるのが私の果たすべき役割だと覚悟を決めて、今年も臨もうと思います。

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2007年12月23日 (日)

信政公奉賛会でノーサイド

弘前市はご存じのとおり津軽藩十万石の城下町だったのですが、歴代藩主の中でも名君の誉れ高いのは4代信政公です。
2010年が信政公の300年忌にあたるというので、お祀りされている高照神社が中心となって奉賛会が設立されることとなり、顧問という肩書をいただきましたので、総会に出席しました。
名誉会長に就任された木村守男前知事も出席され、つつがなく総会懇親会となりましたが、国会議員も県議もその立場でかかわっているのですが、市議だけは政教分離という横やりが入って、個人という形になっているのですが、これに関しては特定の宗教というのではなく津軽の歴史を継承するためのことなのですから、気にすることではないと思っています。

もう一つ、高照神社が旧岩木町にある関係で、出身の5市議全員も顧問に名を連ねているのですが、私を糾弾する急先鋒に立っている方とも一緒になりました。
ただ、中郡の議員時代から熱く一本気な方であるのはよくよく承知していますし、本人からも「議会では立場があるが、この件は協力してやっていこう」と言っていただいたので、気持ちよく歓談しました。
それこそ、議場でのやりとりは喧嘩でも人格否定の応酬でもないのですから、別の場まで尾を引かせるものであってはいけないと思いますし、上に立つ者ほどそうでなければならないと思います。

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2007年12月22日 (土)

矢祭町からの問題提起

「合併しない宣言」や住基ネットとの接続拒否などで名をはせている福島県矢祭町から、また新たな問題提起がありました。
朝日新聞によると、議員報酬を日当制にするというのです。
私も、相馬村が合併に揺れはじめた際に視察先として訪ねたことがありますが、当時のカリスマ的存在であった根本町長勇退後も、何とか町が生き延びていくためにあらゆる手を打っていることには、本当に頭が下がる思いです。

ただ、この件に関しては、無条件で賞賛するわけにはいかないと思っています。
私も、旅費規程の見直しに取り組んでいる中で、議会開会日ごとに支給されている費用弁償(=日当)は二重払いなのでいらないと思っていますし、定例会のない月など公的な活動のない月に報酬をもらっていていいのかと自問しています。

また、これは出たときだけ日当を払うという欧米型の地方議会のあり方に近づくことになるので、日当報酬制を導入した後の選挙でボランタリーな発想で議員になろうという方が出るのであれば、それは一つの方向性と評価できると思います。
そういう立場からすると、これは理にかなった話のように思えますが、見方を変えると議員というのは不勉強で臨んでもその場限りの議論をして承認してくれればいいという軽い存在として扱われているようなものですし、これを突き詰めていけば議員不要論に行きつくと思います。

私としては、仮に日当報酬制になったとしても、議員は責任を持って調査を行い、その内容や議会での様子を情報発信していく義務があると思っていますので、その分は政務調査費という形で支給すべきだと思っています。
それでは経費節減の実が上がらないというのであれば、名誉や権勢のためでなくきちんと発言行動できる人だけに絞り込むような定数削減をすればよいと思います。
弘前市の議会改革は、この一年遅々として進んでいないのが実情ですが、変えていかなければならないのは矢祭町以上なのは間違いありませんので、少しでも揺さぶっていく動きを続けたいと思います。

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2007年10月30日 (火)

2ちゃんねるの弘前スレッド

賛否両論の「2ちゃんねる」に弘前をネタにしたスレッドがあると、大中実君がBlogで紹介していたので、さっそく見てみました。

2ちゃんねるらしい?荒れた発言もありましたが、ほとんどは弘前についての不満や心配をまじめに発言していて、こういうところにも目を向けないといけないなあと気づかされるものもありました。
知らないうちに、RSSフィードを吐くようになっていたので、これからも目を通していくつもりですが、このBlogにもあの勢いでコメントが来てほしいものです。

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2007年10月22日 (月)

「忙中閑話」で紹介されています

JANJAN全国政治家データベースというサイトの中に、「忙中閑話」というコーナーがあります。

これには、早大マニフェスト研究所が運営にかかわっていまして、現職の首長・地方議員がリレーエッセイをやっているのですが、このたび「マニフェストで弘前市の政治風土を変える」と題して、登場の機会をいただきました。

内容そのものは、選挙からこれまでの議員活動を通じて感じていることを簡単にまとめたものですが、個々のできごとを書き連ねるのではなく、ロングスパンで書くというのを最近怠っているだけに、いい機会になりました。
ぜひ、ご一読いただくとともに、いろいろな方にご紹介ください。

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2007年6月23日 (土)

チームとしての議会

3日間18人の一般質問が終わりましたので、短い時間の傍聴ではなく、全体を通して聞いた立場から総括したいと思います。
取り上げられたテーマとしては、救急医療・自治体病院再編、少子化対策とりわけ妊婦検診、小中学校の改築や新西部給食センターといった教育施設、農業の経営安定化対策や環境問題などについては複数の議員が取り上げており、ある程度市民のニーズを反映できていたと思います。

今回強く感じたことは、一般質問は議員個人個人のアピールの場であるものの、政策実現のためにはチームプレーが必要だということです。
一人しか取り上げていないテーマですと、たとえば今泉議員が取り上げた学校図書費の問題や私のプール問題にしろ、時間の制約や再々質問までというルールで納得できる答弁を引き出すことができずに終わる場合がほとんどです。
それが4人もの方が取り上げた妊婦検診では、毎回のように同じ答弁を繰り返していた健康福祉部長に対し、最後に質問に立った斉藤爾議員から2回の検診を5回にすればいくら増額になるのかという質問が飛び出し、2回で2千万円だが5回にしても1千万円の補正で済むことがわかりました。
そこですかさず、市長に補正で対応できないかという一手には相変わらず反応は見せませんでしたが、いくら部長が来年度でと答えていても、ここまで見えてくれば9月で補正せざるを得ないのではないかという気がします。
これは、そこまでの3人がすでに外堀を埋めていたからこそ本丸に迫る時間ができたからだと思いましたし、有志による医療勉強会の際に厚生常任委員会のメンバーが医師会との懇談で共通認識できた課題を繰り返し取り上げることで実現できたことがあると聞かせていただいたのは、こういうことなのだと得心しました。

党派会派は違えど、議員という立場で市民のために政策を実現させていく同じ役割を担っているのですから、これからの弘前市議会が藤田議長を中心としたチームとして、さらに機能していくよう微力を尽くしていきたいと思っています。

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2007年6月21日 (木)

質疑:開票事務の改善

質問の3点目は、開票事務の改善についてでした。
これは、設立当初から運営委員の一員としてかかわっているローカルマニフェスト地方議員連盟の事務局である早大マニフェスト研究所がもう一つのムーブメントとして取り組んでいることでして、地元紙でも4月の県議選の結果について報じています。
実は先日の運営委員会で話題となり、ぜひ6月の一般質問で取り上げて関心を高めよう、そしてこれは事務改善のきっかけとして首長が陣頭に立つべき問題だと認識してもらおうということになり、私も取り上げることにしたわけです。

ところで前にふれたように、一般質問の前に担当部局からの質問取りが行われるのですが、それとは別に旧知の池田選挙管理委員長から、職員として携わった改善の取り組みや現在の状況などを含めて教えていただく機会がありましたので、それに沿って最初の質問で選管からの説明をいただいて、再質問で事務改善の一環として市長の決意を問う形で議論を進めました。

このことは、通告ではふれていないものの質問取りにこられた選管事務局長から伝えていただくことになっていましたし、弘前市の姉妹都市である群馬県太田市の清水市長が、マニ研の所長である北川正恭先生の要請を受けて先頭に立って取り組むことをBlogで公表していることをぶつければ、相馬市長も答えざるを得なくなると踏んでいたのですが、二度にわたって答弁を迫ったものの、「キミは議会のルールを知らないのか、悪例を作るわけにはいかないから通告外のことには答えない!」と突っぱねられました。
ところが次の質問者への答弁では、りんごから陸羯南へと自ら脱線していったので、「通告外答弁だ!」と野次られる始末でした。
議会にルールがあるのは当然ですし、相馬村時代に比べてさまざまな敷居の高さを感じることも多いのですが、長たる者はどんな質問であっても応じた上でたしなめるくらいの度量があってもいいのではと思いますし、相馬市長の必ずと言っていいほど一つの項目しか答えないという姿勢は本当にいかがなものかと思います。

何はともあれ、弘前市の場合は手当で支給しているそうですので、経費節減にはなりませんが、さらに工夫を重ねて参議院選挙でも改善のあとが見えることを期待しています。

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2007年5月23日 (水)

議員に通信簿をつける市民活動

中日新聞のサイトによると、愛知県内の5市の有志が、議員活動に通信簿をつけて点数化し、インターネットで公開することをめざして、「議員通信簿連絡会議」を結成したそうです。
弘前市でも早くからオンブズマンによる議会活動の監視が行われてきたのですが、悪しき部分を指摘するだけでなく、質問の回数や活動報告の有無などで加点もして、善し悪しを評価するというのであれば、議員としても納得できるものと言えます。

私が情報公開、中でもインターネットでの情報発信にこだわるのは、どの方にも情報を届けることができるとともに、どういう立場の方からも意見を聞かせていただくことができるからです。
ただ、どうしても何でもかんでも公開できるものではありませんし、自分ではよかれと思って行動していても、市民の側から見れば納得していただける活動になっているのかを客観的に評価してもらえるのであれば、ありがたいことだと思います。
ぜひ弘前市においても、市民の側からの評価情報が届くようになることを期待しています。

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2007年5月21日 (月)

現職市議運動員聴取の報道

地元紙のサイトでいち早く報じられ、夕刊にも記事になっていたのですが、そのどちらにもふれずにいたので、夕方の木翔公明・弘清会合同の会合に出席して初めて知ることとなりました。
さすがに気になるニュースですので、ターゲットは一人だけではないようだとか、岩木相馬ではないそうだとか、ひとしきりこの話で持ちきりでした。

ただ真偽はともかく、選挙にまつわる悪い話が出るのは残念なことですし、今回の報道によって一事が万事で議員というのはそういう存在だと、市民の方々の不信感を増幅させてしまうことになってしまいます。
他の議員は大丈夫かという電話がひっきりなしだったそうですが、私には一本の電話もこないほど支援している方々にも公明選挙だったのが浸透しているものの、自分でなければそれでよいということではなく、金権選挙の旧弊悪習を改めていくような取り組みをしていかなければならないと思っています。

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2007年4月21日 (土)

昴公園で、最終街頭

7日間で800kmを踏破し、230ヶ所での街頭演説の最後、地元・昴地区に隣接した市民農園「昴公園」駐車場をお借りして、最後の最後のあいさつをいたしました。
選挙を通じて感じたこと、多くの方々への感謝、思いの丈がつまっていますので、ぜひともお聞きいただければと思います。

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2007年4月 5日 (木)

林檎の森での第一声

いよいよ選挙戦がはじまり、立候補の届出を自分で行い、村内一円を回った後、相馬・岩木・弘前の接点に位置するJA相馬村の直売所「林檎の森」で第一声を行いました。
あいにくの雨模様で、わざわざお集まりの方々には寒い思いをさせましたが、今回の選挙にかける思いをお聞きください。

なお、こちらも「かく語りき」同様、PodCastingでの音声配信をしていくつもりですので、ぜひご登録いただきたいと思っております。

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2007年3月 8日 (木)

「ふれあいセンター」論議に怒り

ろうそくまつりの例大祭に参席した際、最後の副議長を務めた三上優一市議も一緒だったのですが、最後の一般質問で「ふれあいセンター」を取り上げるというので、連日の傍聴となりました。

優一さんは、これまでの経緯にふれながら、村民の願いであり合併の最重点項目である「ふれあいセンター」建設を明示してほしいと食い下がりましたが、白取企画部長の答弁は相馬村時代に計画されたものは、合併直前で十分検討されたとものとは言えないと切り捨て、先般の説明会で窓口と温泉機能だけにする案を示したところ、住民との意識のギャップが大きかったので当初予算に盛ることを断念したと逃げました。
昨夏の説明会でも、分不相応な計画だと発言していた白取部長ですが、とにかく規模を縮小して他の支所並みで十分という見下した姿勢がありありで、このことに答弁にも立たない相馬市長、合併特別委員長として当時の基本計画にもかかわったにもかかわらず、与党として自分の推す道路事業だけを盛らせて後は無視という栗形昭一市議ともども、許しがたい思いでいっぱいです。

確かに、合併特例債でのハコモノ事業ですから慎重を期す必要は認めますが、65歳以上の無料券が好評の御所温泉は昨秋のレジオネラ菌対策ばかりでなく抜本的な改修が必要ですし、庁舎機能と集会施設をどうするのか、老朽化も含めて見直す時期になってしまっているのです。
それを、住民との意見交換をした上で計画に着手するための調査費も盛らないというのは、やらないと言っているのも同然です。
合併の新市計画は、3市町村での協定という重みのあるものなのですから、粛々と進めるのが筋ですし、見直すならば堂々と議論すべきものだと思います。

私は、合併そのものには反対した身ですが、各論では少しでも実りのあるものにする議論をしてきた自負がありますので、この件は相馬の民としてのエゴではなく、合併の意義を問う問題として追及していくつもりです。

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2007年3月 7日 (水)

安藤さん、市議として最後の晴れ姿

「ラプソディー」の交流会で、思いがけず安藤晴美市議にお会いしたのですが、「最後の一般質問ですから、ぜひ来てください」と声をかけられましたので、予定外の傍聴に行くことになりました。
安藤さんは共産党所属ではありますが、広域合併反対でご一緒して以来、憲法9条、自校給食と、自分が関心を持っている分野に先んじて取り組んでこられた方なので、さまざまな形で意見交換をさせていただいています。
今度の統一地方選では、市議から県議に転身することになっています。

開会のベルが鳴って、登壇してきたのが和服姿でしたので、議場にどよめきが起きる中、障害児教育や給食センターなどについて、ていねいな質問をされました。
いかんせん、通告に沿った棒読みの答弁しかしない市長相手では緊迫したやりとりとはなりませんでしたが、県議としての先輩である相馬市長からも、県議となってがんばってほしいとのエールが送られていました。

党派が違い、選挙で応援するわけにはいきませんが、安藤さんの足跡を継ぐのは自分だと思っていますし、それが安藤さんへの最大の支援だと思っています。

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2007年3月 5日 (月)

つがる市の選挙違反を憂う

昨夜、地元紙の速報メールでまで流れていましたが、先日のつがる市議選における公選法違反で3人逮捕されたと報じられています。
その前に逮捕されたのと合わせると4人ということになりますが、その陣営が同じ特養を経営する立場の方だけに、心配するとともに情けない思いでいっぱいです。
中心人物として、長く村議を務め法人の理事長をされてきた市議の父が逮捕されましたので、当然本人も連座の対象にもなるでしょうし、道義的責任を取るべき立場に追い込まれています。

この件ばかりでなく、福祉にかかわる人間や福祉施設での不在者投票での不正で選挙にからんで逮捕されるというのがニュースになることがあります。
福祉施設の設立に際し地域の名士が代表となっている場合が多いのですが、その人に福祉の心があるというよりも、政治力があることで認可が早まるのを期待されて推されるもしくは自ら企てるのが通例で、長慶苑もその例にもれません。
それだけに、どうしても政治との因縁は絶ちがたいものがあるのですが、これでは福祉を通じて新しい地域をつくるどころか、それを阻害する存在でしかありません。

今回の件で福祉に対する世間の目は厳しくなるでしょうし、弘前市議選においては私に同じような疑いの目が向けられることになるでしょう。
業界すべてを代表するわけではありませんが、福祉・医療を専門的に論じる者として臨んでいるだけに、他人事と思わず自らの主張行動で理解してもらえるようにしていかなければなりません。

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2007年3月 2日 (金)

自校給食を必ず守る!

私は、今回の約束の一つに、「自校給食を守る」ことを掲げています。
メインのBlog「かく語りき」で書いたことがありますが、弘前市内の小学校、そして新西部給食センターが設置されれば中学校もセンターからの配送となるので、岩木・相馬の自校給食もそれに飲み込んでしまおうという魂胆を当局側は持っているようです。
成人式で懐かしの味として給食を出してもらうほどの愛着のある自校給食を守るのは、単に地域の既得権を守るというのではなく、食育の時代に東京都武蔵野市のようにセンターから自校式への転換を図る自治体すらある時代の流れの中で、地産地消で安心できる給食を推進し、少しでも地域雇用の拡大につなげ、さらには学校自治への足がかりとしたいという、大事な足場だからです。

今年度、相馬小PTAではもしかしたら失われてしまう給食のおいしさを父母にも確認してもらうために、参観日の前に学年ごとの試食会を行っています。

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今回は4年生ということなのですが、前回参加できなかったので無理を言って加えていただきました。
さすがに違う学年、それも父親は自分だけという気恥ずかしさもあって、会場の音楽室で一人離れて座り、そそくさと食べ終えましたが、麺まで温めている味噌ラーメンをおいしくいただいてきました。

給食そのもののおいしさもさることながら、給食を待っている間の子どもたちのにぎやかさや、給食の職員とふれあう姿に、これこそ自校給食のよさだと感じることができましたし、絶対に守っていこうと心に誓いました。

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2007年2月23日 (金)

解散式で、灯台もと暗しを知る

「下田肇市長を誕生させる会」解散式が行われました。
世間からは今頃になってと言われるかもしれませんが、私にとっては今の時期を選んでの開催は、当時お世話になった方々にお礼かたがた今回のお願いができる絶好の機会ですので、ありがたく出席しました。

他の市議選立候補予定者ともどもあいさつの機会までいただきましたが、テーブルを回っていると、最初の村議選でウグイス嬢としてマイクを持ってくださった方、市長選についてのBlogに「市議選に出るなら、手弁当で応援する」と書きこんでくださった方にお会いでき、そればかりかこれだけ思っていただいていたのかと感激するするようなお話まで聞くことができました。
市長選の当時は、脇目もふらず一人でがんばっていた気がしていますが、それを陰から見守っていてくださった方がたくさんいたことに、今になって気づいた感じです。

今回、私は政策としては救急医療センター設置を最優先課題として掲げていますが、これは肇先生の公約だったものですし、一年たってさらに状況が危機的になっているだけに、これを継承して訴えていくのが、あの選挙にかかわった人間としての責務だと思っています。
それだけでなく、人の縁においても受け継いでいくべきものがあるのを、改めて感じました。

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2007年2月18日 (日)

偶然の出会いに、初心を思い出す

ある集会に参加して市議選出馬のあいさつをさせていただいたのですが、帰り際に声をかけてくださる方がありました。
何と、私が合併と在任特例に反対して村議を辞職したのに共感して、励ましのお電話を匿名でくださった方でした。
それどころか、記事を切り抜いて取っておいてくださったばかりでなく、今回出るのであれば応援しようと連絡しようと思っていたので会えてよかったとまで言ってくださいました。

村議辞職については、筋を通したと認めてくださる方、「辞めたのに、また出るの」というけげんな反応をする方、賛否両論の意見があるのは身をもって知っていますが、まったく無縁の方ですらそのおかげで覚えてくださるのは、ありがたい限りです。
自らしてきた決断を無駄にしないためにも、なぜ政治の舞台に立つのか初心を忘れずにやっていきたいと思います。

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2007年1月26日 (金)

虚々実々の政治からの脱皮

研修から帰って、選挙のお願いに歩いて戻ると、義父から電話がありました。
お願いに回っていたら、私がBlogで木村太郎代議士を批判していると聞かされたが本当かということだったので、そういう趣旨では書いていないと説明をし、いらぬ気苦労をかけたことをおわびしておきました。
どうも私ごときに票を取られまいとするネガティブな噂を流している人がいるようで、情けない限りです。
他人のBlogを読んで、揚げ足を取ったり重箱の隅をつつくようなことをする暇があるなら、自らの主張を伝えるエネルギーに変えてほしいものだと思います。

また、これまでご縁のあった方の集会が行われていたのに、まったく声がかからなかったのを知りましたが、これも脈がないと思えば憎さ百倍の仕打ちと、寂しいものを感じます。

選挙は確かに一票を争う戦いですが、今は敵味方でも議場で共闘することもあるでしょうし、選挙では別の方を支援していても同じ地域の住民として一緒に活動することもあるのですから、足引っ張りをするのではなく、政策や活動で切磋琢磨することこそ大事だというのは、理想に過ぎるのでしょうか。
こういう悪しき風潮を変えることも、今回の戦いの一つです。

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2006年11月 6日 (月)

弘前市を変える第一歩

岩木町・相馬村、そして弘前市の3市町村が合併して、新しい弘前市が2月27日に誕生しました。

その後、4月16日の選挙で、相馬しょう一氏が市長に選出されましたが、これまでの流れを見ていると、合併や新しいトップによってよい方向に変わったと思えることはほとんどなく、それをチェックすべき存在である市議会も、本来野党である諸侯も沈黙を続けて、停滞した状況を打破することができずにいます。

私は、この合併と議員在任特例に反対したけじめとして議員を辞し、さらには市長選挙においても下田肇候補を支援して、新しい弘前市の実現をめざしてきましたので、相馬市政となってどう変わるのか注視をしてきましたが、これでは合併の意義も市長交代の意義も時間の中で消えていってしまうという危機感を感じ、自分でできる限りのことをしようと、来年4月の市議会議員選挙立候補の決意を固めました。

その議会は、最終的に多数決の世界であり、会派という力の働く場ですし、何より自らの主張をかなえていくためにも、自分と同じ立場で考え行動できる仲間の存在は不可欠です。
それを現職の中に見いだすのははなはだ難しい様子ですので、この機会に立候補を予定・検討していたり、それを支援しようという方々や、行動をともにしていただける市民の皆さんに思いを伝えたいと思ったしだいです。

現実には選挙までの時間は半年しかなく、市民のできる選択は特定の誰かに投票するということしかない中で、共同して闘おうというのは、理想に過ぎる話かもしれません。
しかし、市政にかかわる者として、誰が上がるかよりも何を実現するかが大事であり、そのための草莽の志士となる覚悟で、この機会に臨みたいと考えております。
何とぞ、この意を汲んでくだされば、望外の幸せです。

三上 直樹

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