「動こう津軽!」動きます

東日本大震災の被害はさらに大きくなるばかりでなく、被災されたり福島原発事故で退避を余儀なくされた方々があふれる状況に、国も地方自治体もまとめての受け入れをはじめており、県内でも深浦町がいち早くアクションを見せています。全国での動きはこちらから確認できます。

弘前市でも旅館ホテル組合が動いていますし、市としても対策を打ち出すべく動いているのですが、同じ東北の雄藩である立場にしては出遅れていると言わざるを得ないですし、ネットからも切歯扼腕する声が聞こえてきます。
市議として市を動かすための働きかけも大事ですが、政治家としても共鳴することばかりの岩手県議・高橋博之さんが議員という立場ではなく一人の人間として「いわて・結っこ」という活動をすでにはじめています。
私も当面選挙活動はしないと宣言していますし、市民ゴルフ場問題で時間を費やし震災支援には向かおうともしない議会に縛られない時間は、自分なりの動きを市民の方々そして津軽の皆さんとしたいと思い、「動こう津軽!」としてアクションを起こすことにしました。
何ができ何をすべきか考えるために、まずは話し合いの場をセッティングしましたので、関心のある方々にはお集まりいただきたいと思いますし、急なご案内と燃料節約優先の状況ですから、ネットライブで参加していただくのでもけっこうです。
津軽の衆知を集めて、震災の支援に立ち上がりたいと思いますので、皆さんぜひともご協力をお願いします。

日時:3/21(祝) 13:00〜15:00
場所:弘前市民会館 2F小会議室

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危機を乗りこえる「事業継続計画」を学ぶ

いつもお世話になっている一戸副議長からのお誘いで、青森中央学院大の公開講座に参加しました。
講師は、危機管理対策機構と事業継続推進機構という二つのNPOを立ち上げている細坪信二さんで、演題は「自治体と企業の事業継続計画=BCPについて」でした。

細坪さんは、阪神大震災の復旧にかかわったのが縁で危機管理について米国で学び、その後NPOを立ち上げて活動している、危機管理のプロです。
BCPとは、Business Continuity Planの略で、直訳すると「事業継続計画」ですが、これまでの防災計画が自分本位の安全管理と机上の論理での危機対応に偏っているのに対し、BCPは何が起きても重要な事業のみを継続するための計画であり、自分が危機に対応するばかりでなく相手に迷惑をかけないことにも配慮するところに大きな違いがあります。
そのため、首都圏の大企業ではBCPが商取引の条件になってきているのだそうで、自分のところの計画策定が一段落すれば、次は相手企業にも策定を求めてくるのは必然の流れであるので、地方の中小企業にも波及してくるだろうと予測されていました。

その危機管理に関して、実際に生き埋めが起きた場合は6時間が生死の境目になるのだそうで、その場合に消防や自衛隊がくるのを待っているわけにはいかないし、JR福知山線の事故では隣近所の方々が救出にあたったのが現実だそうです。
その時に、誰を優先して搬送するか程度のことはその場にいる人間が判断を下さないといけないので、「スタート・トリアージ」ができる程度の知識を持ってもらう必要があり、そのための講習なども行っているということでした。

これ以外にも、危機における情報発信の重要性や同業ライバル社とこそ危機連携をする必要があるといった話題もあり、今までどおりの防災計画ではいけないことを痛感しました。
このテーマでの弘前市での対応を取り上げていこうと思っています。

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出初め式後の歓談で猛省

恒例の弘前市・西目屋村消防団出初め式が、昨年に続いて土手町を会場に挙行されました。

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冷え込みは強かったものの、まれに見る晴天に恵まれたせいか、昨年よりは観客が多かったので、消防団の方々も張り合いがあったというのは何よりでしたが、それを見こして店を早く開けたり出店を出すといった商店街側の対応がないのが残念でした。
その後、文化センターに会場を移しての式典、懇親会となり、相馬地区の第5方面団でも団長を務めてこられた成田正一さんや、親子三代表彰ではねぷたでもがんばっている米沢松太君が代表で登壇しまして、地元消防団を誇らしく思いました。

その後の席で歴代団長や現職幹部の方々と語り合ったのですが、話が現在進められている市道「なでしこ街道」の拡幅工事になりました。
先輩方の話によれば、道路沿いの桜並木ばかりでなく旧校舎に沿って植えられていたヒバも、当時の関係者が営林署から許可を取り、とりわけヒバはなかなか根づかないのを大事に育ててきたのだそうで、さらにタイムカプセルを並木のあたりに埋めた学年もあるのが、すべて掘り返されてしまうことに憤りを感じているということで、この件を取り上げ予算に関しても反対した形の私からしても、そこまでの思いを知らずに結果としては工事を進めさせてしまっていることに猛省しました。
「ふれあいセンター」建設の件にしても、それまでの間営業していかなければならない「御所温泉」のボイラー交換の件にしても、「相馬から弘前にチャレンジ」を旗印に当選させてもらった者として、少しでも前進させる責任があります。

地域を守る消防団に負けないよう、がんばらなければと思いました。

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